第036話 安寧の形
ウプシロンのそのインガニウムは祭壇の様な物に変化する……
「だめだ!!そんなことさせない!!」
アールはウプシロンの背後に蹴りを入れる。
ウプシロンはその衝撃で倒れる……
「……そんなの、そんなの酷すぎる!!人はしっかりと、しっかりと人生を歩むべきだ!!」
アールはそう、ウプシロンに言い放つ。
* * * * *
……俺には、ユー・カイという大切な姉がいる。
「お姉ちゃん!!また賞を取ったの?すごいね!!」
……ユーは、俺の自慢の姉。
この国の。浮遊都市ソアロンの若き漫画家……
「今回のは賞を取れると思っていなかったけど……とれちゃったわ」
あはは……と嬉しそうにユーは笑う。
俺からするとおかしいくらいに絵がうまくて……物語を作る才能もあって、本当の天才でそれでいて美人で面倒見も良い。そんな人だ。
……自慢だけど……
「貴方、アールはまたテストで最下位ですってよ。」
「うむ……これは一発喝を入れてやる必要がありそうだな……」
「ユーは満点しか取ったことがないのに……なぜでしょうね……」
「そうだな……あいつは一家の恥だ。」
俺の両親は俺が寝た後毎日そうやって俺に対して恥だとか、うちの子じゃない……と陰で俺の事を馬鹿にしていた。
「……結局、お母さんもお父さんも、俺の味方なんかじゃないのか……」
自慢だけど、俺と比べるという点では、なんとも言えない感情になる。
でも、ユーは違った。
「ここは、これを使って、この公式で解くことが出来るわ!!」
「ありがとう!!お姉ちゃん!!」
俺が勉強がわかんないと言えば真剣に教えてくれるし、どんな相談にも乗ってくれる。
自慢でありながら、比べられる原因でもある。でも、俺には優しい。そんな複雑な感情が俺の中にはあった。
「……今日、ちょっと友達と喧嘩しちゃってね……それで……」
「……大丈夫よ。アールは悪くない。そういう時は……」
真摯にどんなことでも受け止めてくれて、更にアイデアまでくれる。そんな完璧すぎる姉だった。
……でも。
「漫画家になりたい……だと?」
「はい。お父さん。私ならきっとなれます!!」
「ダメだ!お前は頭がいいんだ。漫画家なんて、だめに決まっている。」
「そうね。漫画家なんてそんな職業、職業じゃないわよ。お遊びね。貴方はツェータタワーで公務員として働くのよ、絶対に。」
……両親の偏見は度が過ぎていた。
いや、絶対的すぎる信頼故か、俺という下がいた為か、ユーには絶対に安定的な生活を送ってほしいと、そういう願いがあった。
「本気で漫画家になりたいのなら……家から出て行くことね。」
「まあ、貴方にそんなお金出せる訳ないし、誰のおかげで今まで生きてこられたと思っているの?貴方は、大人しく私たちの言いなりになって、そのままレール上を歩けば良いのよ。」
……それから、俺とユーはより親に反発する様になっていった。
「……ねえ、アール……私、この家を出ようと、思う……」
その日、突然ユーはそう俺に告げた。
「な……本当なのか……」
「うん。本当……私はこの家を出るわ……」
俺はその事を聞いて、黙っていられるはずがなかった。
「なら、俺も一緒に行く。ユーと、ユーと一緒に暮らしたい!!……俺だって、この家を出る!!」
ユーはしばらくの間考える。
「……本当についてくるのね……?」
「本気だ。この家を出る。一緒に暮らす為なら、バイトだって、何だってする!!だから!!」
「……そう、なら明日。明日の夜、逃げるわよ。」
俺とユーは家出を決行した。
「神様……俺たちの、家が欲しい。」
俺とユーは神様に家を貰おうと、願いを伝えた。
その天使のような少女は頷く。
「わかりました。新しい家の場所とその契約書など……それはこちらです。貴方達に、神の御加護があらんことを……」
そう言って、神様ウプシロンは俺たちに家をくれた。
「やったね……!!やっぱりすごいや、神様は……」
「そうね、これでようやく、親と言う障害を無くして生活できるわ。本当……アール、いてくれてありがとう。」
……ユーからそんな感謝をされるなんて、初めてだった。
「……貴方がいるからこそ、私は漫画を描き続けられるわ。」
俺はユーの事が大好きだ。頭が悪い俺はそんなユーの事を支えたい。
だからその日から、俺はバイトをしてお金を稼ぐ事にした。ユーを、ユー・カイをお父さんやお母さんが認めてくれるような、そんな漫画家にしてみせる!!
そう思って、俺は日々を過ごした……
「ねえ、アール……?私のこの新作漫画、面白い?」
ユーは俺にそう言って、定期的に描いた漫画を見せてくれる。
「……主人公が、過去にタイムスリップして、未来の世界を変えるお話か……」
普通の漫画よりは面白い。そう感じた。
もう一つ、後ろにも漫画があった。そっちも読む。
「……いいと思う!俺はめちゃくちゃ面白いと思う!!特にこっちの、虚構の国!!これ……俺はめちゃくちゃ好き!!意外な展開が良い!!」
「本当?ありがとう、アール。貴方がいるから、私は描き続けられるわ。」
俺はその笑顔が、生きる糧だった。
「ところでアール、テトラビアって、知ってる?」
……テトラビア。聞いたことはあった。
「テトラビアが、どうかしたのか?」
「……テトラビアの方がお金を稼げるっていう、噂があるわ……離れ離れになってしまうかもだけど、考えてみても良いかもしれないわ。」
……確かに。俺たちは最低限の生活をしていた。正直にいうと、もっとお金が欲しい。
「……まあ、考えておくよ。」
「頑張ってね!期待しているわ。」
……人から期待される。そんなのは久しぶりだった。
ありがとう、ユー。本当に俺は君と二人で生活ができて、幸せ者だ。
そんな時、ソアロンに一件のニュースが来た。
「私はウプシロン。神様です。現在このソアロンはエネルギー不足に陥りかけています……膨大な量のセレスチウム……それか神の結晶、インガニウムを私は探しています。勿論、このソアロンを救った英雄として、持ってきた人には永久に安定の、幸せな生活を約束します。」
……神様、ウプシロン直々の依頼。
そんなの、探しに行くしかない。
「ユー姉さん。俺、インガニウム……を探しに行くよ!!」
「そう……ならテトラビアに言ってみては?テトラビアは様々な国の経由地点としての国。あそこに行けば、きっとインガニウムも、見つかると思うわ。」
その言葉を信じて、俺はテトラビアにやってきた。
でも、本音は二つだ。
ユーを幸せにする為。そしてエネルギー問題を解決する為。
……だって、エネルギー問題が解決しなければソアロンが崩壊してしまう。
エネルギー問題を解決するのもまた、俺がやらなきゃ行けないことだ。
エネルギー問題がある限り、ユーは幸せにできないから。
「……統括者」
テトラビアには、ソアロンの公務員のような統括者という職業があるのか……しかも、賃金も高いし……
ただ、ちょっと条件が難しい……何せ、魔法統括システムからの使命……
「……良い行いをすれば、いつかなれるか……それまで、他のバイトでもして、ユー姉さんに仕送りをしよう!そうしよう!」
俺はテトラビアの宿でそう決意する。
その努力は、実を結んだ。
「……よし。統括者になれた。」
テトラビアに来て、4年近く。俺はようやく統括者になれた。
そして、今に至る。
* * * * *
俺、アールはウプシロンに蹴りを入れる。もう、神様なんかじゃない。ただの狂人だ!!
そう俺は思っていた……
「冗談です。アールさん。どいてください……」
俺が上に乗った状態でウプシロンは天使の姿に戻る。
「今更冗談だなんて、信じるわけがないだろ!!!」
俺はウプシロンを殺すつもりだ。そのくらい、狂っている。こいつは……
「……やめて!!アール!!何をしているの!!!」
そんな時だった。
……そこに来たのは、ユーだった。
「え?姉さん……どうしてここに……」
「貴方が帰ってきたって、クロスから聞いたのよ。」
俺は姉さんの姿を見て、呆然としてその神様の元から離れる。
「……久しぶり、姉さん。」
「アールはよく頑張りました……エネルギー問題はもう解決されたのですよ、貴方のおかげで。」
ユーはそう言って俺の事を優しく包み込む。
その温もりは懐かしかった。
俺は、安心した。そっか。ユーはここにいるんだ。
「そうだぞ。アールがやったんだ。お前が、ソアロンを救った。そうだろ?英雄だよ。」
樹……
「うんうん!」
エマ……
そうか。俺は願い通り……ソアロンを救った英雄になったんだ。
何か、悪い夢を見ていたのかも知れない。
「そうそう、あまりのインガニウムは貴方にあげます。アール。」
……ありがとうございます。神様。
俺はその半分くらいになった、インガニウムをウプシロンから受け取る。
「さあ、家に帰りましょう?私たちの、家へ。」
「ああ。帰ろうか。我が家へ。」
俺とユーは共に帰宅する。
俺は家の机に、インガニウムが入ったその球体を置く。
「……これが、インガニウム……これがあれば……」
ユーはそれを見て何か言った気がする。
けど、どうでもいい。
俺がいなくなった4年間の間に、ユーは大きく成長していた。今では国民的な漫画家になっていた。
「やっぱり、姉さんの漫画は面白いね!」
「……ありがとう。アール。」
* * *
「……おい!アール!!どうしちゃったんだ!!急に!!!」
アールはウプシロンを襲ったまま、眠った状態で動き出す。
まるでゾンビのように。
「……アールは、アール自身の、並行世界を見ているだけです。私の研究は完成したんです。貴方達も邪魔をするのなら、こうしますよ。私は、この国のみんなを救う為に……私のような不幸な子を生み出さない為に、夢を見せるのです。」
個人に、幻覚を……並行世界を見せる力……アールはそこに囚われてしまった、というのか。
……俺とエマはもう、とてつも無いほどの恐怖を感じていた。
俺とエマは走るようにその場から離れ、帰還申請を出して、俺達はテトラビアへと帰った。
「ねえ、アール。貴方は一生私の夢の中で、一緒に暮らしましょう?」
その空間で、ウプシロンは天使の姿でアールの事を、ただ抱きしめる。
……その願いのカケラは、歪な形をしていた。