第034話 親子の淵
※この話には地震や津波と言った災害の内容が含まれます。ご了承ください。
「……地震か。ちょっと大きいか?」
「これ、やばいんじゃね??逃げた方が良さそう。」
「……またいつもの地震じゃないの?どうせすぐに収まったりするだろ。」
呑気な俺に対して信介は立ち上がる。
「……いや、これはいつものとはレベルが違いそうだぞ……」
グラウンドにいるからか、多少揺れが小さく錯覚する。
周りにガタガタと音を立てるものも少ないし、揺れるものもあまり無い。
「……この揺れはやばいだろ……古い家なら崩壊するぞ……?」
信介はそんな俺の手を引っ張る。
「……ごめん、行くところがあるんだ。家がやばいかもしれない。」
「え?」
俺は信介の手を振り切って、そのまま自宅へ向かって走る。
「おい!!樹!!戻って来い!!」
俺は信介の声なんて気にせず必死に走る。
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……あれ。俺、これをどこかで見た気がする。いやでも、何かが違う気がする。俺は確か……信介に連れられるまま、逃げるんだ……
この後、津波がきて……この街は水に沈んで……
高台に逃げた俺と、真緒と愛香さんはなんとか行きたけど……
あの家、そもそも古くて耐震性なんてなかった。だから、津波なんて確か関係ない……
瓦礫に埋もれてた……圭さんの死体が後から見つかったんだっけ……
これが後に東日本大震災って、そう言われるようになったはず。
俺の、13歳の頃の記憶か。
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「樹くん!!どうしてここに!!」
家に向かっていると、そこには真緒を抱える愛香さんがいた。
「圭さんは……?」
「圭さんは……瓦礫の下に……!!でも……私は助けれなくて……!!」
愛香さんは何処か俺の顔を見て躊躇いながら、そう告げる。
「……やっぱり……」
愛香さんのその左足は赤くなって、引きずって真緒を抱えながら高台の方へと歩いていた。
「ねえ樹くん、お願い!!圭さんを!!彼を助けて!!!」
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……そう。俺は俺が突然圭さんを試そうとしなかったら、学校に行かなかったら圭さんを死なせずに助けれたのかもしれない。
そうやって、この後数年間後悔することになったんだ……
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「お兄……お願い!!」
真緒はそうやって涙を見せる。
「任しとけ。俺が必ず真緒のパパを……圭さんを助けてやるからな。」
「うん!!」
……俺はこの子の笑顔を守るんだ。いや、守りたいんだ。
俺は必死に自宅へと走った。
「圭さん!!!!」
「樹くんか!?ここだ!!!」
「圭さん……こんなところで死んじゃだめだ!!!今すぐ助けてやるからな!!!」
俺は必死に瓦礫の山を漁って、掘り起こす。
「……後少しだ!!」
「……助けに来てくれて、ありがとう。樹くん。」
上半身だけ出た状態の圭さんはそうやって俺に感謝する。
「どうして助けに来てくれたんだ?」
圭さんはその手で瓦礫を退かしながら、俺に聞く。
「そんなの……死んでほしくないからに決まってるじゃん!!」
「どうして……そんなに?」
「死んだら真緒が悲しむから!!」
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そうだ、ここで圭さんがいなくなれば、真緒は親からの愛情を知らずに過ごすことになる。
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「ありがとう……真緒のことをそんなにも思ってくれて。君は立派なお兄さんだな……」
脱出できた圭さんはそう言って俺のことを抱きしめる。
「でも君は、君自身のことも心配した方が良い。お父さんの裕翔さんも、お母さんの日向さんも、いつだって君のことを思ってる。君がいなくなれば悲しむ……」
「そんなの嘘……いつも喧嘩はするし……」
「嘘じゃないさ。喧嘩だって、君を育てる為に君を成長させる為に必要な愛情だろ?僕はそう思うよ……」
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……喧嘩もある意味愛情。ただ優しく育てられることだけが、親子じゃない……と。
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「でも、圭さん……貴方は……」
「ああ。確かに、僕は仕事ばっかりでそもそも喧嘩すらできない。むしろ君と裕翔さんの関係が羨ましいくらいだ……前、君が寝ている時に彼らは言っていた……どうしたら君と仲良くなれるか……って。」
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……本当は、俺と父のことを羨ましいと、そう思ってたんだ。
俺のことを思って、仲直りしたいと……そう思ってたんだ。
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「教えてくれて……ありがとう。」
「おいおい、泣くな。中学生だろ??」
俺の涙ぐむ目を見て圭さんはそういう。
「真緒には悪いことだってわかってる。向き合うべきだってね。だから僕の方が親としては失格だよ。でも、来年度4月から仕事が色々と変わりそうでね、単身赴任じゃなくなりそうなんだ。だからこれからは真緒とも過ごせることが増えそうなんだ。」
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……俺は、どこかで思っていた。
俺の親は俺のことを本当は愛していないんじゃないか、って。
……でも今では、真緒が死んだあの一件でして来たことも……本当は愛だったのかもしれない……ただ不器用なだけだったんじゃないかって。そんな気もしてくる。
……それに、真緒。しっかり愛されてるんじゃん……圭さんに。
「……圭さん……ありがとう。」
……でもごめん。助けられなくて。
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俺の視界は光に包まれる。
「樹に何をしたの!!」
目を覚ますとエマがウプシロンに対してそう言い放つ。
「欠損してた記憶を与えただけですよ。ただ、遠回りではありますが……」
……確かに、今なら全てがわかった。
俺がずっと思っていた従妹の名前も顔も……真緒のことを……
それに、真緒の父親の思いも……よく分かった。
「記憶の欠損??」
エマが聞く。
「ええ。貴方、おそらく何かしらの要因で、記憶を奪われたのでしょう?」
「記憶を……奪われた??」
「ええ。綺麗に、貴方の従妹の真緒の容姿と人格、名前に関する記憶と、それに関係した彼女の家族の容姿、人格名前など……そこら辺が綺麗に切り抜かれてましたからね。」
……だから、あんなピンポイントで真緒と真緒の家族の愛香さんと圭さんの記憶を……
「それを……そのインガニウムの力で……直してくれたと……」
「ええ。ですがまあ少し違います。この『簡びの鋏』は幻覚を見せる装置……貴方たち的に言えば、神器です。」
……えらびの……はさみ……?
ウプシロンの背後には鋏があった。異形の姿の時のウプシロンの背後あった、あれだ。……でも今は天使のような姿をしている。
「具体的にはどういう効果なんだ?」
アールが聞く。
「並行世界を見せます。だから樹は今並行世界の自分の行動の記憶を、今の自分の知識で見たのです。樹の足りない記憶の部分……具体的には真緒、愛香、圭の人物像を擬似的に当て嵌めただけです。ただ、調整が難しいので余計な部分まで見てしまったかもしれませんが……」
……余分なところ……具体的には学校の記憶とか、そこらへんだろうか。
「……つまり、あれは圭さんを救った世界線の……」
「いえ、二人まとめて津波に巻き込まれ、死亡した世界線の記憶です。」
ウプシロンは軽くそう言い放つ。
……うっ……それは知りたくなかった。
そんな並行世界があったなんて……
……まあでも、並行世界の話だ。それをここで悔やんでもどうしようもない。
「樹に、樹が死んだ……そんな世界線を見せたのか?」
「……残酷すぎるよ……」
アールもエマも、そのことを聞いて心を痛める。
「……これが一番近い世界線だったので、エネルギーが少なくて済んだので。」
ウプシロンはやはりおかしい。異形の姿といい、何かがおかしい。
でも確実に倫理的なネジが飛んでいる。それはわかる。
「……あんた。一体何者なんだ?ウプシロン。」
「……私はただの神子。この『簡びの鋏』の神子です。まあ、最もあなた方が今見ているのは、神器になった私……ですけど。」
……どういうことだ?
「その天使みたいな姿はやっぱり幻覚って訳ね……」
エマは何処か気分悪そうに言う。
「そうですね。」
……つまり、本当の姿はあの異形の姿……
「あの姿は……一体なんなんだ……」
「ああ。そうでしたね、インガニウムがあればこんな幻覚簡単に突破できますからね……」
「良いでしょう。既に見られてしまっているなら、隠す必要はありませんね。貴方達に、この国の真実を教えましょう。」
……そう言って、ウプシロンは話を始めた。その国の歪な成り立ちと、ウプシロンという存在を。