第一章特別編 目標の果てに
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神の器の追跡者-Traces of Tetravia- 第一章 旅人の記録 は物語全体のプロローグである為4話で終わりとなります。第5話から第二章になります。
今回の話は樹とエマの話では無く「統括者のアール目線」で書く、旅人の記録の前日譚になります。
「ユー……俺は頑張っているぞ……」
俺は姉であるユーからもらったそのテトラビアのペンダントを握りしめてそう呟く。
* * * * *
その日は朝日が綺麗だった。
「今日もまた……仕事か。」
「起きた〜??アール君!!」
宿の娘、リナは毎朝いつものように俺の借りている部屋の扉を勢いよく開けてくる。
「ああ。起きている。」
「じゃあ、早く着替えて仕事手伝ってね!!待ってるよ!!あ、その前にその部屋の掃除だけ忘れないでね!」
その茶髪で元気な獣耳をつけた少女、リナはそれだけ言ってまた帰る。
「……はぁ。頑張るか……」
俺はそう呟いてから着替えを取り出し、着替えてその部屋の掃除を始める。
テトラビアに来た目的はお金を稼ぐ為、ともう一つある。その目的の為に俺は魔法統括システムに興味を持っていた。
とは言うものの、魔法統括システムの元で働くと言うのは簡単ではない。要するにテトラビアの公務員であり、それなりの条件がある。
テトラビアに4年間滞在し、分かったことがある。
テトラビアの公務員に当たる統括者か巫女になるには、明確な試験などが行われるわけではない。なる為には魔法統括システムから選んでもらわないといけないと言う。
つまり自分から何かをする為にどこかに行くわけではないんだ。
統括者は俺の故郷にあった警察と同じだ。治安を守ったり、誰かを助けたりする何でも屋でもある。統括者になると統括署という犯罪者を投獄する場所と同じではあるが、衣食住を揃えて貰えるというメリットが存在する。
その統括署の建物に行っても中に入れてもらうことすらできなかった。
巫女は神器を使う職業だ。それぞれ神器近くの事務室が仕事場になる……らしい。こっちは特に興味がない為実態はよくわかっていない。
俺は統括者を目指して、この4年間で数名の統括者と接触した。
北の街アルトポリスでゴミ拾いをしていたその派手な緑色の鱗を持った魚人に俺は声を掛ける。
「すみません。貴方は統括者ですか?」
俺はそうやって話しかけた。巫女はあるかも知れないが、統括者には決まった制服などが無い。
その為事件が起こっていない場所で、まるで一般人のように振る舞う彼らを見つけるのは至難の業だ。違う可能性もあるが、勇気を出す。
ただ、何となくわかって来た。ゴミ拾いや人助けなどそう言った活動を自分からしている人が統括者である可能性が高いとわかって来た。
「ああ。そうだけど……どうかしたかい?」
「俺、統括者になりたいんです。なる方法ってありますか?」
俺はその魚人に対して聞く。
「統括者になりたい?そうか……うーん。俺は何となく生活してたらなれたな。」
「何かやったらいいこと……とかあります?」
「うーん……俺は確か……紋章の善行……の項目が上がるように生活はしていたかな……」
「善行……」
俺は自分のペンダントに手を当てて、紋章を出す。
「そうそう、その善行:2って書いてあるところ。ここを確か30くらいまで上がったときに俺は急に目の前に光が現れて、統括者になる為の契約書が落ちて来た。」
「ありがとうございます!!頑張ってみます!」
「まあ、それが原因かどうかはよくわかってないが……がんばれ!一緒に仕事できるの楽しみにしているぞ。」
統括者、巫女は公務員だとはいえ、テトラビア出身者に限定されるわけではない。明らかにテトラビア出身ではない魚人のその人ですらなれているんだ。
つまり浮遊都市ソアロン出身の俺にだって、なれる可能性はあった。
「早く統括者にならないと……早くあの力を手に入れないと……故郷は……」
俺は日々、そうやって焦って生活していた。
「アール君って、どうしてここに来たの?故郷の国って確か裕福だよね?出稼ぎに来るようなイメージないけど……」
客が使用した後の宿の部屋を掃除しながらリナは俺にそう問いかける。
「統括者になりたくて、テトラビアに来たんだ。お金も必要だけど、お金だけのためじゃない。」
「へ〜、意外だね。統括者に自分からなろうとする人って少ないって聞くし……」
「そうみたいだな……」
「統括者になれたら……ここ辞めちゃう?」
リナはどこか悲しそうな目で俺のことを見つめる……
「ああ……悲しいがそのつもりだ。悪い。」
「そっか……」
リナはそう小さく呟く。
「じゃあ、残り少ない時間、大切にしよう!!」
リナはベッドに座って改まって元気に言う。
「知ってるんだよ?私。アール君が夜にいつも自分の紋章を出してるの。」
「な……バレてたのか??」
急に恥ずかしくなってくる……知られていたのか。
「勿論!統括者になりたいからこそ、選ばれる為に何かをみてるんでしょ?」
「……まあ、そうだ。善行のところをな……上げなくちゃいけないんだ。」
「今いくつ??」
「今は24だ……30になればなれるらしい……」
「じゃあもうすぐだね!頑張って!私はアール君の事応援してるよ。いつでも!」
この宿で働き始めて2年になる……2年も働いていたからこそリナとはだいぶ仲良くなった。
この宿が名残惜しくない、といえば嘘になる。
「統括者になっても、偶にはここに泊まりにきてね……」
「勿論だ。こんなテトラビアで一番大きくて立地もいい、それで食べ物も美味しい何もかもが満点な宿、来ないわけないよ。」
「ありがとう。私は絶対お母さんの後を引き継ぐからね!!」
「そっちこそ頑張れな。」
「うん。」
まだ統括者になれたわけではない。けど俺たちはそうやって約束を交わした。
その数日後、ついに俺の元に魔法統括システムから紙が降りてきた。
「……統括者の……契約書……?」
「遂に来たんだね……アール君。」
「ああ。遂にやったんだ……」
俺はその契約書をまじまじと眺める。
『この契約書にサインした時点で貴方は統括者として認められ、この契約書自体が統括署へのパスポートとなります。紛失した場合は……』と書かれていた。
「これにサインすれば……俺はついに統括者になれる……のか。」
「本当すごいね……アール君は……」
「今までありがとう。リナ……」
俺は椅子に座ってペンを取り出し、その契約書にサインした。
「ちょっと飲み物でも買ってくる!」
「行ってらっしゃい……アール君。」
俺は遂に、統括者になれたんだ。4年前から待ち望んだ統括者に。
統括者になれた後はもうやることは一つ。
お金を手に入れつつ統括者として各地をまわり神器の力を手に入れて故郷を救う。俺は姉さんと共に幸せに暮らすんだ……
そう思って俺はオーセントの街並みを歩く。
「あ、巫女さん。」
「アールさんでしたっけ……どうかしたんですか?」
俺の気分が良いことを巫女のカーラ・ミラーは簡単に見抜く。
「ああ。念願の統括者になれたんだ。」
「それはそれは、おめでとうございます。テトラビアの治安維持など、頑張ってください!」
「勿論、頑張るつもり。」
俺はそう言ってカーラの元を離れた。
俺は飲み物を買って、また宿に戻る。
宿に戻るとそこにはいつか見た魚人の……統括者の人がいた。
「お、遂に君統括者になったんだね!」
その魚人のお兄さんはそう俺に話しかける。
「あ、魚人のお兄さん……同業者として、後輩として……これからよろしくお願いします。」
「あはは、そんな畏まらなくていいよ。タメでいこう。俺はフュー、よろしく。」
「俺はアールだ。……よろしく。」
そのお兄さんは笑って俺に対応する。
「ところで、俺の部屋の前で何していたんですか?」
その魚人の統括者は俺が使っていた部屋の前にいた。その右手には紙がある。
「仕事で来ただけだよ。」
「仕事?何かあったのか?この宿で……」
「そうなんだよ……」
そう言ってその魚人は俺が使っていた部屋の扉を開ける。
そこには、リナが……俺の使っていた椅子に座っていた。
「リナ・パーセル。君には魔法統括システムから逮捕状が出ている。」
「……は?」
俺の頭は真っ白になった。リナが……捕まった??何故。
リナは俺が使っていた椅子に座り、呆然としていた。
「どう言うことだ……?」
俺はリナが座るその椅子の足元をみる。そこには俺の契約書がビリビリに引き裂かれて落ちていた……
「リナ・パーセル。彼女は君の統括者としての契約書を破った。これは重大な統括法違反だ。署まで同行してもらおう。」
俺の頭は意味がわからず困惑していた。
「リナ……どうして、どうしてそんなことをしたんだ!!応援してくれるんじゃ……なかったのか!!」
「ごめん、アール……君。私はやっぱり貴方にここにいてほしい……いや、一緒にまだ過ごしたいの……だから、こうすれば一緒にいられる……かなって。」
リナは俺と離れたくない、その気持ちで俺の統括者としてのパスポートの契約書を破いたのだ。
「ごめん……アール君。私は抑えられなかったの……その気持ちを……」
リナはそう言って泣き出した。それ程に、抑えられなくなる程に俺にここにいてほしいと思われていた。それは何ともいえない複雑な感情を俺の中にも巻き起こす。
「本当に……ごめん。私、やっちゃいけないことをしたよね……今になって……事の重大さがわかって来ちゃった……」
「リナ……」
「……ごめんね……私犯罪者になったから……もうこの宿の経営はできないかな……」
リナはグチャグチャに泣いていた。自分の気持ちの整理ができていないんだ。
俺と一緒にいたいという感情と、俺の夢を叶えさせたいと言う感情、それに自分がお母さんの後を継ぐと言う感情、そんな気持ちが入り混じっているのだ。
「リナ・パーセル、悪いが署まで来てもらう。懲役2年だ。……因みに、君の統括者としてのパスポートはまた再発行してもらえるから安心しな。」
その魚人のフューはリナにそう告げた後、俺の方を振り向いてそう告げる。
確かに、統括者になれるのはよかった。でも、リナをこのままにしておいて良いのか?あいつの夢はこの宿を継ぐことだろ?それに、再発行してもらえるなら罰なんてある必要無いだろ……でももう、諦めるしかないのか?
「待ってくれ……リナを、リナを救う方法はないのか?」
俺はいつの間にかフューにそう尋ねていた。
「ある事にはある。真神器の使用だ。『綻びの書』を使用すればリナの刑期はなくなる。だが、それでリナに何が起こるのかは俺も知らない。」
「じゃあ、それで……それにしよう!そうだろ?リナ……」
「うん……ありがとう……アール君。私のためを思って……」
「当たり前だろ!!2年間一緒に生活した仲じゃないか!!!」
俺はリナの泣き崩れる顔をしっかりと見つめて、そこで笑う。
「泣くな。リナはここを継ぐ、立派な人だろ?」
「……うん。」
そうして俺たちは真神器『綻びの書』を使用する為、かつて俺がフューと出会った地、テトラビア北に位置するアルトポリスへとやってきた。
そこには、水に沈む巨大な街があり、その中心部には巨大国立図書館がある。
「ここだ。この図書館の地下に『綻びの書』はあるはずだ。この紙に書いてある。」
「……行こう。リナ。」
「……うん。」
俺とリナ、フューはその図書館の内部へと足を運ぶ。
「統括者のフューです。罪人の、『綻びの書』の使用を要求します。」
フューはそう図書館の受付に話す。
「此方へどうぞ……」
その女性に招かれるまま、図書館の地下室へと俺たちは階段を降りていく。
「着きました。これが真神器『綻びの書』です。」
「これがそうか。」
「……長い事統括者をやってきたが俺も初めて見るぞ」
フューもそんな反応を見せる。
俺たちの目の前にあったのは巨大な本だった。開かれた巨大な本は神々しく光輝き時計の針のような、神器の力の結晶だと思われる物を持つ。扉と同じだ。
「ところで、その要件は何ですか?」
「これを貴方が持てば……多分内容がわかると思います。」
フューはその手に持っていた紙をその女性に渡す。
「……わかりました。書の巫女として、この使命引き受けましょう。」
「ああ。頼む。」
俺はそう呟いていた。
その巫女がその『綻びの書』に触れた瞬間、眩い光が俺たちの視界を埋め尽くした。
* * * * *
それから数ヶ月。
俺は、統括者として毎日忙しい日々を過ごしていた。
「……明日の仕事……オーセントで、逮捕者、千歳樹か。」
「……久しぶりにここで泊まるか。」
俺は数ヶ月前まで働いていたその宿に入る。
「……お客様、ご利用は初めてですか?」
「……まあ、客としてなら初めてだな。」
「そうですか……貴方とは確か、どこかで会った気がしますね……」
「……そうかもな。」
その宿で、リナ・パーセルはそうやって受付対応をする。
「……夢を叶えれたんだな。」
リナの胸元には女将としての印が付けられていた。
「……ん?何か言いました?」
「……いや、何でもない。」
……その二人の夢は、歪な形で叶うことになった。
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