第039話 潤いの惑星と書物
「今の俺は……ミカのことを救える自信が無い……何かがあった時、じゃ遅いんだ。」
「……樹……」
エマは俺の方を改まって見つめる。その手は心臓部分にあった……
「ダガランでも、グレートドーンでも、ファレノプシスとの戦いでも俺は何もしていない……いや、何もできていないんだ……」
「お兄……」
ミカは悲しそうな表情を見せる。
実際、ダガランではフェイの証による助けがなければ、俺とエマは間違いなく死んでいた。俺は不死の力で死ななかったとしても確実にルーに捉えられていただろう。その後テトラビアに来たアスラという鳥人による殲滅の槍の使用も、止められなかった。魔法統括システムに助けてもらったのだ。
グレートドーンでも、俺はエマが戦っていたその様子をただただ眺めていただけだ。対ファレノプシスの戦いでも俺はインガニウムの共鳴反応を止める事はできたがとどめを刺したのはエマなのだ。
ソアロンでは、何もできなかった。
一度として、俺は自力でエマを助けることはできていない。むしろ、エマに助けてもらっているだけ、そんな弱い存在なのだ。
だから、ミカを調査仲間にしたとしても、危険に晒すだけになってしまうだろう。
「……樹は何もしていないなんてことはない!」
エマがそう、強く俺に訴えかける。
「……でも、実際俺は肝心なところでいつも助けてもらっているし……」
「肝心なところで、じゃない!!樹はルーに捉えられた私を救ったし、共鳴反応だってとめた。それに私の気持ちだって変えてくれた!!」
「……それは。」
「最後が誰にやってもらったか。守ってもらったか、なんかじゃない!!樹は最初から、私のヒーローなんだよ!!」
「……でも、ミカが調査仲間に加われば、俺は……」
「何言ってるの。そのグローブ、そのアンクレット、そのピアス……それは何のために手に入れたの?守るため……でしょ?」
……ソアロンで手に入れたこの証……重力の証と感覚の証……使い方はいまだにわかっていないが、俺に力を分けてくれる証。
もう、ファレノプシスと戦った時からも、新しい力があるんだ。
エマだって、クレオールに、証の力がある……
「……そうだな。もう、俺もエマも、出会った時のような無力じゃない……」
「そうだよ!!もっと自信持って!」
エマにそう元気付けられる。
「私もいるんだから、私と一緒に、今度は大切な真緒さんを。ミカちゃんを守ればいいじゃない!」
エマは俯いて暗い顔をする俺の顔に優しくそっと触れて、顔を上げさせる。
「それに、樹……貴方、気づいてないけどミカちゃん、強いよ!」
「え?」
……俺はエマに上げられたその顔のまま、目線の先にいたミカを見る。
「ん?」
行けないのか……と言うように悲しそうな表情を見せていたミカはその場で固まっていた。
「ね、ミカちゃん。貴方……その爪……ただの人、じゃないよね?」
エマはそう言ってミカに近寄りそっとミカのダボダボな服に触れ、手を見えるようにまくる。
そこにはまるで獣のような、爪があった。
「え?気づいてたの……?」
「勿論。私のクレオールの力、舐めてもらっちゃ困るね〜!!」
「……ミカ。お前……」
「あはは〜、ごめんねお兄。私は人間、の中でも土竜人なの。」
「このテトラビアでは主に動物から進化した知性を持って動物の特性が少なくなった種族を人間っていう……ダガランの人みたいなのは亜人。魔物から進化していれば魔族になる……ミカちゃんは人間の中でも、土竜から進化した人間!!って言うことだね!!」
エマは俺に対して説明する。
「……土竜人」
人間、と言うのは地球人からしたら特別かもしれないが、他の世界の知的生命体からしたらただの猿だ。確かに地球の人間は野生の力が失われている。しかし、そんな区別方法があったとは。
「だから、もう樹はミカちゃんを救うことにばっかり囚われなくていいの!」
もう、ミカだって無力じゃないんだ……俺が、そんなに思わなくても……いいんだ。
「……わかった。ミカ……一緒に行こう。」
俺は暗い顔をやめてそう言ってミカを見つめる。
「うん!!お兄、お姉、よろしくね!!!」
……そのミカが笑った表情は、本当に真緒の笑った表情と同じだった。
「ありがとう。お母さん、今まで私を育ててくれて!」
ミカはそう言ってお母さんの方を振り向く。
「私こそ、今まで農家の仕事を手伝ってもらってごめんだよ。」
お母さんは顔を振ってミカに謝る。
「ごめんね、ネイビーとペールをよろしくね……」
ミカはネイビーとペールを優しく抱きしめて別れの挨拶をする。
「勿論、私が責任を持って育てるわ。」
ミカのお母さんはミカを優しく撫でる。
その手は、ミカとはまた違った爪の形をしている。
「お兄さんにもお姉さんにも、迷惑かけちゃダメよ?」
「うん!わかった!!」
ミカは元気よく応える。
「じゃあ、行ってらっしゃい!ミカ!」
「……貴方の信じる道へ歩むのよ。」
どこか悲しそうな目を隠しながら、お母さんはミカを旅に出す。
……こうして、俺たちの調査仲間に、ミカが加わった。
ーーー
「……うーん、本当にこれからどうしよっか!!」
アルトポリスの街を俺たち3人は歩きながらエマはミカに聞く。
「お姉達は神器について調べてるんだよね?国立図書館にはいった??」
「あー、確かに。図書館か……もしかしたらいい情報があるかもしれないな。」
「ならそこに行こう!!」
俺たちは国立図書館を目指して歩く。
「ここが国立図書館!?」
そこはアルトポリスの湖の中。魚人と見た事がないような魚が泳ぐその湖の内部に存在する街。そこの一番大きな建物、そこに図書館はあった。
「そうみたいだな。」
「早速行こうか!!」
俺たちはその図書館へ入っていた。
その図書館内部はしっかりと空気で溢れていた。
「流石に図書館の内部は水じゃないか……」
「流石にね……水だったら図書館なんてできないし……」
ミカは笑ってそういう。
しかし……図書館の建物内部から見える窓の外はまるで水族館のようだった。
「何か良さそうな情報はあるか?エマ。」
俺たちはその図書館の中で神器に関するいい情報がないかと探していた。
「うーん、あんまりないかな……歴史書とかがあればいいけど……」
俺とエマは様々な本を漁る。
「エヴァース冒険記……」
俺はそう書かれた古い本を読み上げながら持ち上げる。
そこに書かれていたのは反転世界エヴァースという場所を冒険する人のお話だ。
“……私の知る限り、エヴァースには4つの国がある……その中で一番力を持つのが……シャンg”
「樹〜!!これはどう??」
俺が読んでいる所をエマが遮る。
エマが持ってきた本、それは証というタイトルを冠した書物だった。
「何が書いてあった?」
「セレスチウムの加工法とその種類の一部が書いてあった!!」
「ふむふむ……」
権利の証……ペンダント型、呼吸器官に近い場所に置くことで、空気成分を操る力/また、空気振動による発言伝達能力があり、それは扉をも超える。
これにより擬似的に情報伝達を行い、帰還申請などに使用される。ただし、受信するには受信機が必要である。
発祥の地はテトラビア。この証は母神器の力の下位互換であるとも言えるだろう。
「……母神器の力の下位互換なのか、このペンダント。」
俺はその胸元にあるペンダントを持ち上げて呟く。
「そうみたいだね!確かに言われみれば母神器の力に近いかも!!」
……胸元につける理由もすごい合理的に感じる。
「そっちはどうだ??ミカ。」
俺がミカの方を振り向くとミカは何かを見つめて固まっていた。
返事が返ってこない。
「ミカ……?どうかしたのか?」
「んわっ?ど、どうしたのお兄……?」
ミカはわかりやすく驚いて飛び跳ねる。
「何かいい本あったか?」
「うーん。なさそう、かな。」
「そうか……」
俺はそう言って徐にミカが見ていた先にあった本を取り出す。
「……ああ!!それは……」
俺が本を手に取るとミカはそう動揺する。
「どうかしたのか?」
「……水の国。オリンパス……」
オリンパス、か。確か古代ギリシャか何かの神様とかそこらへんでそんな単語を聞いた事があったっけ……
「そ、それは……」
「翠史3842年……全ての生命が死滅した。この国は滅びた……か。」
その本は歴史書のようだ。しかし、その国はもうすでに滅んでいるようだ。
「この本がどうかしたのか……?ミカ。」
「それは……オリンパスは、私の故郷……なの……」
……ミカの故郷はもう既に、滅んでいた。