第035話 狂気の子
「私の名前はウプシロン。神様ではなく、ただの神子です。」
……神子。
「つまり、お前は神器を扱うための存在、テトラビアの神子と変わらないのか?」
アールは質問する。
「ええ。勿論私は装置……神器自体では無いので、テトラビアの神子と同じです。」
「ですが決定的に違うとすれば……私は願ってこの地位についた……事でしょうか。」
改まってウプシロンはそうやって言い直す。
「どう言う意味だ?神様なんて、数千年前からいたはずだろ!!ただの神子ならもうとっくに死んでいるはず!!」
アールはそう質問する。
確かに……寿命的に、ずっと神様の地位を得るなんて……不可能だろう。
「ええ。そうです私はとっくに死んでます。AIとなって……いまだに生きている。それだけです。」
「AI……人工知能なのか?お前……」
俺はその羽を持つ少女ウプシロンに対して聞く。
「ええ。わたしの本当の姿はコレです。」
天使のような姿は蜃気楼のように消えて変わり、ウプシロンは機械のような姿になる。
……まさに、人工知能らしいそんな存在……
それと同時に、その隔離されていた部屋の内部にはあの異形な姿の物体が現れた。
「……じゃあ、あの異形な姿のものは何なの!!?」
エマはその物体を見て気持ち悪そうな雰囲気を出しながらきく。
「ああ、あれは……元々のわたしです。呪いを多重に受けまくった、そんなわたしです。」
……呪い。
「貴方達も呪われていますね……それと同じです。……テトラビアで神器を使うのは呪いを伴う。それは貴方達もなんとなく理解しているのでは無いですか?」
……そんな気がしている。
「実際私も樹も……呪われたもんね……」
エマは暗くそう呟いて、俺の方を向く。
それに合わせて俺も頷く。
「テトラビアの呪いはまだ軽い方です。わたしの、この魔装置の呪いは、その10倍はあります。並行世界を、次元移動するのには、この装置では負担が大きすぎました。……だからこそわたしはその呪いを受けない為に人工知能に、機械になることを望見ました。あのなれ果てた姿は、死んだが腐敗することすら出来なくなった、そんな私の姿です。」
「だから、あんななれ果てた姿に……」
アールはそのウプシロンがなれ果てた姿に視線を送る。
「……魔装置『簡びの鋏』それは願いを叶えるために古代ソアロン文明がまだ惑星に住んでいた時インガニウムを素材として、わたしが開発したそんな装置。」
「……そうなんだ。てことはその鋏は守護神器じゃ無いのね!!」
エマはどこか安心した様子を見せ、又ちょっと残念そうな雰囲気も見せる。
「守護神器かと思ってたな……」
「守護神器……に関してはわたしは知りませんが……」
「……ああ、こっちの話だ気にしないでくれ。」
俺は両手を振って話を戻そうとする。
「そうですか。では話を戻します。この装置は願いを叶えるものとして作られましたが、その実態はさっき言った通り並行世界を見せる物です。これは記憶と視覚や触覚、聴覚と言った感覚機能、どちらにも影響を及ぼすことが出来る。そんな魔装置です。」
「……だから、さっきは俺の記憶を……」
「ええ。まあでも殆どは感覚機能への影響が主です。それこそ、さっきまでの天使の姿の様に。」
……つまり、あれも並行世界の姿。
「その魔装置と合体した、そんな世界の貴方?」
エマは質問する。
「そうですね。AIに、機械に意思を移したとはいえ……神を名乗るのならば神らしい姿であるべきだと思ったので自分の姿を偽って、より信仰心を高めた……そう言った形です。」
「……ずっと俺たちを……この国のことを騙していたのか!!!」
アールはそうウプシロンに対して怒る。
「騙していた……訳ではありません。騙されていた……のは貴方達です。」
ウプシロンは自分のなれ果てた死体の元へと歩きながらそう言う。
「この魔装置を作った責任者の私は、私だけがずっとこの装置が並行世界を見せるものだって知ってたんです。貴方達はこれが願いを叶えるものだと、そうずっと思い続けて来ただけです。」
ウプシロンはそう言い放つ。
「……そんな……」
アールは落胆する。
「この国はそもそも、浮いていませんし、存在していません。貴方達が今見ているのは、ただの私のロボットと……この魔装置。それだけです。」
「……まさか都市自体が嘘なのか!?」
俺は驚いて聞き直す。
「はい。人がその手で作ったもの、それは存在します。しかしこの都市を浮かせようとしたり、宇宙を漂わせたい、夕焼けを見たい、高い塔を立てたい、美味しい水を飲みたい。そんな願いは私のこの装置が見せる幻想です。」
「でも、この国は、ソアロンには確かに人の温かみも、自然環境も都市も全て触れるし、見えるじゃん!!」
エマはそう訴える。
「それも全て、感覚機能に幻覚がかかっているからです。都市がある様に見えても、実際はあんな都市じゃない。資源を出すことを願われたら、その資源は並行世界からの虚偽のもの……なのでソアロン自体、本当の姿は都市なんかではなくただの街。と言う表現が正しいでしょうか。」
「そもそも、浮遊都市なのに……大きすぎる気はしたんだ。それに……どこにそんな資源があるのかって……」
俺はそんな違和感は若干感じていた。現実的では無いから。
「そうですね。資源も、無謀な人の願いも、全てが遠い並行世界、あったかもしれないあり得たかもしれない世界の景色を作り出しているだけなのです。」
「でも、どうしてあんたはそんな事をしているんだ?これが願いを叶える物じゃ無いって、わかった上でやっているのだろう?」
「ええ。勿論。だって、この装置はこの世界を、このソアロンを私の掌の上で扱える様になるからです。呪いなんかよりも、私は神に。この国を我が物にしたい……それだけです。だからこの国の民は非常に愚かで、とても面白い。私は私の支配欲を満たす為に。彼らは彼らの願いを満たす為に、永遠に冷めない夢を見させてあげている。それが私なりの愛ですよ。」
……狂っている。間違いなく、ウプシロンは狂っている。
「……なら、まさか。エネルギー問題っていうのも……嘘なのか??」
「ええ。勿論。私の計画を、最終段階に移すために、インガニウムが必要だったからです。」
ウプシロンはそう言ってその魔装置『簡びの鋏』の近くに寄る。
「嘘だろ……俺は何のために……テトラビアに行っていた……というんだ。」
アールはその場に崩れる。
……クロスの発言からも、アールは数年間は最低でもテトラビアにいて、インガニウムを探し求めていた、のだろう。ウプシロンの事を信じて……
「この魔装置はまだ未完成です。このインガニウムをトリガーとして祭壇を作れば……更に高度なことが……別々の人々に別々の幻覚を見せることすら……出来る様になるはず。」
「そんな事をして、何になるんだ!!」
アールは攻撃的な口調でウプシロンを問い詰める。
「私の欲が、更に満たされます。この国は変なんです。」
……いや、お前が変だ。
「だって、本当は宇宙を旅するそんな都市なのに、そんな幻想を見ているはずなのに、夕日もあれば昼にもなる……」
……言われてみれば、おかしかった。夕日はソアロンの外に、地平線の様な線を伴って消えた。それに対して星空は、ソアロンを球状に囲むように存在している様に見えた。
「確かに……矛盾……」
「そうです。矛盾です。昔に願いに来た星空をソアロンで飛びたいという願いと、夕焼けを見たいという願い……それが歪に混じり合った結果、矛盾しました。それは、全ての生物、人間を同時に同じ幻覚を見せることしかできないから……です。まあ、インガニウムを持ち歩いているような、例外中の例外は除きますが。」
「……だから私は……私の欲望の為に……この世界をより良い物に作り変えます……」
……ウプシロンの持つそのインガニウムは、石でできた祭壇のような物に変化した。