第038話 互いの記憶と仲間
「……ミカ……いや、真緒……なのか。」
俺の目からは自然と涙が溢れる。
……その容姿と声、雰囲気は真緒と瓜二つなのだ。ウプシロンから記憶をもらった、今ならよくわかる。
俺の頭は真っ白になる……一体どうして、どうして真緒が生きているんだ。
俺の頭は混乱していた。
俺は膝からその場に落ち、泣き崩れる。
「……お兄?……お兄なの?」
ミカはその場で手に持っていた野菜を落とす。
……まさか、本当に真緒なのか?
「そうだったの……ミカちゃん……。」
エマはボソッと呟く……エマは何かしら知ってそうな言い方をする。
「……お前は、一体……誰……なんだ?」
……俺はそう口にする。だって目の前にいるのは、死んだはずの真緒だから。
「私はミカ。真緒じゃない……」
「真緒……ではないのか。」
冷静に考えてみればわかる。彼女はミカだ。
「でも、お兄のことはわかるよ!」
……やっぱり、ミカはミカなのか。真緒本人ではない……
それなのに、お兄だって、そう言ったんだ。
つまり……
「……前世の、記憶っていうこと……か?」
俺はようやく状況を理解し始める。ミカはミカなんだ……真緒本人じゃない。でも、記憶があるのは間違い無いんだ……
「そうみたい。私には真緒って子の、記憶があるの。」
ミカは下を向いてそう言った。
「最初会った時に……夢で見たことある人……とは思ったの。だけど確証は無かった……やっぱりお兄だったんだね……」
ミカはそう俺の方を向いて、泣いてめちゃくちゃになった俺の顔を覗き込む。
「そうか……そうなのか……やっぱり……真緒だったんだ……」
俺はまた、泣き出す。
「ごめん……本当に!!ごめん……あの時……救えなくて。」
俺はその声にもならないような声で、真緒に。いやミカに対して謝る。
ミカがこうして今記憶を持っているのも、俺のせいなんだ。真緒がまだ生きていれば、ミカが記憶を持つことも……無いはずなんだ。
ミカという存在は、ある意味俺の中で真緒の死を確定的にする。本当に、真緒は死んでしまったんだ……
俺は言葉にならないような声で泣く……
こんな顔、エマには見られたくないな……かっこ悪い……
そんな感情も俺のめちゃくちゃになった頭の中を過ぎる。
「樹……」
エマのそう呟く声も聞こえた気がした。
「泣かないで……お兄。私は、私だよ。」
「そうじゃ……無いんだ……真緒は……本当に……死んじゃっ、たんだ……」
あの時、俺がもう少し注意していれば。もう少ししっかりと真緒のことを見ていれば……そうすれば救えたはずなのに……
……こんな俺を見てミカはまた困った顔を覗かせる。
「俺は……どうしたら、どう謝れば……いいんだ……ごめん……」
ミカは真緒ではない。真緒の生まれ変わり、だと思われるんだ。
「私はこうして、真緒ちゃんの記憶を持っているの……泣かないで……」
ミカはそっと立ち上がり、泣き崩れている俺の頭を優しく撫でる。
「あそこで死んじゃったのは、私……いや真緒自身にも責任はあるの……お兄だけが、それを背負う必要はないよ……」
「そう……なのか……」
俺は、俺だけが真緒を救えなかった責任を背負うべきだって……そう思っていた。
「そうだよ!だから私にも、その責任を……背負わせて!」
……真緒、いやミカはそのまま俺の頭を抱きしめる。
「……でも……本当に……ごめん。」
「もう、お兄ったらしつこいよ……大丈夫だって……もう私はいなくならないし、こうして生きてるんだから……ここからまた、一緒にすごそ?」
……ミカはそう、聖女のように俺を包み込む。
……俺とエマは、ミカが野菜を売り終えるまで近くの公園で待つことにした。
「……ミカちゃんは樹の従姉妹の真緒さんの、生まれ変わりだって事ね!」
エマはこっちの方を向いて言う。
「ああ。多分そう。」
「……じゃあ、実質ミカちゃんは樹の家族ってこと……?」
……まあ、実質そう捉えても嘘ではないか。
「でも……どうしてミカちゃんは真緒さんの記憶を持っているのかな……」
ミカが野菜を売っているその傍でエマはそう呟く。
「さあな……まあ魂自体が同じ、とかそう言う事、なのかもしれない。」
「……魂が同じ……かぁ。」
エマはベンチに座るその足をぶらぶらさせながら呟く。
「ごめんお待たせ〜!!二人とも!」
ミカは仕事を終え、俺たちの方へやってきた。
「お疲れ様〜。」
「いっぱい売れたんだよ〜!!これもネイビーとペールのおかげかな!」
ミカの足元にはラピーというウサギみたいな動物の、ネイビーとその後ろには荷物持ちとなっているラヌーという猪みたいな動物の、ペールがいる。
「ペールたちもお疲れ様〜!」
エマは元気よくベンチから跳ねるように立ちあがりそう言ってペールに触れようとする。
「ああだめ!!ペールは毒針を持ってるよ!!」
エマはそのミカの声のおかげで触る寸前で踏みとどまる。
「え……そうなんだ。」
「そうなの。ラヌーは警戒心が強いから、信用する相手以外には威嚇の為に毒針を出すの……だから下手に触れない方がいいよ!」
猪、と言うよりかは猪とハリネズミとかを合体させて、毒を持たせたような、そんな生物の様に感じる。
ここは地球じゃないから、そんな変わった動物がいるのは何もおかしくない。
ソアロンの人々は普通の、俺と変わらないそんな雰囲気をしていたせいで忘れていた。ここは異世界。俺の常識じゃ測れない、そんな世界だって。
「そういえばお兄達は今、何をしているの?」
ミカは無邪気にそう聞いてくる。
「俺たちは今神器を探しているんだ。いろんな世界で。」
「……神器……あの扉とか?」
「そう!あの神器のルーツを調べたり、過去のテトラビアで何が起こっているのか!それを調べているの!一応考古学者の助手だからね!私達!」
エマは元気にそう伝える。まるで神器に興味を持ってもらいたいかのように。いやそうであろう。
「へぇー面白そう!!」
「とは言うものの、危険は付き物だけどな……」
「まあねぇ〜!」
エマは苦笑いしながらそう言う。
「そっか……お兄はこの世界でも旅してるんだね……」
ミカはどこか空な表情でそう呟く。
「決めた!!!」
ミカはそう言って勢いよく立ち上がる。
「行こっか!!アルトポリスへ!!お兄、お姉!!」
「おー!!いいね!!」
エマは元気よくそのミカの提案に乗る。
「アルトポリスか……今のミカの……住む街か。興味あるな。」
俺も立ち上がってそう呟く。
「紹介してあげる!!」
ミカはそう笑って俺のことを見上げる。
ーーー
アルトポリス。テトラビア北部……すなわちオーセント真北に存在する街。距離的にいうと西部レトーンから北に数キロ行った場所にあった魔法大学の旧校舎。そこから東に少し行った位の場所にある。
だからこそ、ミカとあの場所で出会えたんだ。
「アルトポリスですね!魚人と亜人の、水と山の都と言われますが、アルトポリスの1番の施設はなんと言っても水族館と、巨大国立図書館でしょう。」
扉へ来ると、カーラはそう説明する。
「図書館があるのか……」
「凄く広いよ!」
ミカはそう言ってにひひ……という感じに笑う。
「いつもありがとうね!カーラちゃん!」
エマはそう言ってカーラに近寄る。
「勿論です!エマさん。それではいってらっしゃいませ。」
……というかカーラ、一生ここに、扉にいる気がするけど過労死しないのか心配。
まあそんなこと考える必要ないか。元気そうだし、何より楽しんでそうだからいいのか。
「ここがアルトポリス!!」
いつも通りアクセスポイントの鏡に出る。
……目の前に広がるアルトポリスは水の都、なんかじゃない……正確に表現するならば水に沈む街だ。
「どうなってるんだ?これ。」
目の前には巨大な湖が広がる。
その湖を囲う様に街が広がっているが、それだけではない。その湖の中にもよくみると街がある。
「アルトポリスは山と水の都。それはこの湖が理由!」
ミカはそう説明する。
「湖の中に、どうやって入るの?」
「あー、普通に入れば大丈夫だよ。そのペンダントの。権利の証の力があれば水中でも呼吸できるし、問題ないよ!」
……このペンダント、権利の証っていう名前だったんだ。初知り。
しかし、水の中でも生きられるように適応できるなんてこのペンダント本当にチートだな。
「とはいうものの、ネイビーもペールもこのペンダントを持ってないから、私の家は地上なんだけどね〜!」
ミカはそう言って歩き出す。
湖畔に並ぶその家の景色は美しい雰囲気を醸し出す。
「ここが私の家!!」
ミカが指差すその先は、ザ、農家といった感じの家だった。
湖畔の街から少し外れた場所に、その家はある。
暖かな日差しと風に靡く木々の揺れる音。まさに自然感溢れる家だった。
「お母さーん!!帰ってきたよ!!」
「おかえりぃ〜」
ミカのお母さんと思われる人が出てきた。
「そちらのお二人は……?」
そのお母さんからまじまじと見つめられる。
「紹介するね!私が前言ってた前世のお兄の樹と、その奥さんのエマさん!」
「……な!!」
「私と樹の関係はそんな関係じゃないです!!」
エマは顔を赤らめながら、嬉しそうにミカに必死にそう説得する。
「ねぇ?樹!!」
「……そうだな。俺たちは相棒。だもんな。」
「……ふーん。そうなんだ!」
ミカは悪そうな顔でそう笑う。
「まあまあ。ミカったら……ごめんなさいね。ウチの子が……」
お母さんはそう頭を下げる。
「いえいえ、とんでもない。大丈夫です。」
俺は手を振って、顔をあげて下さい。という感じに答える。
「それでね、お母さん。私決めたの!前世の、お兄についていきたいの!!」
ミカはそうお母さんに話を切り出した。
「な……聞いてないぞ!!」
俺はそのミカの発言に対して咄嗟に言う。
「そりゃあ、言ってないもん!」
ミカは当然のようにそう笑って言う。
「ミカが望むのなら、行ってらっしゃい。でも、元気な顔をたまには見せるのよぉ?」
ミカのお母さんは案外受け入れるようだ。
「勿論!!」
ミカはそうお母さんに言う。
「どうするの?樹……」
エマは俺の方を覗き込んでそう聞く。
「……だめだ。」
「え?」
ミカはポカーンと、その場で固まる様子を見せる。
「この子、昔から前世の記憶が、って、そうやって言ってたんです。」
お母さんはそう俺たちの方を向いて伝える。
「……そうだったの。」
「ええ。だからその人と一緒に歩む、それがミカの願いですよ……」
エマに対してお母さんは説明する。
「願いなら、連れて行ってあげてもいいんじゃない?」
エマはそう俺の方を見る。
「なんで、だめなの?」
ミカは真緒と同じように上目遣いで俺の方を見つめる。
「……だめだ。また、真緒を……ミカの事を……死なす訳にはいかない!!」
……もう二度と、真緒を失いたくないんだ。