第045話 古代建築の魔法
俺たちの目の前、オーセント最西端から1キロくらいの場所に広がる西の遺跡は地盤沈下し、巨大な渓谷が現れた。
「博士は地下空間があると言っていたけど……まさかこんな大きな谷があったなんて。」
「そうだね……しかも、谷と言うよりかは地下集落、いや鉱山……かな。」
土煙舞うその渓谷にはかつて使用されていたような建物の跡や階段の跡、それに線路と思われるものすらある。
そしてその渓谷の全長は1キロはあるだろうかそしてそこは見えないほど深い。側から見たらとんでもなく巨大な地割れが生じたようにしか見えないだろう。
「……西の遺跡、大変なことになっちゃったな。」
「ごめんなさい……私がトドメをさしちゃったみたい……」
ミカは俺たちに謝る。謝っても正直どうしようもすることはできない。元々相当崩れやすくなっていたのだろう。
しかし、これではレトーンへの道すらも渓谷によって塞がれてしまった。
「流石にレトーンへの道が潰れたのはまずいか……」
西の遺跡は遺跡と魔法の街レトーンまで広がる巨大な遺跡であり、レトーンとオーセントを繋ぐ道はこの巨大遺跡の内部を横切る形で存在する。
対岸まで30メートル程のこの巨大渓谷を渡る手段がないと物流が止まる可能性がある。全てが全て、扉での移動をしているわけではないからだ。
「そうだね……橋とかは必要かも!」
「ちょっと、なんとかしてみるか。」
俺はそう言って右手を握り、近くに生えていた木々を重力の証の力で持ち上げる。
それをそのまま橋にしようとするが、その木は5メートルもない。30メートルなんて届くはずがない……駄目だ。
「でも、それじゃあ……全然足りないよね……」
「そうだな……」
「お姉のその髪飾りでどうにかできないかな!」
ミカがエマの髪飾りを指さして提案する。
「確かに。構造を変えるのならばそれで細長い棒とかを作れば……」
「うーん、どうだろう……やってみる!」
エマは自分の髪飾りに触れてそのまま木に思いを込める。
そうするとその木は細長く変化していく。
やはり、変化の証の力は質量などをそのままに、形だけを変えるような証で間違いなさそうだ。
「すごーい!!」
「でも、これじゃあ逆に細すぎて、すぐに折れそうだな……」
「そうだね……駄目そう。」
その木は長くなったが、直径10cm程度の丸太になってしまった。流石に長さの割に太さが無さ過ぎて、複数本使って組み合わせたとしても折れてしまいそうだ。
「……うーん。困った。このまま放置しておく訳にもいかないし……」
「何事ですか??」
俺たちの後ろ、オーセント方面からその声は聞こえてくる。
「お前は!!」
「ああ、あなた達ですか。」
そこにいたのはレトーンの魔法大学で学生をしていた、いかにも優等生っぽい雰囲気の赤髪の青年だった。
「ジェーン教授の研究室……にいた人だったか……」
「はい。僕は無事魔法大学を卒業し、こうして統括者になりました。」
その青年は俺たちに頭を下げる。彼は統括者だと名乗った。つまりアールと同じテトラビアの警察と言うわけか……本当にエリートっていう感じだ。長年頑張ったと言っていたアールとは違い、こんな短期間で統括者に選ばれたわけだから。
「統括者が何の用なの??まさか私を??」
逮捕されるのかと、ミカはその青年に怯える。
「心配しなくていい。僕はメルト。メルト・レイ・エルフォードだ。統括者だけどここには調査と事故への対応に来ただけで、逮捕しに来たわけではない。」
「なら……よかった。」
ミカはその言葉を聞いて本当に安心した声を出す。
「まあ……きっかけがミカちゃんだとはいえこの規模の陥没は予想できなかったからね……」
エマの言う通りだ。それに今までの採掘や調査も陥没の原因だろう。つまりミカだけの原因では無いから捕まえたりは出来ない。
ここが人の住んでいない遺跡でよかった。
「僕は魔法統括システムに、調査と共に可能なら橋をかけるように使命を受けてここに来ました……最初事故と橋……と書かれていて意味が分かりませんでしたが、ここにきて分かりました。エマさん。いいですか?」
「……私?」
メルトに急に名前を呼ばれ、エマは人差し指で自分の顔を指差しながら困惑する。
メルトの右手にはアール俺を逮捕した時と同じように、魔法統括システムから受け取ったと思われる紙があった。
そこに橋の修復と、エマの名前か頼れとでも書かれていたのだろうか。
「はい。魔法統括システムによると、あなたの力があれば古代魔法マテリアルコンストラクションを使えると書かれてます。」
「古代魔法……マテリアルコンストラクション……」
「名前的に建築魔法か?」
やっぱり、その魔法統括システムから受け取ったと思われる紙にエマと魔法が書かれているみたいだ。
「じゃああれかな……初代魔王が城を作った建築魔法……かな!」
「魔法で建築できるの!?」
ミカは目を光らせる。
「橋をイメージしながら、マテリアルコンストラクション……でいいのかな!」
「多分魔力があればそれで行けるはずです。魔法を使用する方法はどんな魔法かを知ることと使えるほどの魔力がある事。それが条件ですから。」
「じゃあ!!」
エマは髪飾りに触れてクレオールの姿になる。そっちの方が魔法を使いやすいのかもしれない。
魔王が古代に使った魔法だからこそ魔族の方が使うときに適しているのかもしれない。
「これならもっとやりやすくなる……かな。」
「……クレオールだったのか!!なるほど……そう言うことですか。」
メルトはエマの姿に驚いて後ずさる。
「じゃあ、橋を建てるね。マテリアルコンストラクション!!」
エマは右手を伸ばしてそう唱えると黒光するレトーンの街並みに似ている橋が建築されていく。
かなり頑丈そうな見た目をしていた。
「……へへ!上手くできたみたい!!」
「すごい!!お姉!!」
「……クレオールの力……これほどだとは思いませんでした……」
メルトは引きながらエマの魔法を見つめていた。
「エマはクレオールの力を使いこなしているから、ディザスターを起こす心配はない。そんなに引かなくてもいいと思うぞ〜。」
離れすぎて近くの木の裏にまで隠れていたメルトに対して呆れた目をして俺が説得する。
「……そう、ですか。僕はその研究をしていたので勿論わかります……一度制御できれば安全な事も理解できてます……けど。魔族だし……ちょっと怖い。」
「そんな事気にしてたら終わりだろ……」
「もう、今は人間だから!!」
エマは魔族と言われて訂正する。
「そうだ……その姿、どのように?」
エマはまた聖女のような白髪青目の姿に戻る。
「ああ、これ?これは真神器『尊びの鏡』の力で人間になったの!!あとこの髪飾りでいつでも魔族とかにも戻れる感じ!!」
「……真神器……それで対立している人間に好んでなろうと思う魔族がいるだなんて……面白いですね。」
メルトは前にエマを揶揄ったように軽く笑う。
「……そうだね……でも私は自分の故郷を、テラリスを闇に包んだから……ね……そのケジメ!」
「……そう言う事ですか……つまりテラリスを飲み込んだ闇、斧を抜いた男の映像……貴方ですか……元仲間から連絡が来ました。帰りはしませんが。」
メルトは俺の顔を見る。
「お兄……?」
「ああそうだ。俺があの映像を見せた。だがあの鉞は元々テトラビアの物で必要なんだ……恨みたいなら恨んでくれても構わない。」
メルトの故郷もテラリスのはず。鉞を抜いて恨まれるのであれば恨んでもらってもいい。そのくらいの覚悟で俺はあれを抜いた。
「別に恨んではないです。僕はどんな形であろうと故郷は故郷だと思ってますし。」
「ならよかった。」
メルトは特にその件について変に思ってはいないようだ。
「ところでお兄さん、ここへはそれだけの用できたの?」
「はい。ここは事故の原因調査とこの道路の復旧だけなのでもう次の仕事が来るまでは暇ですね。」
メルトの持っていた紙は光の粒子になって消えていく。アールの『滅びの盃』の時と同じだ。
メルトに対してミカが聞く。
「なら、私たちと一緒に神器の調査とかやらない?」
ミカはメルトに対してそう提案する。
「……神器か。時代遅れとはいえ姿が変わるほどの力……多少興味はあります。」
「そうか。とは言うものの今は神器の素材のインガニウムを探しているだけなんだ。」
「インガニウム……魔石に近い構造の結晶ですね。わかりました。自分に出来る事なら何でも協力します。暇なので。」
「いいのか?」
「……はい。統括者は50人以上いるので仕事はそこまで多く回ってきません。それこそテトラビアが平和という事ですが……」
今まで統括者はアールとメルトしか出会ってなかった。つまりそれほど少ない人数で、十分なのだろう。
「まあ、テトラビアは平和だもんね!」
何も知らないミカはそう言う。
「……平和じゃ……ないけどな……」
だってテトラビアで槍は使われるし、魔王は復活するし、ここは陥没する。全然平和じゃない……
「まあ確かに私たちの冒険はちょっと……平和じゃなかったね。」
「……そうですか。」
不思議そうにメルトとミカは俺とエマを見つめる。
「じゃあ、次の依頼が来るまで貴方達と共にインガニウムを探しますか……」
「やったー!!」
ミカは分かりやすく喜ぶ。
「よし。準備はいいか?この渓谷を降りていくぞ……」
……メルトを加えた俺たち4人はその渓谷に降りて行く。そこには一体何が待ち受けているのだろうか。




