第004話 悠久の呪縛
水路が急に終わり、水路の水が滝の様に流れる広い古代遺跡の様な空間に出た。
「ーーついたぞ。あれが『滅びの盃』だ。」
アールが指差す先、そこには『結びの扉』と同じ時計の針の様な物を持つ、巨大な盃があった。
「これが、真神器の『滅びの盃』……やっぱり時計の針みたいなのはこれにもあるね!だとしたら樹のあの予想も正しそう!」
エマは飛び跳ねるように燥ぐ。それもそうか。神器があることは知っていてもこの場所を見つけるのはほぼ不可能に近い。この件がなければ、エマはこの神器を見つけることができなかったのだろう。
「さあ千歳 樹、お前に出ている逮捕状はこうだ『滅びの盃は疫病を消し去る真神器、それに例のウイルスの撲滅を願え。その願いは関係者による代理でも構わない。但し、その願いを行わない場合は懲役10年とする。』と。」
アールは俺に対して持っていた逮捕状をまた、見せつけた。その逮捕状の文章の下にはこの場所を示すと思われる地図が載っていた。
その地図は人が描いたとは思えないほど正確だった。これを描いたのも魔法統括システム、というシステムなのだろう。
つまりは、アールもただ導かれるままここに来ただけで、知らなかったのかも知れない。
「関係者による代理でも構わないって、それ私のこと!?樹がやらなきゃ私がやるの?だから連れてきたの!?」
「……ああ。そう言うことだ。お前がやってもいいんだぞ?」
そもそもこれは俺が原因となった話だ。エマに代理をさせるようなことはできない。
「わかった。やろう。具体的にはどうすればいいんだ?」
アールに手錠を外してもらい、ようやく自由の身を手に入れた。が当然逃げ出すなんてことはしない。
「盃に対して手を翳し、願いを心の中でも声に出してでもどちらでもいいから思えば良い。神器は人の願いを読み取る。術式なんてものはない。」
なるほど。結びの扉の周りにある祭壇に対し術式を唱えている様に感じたカーラの言動は、扉に対して願いを唱えていたっていう事か。
「わかった。」
俺は目を閉じ、そっと滅びの盃に手を添え、「俺と共にこの地にやってきたウイルスを撲滅してください。」術式などない。というアールの言葉を信じ、自分なりに願いを唱える。
その刹那、見覚えがある景色へと周りが変化していた。
「……はっ!」
目を開けるとまたあそこに居た。
「ーー何だここ、いやまたここか。」
そこはテトラビアにきた時と同様のSFチックなワープの時のような謎の空間にいた。唯一違うとすれば、正面にあるものは扉ではなく、盃だ。
「我は『滅びの盃』に宿る悪魔である。ニンゲン、我の使用を欲するか?」
あの時と同じように、今回は悪魔と名乗る謎の声が聞こえる。
「ああ、勿論。この国を疫病から救ってくれ。」
俺は盃の悪魔に対しそう答える。
悪魔といったその声の主は相変わらず見えない。
「……我に対するその態度、その勇気ある覚悟は認めよう。ただしニンゲン、そのウイルスが繁栄する未来をどう見る。」
質問の意味がわからない。
「……未来をどう見る、ってどういう意味だ。」
「ウイルスと言えど、その正体は命ある物に変わりはない。ニンゲン、自然の摂理に反し、繁栄するはずの命を抹消するということの重大さ、それに対する覚悟があるのかと聞いている。」
所詮ウイルス。人間にとっては害しかない。彼らのことを考えることはできるのかと言われたら、そんな事考えたくない。
多くの人々が苦しむ方が、勿論悪いに決まっている。それに、俺はもう大切な人を失いたくないんだ。魔法統括システムが俺を罪人にするほどの物ということは、即ち感染者が出るということ。つまりはエマやカーラが感染する可能性が高い。死ぬかどうかは別として、俺を助けてくれたり、助手として受け入れてくれた人たちに迷惑をかけたくはない……
そう決意する。
「勿論ある。これは俺のケジメだ。ウイルスがたとえ生命とはいえ、多くの人の命を奪う状況を俺は俯瞰してはいられない!もう人の死も、人からの圧力も懲り懲りだ!!」
「ほう、それが結論か。ニンゲン、お前の覚悟確かに受け取ったぞ。お前の願いの代わりに、彼らが生きるべくして撲滅された時を与えよう。永遠の牢獄を苦しむが良い。フハハハハ……」
盃の悪魔と名乗るその声は笑いながらそう言った。
その刹那眩しい光に包まれた。
「……い……!!つ…き!!……樹!!!」
遠くからその声が聞こえてきて、目が覚めると俺は盃の前に倒れていた。
「大丈夫!?」
エマが俺の視界に入ってくる。いや、これは膝枕か……って膝枕!?ちょっとしばらくはこの状態を噛み締めよう。そう思う。
「ああ、大丈夫だ。」
「まったくもう!盃に触れたと思ったら、急にその場に倒れてちゃうんだから……」
「そうだったのか……ごめん。」
俺はその涙が見えるエマの瞳を見ながら謝る。
「まあ私が気付いて咄嗟に助けたから頭とかは打たなかったけど、心臓の鼓動は聞こえないし、急すぎて死んじゃったかとめちゃくちゃ心配したんだから!!」
俺の腹部にはエマの手があった。
もしかして、魔族と人間で心臓の位置違うのかも……?と思いながらエマの話を聞く。
「あれ、でも今も鼓動がない……」
どうして?とさらに表情が変わって心配するエマ。
「……いや、大変申し上げ難いけど……そこ、心臓じゃないです……」
俺は言う。
「へ?」
何のことだ?って顔をするエマ。
「だから、魔族と人間で心臓の位置が違うんじゃないかって……?」
気がついたようだ。
「もう!!私の心配返して!!最低!!!!」
「ペチン」と俺の頬はいい音を鳴らし叩かれる。
エマのその声は水路全体へと響いていた。
俺とエマは立ち上がる。
「ーー紙が、消えていく!!」
アールの持つ逮捕状が光の粒子に変わって消えていく様子をエマが見てそう言った。
「終わった様だな。盃の使用という刑罰が達成された以上、この逮捕状は勿論無効だ。お前は自由だ、千歳 樹。」
アールは確かに、そのフードの下で笑った。
「俺は次の仕事に行くから、じゃあな。」
アールは後ろを向いて新たな紙を受け取り、急ぐように走り出した。
その様子を見送って、エマは急に俺の服を掴んできた。
「よかったぁぁぁぁぁ!!無事で!!魔法統括システムはこれを刑罰の代わりに選んでたわけだから、もしかしたら死んだりでもするんじゃないかと思ってて!!」
「あはは、死ぬなんてとんでも無い。勿論この通りピンピンしてるだろ?」
「うん。よかった。2年もかけて初めて出来た仲間に、こんなところで死なれたら困るから!!」
その目には若干の涙が見えていた。さっきは叩かれたが、しっかり本気で心配してくれていたみたいだ。
エマの言う通り、確かに言われてみればこれが10年分の懲役の代わりというのは少し謎が残る。それに悪魔が言っていた永遠の牢獄、というのも気になる。勿論実際に牢獄に閉じ込められている訳でもないし体に変化は一切無い。
とりあえず、これでもう刑罰はないし、何も気にせずダガランに行くことができる。そう安心して、エマとのその一時を堪能した。
「帰ろう。」
エマの頭を撫でて、そう言った。
「うん!」
下水道を帰ろうと、盃のあった遺跡の様な空間から出た途端エマが気づいた。
「あ、アールっていうやつ!!私たちが魔法以外で灯になる物持ってない事知ってた癖に、先帰ったな!!」
「あ、確かに。この下水道魔法使えないし……」
言われてみればそうだ。使えなかった。
「……アイツ!!次あったら絶対シバく!!!!」
エマは強めの口調でそうアールに対して敵意を向ける。
「そんなことしたら次こそ逮捕されるぞ……」
「確かに!あははは……」
その会話の裏には確かに助手という関係以上のモノが、芽生えている様に思えた。
「でも今回の一件のおかげでフルーブにある神器が『滅びの盃』だって言うことも分かったし、その効果が疫病をなくせるだなんて、知らなかったから大発見だよ!!早速成果が出たね!」
薄暗い下水道の中でも、その表情は輝いて見える。
「そうだな、それに槍の話もそうだったけど神器イコール時計の針みたいな模様、っていうのも成り立ちそうだな。」
槍に対する確信も持てた。急な逮捕だとは言え、収穫はかなり大きかった。
「それもそうだね。一旦博士に報告してから、ダガランに行こっか!!」
ついでに研究費用とやらももらっていきたいな。と俺は考えながら、下水道を歩く。その目の前には出口の光が見えていた。
「ようやく外だ〜!!今からカーラに帰還申請出すから、オーセントに戻ろう!」
テトラビアの中心にあるあの扉の都市、オーセントって言ったんだ。それすら初耳だった。
「おう、よろしく。」
「ただいま〜!カーラちゃん!!」
「お帰りなさい樹さん、エマさん。」
扉を通ると数時間前に見覚えがある様な光景がそこにはあった。もう日は暮れていたが……
「樹さんが連行されてた時は何があったのかと、とても心配になりました。無事でよかったです。」
「まあまあ、私の助手だから!!勿論大丈夫よ!」
意味わからない理論だな。
「樹さん、エマさんの助手になったんですね。」
「ああ。故郷に戻る為にも神器を知ろうと思ってな。」
「良かったです。自分の道を見つけられて……」
カーラも安心したみたいだった。
「あ、そういえばカーラちゃん、槍のこと博士に説明してくれたんだっけ?」
「ええ、樹さん達がフルーブに行ってる間に報告しておきました。代わりに、博士からも伝言を預かっています。」
そう言ってカーラはメモ書きとお金を取り出した。
「『ちょっとフルーブに行く用事が出来たので、3日ほど研究所を開けます。お金は預けたので受け取ってね。』だそうですよ。」
「相変わらずあの博士ったら!」
その資金、いったいどこから出てるんだろうな。
「ありがとうカーラ。」
俺とエマはカーラからお金と伝言の紙を受け取り、その場を後にした。
「博士っていつもああなんだよね。まあ今度樹にも会わせてあげるね!!今日はもう夕方だし、買い物とダガランは明日にして、宿でも行こうっか!!」
「ーーそうだな。」
日本に戻りたい。その意思が揺らぐことはないが、ここから俺の第二の人生が始まる。そのワクワクには勝てなかった。
「……2名様ですね〜、身分証明のために紋章をお見せください〜」
宿に来た俺とエマ。そういえば紋章の出し方もしっかり覚えてないな。
「ペンダントに対して、紋章を出すように念じて!!」
「うーん。戸籍情報……出てこい!」
出ない。
「違うそうじゃない〜〜!!もっと強く念じる感じで!!」
呆れた様子のエマと、至って真面目な俺の会話がエントランスに響いていた。
「やっとできた!これでお願いします。」
俺は紋章を受付に見せる。
「……ん?この『呪い:不死』って項目なんですかね?不思議な項目ですね。」
「え?」
俺とエマは2人揃って同じ反応をした。
どうやら俺、千歳 樹はこの世界『テトラビア』にて不死になってしまったらしい。
「まるで本当にアニメとかの異世界転生みたいだな。」
「呪いっていう項目が紋章に刻まれてる人初めて見たよ〜、これは破滅の盃のせいなのかな?あっでも!不死って呪いっぽく無いし、いい能力なんじゃない?」
エマは案外楽観的にこの状況を受け入れてくれている。
「まあ、不死身になったっていうことはちょっと危険な事をしても大丈夫か……」
宿の受付で、腕を組むように俺はいう。
「だからって、何も考えずに戦争のど真ん中に割り込んだりしちゃダメだからね〜!」
心配しているのか、呆れているのか。その心はわからなかった。
「紋章の方、確認取れました。大丈夫です。これが部屋の鍵です。ごゆっくりどうぞ〜。」
見たことのない項目に驚いていた受付の娘さんだが、特に問題なく通してもらえた。
「まあとりあえず、盃が代わりの病気を渡してきたり、寿命を減らしたりとか、そんな悪い物じゃなかったのは安心だね!さあ、部屋行こう!」
悠久の牢獄。それはただ長生きできる、死なないという事なのだろうか。
不老不死は地球上の人類にとっては夢のまた夢であり、古代から不老不死を目指して水銀を飲む、などの事が行われてきた、そんな理想の姿だ。
だが、フィクションの不老不死の行き先は人体実験、又は大切な人を失い続け遂には地球が滅びても尚生きるような孤独や、5億年ボタン。そんな風にフィクションは定型化されている様にも思う。本当にそんな風になってしまうのだろうか。
それは嫌だな……
不安だが、今考えても仕方がない。とりあえずはこのチートな体を利用させてもらって、守護神器をエマと共に集め、テトラビアの神器を解き明かして、日本に帰る!ついでに不死も直してもらえればいい。それが最優先だな。
「よし。」俺は心の中でそう言った。
「こっちこっち〜!」
俺は廊下の先で手を振っているエマの元へと向かった。
その日は宿のおいしい食事を堪能し、就寝した。
……俺たちの冒険は、こうして始まった。