第072話 王様の終い
「……教えてください。全ての事を……」
私はその研究員の男性を真剣に見つめました。
「彼ら……宝石の精霊族は、ヘリオスの光の精霊族とほぼ同じ、別の惑星系で生まれた、心を持たない個体。」
「……それはなんとなく知っています。」
「そうか。奴らは銀河同盟という同盟関係を作りながら、不平等な条約を突きつけ、奴隷のように扱い様々な惑星を傘下に加えているんだ。」
「……そうですか。」
少し前にニケがここに来た時、言っていました。
だからそのこともなんとなく知っていました。
「……奴らの目的は、この惑星系を傘下に入れる事。だからそんな奴らに対抗できるための力がある種族を、我らオリンパスの遺伝子技術で作り出す……それが私たちの目的であり、それこそが君たちを実験に使った理由だ。」
「……そうですか。」
「二重人格というのはこの世界では実は特殊な力を持っている……神に近い存在なんだ。ニケの仮説……インガニウムによる共鳴反応では神が顕在すると言われている。それに、近い現象。ある意味君たち二人は神の子供なんだ。人格分離実験とは、二重人格者から神の人格を分離し、エルフというこの身体に当てはめること……なんだ。すまない。」
けど、私にもマルスにもそんな力はきっと無いです。
あるのは、ただただ長く生きられるだけ。
「謝らないでください。その話、本当に憎いのはその宝石の精霊族ではありませんか。貴方達はそれに対抗しようとしただけ……やり方は人道的とは言えませんが、目的には正当な理由があります。それを私は否定しません。」
「……そうか、ありがとう。ヴィクトリア……君は強い。」
……勿論、イブのことも忘れたりはできません。
どれだけ世界が残酷でも、彼らがしようとしたことは間違いかといえば、私にはそうは思いませんでした。
「どちらにせよ、あと数千年でこの星、アレスは滅びると予測が立てられている……だからこそ、我らはエヴァースに希望を見出している。君達を作り出した理由はエヴァースに、楽園を作って欲しいから。エゴなのはわかっている。たとえアレスやタイタンが滅ぼされても、エヴァースだけは滅びないで欲しい。その為にも、被験隊計画がある。」
「……そう、ですか。」
精霊族の力は光だろうと、宝石だろうと、強大です。対抗できる物があるとすれば……エヴァースを開拓し、アレスが滅ぶほどの時間をかけて、模索して戦って欲しいというそういう願いなのでしょう。
「君達は奴隷だ……エヴァースを開拓する為の、大人のエゴによって生まれた奴隷の子供達なのだ……本当に、すまないと思っている……」
「大丈夫です。決めました。私は貴方達に尽くします。何でもして良いです。」
「……それは、どういう……」
その研究員の男性は私の発言に対して困惑します。
「この身体……貴方達に捧げます。エヴァースの開拓でも、新たな種族を作り出すのにも、なんでもして良いです。それが私の、決断です……」
「……いい……のか。」
「勿論です。私は、本当は存在しない人間……この貰った命、世界の為に捧げます。」
「……そう、か。」
私は自分の犠牲なんて、厭いません。
私はみんなの為になら……なんだってします。
私の命は、もらった命ですから。
ーーー
それが、私の決意でした。
それから、私は様々な実験を受けました。その途中、新たな実験成功者……フェリスタとルースタが私の仲間に加わりました。フェリスタは実験の途中、死にましたがセレスチウムによる魂の引き留め……が出来幽霊の様な姿になり、生き残っている不思議な存在でした。
また、イブのように私達……神の子という存在から新たな人間を生み出す実験、も成功した様です。初めて成功したのはユアル……彼女は人間の体に、私たちの遺伝子を組み込まれた様な形で生まれました。
次に成功したのはマーガレットとフェイド。彼女達2人もまた、私達神の子の遺伝子を継ぎエルフの体で生を受けました。
そして、この組織……神山教から私達はそれぞれの国家に売られ、最終的に被験隊としてエヴァースへと旅立ったのです。
その当時はエヴァース降下競争の最中でした。
その冷戦に参加していた国家はヴィケール、エランズ、ミラーマーズ、オリンパスの4カ国でした。マルスはミラーマーズに売られ、ユアルは人間であり寿命が短い為エランズが安く買い取り、残りはオリンパスの下で、それぞれエヴァースの植民地の代表として投下されました。ヴィケールはアポロンの傘下なので、エヴァースには直接キーラ自身がやってきました。
アレスに住む耳長人は自分の手を汚すことが嫌いだったのです。
エヴァースはアレスよりも巨大な星です。環境に極力影響を与えないよう、4ヶ国は一つの同じ大陸に存在します。
中央部から西部にかけてシャングリラ、東にクトニオス、南にフルーブレム、北にワータノリアがあります。つまり、シャングリラは3つ全てとわかりやすく隣接し挟まれている国家です。
ニケ曰く、その国家の形はトラッカーさんたちにとっては見覚えがある配置らしいです。
私はニケの研究所、巨大な崖型の施設ファヴァレイから出てこの暖かいシャングリラの街を歩きます。
「おーい、女王様!!」
「ヴィクトリア様!!これ食べて!!」
シャングリラの民達はとても暖かいです。
奴隷のような被害者……私やマルスのような新たな種族は王族としてこの国を運営しています。それに対して、この国の民達は私たちと同じ……ではありません。アレスを追放されたり、アレスで奴隷の様に扱われていた人達……そんな社会のお荷物、と呼ばれるような人達は時に強制的に、時に自ら自然と、この地へと移住をしてきます。それを受け入れる体制が此処にはあります。
彼らにとっては住み心地の悪いアレスと比べて、この大地は覇権争いの最中とは言え、楽園なのでしょう。
「……4ヶ国……いや、全ての宇宙が仲良くできれば、良いんですが……」
私はこの星の情勢に関して、常に悩んでいます。
「……ヴィクトリア様!!!」
私がファヴァレイから帰って来たところに、フルーブレムとの国境警備を担当しているはずの兵がやって来ました。
「何事ですか?」
「……悪魔です。クトニオスの連中が、フルーブレムに対して一体の巨大な悪魔を送り込みました。」
……悪魔
「悪魔……とは一体なんですか?」
「あれは恐らく……強制的に実体化させた光の精霊族のような、悍ましい見た目と強大な力を持った悪魔です。このままだと……フルーブレムは、滅びます。」
「……なんて事。それは一大事です。今すぐに軍隊を招集しましょう。」
「わかりました。」
「……おや、騒がしいですね。どうかしましたか?ヴィクトリア。」
「ニケ!ちょうど良いところに来ましたね。フルーブレムに危機が迫っています。貴方の力で、何かできませんか?」
「……そうですね。では、オーランを行かせましょう。」
オーラン……さっき言っていた、知能神器でしょう。一体どのような力を持った機械なのでしょうか。
私は正直不安もありながらニケのことを信用していました。
現在の彼女の立ち位置はシャングリラ軍の研究職のトップです。
「……頼みます。ニケ。」
私は真剣にニケを見つめます。
「勿論です。きっとこの戦争を終わらせてみせます。」
ニケはそんな私に明るく笑って答えました。
ーーー
「……ヴィクトリア様!?なぜ前線に!?」
私はそんなニケの笑いを無視し、フルーブレムとの国境線までやって来ました。
そこは戦火が見える城壁の上。
「新しい兵器……の事を知ろうと思いまして。」
「……ですが、危険では!?」
「死ぬのであれば、その時です。それに、王たるもの軍やその技術を知らないのも問題でしょう?」
「……しかし!!」
王が戦争の場所まで来るというのは明らかにおかしいのは事実ですが、それでこそ王だと私は考えています。
「……私は皆さんの事を愛しています。だからこそ、一緒にその辛さや悲しみを、共有しましょう。」
「……わかりました。」
その兵隊の帽子を被った軍の男は私の言葉を聞いて、下を向きながら振り向きそのままその城壁を歩いて行きます。
「……あれが悪魔……。」
その姿は黒く大きくこの世の物とは思えない見た目をしていました。
「……一体どんな技術であれは……」
「……ディアボロス。尊びの鏡で悪魔になったエルフだ。」
城壁の上からフルーブレムの様子を双眼鏡で見る私の前に現れたのは、仮面をつけた二人でした。
「貴方達は!?」
「……初めましてだね。ヴィクトリア。私達はトラッカー!」
トラッカー……神器を追い続ける2人組……
「あの悪魔に関して、何か知っているんですか?」
「ああ。勿論知っている。ニケが作り出した魔神器……尊びの鏡は失敗作として3年前西側の地で廃棄された。それを悪用されたのがあれだ。」
「……捨てられた鏡は、放射線汚染が酷く、人体に対する影響が大きかったから……ですよね。」
ニケは2つの実験をしていました。
一つは、インガニウムとセレスチウムの合金?による神器の作成……それが4つの守護神器……らしいです。あまり詳しく知りませんが。
もう一つが、魔神器と呼ばれる合金ではなくインガニウムのみで作られた、より強力な神器の開発です。初めて作られた魔神器がその鏡……それは失敗作として破棄されました。
「ああそうだ。どの国とも隣接していない西側の不毛な地にゴミ処理施設を作り、捨てるという判断それはよかったが……光の精霊族の目は欺けなかったな。」
「……なるほど。でしたら尚更あの怪物は私たちが処理する必要がありそうですね。」
「……そうだけど。私達に出来ることはないよ、ヴィクトリア。」
その仮面をつけた白髪の女性は私をそう言って止めます。
「……ですが、軍隊を行かせなければあの悪魔は……ディアボロスはこの国を次は標的にするのでは……?」
「そうだな、だが……オーランの力を信用すればいい。」
「……知能神器、オーラン……ですか。」
この人達も、ニケも……本当に信用して良いのでしょうか。
目の前、遠くの空にはディアボロスの巨体とその巨体から放たれる炎が見えました。
その時でした。
その巨体は倒れました。
まるで、何者かによって打撃を食らったかのように。
「……ほらな。あれがオーランの力。」
「……あの巨体を……たった一撃で……?」
「ああ。だがそれはオーランの本当の力じゃない……しっかり見ておけヴィクトリア。オーランの能力は、この国を……この世界の運命を変える……。」
それを言った後、その二人はその場から姿を消しました……
言われた通り、私はその様子を遠くから見つめました。
* * *
「行きなさい。オーラン。これが貴方の初陣です。」
「……わかった。創造主。」
私、ニケはオーランを連れてその現場に来ています。
今回私に指揮を任されている軍隊はフェイドの下の数十名と、知能神器のオーランでした。
守護神器は呪いの関係上誰かを殺してしまうことになりますから、使用は防衛の時のみに制限しています。
対する敵は、フルーブレムを壊滅状態に追い込んだディアボロスと……数名の光の精霊族……
「……なんてことを。」
「我らはフルーブレムを滅ぼしに来た……貴様らはなぜシャングリラから赴いた。敵国のはずだぞ。」
その光の精霊族は目の前にいた私にそう訴えました。
「……敵国だから……なんて関係ありません。」
「わからぬ。我らにはその心は……理解できぬ。」
その光の精霊族はキーラではなさそうです。
恐らく、代理で最高指導者を任されている……と言ったところでしょうか。
「心がない貴方達にはわからなくて結構です。」
「……そうか。だが我らには勝て……」
その時、オーランはディアボロスを一撃で倒しました。彼の聖剣の様なその実体のない光の剣はディアボロスを一瞬で斬りました。
「……これでいいか。創造主。」
「はい。大丈夫です。」
「……なんだと?あのディアボロスが……一撃だというのか。」
「そうです。ディアボロスはもう、終わりです。」
「……なら我は貴様を殺してやる。」
「やれる物なら、戦いますか。」
私は秘密裏に研究していた物……証を身につけていますし、光の精霊族には普通にやり合えるほどの力を持っています。それに、トラッカーさん達の後ろ盾もあります。
私はそんな緊迫した状況の中でその光の精霊族がぷかぷかと空中を浮遊しているところを見つめていました。
「……どう……してだ。」
その時その瓦礫の中から、その人は現れました。
「なぜだ。ニケ……どうしてこの国が……こんな状況になるまで放置していた!!!」
「……表面上、敵国です。私達にフルーブレムを救う義務はありませんから……それにただただ準備に時間がかかってしまいました。」
その瓦礫から現れた男こそ……マルスでした。
「……まだ生きていたか。貴様が生きているとフルーブレムがまた復活する……先に貴様から葬る。」
私に対して光の槍を突きつけていた光の精霊族はその場でそう言い残し、瞬間的に瓦礫から出て来たマルスのところに移動し、そのまま……既に弱っているマルスを吹っ飛ばしました。
「なんてことを……!!」
私は急に起こったその状況に困惑しました。
「今すぐ、今すぐ盃を前へ!!!」
私は叫びました。
「わかりました!!急げ!!」
私はここに来た理由は理由は一つ……オーランの力を試すためです。
その為にこの巨大な盃を此処に持って来させました。
直ぐに彼らはその魔神器……滅びの盃を持って来ました。
魔神器は……ハシラビトとして生命体を内部に入れ込むことによって、その特呪を消し去ることがわかりました。
そして、そんな内部に入れ込むようなことができる技術こそ……オーランの力。
「何をする気だ!!」
その光の精霊族は私に対して斬りかかります。
「邪魔だ。創造主には触れさせん。」
「……ありがとうございます、オーラン。」
オーランは咄嗟に私のことを守ってくれました。
「……ディアボロスを一撃で倒すほどの力……か。まあ良い。今回は見逃してやる。」
そう言い放ちその光の精霊族はその場から姿を消しました。
「……危なかったですね。本当にありがとうございます。オーラン。」
「お安い御用だ……ところで、彼はどうする。」
私とオーランは完全に弱ってしまったヴィクトリアの義兄……フルーブレムの王、マルスの元へと駆け寄りました。
「マルス……生きていますか?」
「ああ……なん……とか。」
「……よかった。でしたら、この盃の中に、入ってください。」
この盃にハシラビトとして入り込めば、この人は延命できます……
本当はハシラビトとなった場合死んでこそ初めて呪いは無くなります。
なので、本来の目的とは異なります……ですが、ヴィクトリアの兄として、この人は救っておかなければ……なりません。
「……オーラン、頼みます。」
私はオーランに頼みました。
「わかった。創造主。」
「……ん……良い。私はここで死ぬ……ヴィクトリアに、よろしく……頼む。」
そう言って、マルスは移動しようとしたオーランの脚を掴み止めました。
「何を言っているのですか!?」
「……さっきの……奴の言うことは……事実……私が生きていれば……きっとこの国は……また生き返る……そうしたら……もっと……多くの……命……が。」
「無理しないでください!!!!マルス!!!今直ぐ助けますから!!!」
「離してくれ、マルスさん。」
オーランもまた、そう言ってマルスを振り落とそうとする。
「……だめ……だ。」
マルスはより強く、よりしっかりと最後の力でオーランの脚を止めました。
「……どうして……。」
「……君に……ヴィクトリアに会えて……よかった……この世界を……どうか……」
そう言ってマルスの息はその時、なくなりました。
……その日、フルーブレムは滅びました。そして滅びの盃にはディアボロス……そう、盃の悪魔がハシラビトとしてマルスの代わりに封印されたのでした。悪魔はまた復活する可能性があったからです。




