第064話 精霊......のココロ
次の瞬間、俺はその彼の……リンドウの横にいた子を見て思考が停止した……。
「……どうして……いや、この世界だから……生きているのか。」
「どうしたの?樹??」
リリーは心配そうな目で俺を見る。
だって、そこに居たのは間違いなく、ミカだったから。
「生きていたのか……ミカ。」
俺の呟きが聞こえたのか、ミカは寄ってくる……。
「女王さん、このお兄さん、誰?」
「ごめんねミカちゃん、この人は私の知り合いだよ!」
リリーはミカに対してそう告げる。
「そうなんだ!でもなんか、懐かしい匂いがする……気がする。前にも、棺?のところで会った気がする……」
「この世界の……ミカとこの世界の俺は面識があったのか?」
俺はリリーに聞く。だってきっとそうだから。この世界の俺の匂いを覚えているだけ……だろう。
「うーん……無かったよ!」
考えた後にリリーはそう言った。
無かった……だと?
「じゃあ、このミカは……俺が接してたあの……真緒……の記憶を持っていた、あのミカだって……そう言うのか。」
「……よくわからないけど、そうなんじゃない?」
「こら、ミカちゃん。勝手に行ったら駄目だろ??」
その剣士も後からこっちに寄ってきた……。
「……貴方は!!」
その剣士……山南リンドウは俺の顔を見て驚く。
「貴方もテトラピアへ……来たんですか。」
「いや、そう言う訳じゃない、立ち寄っただけだ。」
「そうか。ミカちゃんは貴方達と一緒にいたはずなのに……聞いてみるとその記憶を持っていなかった。あるらしいのは、棺での記憶……らしい。」
「棺ってのは?」
「俺には分からない。でも、それがミカちゃんの記憶らしい。」
「……棺。もしかして、『偲びの棺』の事かも!!だとしたら……」
偲びの棺??
「……だとしたらなんだ?」
「ミカちゃん……一度死んでる。偲びの棺は死者蘇生の力がある。きっと、そう言う事!」
なるほど……
「……まだそんな真神器があったのか。」
つまり、ミカをまだ生き返らせる方法はある……。
でも、ミカの記憶は、俺とエマをきっと忘れる。それこそが、この原因。
それでも、ミカの望むように剣士さんの元へと帰れるのであれば、それが一番だ。
なら、俺はミカを蘇生させてあげる必要がある。
「ミカちゃん……ここに来て、よかったか?楽しいか?」
俺はミカの目線になってそう聞く。
「うん!剣士さんも、女王さんも優しいし、暖かいし、私は幸せだよ!!」
その笑顔に、嘘は見えなかった。
「……そうかそうか。それは良かったな!!」
俺はミカの頭をじっくりと撫でる。
これが多分、リンドウにとっても、ミカにとっても、最善なんだ。きっとそうだ。
なら、テトラビアに帰ったらやる事は一つ。ミカを蘇生させる……。
「さあ、行こうか、リリー。アルテミスへ!!」
「そうだね!またちょっと出かけてくるね!ミカちゃん達!」
「行ってらっしゃい。」
俺とリリーは扉へと向かう。
リリーは祭壇を操作する。
「……この世界でも、扉の操作は同じか。」
「流石にね!!」
そんなことを言いながら俺とリリーは扉へと入る……。
と思ったら、アルテミスではなく、命界にいた。
「あれ、どうしてだろっ……」
「……この世界で……ここに呼ばれるとはな。」
初めてテトラビアに来た時以来の、扉の命界……扉の精霊と話すのは久々か。
「どうかしたの?キーラさん。」
……んん???
キーラ……だと?
「……キーラ!?」
その名前は……散々聞いた、エヴァースに取り残されたはずの、先代のアポロン最高指導者の名前……
実体を得たとされる最高指導者……キーラ。
「はい。私がキーラです。初めて会った日……ぶりでしょうね。それは私ではないですが……千歳樹さん。」
その扉の精霊は初めて俺に実体を見せた。
……その姿は凛としている女性。
容姿について言うならば、金色の髪に水色のメッシュが入っているようなそんな特徴的な髪の毛……そして白い翼を持っている。
雰囲気としては、機械の体から人の体へと変化したフランに近いような……ウプシロンに近いような、そんな存在。
いや、それこそが実体化というものなのかもしれない。
「……久しぶりだな。キーラ。」
「別世界にはなりますがこの世界、テトラビアに連れてきたことを、怒っていますか??」
「そりゃあ……少しは怒っているが、ここに来ていい事もある。成長もした。一概には怒れないな。」
「そうですか……。」
こんなところに、ずっといたんだ……。こんなところに、アポロンはいたんだ。
「で、要件はなんだ?」
「察しの通りです。マルス……あのアポロンを……頼みます。滅ぼしてあげてください。」
「……やっぱりあんたはアイツが言う、最高指導者のキーラなんだな。」
「はい。私はこの扉のハシラビト……元アポロンの最高指導者です。」
「ずっと……こんなところに居たんだな。」
「はい。私は取り返しのつかない事をした……その償いがこれだと思っています。」
事情があって、最高指導者を降りたのは間違いが無さそうだ。
つまり、キーラは多分悪い人じゃない。マルスが……やばいやつなだけか。
「そうか。分かった。きっとあのアポロンを止めてやる。」
「頼みましたよ。」
その刹那、あたりは光に包まれる。
「……うわ!!」
「ごめん、変な位置に出ちゃったね!!」
ついた先はまさに宇宙空間だ。
小さな小惑星に俺とリリーは出る。
鏡面や水の様なものがなくても……向こうの扉は機能するみたい。
そして目の前にあるのは……アポロンの基地であるはずの……人工衛星、アルテミス。
いや、違う。アルテミスなんかじゃあ……ない。
奥に見える巨大な青い星……それはエヴァースでもない。
「……これ……どう見ても、地球と、月だろ……。」
俺の頭は一瞬思考停止した。
まさに記憶にある月のクレーターと、アルテミスの見た目は完全に一致してる……いや、若干違う。海の一部が無いか……いや、この基地に置き換わっているのか。
そしてエヴァースに存在する大陸を見てみると……違う。
多分あれは超大陸……。
あれ?地球かと思ったのは間違い?でも、月とアルテミスがこんなに酷似しているはずがない。
「どうかしたの?樹。」
「いや、なんでもない。」
考えるのはまた後だ。今は、この、超巨大な大砲……まさしく超巨大なエネルギーが発されそうなそんな小惑星規模の装置を潰さないといけない。
「あれが多分、アポロンの……アレスを完全に滅ぼす装置だね。」
「そうみたいだな。まさに馬鹿げた雰囲気というか……」
現実とは思えないような馬鹿でかいその見た目に圧倒されそうになる……。
「行くよ、樹!!その刀で、アポロンを倒そう!!」
「ああ。」
俺とリリーはそのままその巨大な大砲を持つ月面基地……いや、人工衛星に向かって飛んで行く。
「……来たか。くると思っていたぞ。貴様!!」
大砲に近づくと俺に気が付いたかのように、そのアポロンは姿を表す。
「探す手間が省けたな。」
「……ここまで邪魔しにくるとは……やはりそのココロは我には理解出来ぬ。」
「理解されなくて結構。俺はお前を、今度こそ滅ぼしに来た!!」
「……無駄だ。何体のアポロンがここには集結していると思っている。お前とて、100以上のアポロンの相手は出来ぬだろう。」
確かに……そう言われたらそうだ。10体のアポロンだったからこそあの時は対処できた。
やっぱり……負けるのか?この刀があっても、負けるのか?
「なに言われてるの!こっち見て、樹!!」
リリーは俺のことを呼ぶ。
「……は?」
俺はリリーの方を向くとそこにはぷかぷかと浮かぶ無数の……百もの魔石……セレスチウム結晶があった。
「……まさか貴様……今の一瞬で、百以上の……アポロンを倒しただと!?」
リリー……強すぎ。いやまあクレオールの力もあるし、未来も見えるし、そりゃあそうか。
「他のアポロンは任せて!最高指導者だけやっちゃえ!!」
「分かった!!」
エマ……君の呼んでくれた助っ人は。最高だ。
「……仕方がない。ならばまだエネルギーはチャージ完了していないが、発射してしまおう。」
そう言い残し奴は姿を消す……いや違う。内部に入ったんだ。大砲の、制御室に。
「……エネルギー発射まで、残り1分。」
アナウンスがどこからか聞こえて来る。
「くそ……ここまでして諦めるわけにはいかない!!」
俺は外から見えるその制御室のガラス越しに奴を見つめる。
「無駄だ。そのガラスは破壊できない。バリアブル加工されたガラスだ……!!」
「……ガラスにバリアブル加工……修復機能か」
「そうだ。即座に修復されるそのガラスは、貴様の刀など通さぬ。」
ここまで来て……奴に安全なところへと逃げられた……か。
しかも、速度の証でも、重力の証で操ったセレスチウム結晶でも開かなかった……こんな時に翠教の人が持っていたあの瞬間移動の道具があれば……
俺はそう嘆く。
「……エネルギー発射まで、残り15秒。」
「そっちはどう!?樹!!」
全てのアポロンを倒し終わったリリーは俺の元へと駆け寄る。
「奴に、安全なところまで逃げられた。」
「え?」
「あの制御室……速度の証でも、何をやっても外からじゃ突破出来なかった……」
「……そう。なら……」
リリーは俺の刀の柄にそっと手を添える……
「え?」
「私を信じて。」
「無理だろ……このエネルギーを、奴に……跳ね返すって言うのか?」
「うん……!」
「……エネルギー発射まで、残り5秒。」
……そうか、そうだよな。リリーは凄い。
未来が見えているとはいえ、こんなにも真っ直ぐな目で、真剣に、俺の事を支えてくれる……
例え未来が見えなくても、きっとリリーはそういう決断をする。
そんな気がした。
「……エネルギー発射します。」
そのアナウンスとともに巨大な光のビームが、俺たち二人めがけて飛んでくる。
「……いっけえええええ!!!」
俺とリリーは叫びながらそのエネルギーを奴めがけて……跳ね返す。
そのエネルギーにより、制御室どころか、その基地は完全に破壊され、最高指導者のアポロンは宇宙へと放り出される。
「嘘だろ!?いやでも、貴様らには因果力が働くはず……我は滅びぬ……」
「残念だったな。これで終わりだ!!」
俺は笑う。その声に気づいた奴は俺の方を見るがその時にはもう遅い。
放り出されたアポロンを……俺は因縁の刀で奴の体を斬った。
「……な。因果力が……働かない。だと……。こんなところで……おわ……るのか。キー……ラ。」
「これがキーラの願いだ。お前が滅びる事を……願っていたぞ。」
「……そう……だった……の……か。」
そのアポロンは、光となって……消えていった。
その基地は崩壊し、存在した場所には海……クレーターができていた。その姿はまるで月そのもの。
ということは……アレスはやっぱり火星か。
「終わったね……」
「ああ。感覚の証を使っても、この周りにはもう……アポロンはいないみたいだ。」
見つからない。なら、完全に滅んだか。
「……ありがとう。リリー。」
リリーのお陰で、ヘイルに対して顔を合わせられる。
「全然、いいよいいよ!」
「……アポロン。私たちも、あの世界で分かり合えなかった……そんな人たち。」
リリーは基地のあった場所を見つめる。
「……そうなのか。」
「うん。私たちの世界も、同じ運命を辿った。アレスも、タイタンも、みんな滅んで、テトラビアだけになった。多分これは歴史の力……。どちらにせよ、アポロンはいつか君が滅ぼすはずだった!だから私はその手伝いをしただけ!!」
つまり、ここで因果力に抗って滅ぼしたが……さほど大きな影響にはならないということだろうか。
「……それじゃあ、またね!!あ、この世界のエマには先にテトラビアに帰っていいって言ったから多分待ってると思うよ!!」
「そうか。ありがとう!!」
エマは誰もいなくなった火星で待っているわけがないか。当然か。
リリーはそう言い残し、テトラピアへと……宇宙空間に開かれた扉に入っていった。
その顔には、涙が見えた気がした。
「……さて。じゃあ、帰るためにエヴァースに行ってみるか。」
テトラビアの扉はきっと鏡面や扉じゃないと入れない。
なら、すぐ近くにある水の星……エヴァースへと行こう。
俺はエヴァースへと進んだ。その背後に浮かぶ無数のセレスチウム結晶……それはまさに天体。
結界があるとはいえ……俺はエヴァース内部へと入ることができた。何でだろう。
俺が降り立った場所……そこには原生生物がいる。
「ここがエヴァースか。さてと……帰還申請出すか。」
辺りを見渡すと、そこは見覚えのある景色だった。
テトラビアに直接行く事もできるが、正直空から探すのはめんどくさい。
前聞いたことがあるオーセントの大きさ的にも、空から見えるほどのものでは無かった。
「……ここ。来たことがある。」
水溜まりがあって、緑豊かな場所……
そうだ。ここ、一度日本……って言って、エマに連れてこられた、あの場所だ。
「……そういう事か。そういう、事だったんだな。」
ここは……過去の、地球。人間なんて存在しないほどの……遥か昔の地球。そんな頃にテトラビアはきっと、存在していたんだ。
……貴方達の住む世界とは異なるであろう……この千歳樹の歩むこの並行世界の地球は……テトラビアはこうして歴史を刻んでいく。しかし彼らはまだ、本当のエヴァースを……知らない。