第037話 呪いの仮説と神子
……私は、この巫女という使命を受けてから5年ほど経ちます。
前任者の事は何も知りません。
そしてこの5年間で私の元に現れた、『扉に導かれし者』はエマさんと樹さん。
その2人だけでした。
……彼らには何か、運命のような物を感じます。
この扉の祭壇の台座は4つありますが、そのうち二つは破損していて使えません。
その2つが直れば、何かしらわかる気がしています。
……今日もまた、巫女としての仕事を果たします。
* * * * *
俺たちは浮遊都市ソアロンから逃げる様にして帰ってきた。
「ただいま……カーラちゃん……」
「お帰りなさい。エマさん、樹さん。どうしましたか?元気ありませんね。」
……そりゃあ、あんな狂った事を見たら元気ではいられない。
「……ちょっと、気分が悪いんだ……特にエマが……」
エマは本当に苦しそうな、気持ち悪そうなそんな表情をしていた。
「そうですか。イータルで酔ったりでもしましたか……?それはお気の毒に思います」
「まあ、そんなところだ。」
……まあ、ただ疲れているだけだとか、それこそソアロンの乗り物のイータルで酔って気持ち悪い……みたいな感じに思っているだけだろう。
それならそのままにしておこう。ソアロンの真実は伝えるべきじゃない。
「ところで、例の星空は見てきましたか?」
「ああ。勿論。とても綺麗だった。おすすめしてくれてありがとう、カーラ。」
「良かったです。」
カーラは俺たちの気分なんか気にせずそうやってニッコリ笑う。
「……エマさん、その髪飾り素敵ですね。」
カーラはエマの方に視線を送ると、行く時にはなかった髪飾りがついていることに気がつく。
「あ!そうなの!!かわいいでしょ!!」
エマは急にテンションがいつもに戻る。
「はい。その白い髪の毛に良く似合ってますよ。」
「ありがとう!!!うれしいな!!!」
……エマはカーラに髪飾りを褒められて……何とか気分はよくなったみたいだ。
「……ところで、カーラ。忙しかったらまた今度でいいんだけど、紋章を見せてくれないか?」
「……ん?どうかされましたか?」
カーラは不思議そうな顔を俺に見せる。
ウプシロンが言っていた。
テトラビアの呪いはまだ軽い方、テトラビアで神器を使うのは呪いを伴うと。
ウプシロン自身は魔装置『簡びの鋏』によって異形の姿へと変わり、呪いを蓄積しない為に人工知能として自らAIとなった。
それに俺は『滅びの盃』によって不死になった。対するエマは『尊びの鏡』によって生殖不能になった。
つまり、カーラが『結びの扉』で呪いを受けている可能性、それが高いんだ。
……呪いは紋章に効果として載る。神器の、いやインガニウムの使用によって呪われるとするならば、既にカーラには相当な呪いがかかっていてもおかしくはない。
「樹も私も、神器によって呪われたの……だからカーラちゃんも呪われてるんじゃないかって。そう思う、心配……でしょ?」
エマは俺の方を見てそう確認をする。
「ああ。そうだ。」
「なるほど……わかりました、見ていいですよ。呪われていたら嫌なので……お二人の知識で確認してください。」
カーラはそう言うと紋章をその場に出して、見せてくれた。
「呪い……呪い……って、なさそうだな。」
俺は指を当てながら呪いの項目を探す。
「……そうだね……どうしてかな……他に変わったこともなさそうだね。」
……仮説は違ったみたいだ。
「ありがとう、カーラ。呪われてなかった。」
「そうですか……良かったです。」
「まあ、呪われていないなら呪われていないに越した事はないからね!!」
「はい!」
「それじゃあ、またよろしく頼む。」
「いつでも、お待ちしております。」
俺とエマはそう挨拶して手を振りながら、カーラの元から離れた。
「しかし……カーラは呪われていないんだな。」
「んー、呪いも神器によって様々だから、もしかしたら扉はないのかもね!それに鋏が10倍くらい重い、っていう話も神器によって様々と考えればいいかも!」
「……まあ確かに、そうだな……」
「まあ、カーラちゃんが無事で良かったよ!!私は凄く安心した!」
「そうだな。」
俺もエマも神子ではない。だからこそ呪われたという、そう言う可能性もあった。
俺たちはいつも通り、研究所へと向かった。
「お帰りなさい〜!!」
博士、メアリー・ホールはそう俺とエマを迎える。
「エマちゃん!!!どうしたの!!その姿!!!」
博士は見た事がないほどの大袈裟な手振りと声で驚く。
「あはは〜、私、人間になっちゃった!!」
エマは嬉しそうに答える。
「人間に……!!それも聖女みたいですね。」
「そう、凄く聖女みたいになっちゃったんだ……聖なる魔法は……使えないけど。」
……確かに、今のエマはまるで聖女の様だ。そのグレートドーンの正装の様な黒いドレスの服が似合わないほどに。
「その髪飾りも、とても似合っていますね〜。」
……その髪飾り、『変化の証』のその花のような装飾は、今の透き通った白色の髪によく似合う茉莉花の様な花形で、青色に輝いていた。
「……しかし、あんな紫色の魔石からできたのに、その髪飾りは嘘みたいに青色だな……」
「そうだね、加工すると色もまた変わるんじゃないかな!」
エマは俺の独り言に気づいて反応する。
「そうですね〜。証はセレスチウム結晶で、セレスチウム結晶は状態によって様々な色に変化して、様々な効果を発揮します。その結晶の様子が、まるで天の石といったように見えるところから、セレスチウムと呼ばれていますね〜。」
「そうなんだ!!」
……案外、証に関しては一般化されているし、誰もが知っている事、なのかもしれない。
「あ、そうだった!!博士!!この魔石を調査して欲しいの。魔王ファレノプシスの、この魔石を!!」
エマはクロスからもらったその魔石の残りを博士に渡す。
「……これは?セレスチウムの結晶……ですか。」
「そう。私たちのこの証の素材になった魔石!魔王ファレノプシスはインガニウムっていう奴を取り込んだの!!一応抽出はされちゃったけど、また残ってる可能性があるし!!調べて欲しいの!!」
「……インガニウム……とはなんですか〜?」
博士は困った感じの表情で俺たちの方を見る。
「え、あ……博士は知らないのか。」
「はい。」
セレスチウムもインガニウムも、グレートドーンとソアロンで何度も聞いたからもう常識みたいなものかと思っていたが、そもそも別世界の俺とエマから聞いたのが最初だった。
……本当なら、クロスの工場かウプシロンのところで初めて聞くようなそんな感じだったのかもしれない。並行世界の自分達と接触しなければあそこまで早くは手に入らなかった情報だ。
「インガニウム、それは神器のあの時計の針みたいな形の模様を作る結晶。らしい。つまり神器の材料だ。」
「なるほど……遂に神器の材料まで特定できたんですね〜。すごい成果ですね、二人とも!」
博士は俺たちの頭をそっと撫でる。
ソアロンのクロスはインガニウムを知っていたから、加工技術を持つ人とかそういった特殊な人だけはインガニウムの存在を知っているのかもしれない。ただ、クロスの言い方的にインガニウムはただのエネルギー問題を解決するためのもので、神器の材料とは知らなかった。と言うより神器というもの自体を知らなかった様に感じる。
……つまり、インガニウムを知っていても神器と結びつけられる人は少ないのかもしれない。
「それじゃあ、私はこの魔石を分析するので〜、エマちゃんと樹くんは記録魔法で魔法紙に調査内容を記録しておいてね〜!!」
そう言って博士は手を振って椅子に座って机に向かい分析を始める。俺たちは部屋の奥へと進む。
「今回もまた、大冒険だったな……」
「そうだね。色々ありすぎて……ちょっと疲れちゃうよね!!」
「……ああ。」
テトラビアに来てから、本当に新鮮で、本当に大変だ。エマとの毎日は最高に楽しい。それは間違いなかった。
俺とエマは記録し終え、博士の元へとまた向かう。
「やってきたよ!!」
「お疲れ様です。こちらはもうちょっと時間がかかりそうなので次帰って来た時には終わってるかな〜と思います。」
「……結構時間がかかりそうなんだ……」
まあ、そんな一瞬で終わるわけがないか。
「あ、そうそうこれお金、無駄使いはしない様に気をつけてくださいね〜。」
「いつもありがとうございます。」
俺は博士からお金を受け取って深々とお辞儀する。
「じゃあ、私たちはまた神器を探しに行こうか!!」
「頑張ってください!期待してます!!」
俺とエマはそうして、研究所を後にした。
「じゃあ、次はどうしようか。」
俺たちはオーセント中心部の扉に向かって歩きながらエマに対して聞く。
「うーん、どうしようかね〜!!」
「安いよ〜安いよ!!」
そんな時、聞き覚えのある声が道の端から聞こえてきた。
俺とエマはそっちの方を向く。
そこにいたのは……
「ミカちゃん!!オーセントにきてたんだ!!」
「あ!あの時のお姉ちゃん!!」
エマはミカにそう言って駆け寄る。
「一人でアルトポリスから来たの〜?」
「うん!今日はオーセントで売る日!!買っていく〜??」
エマはその野菜をまじまじとみる。
「うーん、ちょっと考えるかな!!樹にも相談しないと……」
そう言って、エマは俺の方を振り返る。
……間違いない。俺があの時感じた謎の感覚。
それはソアロンでウプシロンが俺に記憶をくれたから、わかる。
「……ミカ……いや、真緒……なのか。」
……俺の目からは自然と涙が溢れていた。