第055話 証こそ記憶
「……君、ちょっと良いかな。」
オリンパス山麓、メーテール近くの森。
私の目の前にフードを被った……まるで私が今着ている服と全く同じもの……そんな男がいる。
「……見ない顔だ。翠教の服を着ている癖に、こんなところで何をしている。目撃情報があってきてみたら……ビンゴみたいだな。」
その男は私の腕を掴む。
「辞めてください!!何なんですか貴方!!」
「翠教の服を着て良いのは教徒だけだ。つまり貴方は偽物……このまま裁かれるのみだ。」
私はそのまま抵抗できず捕まってしまう。
「ミカちゃん!!!」
「お姉!!助け……!!!」
お姉がクレオールの力で……飛んで私のところに追いついた時には、口も布で覆われた。
「……貴方何者!?ミカちゃんを捕まえてどうするつもり!!」
「翠教とだけ名乗っておこう……こいつの裁かれ方は……神だけが知る。」
お姉は指輪を使ってバリアを出し、それを巧みに変形して矢のようにしてその男に飛ばす。
「証使いか。でも……そのくらいじゃダメだな。」
その男はその勢いよく飛ぶ矢をゲートの様な物を作り出して異次元に飛ばす……そしてその矢はお姉の肩付近から現れる……
「……!!どこから!!」
その矢はお姉に命中した。
結びの扉の力みたいな……ワープの力を持った証……かな。
「……待って!!ミカちゃんを、どうする気!!!」
お姉は苦しそうに肩を押さえる。
その男は私を抱えたまま、その証の力でゲートを開く。
「知る必要もない。せいぜいそこで死なないように治療しておくんだな。」
そう言い残して翠教の男は私を抱えたままゲートに入っていく。
* * *
「……ミカちゃん!!!!!」
私の目の前で……ミカちゃんは攫われてしまった。
しかも、ワープの力でどこかに行ってしまった……どうしたら良いんだろう……
私は変化の証に触れて簡易的に傷口を塞ぐ。自分の皮膚構造を擬似的に変化させる……といった感じ。
「……この使い方をすればよかったんだ。」
若干痛みは残っているがほとんど完治した。
私が無力だったばかりに……証の使い方を慣れていなかったばかりに、ミカちゃんを失ってしまった。
クレオールの力があっても尚、間に合わなかった。
どうしよう。ワープされたからこのまま追うことはできない……まずは樹と合流したほうが良いか……
翠教という情報を頼りに、樹と合流してから探しにいくか。
そう思って私はまた樹の元へと戻ることにした。
そんな時だった。
「……?なにこれ……」
私のペンダントが光った。
私はそれに触れる。
「……あーあー、聞こえるか?エマ。」
私が触れたペンダントからは樹の声が聞こえてきた。
「どういうこと!?これ!!」
通話……遠距離で喋れる……やつ??
「いやぁ……ペンダントは確か一定距離なら通話できるんだったっけ……と思ってな。」
ペンダントを使った通話なんて今までやったことがなかった。
見たのもアールがカーラちゃんと通話してたところ……くらい。
帰還申請ができるところからも、機能があるらしいことは知っていた。しかしテトラビアみたいなペンダントの使用者が多い場所で特定の人と繋げるのはなかなか難しい……だからこそ使ってこなかった。
それに帰還申請はそもそも受信機となる腕輪に対して行う。だからペンダント同士での使用……には驚いた。
「びっくりしたよ!!」
「ごめんごめん。それで今、そっちはどんな感じだ?」
「……ごめん。ミカちゃん……攫われちゃった。」
「攫われた!?どうして!!誰に!!」
「翠教……そう呼ばれる人に攫われちゃった……抵抗したんだけど……ワープの力を持ってて!!本当にごめん……」
私は泣きながら謝る。
私は樹の相棒として失格だ……きっとそうだ。だって樹にとっての大切な人を……。
「分かったありがとう……泣くなエマ。」
「……え?」
「俺はミカを追いかけなかったんだから……十分だよ。寧ろ戦ってくれたんだね……俺の方こそ任せてごめん……合流して、みんなで探そう。」
私はミカちゃんを追っかけてあの建物から飛び出した。
樹は来なかったから多分教祖の人……とかを説得したりしてくれたのだと、そう信じている。
樹は樹のやるべき事をやったはずだから、私は申し訳ない。
「……うん……そっちはどうだったの?樹。」
「ん?ああ、お父さんと話し合った。俺と彼は一緒にミカを追いかけて、謝らせるつもりだ。」
「……そっか!」
樹はお父さんを説得出来たっぽい。
なら、みんなで合流しよう。
「どこで合流する??」
「ん〜、流石に山頂はあれだし……メーテールに行こう。それにもう夜だしな……」
「了解!!」
私はその通話を切って辺りを見渡す。
ミカちゃんがいたところ……そこに何か光っているものが見えた。
「……これは水を出してた勾玉?」
ミカちゃんがいた場所には水を出すことができる証の勾玉のブレスレットが落ちていた。
「……絶対助けるからね!!ミカちゃん……」
私はそのブレスレットを拾い、握りしめてそう決意する。
私は飛び、ミカちゃんの行方が目視できるかどうか探しつつ、メーテールまで向かう。
* * *
「ここがメーテールか。」
「そう。森の中にある小さな村だ……」
「お待たせ〜!!」
俺とヘイルのところに、エマが来た。
「じゃあ……今日のところは遅いし、適当にご飯食べて寝よう……」
「分かった!で、この教祖さん……?はどうしたの?」
「ヘイル・メーテール、ミカの父親だ……ミカには大変すまなかったと思っている。樹くんに思い知らされた……本当にありがとう。君たち。」
ヘイルはエマにも頭を下げる。ヘイル・メーテールっていうのか。この人の本名。ならミカもミカ・メーテールか。
「しっかり仲直り、してね!」
「勿論、そのつもりだ。」
しっかり改心してくれたみたいでとてもよかった。
その日はヘイルと共に3人で宿に泊まって寝た。エマにもヘイルから聞いたアポロンとかの情報は共有しておいた。
勿論ヘイルの家……この時代のミカがいる家もあるが、本当のミカもいるし、攫われたことも知っていたから宿に泊まった。一応ヘイルさんは俺たちが未来から来たってことは知らないのかな?
ミカが攫われた為当然ぐっすりと寝れるはずもなく……
次の日の朝、俺は眠気と戦っていた。
「樹……大丈夫?」
「ああ。なんとか……」
「おはよう。二人とも……早速だが、あてはあるのか?」
ヘイルは俺たちの方を見る。
「そう、それについてなんだけど、翠教ってのをヘイルさん知ってる??」
「翠教か……神山教と同じくアレスの4大宗教に名を連ねる主教の一つだ。主に魚人……エランズ辺りの宗教だ。」
「その翠教の人にミカは攫われたんだよな。」
「うん。」
「ならエランズに行くのが妥当……か。」
「翠教はアポロンの手がかかっていると言う噂もある……本拠地はヴィケールの可能性もある。」
「……どちらにせよ戦争中の国家か、その真下って訳か。」
「そうだな……我々が仕掛けた戦争だ……迷惑をかけてすまない。一応リエとジャックには戦争を止める様に動いてもらう事にした。」
「まあ……仕方ないかな。できれば神山教の人達でなんとかして止めてもらいたいけど……!」
「……申し訳ないが神山教の力では完全には止めることはできないだろう。しかし核の使用は2日後まで禁止にしているそう動いているはずだ。だから猶予は少なくとも2日ある。」
「……じゃあ、2日間で何処かにいるミカを救出して、できれば核戦争も止める……そしてヴィケールのアポロン直轄になっている部分を叩けれそうなら叩く。それが理想だな。」
一番良いのはそれだ。正直、ミカさえ戻れば守護神器は次探せばいい。守護神器はきっとアポロンが持ってそうだし。
時間移動ができるようになった以上、死ななければ問題はない。
「そうだね。流石に難しそうではあるけど……」
「現実的ではないな。できてミカの救出と、ヴィケールに対する直接攻撃といったところか……」
戦争を止める方はあまり期待しないでおこう。判断としてもそれが無難だと思う。
ヘイルは俺とエマを軽く見つめ、何かに気がついた。
「……ん?そのブレスレット、どうしたんだ?」
「あ、これ?これはミカちゃんが落として行ったの……攫われた時に!」
ヘイルはそのブレスレットを見て急に固まる。
「……それ、一体どこで見つけたんだ……」
「多分火事が起きた時だな。」
「うん、そうだと思う!」
「どうかしたのか??ヘイルさん。」
恐らく火事が起きた時、ラヌーを追いかけて行った先でミカが持ってきた。そうだろう。
「……それこそが、私たちの研究の産物。私の妻ニアの形見……『水面の証』だ。」
「これが?」
俺はエマが持つ勾玉のブレスレットをまじまじと見る。みなも……の証か。
「そうか……その証は残っていたんだな。」
ヘイルは嬉しさからか涙を流し始める……
「……グラヌ!!」
その場を壊すかの様に急に聞こえて来たその鳴き声の方を向くと、3人の目の前にはあの時の子供のラヌーがいた。
次の瞬間……そのラヌーはヘイルに飛びついたと思ったら、ブレスレットを口で加えて奪ってしまった。
森の近くだった為近付いているのに気が付かなかった。
「……こら!!それはニアさんの形見!!」
「追いかけよう。ヘイルさん!」
「ああ。」
俺たちは必死にニアさんの形見である勾玉のブレスレットを奪ったラヌーを追いかける。猪のような動物……である為速度の証を使っても追いつけるかどうかは分からない。そんな早さだった。
俺はヘイルさんを浮かせて手を握って引っ張る形で、速度の証を使って加速する。
「どこまで行くの!!待って!!」
そこは急に森が途切れていた。
いや違う。火事現場の所だ。
俺達がダムを作った、あそこ。
「……もしかして、ここ?」
「ここか。ここからミカはこの証を探してきたのか。」
その子供のラヌーがいる場所、俺たちの目線の先には廃墟があった。
「……ここは2年前に放棄された……私たちの研究所……。」
「そうなの!?」
そう言うことか。ここが研究所で、ここがニアさんが死んだ場所。
だからニアさんの形見があったのか。
「……お前、ここに俺たちを案内してくれたんだな。ありがとう。」
そのラヌーにヘイルは近寄ると、ラヌーはその場にブレスレットを落とし、花を使ってヘイルに寄せる。
「……くれるのか??」
「グヌ!!」
その刹那、俺の左耳からなにやら声のような物が聞こえた。
「ヘイルさん……」
確かに、そのラヌーの方向からそう聞こえた気がする。
「何の……声だ?」
「どうかした?樹。」
「そのラヌーから、声がした気がしたんだ。」
俺がそう言ってラヌーに視線を送るとそのラヌーは真剣な目線で俺の事を見つめていた。
「……もしかしてエマ、そのラヌーに対して変化の証って使えるか??」
「ん?どうかしたの??」
「そのラヌー、何かを訴えかけている気がするんだ。人間の姿に出来れば、喋れるんじゃないか?」
「分かった!やってみる!!」
エマはそのラヌーの元に行って、ラヌーに変化の証を触れさせる……
ラヌーのその小さな体は、質量はそのままに人間へと、小さな土竜人の女性の姿へと変化していった。
「……まさか、君だったのか?ニアさん。」
……二人はまた、再会する。