第六章特別編 ある歌姫の転移譚
私には姉がいた。
母子家庭に育ち、女手一つで姉と私は育てられた。
しかし2011年、私の姉は他界してしまった。
箪笥の下敷きになってしまった姉が私に対して手を伸ばしながら放った最後の言葉は「ごめんね。」それだけだった。
あの地震以来私の心にはぽっかりと穴が空いてしまった様に思える。
* * *
汚染された私の故郷から離れ、私とお母さんは東京に引っ越した。
「すみれ!おはよ~!」
「あ、まおじゃん!おはよう!」
そんな心に傷を負った私と似た境遇を持つ真緒と、そこで出会った。
でも、彼女もまた死んでしまった。
私の知らない所で死んでしまった。
事故だったらしい。
「……どうして、どうしてなの……真緒。」
私は彼女の葬式でそう、泣いてしまった。
* * *
私は自分のことが嫌いになってしまった。
自分は疫病神か何かが取り憑いているのではないか。そんな風にすら思える。
身近な存在が消えていく、そんな状況において病まないなんて無理な話だった。
家庭環境も問題だった。
お父さんと別れ、娘……姉を失ったお母さんは酒や男に酔って家になんて帰ってこない。
頼れるのはおばあちゃん、おじいちゃん……彼らだけだった。
その時の私は14歳……一応受験生な中学3年生なのに自分の生活の為にバイトをしながら身体を壊すようなそんな日々をただひたすら送っていた。
お母さんは壊れてしまった。それは自分にとってどうしょうもないことだった。
自殺を決意した事もあった。
「……すみれ、貴方だけは生きるのよ。」
でも、おばあちゃん達はそう言って私の手を握った。
どんなに辛い事があっても、自分は生きないと……
悲しむ人がいると言う事を忘れてはならない。そう思い知らされた。
* * *
それから、1年の月日が経った。
お母さんはもうどうしょうもないくらいに狂ってしまっている……でもおばあちゃん達のお陰で私は高校へと進学できた。
「今日から、私は生まれ変わるんだ!」
そう自分の顔を叩いてやる気を出して、その校門を通る。
こんな私にも、実質ひとり暮らしであるとは言え、おばあちゃん達は居るし希望がないわけじゃない。
疫病神が付いていようと、関わった人が不幸になろうと、お母さんが帰って来ないとしても私は絶対に諦めないし、もう病まない!!
そう、弱い自分を殺して頑張って強さを演じる高校生活が始まった。
「よろしくお願いします!!」
「……馬越すみれ……さんね。これからよろしくね。合唱部は緩くないよ~??」
歌だけが、何も無い私の特技だった。
だからこそ、合唱部に入った。
歌は私に夢を見せてくれた。
歌こそが、何にも縋ることのできない私にとっての心の拠り所だった。
そんな私の元に現れたのが彼だった。
「ここは……?」
私はいつも通り家近くの山の廃墟で一人、部活終わりに秘密の歌の練習をしていた。
そこに彼は現れた。
その身なりはファンタジーな中世を思い浮かべるような服……でありながらその腰には刀があり、顔は日本人……という不思議な男だった。
「誰??」
私は彼を見て警戒する。
刀を持ってるなんて、絶対おかしい。
「すまない……こんな夜、山奥で綺麗な歌声が聞こえてきたから……」
彼は敵意は無いと言うかのように両手を挙げながらそういった。
「その刀……貴方何者??」
私はその不審者に対して聞く。
顔だけを彼に寄越しながら、私は右手でスマホを取り出し通報の準備をしていく。
「俺は記憶がないんだ……何者かすら、ここが何処かすら分からない……」
彼は見た目とは裏腹に弱そうな声でそう呟いた。
「……そうなの?」
「ああ。家も無い。」
彼は私に似てる気がした。
私はスマホを仕舞い、彼の話を聞く事にした。
実家はここから遠い。お母さんも帰ってこない。
通報したら彼はきっと不審者として捕まる。
でもきっと悪い人じゃない。だからこそ私にとっての友達……親代わりになって貰えるのではないか。
そんな希望を持ちながら、彼の事を匿う事にした。
* * *
彼と出会ってからは私の人生に彩りが戻った気がした。
毎日学校が終わってからその廃墟に行くのが楽しくなった。
「ねぇ、侍さん。」
「どうした?」
「名前が無いの不便だし、私がつけてあげよっか。」
「名前……かぁ。そうだね。頼む。」
私は名前を思い出す事ができない彼に名前を付けてあげた。
……「山南リンドウ」って。
その山には筆竜胆の花が咲いていた。
その花は彼の服や髪のように綺麗に咲いていた。
彼は私の影響を受けて歌を始めた。
「だいぶ上手くなって来たね〜。」
私は彼の歌練習を拍手して褒める
「いやぁ……まだまだだ。もっと練習しないと。」
「その向上心、いいね。」
私はそう言って彼を見つめる。
「すみれはどんな思いを持って歌を歌うんだ?」
彼はそう、私に問いかけた。
思い……か。
「そうだね……私は幼い頃から不幸だった。だから自分という存在を、いつか全国に届けるの。これが自分の存在意義だって。生きた証だって残す為に私は歌う。」
それが答えだった。
彼はきっと、自分という存在を知る為に歌う。
「そうか……教えてくれてありがとう。」
「そっちこそ頑張ってね、リンちゃん!」
私は彼の肩を押した。
ずっとこんな日々が続けばいい。
そう思っていた。
それは夏の日だった。
私の家にお母さんが数年ぶりに帰ってきていた。
「……久しぶりぃ……す、み、れ。」
「どうして居るの!!?」
私はその変わり果てたお母さんに驚いた。
私の知ってるお母さんじゃ無かったから。
その酔った姿は言葉にすることも出来ない。
あの時代の、あの時のお母さんはもういないんだってそう、思い知った。
「聞いてるノぉ〜……??お、か、ね、よ!!早く出しなさい??」
お母さんはお金欲しさに帰ってきた……って事だった。
そんな彼女に私は殴られた。
彼女からの束縛は地獄だった。
私はその日以来学校へも行けず、手足を紐で縛られ監禁され、暴力を受けた。
実の母親に……
そんな数日後、家に居場所が無い私は何とか抜け出して夜中、彼の元へと向かった。
「私、もうダメみたい。」
私は彼の元で泣いた。
今まで我慢していた物すべて吐き出すように、泣きまくった。
彼はそれを何も言わずに受け入れてくれた。
彼。ただそれだけが、私にとっての救いだった。
私は多分、逃げたかったんだと思う。
辛すぎる現実から逃げ出したい。
でも、死にたくは無い。
そんな葛藤を数日続けた。
彼が居ても、その心は満たされる事は無かった。
そんなある日、私の元に奇跡が起きた。
「何、これ……」
その廃墟の扉は白く渦巻いていた。
その光は希望に満ち溢れているように感じて、私は無我夢中で飛び込んだ。
リンドウさんに悪いのは分かってる。
でもきっと、あの人なら理解してくれるって信じてる。
「……馬越すみれさん。おはようございます。」
起きた私の前で、その女性は微笑んだ。
ああ天国は実在したんだ……って私は思った。
こんな私にも救いはあるんだって思えた。
そこは天国ではなかった……
その国は、テトラピアって言うらしい。
楽園だった。
私はその国で、一から人生をやり直して歌姫になろう。そう決意した。
* * *
テトラビアに来て、エマと出会ってもう数日。
そういえばあの時、あのコンビニからの帰り道でおばさん達が言っていた噂……もう1ヶ月も帰っていない人……馬越、だったっけ。
何だったかな。知り合いにもそんな人がいた気がする。
昔過ぎてあまり顔とかは覚えてない。
……でも、同い年で歌が上手かったことは鮮明に覚えてる。