第073話 ハシラビトと封印
「……一号機は成功ですね。見事神器の力を操ってディアボロスを封印しました。かなり良い結果ではないでしょうか。」
「そうですね……」
私は軍の研究者……フェイドの下につくルースタというヴィクトリアと同じ、エルフの研究者とそう話します。彼はまだ私と出会って数日……こんな性格だなんて知りませんでした。
彼の本当は超がつくほど面倒臭がりな性格だって……フェリスタは言っていました。
「神器の呪いを無にする実験……成功ですね。心がトリガーでしたね。ニケさん。」
「人工知能でもその力は確かですね。守護神器……あれは心がないただの道具ですから。ソードのおかげでだいぶ未知の物質の特徴がわかりました。」
魔神器から呪いを無くす方法……それはハシラビトが死んだ時。
戦争を終わらせる、平和を目的とするのであれば敵国の人をハシラビトとして封印させてもらうのが一番です。倫理的な問題はありますがそこを気にしていたらどうしようもありません。
そしてソード……知能神器のオーランのおかげでだいぶインガニウムの特徴がわかりました。
インガニウムという神の力を持つ石は……心が重要だということ……そして精霊族はインガニウムから生まれる存在だからこそ……心が無いということです。
「はい……ところで、次の魔神器ですが……扉なんていかがでしょう。」
扉……面白そうです。
「それにしましょう。」
インガニウムは道具の形にすることで初めて神器となります。
なぜ、そのような効力を発揮するのかはわかりません。
扉であれば恐らく、どこかに移動できるような力を発揮するはずです……ですが異世界に行けるような神器を作ってみたいという思いも私の中にありました。それに関してはまだまだ、先になりそうなそんな雰囲気がありました。
宇宙的に考えるのであれば、インガニウムという存在には扉という意味はわかるはずがありません。それは形であり、私たちが作り出した概念に過ぎないからです。
ではなぜ、それが効果をもたらすのか。
私は思います。その形を作ることこそに、作るという心という存在が介入するからでありそれ程までに心という影響は大きいのだと……。もしくは、文明という存在……それこそに神がいるのか。その神様がその心を読み取るからか、と言ったところでしょうか。
一体……この世界の神様は何を求め、どういう思考をしているのでしょうか。
そしてきっと、インガニウムという物質にとっての楽園こそが、この神器という形なのだと、私は思います。
「……きっと、そうですよね……アルマード先生。」
私は『寵愛の盾』を見つめながら……そう呟きました。
『寵愛の盾』は私が初めて作った神器であり、タイタンからシャングリラへと持ち込みました。
アルマード先生が求めた寵愛の盾の効力は巨大な物理介入を阻止する結界、です。
トラッカーを名乗る2人により助けられた私は、この盾を先生に渡さない為にシャングリラへと赴き、ここで護ることにしました。
「……女王の反発についてはどうしますか?」
「彼女に関しては気にする必要もないでしょう。」
「わかりました。」
……マルスの件は……どうしようもありません。彼自身が求めたことです……
そんなことを思っていた時、そのファヴァレイの研究層の扉は開きました。
「ニケ!!!此処にいますか!!」
「はい、どうしましたか、ヴィクトリア……」
「どうしたも、こうしたもありません!一体貴方は何をしたのですか!?」
フルーブレムの……マルスの件ですか。
「……悪魔ディアボロスを、あの盃に封印したのです……ハシラビト……として。」
その画面には、フルーブレムの盃の様子が映っています。
それは荒れ果てた地の中心部、ディアボロスがオーランの打撃によって倒れていた場所……地面がクレーターの様にえぐれている、そんな場所にその『滅びの盃』はありました。
「……ハシラビト、とはなんなのですか。」
ヴィクトリアから当然な疑問が飛んできました。今まで説明したことはありませんでしたから。
「……平和的解決策です。」
「……封印が、平和的解決策だというのですか!!」
「はい。戦争の原因を封印し……ついでにそのままハシラビトとして殺す事で、神器は完成します。一石二鳥ではありませんか。」
「……そんな……そんな事して言い訳が……ありません!」
ヴィクトリアは、初めて私に対して感情的な一面を見せました。
そんな彼女に、私は困惑していました。
幼い頃から効率を求め、外の世界など知らず、感情は殺す。研究者として、そういう思考で今までやって来ました。
「……封印はうまく使えば永遠に生きられるというやり方もありますが、これが1番の使い方でしょう。」
これが、一番合理的です。
「なら……なぜマルスを、お兄さんを封印しなかったのですか!!そうすれば、マルスは永遠に、神器の中で、生きられたのではないですか!!」
ヴィクトリアは初めて、私の目の前で涙を見せました。
「……マルスは……彼自身はフルーブレムを滅ぼす為に……この醜い争いを終わらせる為に死を選んだのです……ごめんなさい。彼自身が、望んだのです。」
「……そう、だったのですか……。」
「はい。」
彼の決断はこのエヴァースの大地を、戦争を終わらせる為……。
「ミラーマーズが……黙っているでしょうか。」
ヴィクトリアは……小さく、暗く呟きます。
「……それは……」
滅んでしまったフルーブレムをそのままにするのか……という問題です。
「なら……決まりですね。次はエヴァースだけに止まらず、ミラーマーズへの対応が必要になりますね……」
「……そうですね……」
「期待しておきます。ニケ。」
ヴィクトリアはその涙を堪えながら……また扉の先へと戻って行きました。
私はどこかで何かを間違えたのでしょうか。
……彼女の真意を……心を理解した気で私は研究し続けていました。
ですが、その研究はきっと効率を求めすぎたのでしょう。
基本的に神器の内容はヴィクトリアからの命令で作っています。
彼女は幼い頃から、私とは対照的に魔法に憧れ平和に人々の生活を豊かにする為に神器を求めていました。私はどちらかといえば神器の科学力で、戦争に加担しているわけですから……。
だからこそ、魔神器の呪いを無くすというこの効率を求めるやり方はヴィクトリアには反発されることはないと思っていました。
「……どうしたものですかね……」
私は考えてもどうしようもないと思ったので、また研究に没頭することにしました。
* * *
「……本当に、貴方達は一体何者なんですか……トラッカー……私は、一体どうすればいい、というのでしょうか……」
私は小さくそう呟きながら、涙を堪えてファヴァレイから帰りました。
この地は宝石の精霊族に対抗するための植民地……そして宝石の精霊族が求めているものはただ一つ……ニケの頭脳と、寵愛の盾……
とりあえず必要なのはエヴァースの統一で間違いありませんが……一体どうしたら、良いのでしょう。
自己犠牲……それが私の信念です。
いや……いっそのこと……私自身がハシラビトになってしまえば……。そんな考えが、私の頭を過りました。
マルスがしなかったように、逆に私自身がハシラビトとなり永遠に生きれば、この世界は平和になるのでは……。
「……そんな簡単な話では……ないですよね。」
今日もまた、国民のことや国のこと……戦争のことを考えながら、このシャングリラの地で生活します。
ーーー
マルスが死んでからのエヴァースは暫く平和でした。あれから1年は経ちます。
フルーブレムがあった地はシャングリラに併合され、フルーブレム最東の地には対クトニオス用の城を建設し、そちらが本拠地として今は使用されています。
ニケとルースタはあれからとても仲良くなった様でした……。
ルースタはずっと敬語を使って真面目であるべき……なんですけどね。もう、ニケに対して雑になってしまった彼は手遅れでしょう。
北の魚人と小人の国ワータノリアとは現在不可侵条約を締結し、同盟関係にあります。そこの女王、ユアルは結婚した様です。私たちと違って人間ですから子供も残せる様でした。
そして彼らは基本的に戦争を望んでいませんでした。
残すは東の浮く大地……クトニオスの攻略でした。
マーガレット、フェリスタは2年ほど前にクトニオスに連れ去られたままです。助けに行くことも未だ出来ていません。
なので私はクトニオスの最高指導者……キーラは許せません。
「……どうかしましたか?ヴィクトリア様。」
「……!?いえ、なんでもありません。続けてください。」
私はフェイドから注意されました。
会議の途中でした。
「ですから、最終手段として扉、及び棺、書への封印が可能となっています。書に関してはワータノリアとの友好の証だと考えていますので……可能なのは扉と棺でしょう。」
「……ハシラビトとしての封印であれば、最高指導者が変わらない可能性もあります。変わらなければ、最高指導者キーラを無力化し、そのまま他の最高指導者は現れず光の精霊族は終わる……というのが我々の予測ですね。そうでしょう?ヴィクトリア。」
「……え、ええ。その通りです。ニケ。」
「まあ、いいんじゃない?それで。面倒だし。」
ルースタはそう雑に返しました。彼はフェイドの下に着く軍の一員……被験隊時代からの古参ということもあり、地位は持たせていましたが……やっぱり外すべきでしょうか……そうですよね、このゴミ……
……私は結局、ニケやフェイドが言う様にしか動けませんでした。
封印……というのは人道的ではありません。
研究所で行っていた新たな種族を作る実験は人道的ではありませんが、しっかりとした目的がありました。
ですがこれは、ただただ相手を滅ぼし……殺しという、戦争の流れの上……神器の発展と、戦争を効率という言い方で包めてしまうのは如何なものなのかと私はずっと思っているのです。
「……では、作戦を決行しましょう。本日が、クトニオスの最後の日です。」
……その日、その作戦の火蓋は切られました。