第056話 杖こそ神器
「私はニア。でも正確には違います。口寄せ、と言うのが正しいと思います。」
水面の証に残る記憶か何かが擬似的にラヌーに口寄せしたと言うことか。
ヘイルはその小人として擬似的に復活したニアを抱きしめる。
その小人の容姿は茶色の髪に特徴的な爪、顔はミカをそのまま大人にしたような雰囲気で、言われてみれば愛香さんに似ている気もする。
「……口寄せでもなんでもいい。またこうして話すことができた……ありがとう。」
「ええ。最後に会えたことを心から感謝しています。」
「……エマさん。ありがとうございます。」
「どうして私の名前を……!?もしかして、証に記憶が宿ってるって言うこと?」
「そう言うことだろうな。」
「いえ、私はラヌーとしての記憶と私としての記憶を今は持っていますから貴方達の消火の様子も知っていますよ。」
「……なるほど。」
そっちか。
単純にラヌーの身体に宿っている状態だから、あの消火の様子もしっかり覚えていると言うわけか。
しかし証に記憶が宿る。そうだとすれば、ミカが真緒の記憶を持っていたのが納得できる気がする。
とすれば……俺のアンクレットにはルーの……記憶があるのかもしれない。
俺はその足首を見ながら思う。
「ところで、貴方はどうして私たちをここに連れて来たの?ニアさん。」
「……そうですね、それについて教えます。ついて来てください。」
ニアはヘイルの元を離れて、その研究所の内部へと入っていく。
「この勾玉は私の研究の成果なんです。水を作り出すという能力があります。」
「勿論知っている。君の偉大な発明……だろ。」
ニアはその研究所の内部、円形のテーブルのような場所の上に登りそう話し始めた。
「ええ。ですがごめんなさい。ヘイルさん。これは、貴方が5年前から世界の再創造のことを……一度消えた神山教の教祖として、貴方が宗教を復活させた事を知った私が……その核戦争を止める為に開発したんです。翠教の持つ力……『天界の杖』の力を解析して作りました。」
「……なん……だと。」
ヘイルはまた言葉に表せないような絶望的な表情を見せる。
ちょっと待て。時系列があまり分からない。
「……どう言うこと?」
「説明します。5年前、私たちはコア環天体の可能性にたどり着き、ヴィケールと光の精霊族……アポロンの関係性に気づきました。ヘイルさんはその頃から私以外の研究員にだけ、滅んだ四大宗教の一つ、神山教を復活させる事、ヴィケールに打撃を与える核戦争を引き起こすこと……それを伝えていました。」
正直、四大宗教ならある程度知名度あるから信者集められるから、みたいなレベルの考えなんだろうな。ヘイルが宗教を利用した理由って。
「それを知った私は、核戦争を起こさせない為に天候を操る力を求めました。天気……と言う形ではありますが、飛行機を使った核投下作戦は天候で左右できますから。」
「……なるほど。確かに天気が悪ければ飛行機は飛べないな。」
全て……ニアさんは知っていたんだ。
「はい。ですがこの『水面の証』は失敗作です。私が翠教へと侵入して手に入れた情報を元にした為完全再現出来ず、少ししか操れません。」
「水を出すくらいが限度っていう事だね……!」
「そうです。そして3年前、学会にコア環天体の事を発表してからこの研究所を襲ったピンポイントな災害……それこそが『天界の杖』の力です。」
「……そう、だったのか。」
ヘイルはそのまま辛そうな表情を見せる。
「……本当にすまなかった……ニアさん。君に無断で色々と動いてしまって……」
「良いんです。貴方が私のことを気遣って、無断で行動していたことも知っています……ミカを置き去りにしたことはいいとはいえませんが……世界に歯向かう貴方の事……それ含めて私は好きだったんですから。」
「ごめん……本当にごめん……」
「それはお互い様です。私が死んでしまったことも、貴方を止められなかったことも……貴方を狂わせて計画実行を助長させてしまった訳ですから。私にも非はあります。」
「……そんなの……非じゃない。私だけが悪かった……本当に……ごめん。」
ヘイルはまるで子供のようにニアの元で泣き崩れる。
頭を下げ、土下座しているような状態のヘイルの頭をニアはその小さな手で撫でる。
「……事情はなんとなく理解しています。翠教徒に攫われたミカを助けに行くのでしょう?」
「ああ。」
「なら、泣いている場合ではありません。今泣きたいのはミカの方ですよ。」
ニアはそう言ってヘイルの顔を上げさせる。
「……その件なんだが、一つ謝っておかないといけないことがあるんだ。」
「そう……だね。」
俺はエマに目線を送る。エマは俺が何を言おうとしているのかなんとなく察してくれたみたいだった。
「俺たちと一緒にいたミカ……あいつは5年後のミカだ。俺たちは未来から来た……未来人だ。」
ヘイルにも、ニアにも言っていなかった。俺たちはタイムトラベラーなのだと。
彼らのこの時間の子供は攫われていない。
俺とエマは言うのが遅かった……と下を向く。
「……そんなの、分かっていますよ。」
「娘の変化くらい、すぐわかるな。」
ニアとヘイルは笑って俺たちの方を見る。
「何年後だろうと、何歳だろうと、ミカは私たちの子供です……寧ろ仲良くしてくれてありがとうございます。」
「そうだな。それに、その未来のミカがいなければこうして改心することも、ニアさんと再会することもなかっただろう……攫われたことは事件だが、君たちには感謝している。」
「ありがとうございます!!」
俺とエマは互いにアイコンタクトで確認して、頭を下げる。
「さあ、行きましょう。翠教の元へ。タイムリミットは残り3日です。」
翠教のことをある程度知っているニアの存在はとても有難い。
* * *
「連れて来ました。神。」
「……よく連れて帰って来た。翠教を偽る者を。」
私はその男に連れられるまま、教会のような施設へと連れ込まれた。
目の前には神と呼ばれる光でできた人……がいた。
私の口元を覆っていた布は外された。ようやくしゃべれる。
「私は偽ってなんかない!!!」
「その服装、それをしていながら偽っていない……と言うのは無理がある。」
「どうしますか?こいつの処分についてです。」
「死刑だ。死ねばどのような方法でも良い。」
「わかりました。杖を使わせても大丈夫です?」
「ああ。むしろ杖を使わせてやれ。第一フェーズは別にどうでも良い。」
「わかりました。」
杖……?神器かな。だとしたら守護神器……お兄達が探しているやつかも!!
その杖さえあれば……核戦争を止められる……?
「我はアルテミスへと戻る。しっかり殺しておけ……第二フェーズ、第三フェーズのこともしっかりと準備しておけ、使徒長よ。健闘を祈る。残された日々を、正しく使おう。」
その光でできた人……おそらくは光の精霊族?の生き残り……と思われる人は姿を消す。
「ついてこい。」
その使徒長と呼ばれていた男……私を捕まえて、手を紐で縛って自由を奪った男……は私を引っ張る。杖のところへと行かせる気かな。
私はその男に連れられるまま、その教会の椅子の下にある隠し階段を降っていく。
「この先にその杖があるの??」
「ああ。お前はそれを使うだけでいい。それだけでいいんだ。」
死刑……って言っていたのに杖を使わせる気……か。
杖を使えば死ぬのか……杖を実験的に使わせて、用済みになったら殺すのか……って感じかな。
少なくとも、お兄が言っていた神器の呪いを受けさせる実験体になるのは間違いない。
けど、ばかお父さんの目的を、みんなが死んじゃう核戦争を止めることができるのなら、その価値もあるかも……しれない。
「これが……杖。」
「ああ。これが翠教に伝わる神器……アポロンより授かった『天界の杖』だ。今、俺たちの国の上では戦争が起こっている。君には是非ともその戦争をこの杖で止めて貰いたい。」
私の目の前には時計の針のような模様を持った、大きめの杖があった。
これを使えば……お父さんの野望を止められる。
「使う気があるのならば……その紐を解いてやる。」
「……分かった。使う……私も戦争はいやだ。どうせ死ぬなら、最後に戦争を止めて、死ぬ!!」
私が決意した時だった。
「お待たせ!!ミカちゃん!!」
「ごめん。遅れた。」
みんなが駆けつけてくれた。
お兄!!お姉!!それに……
* * *
「翠教の本拠地、教会はヴィケールにあります。」
「分かった。飛んでいこう。」
俺はヘイルとニアを浮かす。
「おお、すごいですね。この力があるならば多分2時間程度で着きます。ヴィケールはオリンパス北の大穴から行くことが出来ます。」
「分かった。できる限り早く着くようにするから、案内を頼む。」
「わかりました。」
ニアの案内は本当にありがたい。
そのお陰で俺たちは直ぐに翠教の杖がある教会へと着いた。
「……誰もいない!!?」
「そんなわけはないと思うが……」
俺たちが教会へとついた時、そこには誰もいなかった。
……微かな物音が俺の左耳へと入ってきた。
「いや、どこかに隠し通路があるはずだ……俺の感覚の証がそう言っている。」
「分かった。探そう。」
俺たちは4人で手分けして何かしらの仕掛けを探す……
その仕掛けは案外早く見つかった。
「お待たせ!!ミカちゃん!!」
「ごめん。遅れた。」
俺たち4人はミカともう一人……多分攫った男のいる地下室へと突入した。
「お兄!!お姉!!信じてた!!」
「お前は……肩に致命傷を受けたはず……それにお前……いつかの脱走使徒……っぽい小人!!」
その男は俺たちに驚く。
エマは戦ったみたいだから知っているとして……もう一人はニアのことか。
「ばかお父さん!!早く助けて!!」
ミカは泣き出す……いくらお父さんを恨んでいたとしても、やっぱり親子は親子なのだろうか。ミカはそう助けを求めた。
「勿論だ。」
お父さん、ヘイルは服の中に手を入れて何かを取り出す……
「お?やる気か?神山教の男め……」
「望むところだ……娘を返してもらおう。」
「いいだろう。受けて立とうじゃないか。出でよ、神より受け取りし力。光の矢よ!!」
彼はそのミトラ……司教冠に触れる。そうするとまるで殲滅の槍のような、光の矢が現れる。
「抗え、絶対的な神の力に、抗ってみろ!!愚か者ども!!」
その光の矢は俺たち目掛けて飛んでいく。
「エマ、障壁を頼む!!」
「待って、間に合わない!!」
その時だった。
「……遅い。」
ヘイルは飛んでくる光の矢を全て銃で打ち抜き、そのままその男に向けて追い討ちの弾丸を飛ばす。
「……銃!!?」
よく考えれば戦争をしてるほど、核を持つほどの世界だ。銃くらいあって当然……いや、ない方がおかしいか。
その弾丸は見事にその男に命中する。
「……文明の力か……」
その男は手で心臓部を抑え、口から血を吐きながらそう言い放つ。
「地底国家ヴィケールは……アポロンの力を受けているが……軍事的な技術力はまだまだと聞いた……本当だったようだな。」
弾丸は光の矢とはスピードが桁違いだ。
ワープの力でも防げなかったのだろう。
「……終わりだ。」
ヘイルはその男に対してそう言ってその鋭い土竜人の爪を突きつける。殺傷力かなり高そうだ。
「……いや。まだ負けねぇ……」
その男はニヤリと笑いヘイルの脅しなんて効かないかの様に、そのまま地面にゲートを作り出し瞬間的にワープして逃げていった。
「……逃げられたか。」
俺が呟く。
「ああ。そうみたいだ。文明の力を持ってないとはいえ、光の精霊族の力は……まるで御伽噺みたいだな。」
「そうですね……」
ヘイルは銃を元の位置へとしまいながら御伽噺みたいだと言った。
彼らからしたら証というものも、神器というものもあまり一般的ではないからだろう。そんな世界で水面の証を作ったニアはきっと天才なんだろうな。
俺たちはミカの方へと近寄る。
「大丈夫だった?」
「うん、ありがとう、お姉!!」
「……すまなかった。ミカ。」
ヘイルはミカに頭を下げる。
いや、そのまま土下座する。
紐を解かれたミカはそのヘイルの顔を思いっきり叩いた。その音は地下室全体へと広がっていく。
「……本当に、ばかお父さん!!!」
ミカは泣き出した。
「私は神山教を復活させ……裏世界を動かしていた……それは事実だ。君を置き去りにして……。」
「……知ってる。聞いた……ゲートの中で、さっきの人が連れてくるまでに教えてくれた。」
「……ごめん。ミカ……いくらでも、気が済むまで暴力を奮って構わない……それだけのことを私はしたんだ……」
ミカはヘイルに対して何度も、何度も自分の受けた痛みを……悲しみをぶつけた。
「……でも、助けてくれて……ここに来てくれて……ありがとう。お父さん。」
ミカはそのままヘイルの胸元に泣いて倒れていく……それをヘイルは優しく包む。
「……長い間、悲しい思いをさせて悪かった。残りの日は……私たちと過そう。」
「……ミカも、強くなったわね。」
「え?……お母、さん……なの!?」
その声を聞いてミカは驚く。ちょっと今更感があった。気づいてなかったようだ。
でも小さかったとはいえ、お母さんのことを忘れてはいなかったようだ。
「ええ。そうよ。私は貴方のお母さん。ニアよ。」
「私も、ごめんなさい。貴方を残して死んでしまって……」
……その親子3人は、住む時間、姿は違えど……こうして、再会した。