第四章特別編 祝福された少女
私は、ウプシロン。これからはそう名乗るつもり。
インガニウムの力を使って自分だけの楽園を作る為過去へとやってきた。
思い描く漫画のような現実を作り出す為に過去のソアロン……私たちの星、グラーシュへとやってきた。
「インガニウムの力……最高ね。」
しかしグラーシュは最高な星では無かった。
「おい、てめえら。働け!!」
「良いから働け!!!!」
青いモヤモヤ……という存在の人達、宇宙人にそう言われ、鞭を使われながらこの星の人々は必死に労働していた。
この星に住む人々は不幸な運命にあった。
過去に……実に1万年前ほどだろうか。に来た私は数日間この星の実態を調べてきた。
私は人気のない森に身を隠していた。
「……この星はグラーシュという名前で、文明レベルはソアロンの100分の1以下……正に猿……といった人々が生活をしている……ということだわ。」
過去に楽園を求めて私はやって来たけど、ここは案外楽園ではないのかも知れない。
そして過去に来た時点で残りのインガニウムは4割ほどまでに減少していた……
これ、消耗品らしい。触っただけでどんな力を持っているかは想像できる。
時間を超える力があるのも直感的に分かった。
「……これじゃあ、帰れないわね。」
困ってはいなかった。過去の世界に憧れて、自分が思う楽園に憧れていた私は別に不満はなかった。
私は、私自身のことが大好き。
頭もいいし、可愛いし、完璧だし。
人一倍なんでもこなす私にとって、過去の世界でのサバイバルだなんて簡単な事だった。
「……これだけは嫌ね。」
その世界は人と関わらなければ、私にとって楽園だった。でも一つだけ問題があった。
……そこはガラスの雨が降る星だった。
それに数日経て思った。人って一人で生きているようで一人で生きていないんだ、って。
あの頃は一人で物語を作っているように思っていたけど、案外ここに来たら一人が寂しく感じてくる。
「……雨の日は危険すぎて外に行けないわ。まあ、元からあまり外には行けないけど……」
でも、そんな中でまだ人間になりきれていないような奴隷たちや、生物は生きていた。
私はそれから、そんな生活をより豊かにする為にインガニウムを探すことを決意した。
あれがあれば神にだってなれる。
私は森で密かに過ごしていたけどその森は相当暗く普通に見つからない。またグラーシュは雰囲気的に搾取されている星……私の森を開拓されたりなどはなかった。安寧の地だった。
正直、この宇宙人に搾取されている星がどのようにしてあのソアロンに辿り着いたのか、不思議。
それから私は一つの可能性に辿り着いた。
「……きっと、ブラックホールなら……インガニウムがあるかも知れないわ。」
私は残りの3割のインガニウムに願いを直接込めて死なない肉体を作り出し、自分の頭脳を頼りに宇宙船を開発し、残りの1割を動力として数年かけてブラックホールまで行き、インガニウムを探しに行った。
「……見つけた。」
それはブラックホールに近い場所にあった。吸い込まれることはないような安全な場所……そんなところに目的の物はあった。
その時だった。
「……誰!?」
私が時間をかけて開発したその宇宙船の中に人影が見えた。
「……おやおやおやおや。私たちの縄張りに侵入するとはいい度胸です……貴方。」
「……一体何者、貴方達。」
私は宇宙船の中にあったバールを握る。
いや、違った。その存在は私が知らない人たちではなかった。
あの星……グラーシュで人々を搾取していた、あの宇宙人だ。
「私たちは水の精霊族……同盟第二エリアを治めている精霊族……」
「グラーシュで人々を奴隷のように扱ってたあの人たちね。」
彼らが何を言っているのかは私にはわからなかった。
でもとりあえず彼らはきっと私の敵で、悪い宇宙人なんだろうということだけは分かった。
「グラーシュを知っていますか……あそこは悲しき星です。ボスが嘆くくらい。」
……ボス?一体何者だろう。
「……しかし、こんな宇宙船秘密裏に作られていたとしても、彼らでは無理でしょう。……一体貴方は何者……?」
「私は私……グラーシュにいたけど私は彼らと同類にしないで。」
「……なるほど。グラーシュに未知の文明が眠っている可能性があると……興味深いですね。」
その水の精霊族というらしい宇宙人は液体で剣のようなものを作り出す。
「まあ良いでしょう。どんな存在だとはいえ、始末するだけ……」
その精霊族は剣を構える。私はそれに対してただ一つのバールで対抗しようとする。
ただ、ここは宇宙船の中……私はインガニウムの力で死なない体になったとはいえ、宇宙に飛び出したらその先はブラックホール。
勝つしかない。それしか、私が生き残る術はきっとない。
ブラックホールに吸い込まれたら、もう全てが終わり……
「私はウプシロン。この世界の神……貴方達すら超える存在です。」
私は強い。私は強い。私はそう自分に言い聞かせ、彼らに向かって対抗した。
「では、行くぞ!!」
その精霊族の腕は水の紐に変わりまるで糸を出してそこまで高速移動するかのような移動をして私の元へと近づいてくる。
「……何!?」
私はその紐をバールで切ろうとするが、すぐに修復されていく。流石液体だ。
移動先が予測できるという圧倒的なデメリットがある敵の技にでも、私の力は及ばなかった。
「……その程度ですか。その程度で超えるなど、不可能です。」
その水の剣は固まって、私の体を貫く時だけ実体のようになる。
「……いや、まだ!!」
私は咄嗟に自分の過去の栄光……そう。漫画を盾にする……
その紙によって彼らの液体は吸い込まれていく。
「……なんと!?吸収ですか。」
「危ない危ない……咄嗟に考えた割には成功したわ。貴方達、名前の通り水なのね……」
とはいうものの、吸収できるものなんてもう、他には残っていなかった。
「知ったところで、無駄でしょう。宇宙船は金属の塊……貴方に勝ち目はないです。」
その通りだった。もう、私のたった一つの宝物だったそれ以外に、水を吸い込むような物はない。つまり……負け。
「終わりです。」
彼の剣は宇宙船を突き破るほど大きく伸び、そして私もろとも、私が作った宇宙船の壁も破壊した。
非常に呆気なかった。
私は、謎の宇宙人に負けた。私はソアロンから過去にやって来たのに、過去に希望を求めてやって来たのに、やったことといえば理想を作り出す為にインガニウムを取りに行こうとして、その結果がこれだった。
私はインガニウムが少量浮かぶようなブラックホール近くの宇宙に落とされた。
私は気を失ってしまった。
とてつもなく長い時間、気を失ったと思う。それこそブラックホールに吸い込まれるほどの……
そんな時だった。
「……まさか。この世界までたどり着く人が現れるとはな。」
私の意識は朦朧としていて、はっきりはしていない。
でもなんとなくそこは、SFとかで思い浮かべるような、ワープゲートのような、そんな空間だってことだけは分かった。
「……ここまで来れたことを褒めてやろう。だが、君の世界はここじゃない。」
……なんのこと、だろう。私はきっとその空間で倒れている。意識は本当に朦朧としていて、謎の存在が喋りかけていることしか分からない。
「……君には私の祝福を授けよう。私の種……それを君に託す。名乗るかどうかは任せる。」
私は……ウプシロン……そう……
いや、違う。なんだこれ……私の中にはある一つの文字列が浮かんだ……
クロ…………ド
この単語は、その存在から祝福された、証?
これが、私の新しい名前??
「困惑しているな……まあ名乗らなくても良い。さあ、楽園を追う者よ。その未来を見せてみろ……」
その瞬間、私は目覚めた。
そこは、小鳥が鳴くあの地。グラーシュの大地だった……
「どうして、ここに……」
ここがいつの時間なのかも、私には分からない。
……私が起きあがろうとすると、そこには無数のインガニウム結晶が転がっていた。
「なんで……」
私はインガニウムの採取に失敗したはず……あの謎の存在が、これをくれたの……?
これだけの量があれば、あれが作れそうだった。
「……まだ、ポケットにあるかな……」
その本……私の描いた漫画……虚構の国。
この本に登場する、異世界を見せる鋏……このアイデア、かなり面白いと自分は思っている……
願いを叶えるんじゃなくて、願いを現実になっているように見せる……それって、最高じゃない?全ての人が私を必要としているんじゃなくて、私が全ての人を操っているということ……
それこそ私にとっての楽園。そう思う。孤独とも思わないし、支配欲も何もかも、全てが満たされる。そんな世界になるじゃない。
「……あー。やっぱり……そうよね。」
その本はもう、びちょびちょに濡れて、破けて……もう跡形も無かった。
「……もう、私はただのウプシロン。あの私はもう、ここにはいない。」
私は早速、その鋏の制作に取り掛かった。
* * * *
「……未知の文明を探せ!!」
この深い森にも遂にやってきた。あの時の水の精霊族だった。
「……貴方は……なぜ生きている!!」
その歩みは、私のことを見て止まった。
「……久しぶりです。水の精霊族さん……」
「ブラックホールに飲み込まれ、生きている人間がいるなんて……」
「そうですね……それ自体は私も驚きました。さあ、決着をつけましょう。」
私は完成させていたその魔装置……簡びの鋏で並行世界を現実化させ、その精霊族に勝った。
惑星グラーシュは解放され、私の物になった。
……そして私は永遠に、この楽園で生き続ける。