第068話 ある従妹の新人生
「行ってらっしゃい。」
「いつもありがとう。カーラ。」
「……行ってきま……す……カーラちゃん……」
いつも通り、俺たちはカーラ……とメルトに手を振ってヨウレーストへと向かう。
エマはずっと嫌そうな雰囲気を醸し出す……。
メルトはすっかり扉の仕事に馴染んでいた。
過去未来に行く人の管理以外に、単純に神子としての事務を分担していると言う方がいいだろう。
メルトはその容姿からも年配世代からの評価が高いらしい。
扉付近を通るとよくおばさんから絡まれている様子が見えてくる……逆にいえばカーラはよく男共に絡まれているが……。
ある意味、お互いボディーガード的な立ち位置にもなっているのかも知れない。
「さて、着いたぞエマ。」
「……ついたね……きちゃったよ……」
ヨウレーストは見渡す限り墓地……幽霊達の楽園……
ではなかった。
「おい……そろそろ目を開けたらどうだ?」
エマはずっと目を閉じる。
「……ヨウレーストは幽霊の街……目を開けたらきっと呪われる……絶対そう……」
「そんなわけないから、安心して目を開けろ。」
「……うう。」
「……え?」
ヨウレーストは確かに幽霊系……実体を持たない系の種族が住む街なのは間違いない。
けど、墓地みたいなそう言う雰囲気ではなかった。
「聞いてた話と違うんだけど!!!もっとこう、怖いの想像してた……!!博士のバカ!!!」
ああ、きっと博士から相当意地悪な言い方をされてたんだろう。
なんか面白い。
「聞いてた通り、ここは反重力の街……みたいだな。」
「そうだね!」
エマはすっかり元気になっていた。
その街は浮遊都市やからくり都市と言う風ではなく、空に浮島が浮かぶ空想上の天空都市といった感じだ。どちらかというと妖精が住む街という雰囲気だ。
浮島といっても、10メートルとか30メートルとか、結構地上に近い浮島に過ぎない。
きっと昔はこの浮島につながる巨大なタワーとかがあったのだろう。
「……さて。博士の言う昔の施設っていう場所ってどこだろうな。」
「うーん……施設があった場所、ならば地面とかに何かしら残ってそうだけど……!」
確かに施設の残骸とか何かしらありそうだけど、俺たちがいる、アクセスポイントがある大きめな浮島から見えるヨウレーストの下は平原で、特に何もなさそうだ。
「とはいえ施設が地上にあった、って言う確証はないからな。おかしな話ではあるけど浮かせるための施設が浮島にあるって言う可能性もゼロではないだろ。」
「……そっか!ならまずは普通に街探索……かな!」
俺たちは街を探索する。
この街に住む人はさっきも言った通り精霊系などの実体を持たない人達。だからこそ、実体がある俺たちからすると浮島同士の移動は少々不便だ。彼らは空を飛んで島同士を移動する。
それぞれの浮島の移動は球体の乗り物……キューサーというらしいこの都市のタクシーで移動するらしい。
「キューサー乗り場……だってさ。」
「乗ってみよっか!」
俺たちの前にはそんなキューサーの乗り場があった。
そのキューサーに乗り込むとそこには緑色の体をした小さい妖精がいた。
もしかしてこの妖精が運転手なのだろうか。
「どこへ行きますか?」
「偲びの棺へ……と言っても、流石に行けるわけないか。」
「わかりました。偲びの棺……ですね。」
「え?いけるの!?」
「……はい。いけるというか……このキューサー搭載のAIが自動で割り出してくれるので……まず間違いなくいけますよ……」
妖精自体が知っているわけではないのか。
びっくりした。それにしてもAIによる自動で目的地設定……か。やっぱりテトラビアって普通に地球の技術力は超えていると実感させられる。
「見つかりましたね……どうやらこのAIによると……ヨウレースト下の墓地……にありそうです。」
「下の墓地??この都市の下は草原じゃないか?」
「地下墓地ですね。幽霊系は日光に弱いですから、地下墓地か、浮島の影になる部分に住処を持つ場合が多いんです。」
「なるほど……だから側から見るとこの都市はこんなに明るくて楽しそうな街なんだ。」
「……結局、幽霊じゃん……!!」
俺たちは結局幽霊系の種族がいる筈の場所……地下墓地へとやってきた。
「……着きました。ここが地下墓地入り口です。料金はこちらになります。」
「これでお願い!!」
「毎度あり〜。」
そのキューサーはまた浮島へと登っていく。
エマは素早くお金を支払う。むしろ早く出て行きたいと言った風だろうか。
諦めているのだろう。早く全てを終わらせたいっていうところか。
「……さて。入るか。」
「……そうだね。」
俺たちはその地下墓地へ、照明魔法ライトを使いながら入っていく。
きっとこの墓地の上にでも、その施設があったのかもしれない。それか墓地から死者のエネルギーで浮かしてるとか、そんな風かもしれない。まあ、詮索する必要もないか。
完全に墓地だった。左右には墓が並ぶ、そんな空間を進んでいく。
でも、幽霊系の種族がいるようには思えない。
その時だった……俺が出していた照明魔法が消えた。
「……え?なんで?ライト、ライト!!」
「ちょっと樹!!ふざけないで!!」
「ふざけてなんかないって……ライトが発動しないんだよ!!」
ライトが急に発動しなくなった……。
しかも暗くなったその先からは足音のような音が聞こえてきた。
「おや、珍しい……旅人ですか?こんなところに何の用で?」
「きゃあああああああ!!!おばけ!!!」
「……ふぉふぉふぉ……ワシはただの老婆じゃ。」
老婆の声と共に、蝋燭の灯りがつく。
その老婆は……エルフっぽかった。かなりヨボヨボではある。
「……びっくりした!あなた幽霊じゃなくて実体ある人じゃない。」
「……そう……ワシはこの墓地に住む老婆じゃ。この先にある、偲びの棺の神子じゃよ。」
「神子!?って言うことは、ライトが急に効かなくなったのは……」
「反魔法結界ね!!焦ったぁ……!!」
「偲びの棺に用があるのならば、ついてくるのじゃ。」
エマは相当焦ったみたいだ。安心のため息がとても大きい。
老婆の後を俺たちはついて行くことにした。
「……ここは忘れ去られた墓地……だから幽霊のような種族すら住まなくなってしまったのじゃ。」
「なるほど。だからこんなに人の気配がないのか。」
「……いないとは分かっていても……やっぱりちょっと怖いよね……!!」
「ここは私の庭じゃ。楽しいぞ。住むか?」
「……え、遠慮しておきます。」
エマはやっぱり雰囲気自体が嫌いみたいだ。そんな冗談?にも丁寧に返す。
「……ここが偲びの棺じゃよ。ほれ。」
その老婆は立ち止まる。ついたその場所はちょっと大きな空間……盃があった場所に似た感じの空間に出た。
「これが偲びの棺か。」
棺にも当然ある時計の針のような模様。それはこの空間を灯りが要らないほど明るく照らしていた。
「で、お主達は何の用じゃ?棺を使いたいのであれば……まずは蘇生したい人を思い浮かべるのじゃ。そしてその人に思い入れがあるものを出すのじゃ。それが無いと、蘇生する事は出来ないのじゃよ。」
「分かった……。」
俺はミカのことを思い浮かべる。こんなんでいいのだろうか。これで、ミカを蘇生させたいと言う意図があの婆さんには伝わったのか?
「……なるほど、お主らの大切な人……じゃな。」
伝わっていたみたいだ。多分、そういう証でもあるのかな。
「うーん。物だけどこれでどう?」
エマはリンドウからもらったテトラピアのペンダントを老婆に渡す。
「……うむ。できなくはないが……ちょっと弱すぎじゃ。思い入れが弱すぎて色々と失敗する可能性は大じゃの……もう一つくらい、あれば良いのじゃが。」
「……うーん……」
あのペンダント以上に思い入れがあるようなものなんて、存在しないか。
俺やエマの証だと俺達の思いの方が勝るし……なんならペンダントだってそうか。
「……諦めるか。」
「折角ここまできたのに……物が無い、じゃ無理だね……」
俺とエマは諦めコースだ。
ちょっと話は違うけど、ミカの蘇生はできないらしい。
その時だった。
「……仕方ないですね。」
その声と共に、俺たちの前にヴィクトリアは顕在した。
「……これを使えばミカさんをきっと蘇生できますよ。」
その顕在したヴィクトリアは俺が返したばっかりの天界の杖を俺に渡す。
「……いいのか。わざわざありがとう。ヴィクトリア。」
「いいですよ。このくらい。」
それだけ言って……ヴィクトリアはまた戻っていく。
「……ヴィクトリアさん、ずっと私たちのことやっぱり見てるのかな!」
「そうかもな。」
それかこうなる未来を予測して、出てきたか。
というかにけもそうだったけど顕在できるならもはやハシラビトの意味……って言う感じだけど。
「じゃあ、お願いします。」
「分かった。ちょっと待つのじゃ。」
俺が杖を渡すとそう言って老婆は棺に触れる。
その瞬間俺たちは命界に飛ばされた。
「……お久しぶり、マーガレット。ずいぶん老けたわね。」
「お久しぶりじゃ。フェリスタ……お主は変わらんのう。」
フェリスタ……それが例の、正面にいる若い幽霊の少女……の名前か。
「ミカという少女を……蘇生させて欲しいのじゃ。」
老婆はその杖を差し出す。
「……懐かしい、天界の杖じゃない!てか、貴方それでも良いの?マーガレット。」
その少女はかつてその杖を見たのだろう。懐かしさに興奮しているようだ。
「いいのって、どういう意味だ??」
「呪いの事ね。この神器の呪いは本当は生態系……多量の生命エネルギーを呪いとしてもらう……複数人の人格を基本的にはもらって、彼らの人間性は壊れるんだけど……だから、マーガレットはそれでもいいかっていう話なんだけど……」
「ワシはもう死んでも良い。5000年も生きたのじゃ……」
この婆さん、5000年以上生きてるのかよ……それって、シャングリラ時代じゃん。
「……マーガレット……私は貴方の事を本当は殺したくは無いのよ……」
「わかっておる。でも、もう潮時じゃ……ワシら作られた種族の寿命はもう尽きる頃じゃよ。」
作られた……種族。
「そ、そうだけど……ってあなた何そのエネルギー。いやあなたも!!」
その少女は老婆と話していると思ったら、急に俺とエマの方を向いてそう呟く。
「俺たち??」
「そうよ。二人とも生命エネルギーの底が見えないじゃない!!まるで……不死とでもいうかのように!!」
「……まあ実際、俺は不死で……エマも不死みたいなもんだしな。」
「そう……だね……クレオールは実質的に……二つの心臓壊されなきゃだからね……」
「久しぶりに天界の杖を見たかと思えば……なんなのこの人達……。」
どうやらこの棺の呪いは一時的なものらしい。
それに対して盃や鏡は永続する系の呪いだな。……まあエマのかかった生殖不能はある意味体の構造変えるのは一瞬って言ったら永続ではないかもしれないけど。
「ていうか、そう。貴方達の生命エネルギーを貰えればそれで十分足りるわ。きっと人格も破壊されない。」
「ええ?そうなのかい?ワシはようやく死ねると思ったのに……」
「もっと生きてなさい。マーガレット。」
若干老婆は悲しむ。いや悲しむなよと俺は思う。死にたがってたんかい。
「ならよろしく頼む。フェリスタ。」
「分かったわよ……でもこのミカって子、記憶欠損が激しいわね……元々。しかもオーランの匂いまでするし。あの男嫌いなのよね。臭いし変な記憶改変するから。」
ただの悪口……。
まあオーランの善意が、真緒の記憶を呼び起こした原因みたいに思えるし、なんとなくわからなくは無い。
「じゃあ、思った通りの結果になるかはわからないけど、やっておくね。」
「頼む。」
フェリスタはそう言って手を振る。
その瞬間、俺たちは元の世界に戻った。
……しっかし、エマはフェリスタの姿を見るや否や、怯えてずっと俺の後ろに隠れていた。
「……上手くいったのかな。」
エマは俺の背後から出てきて様子を見る。
「うまく行ったならそろそろミカが蘇生されてどこかにいるんだろうか。」
俺は辺りを見渡す。命界から帰ってきて変わった事はないか、探す。
「……ほれ、よく見ておれ。」
老婆がそう言うと……その棺は、立て付けが悪い扉のような音を鳴らしながら開いた。
そこには、亡くなったはずのミカが……いた。
「ミカちゃん!!」
「お兄!!お姉!!!」
「……よかった!!!!」
俺とエマはまた再会したミカに抱きつくように寄って行った。
「また会えたね!!」
「うん……この神器で、蘇生してくれたの?」
「ああ。そうだ。」
「……そっか。」
ミカは、俺たちの記憶を覚えていた。
そんなミカに、俺たちはアレスで見た全てを伝え、エマはリンドウからもらったテトラピアへのペンダントとアスカさんの形見……勾玉のブレスレットを手渡した。
そんなミカは、俺にある事を頼んだ。
「……その刀で、私の記憶を……断ち切って。お兄……」
ミカは突然、そう言い放った。
「え?……突然どうした……それでいいのか?」
俺は困惑しながら聞き返した。
「うん。この記憶は私でありながら、私じゃ無いんだよ……私はこのミカっていう子の大切な時間を奪ってしまった……真緒。だからお兄。今度はミカに、本来のミカに本当の人生を歩んでほしいって、思うんだ……」
ミカは、そう言った。彼女の中にはミカという人の大切な時間を奪ってしまった。真緒っていう人間なんだって、そういう自覚があったんだ。
俺もエマも、そんな事を気にしていなかった。
本当は気にしなくてもいいような事……だと俺は思ってしまう。それでも、それがミカの、真緒の決断なら仕方ない……
「……本当に、いいの?」
「……勿論、私だってお兄達の記憶は忘れたくない……けど、私はミカに生きてほしいって、そう思うから。」
ミカは涙を堪える様にそう言い放った。
「……分かった。」
俺は刀を使った。刀の周りを飛ぶインガニウムの結晶はミカを取り囲む様にして、その力を放った。
ミカは、俺たちの事を……真緒としての記憶を全て忘れた。
ーーー
俺たちは、ミカをヨウレーストのアクセスポイントまで送った。
「ありがとうお兄さん、お姉さん。またいつか、会えたらいいね。」
そう言い残して、ミカはオーセントへと帰っていった。
俺たちは、必死に涙を堪えながらその様子を見守った。
ここから先、ミカはきっとテトラビアの母親の元に帰ったり、リンドウのところに行ったりと、幸せに暮らすんだ。
だからもう、俺たちには取り付ける島はない。
「……エマ。」
「……辛いよ。私たちのことを覚えていないだなんて……辛い。でも、それこそ本当にエゴだよね……だから私は大丈夫。この運命を受け入れるから。ミカちゃんの好きなようにさせよう……」
エマはそう言って俺に泣き付く。
本音はまた一緒に冒険したかった。けどそれは無理だった。これが運命だった。ミカはミカとして、生きるんだ。それを決断した。
エマはその涙を拭った。
オーラン……一時の幸せをくれて、ありがとう。それは余計だったのかもしれなかったけれど、確かに俺とエマを成長させてくれたって、そう思う。
その日の夜、俺とエマはミカの事を思って辛さを……その冒険した日々を……別れを……共感し、泣いた。
……運命は残酷だ。その記憶は……『ココロ』は、確かに俺達の『ココ』に宿り続ける。