第003話 外来の生命
「じゃあとりあえず、まずは装備を買い漁ってそれからダガランね!」
俺とエマはテトラビアの扉を中心として四方に通るメインストリートのうち、南側へと歩く。
戦争中というダガランに行くためには相当な準備が必要不可欠なのだろう。死にに行くところだった。危ない……
「いい?そもそも扉の先の国では言語は通じないし、私とも会話できない!それに重力だって!空気の成分だって異なる!生身で言ったら、基本は死ぬんだよ。」
歩きながらサラッととんでもないことを言うエマ。今、エマとは言語も通じているし、ここテトラビアでは地球と同じくらいいつも通りだったので全く気にしていなかった。
「今はエマとこうやって喋れているのに、向こうじゃ無理なのか?」
「テトラビアは母神器『生命の木』によって空気成分も言語も、何もかもが個人に合う様に魔法がかけられてる!だから言語も勝手に翻訳されるし、私の吸ってる空気とあなたの吸う空気も違うって訳!」
母神器か。新しい神器だな。次から次へと新しい神器が出てくる。相変わらずこの場所は俺の常識も、想像もはるかに超えてくる。
手を上に挙げ、指をさしながら空を見上げるエマ。それに倣う様に後から空を見上げる。空には無数の光の粒子が飛んでいた。
「……あれ!どこに母神器があるのかとかはわからないけど、母神器から出てきてる光だってことはわかってる。」
「……あれがそれか。やっぱり、この国ってとんでもないんだな。」
若干引き気味に言う俺。手を下ろしこっちを見るエマ。
「まあね。それも今じゃ再現できないし物だし、本当にどんな技術で出来てるんだろうね……」
「ロストテクノロジーか。」
「そういうこと」
足を止め、感慨に耽る俺を見ながら、エマは言った。
「おい、そこのお前、お前が千歳 樹か?」
感慨に耽っている時に後ろから謎の声を聞こえてきた。後ろを振り向くと少し汚いフードを被った謎の小柄な少年がそこにはいた。子供だろうか。
「なにか用か?」
すぐさま答える。
「お前、千歳 樹には魔法統括システムにより逮捕状が出ている。統括者の俺に同行してもらおう。」
その少年は手に持っていた紙を突き出し、そう言った。
急に逮捕と言われ困惑したが、冷静に考える。カーラも言っていた魔法統括システム。それはいわゆる政府の様なもの、と考えられるか。でもそこから逮捕状?何でだ?
「逮捕状って、何も俺やってないけど。」
「そうだよ!樹はまだテトラビアに来て1時間も経ってないし!ずっと私か、巫女のカーラがそばにいたはず……逮捕される様なことをやれる隙はない!何かの間違いでは?」
想像以上に庇ってくれるエマ。助手といったからか、案外信頼してもらえてるみたいだ。そもそも突然理不尽な逮捕を言い渡されたら、誰だって反発するか。
「カーラ・ミラーも月城エマにも、お前らに用はない。むしろこれから被害者になる。それを止めに来た。」
言っている意味がわからない。というか統括者と言っていた。誰なんだ、この人。
「被害者?どうしてそんなことに?」
エマはその少年に聞く。
「だって千歳 樹、お前に出てる逮捕状は『統括法第15条、環境不法入国』だ。」
指を差されてそう言われる。その話を聞いた直後、思い出したのか、エマは口を塞ぐように驚く。
「不法入国って、俺はこの国にいつの間にか居ただけだ。それは俺の方こそ被害者じゃないのか。」
環境不法入国、聞きなれない単語だが、不法な入国で逮捕状を出されたのならそう反論するしかない。
「待って、樹!環境不法入国の罪って、それって確か……」
「そうだ。こいつはこのテトラビアに本来あるはずではない、環境を壊しかねない危険な外来生物を持ち込んだんだ!」
「樹、何かを連れてきた?それか、病気にでもなってた?」
エマは怯えるような目で見てくる。
「いや、そんな筈は。だってこの通りだし。」
鞄も、ポケットの中も全て確認する俺。もちろん虫などはいない。
何のことかわからなさすぎて俺の頭はパニックになりかけていた。
「……ポケットの中にはないし、そもそも見えない。そりゃあ、お前が連れ込んだのは『ウイルス』だからな。」
まさか、あの新型コロナウイルスが!?そう頭に過った。
「……ウイルス。そんなもの、周りに感染者すら居なかったのに……いや、」
確かコンビニから帰る時、マスクをしていない咳をするおじさんとすれ違った。それか。でも俺は感染していないはず……そもそも、俺の身に異変は起こっていない。
魔法統括システムは服とかに付着した若干のコロナウイルスを察知して、こうやって統括者を送り込んできた、ということだろうか。
「心当たりを思い出した様だな。だが今更遅い。魔法統括システムの逮捕状は確定事項。ついてきてもらうぞ。」
俺の横でどうしよう……という顔と素振りで焦るエマ。一体、ウイルスに感染することを焦っているのか、俺の身のことを思って焦っているのか、どっちなのだろうか。
「ついていくって、一体どこへ?空気感染するウイルスなんて、もう手遅れじゃないのか?病院で安静にでもしてる方が……」
「お前の刑罰は魔法統括システムによると、真神器『滅びの盃』の使用だ。それが何なのかは俺にもよくわからないが、とりあえず南西にある都市フルーブに移動する。」
その少年は手に持っているその逮捕状らしき紙を見てそう言った。
「……わかった。」
俺自身が気づいていなかったとは言え、未知のウイルスを持ち込んだ落ち度があるのは確実だ。潔く答える。俺は手錠をはめられる。
「じゃあ今から結びの扉を使って南西の都市『フルーブ』まで行くぞ。『統括者より、扉使用申請を求める。目的は罪人の移動だ。』」
少年は自身のペンダントに対してそう話しかけた。この少年はこのいかにも盗賊のような見た目なのに警察だと思われる。この国は本当に分からない。
「わかりました。一時的に優先します。」
少年の持つ胸のペンダントからカーラの声が聞こえた。俺の首にもかかっている、このペンダントは通信機のようなものなのだろうか。
「待って、私も行く!私だって今じゃ保菌者だと思うし……」
もじもじとエマが言う。だが間違いなくコイツはその『滅びの盃』という神器を見たいだけだ。見え透いた言い訳だろう。
少年は手元の逮捕状と思われる紙を眺める。
「……いいだろう。同行を許可する。」
扉の場所まで行くと、カーラが扉の利用者の対応を淡々とこなしていた。どうやら、一時的に扉が優先されてるとか何とかで対応に追われているらしい。
申し訳ない、俺のせいで。そう思いながらカーラの元へと行く。
「扉は事前に接続場所をフルーブに変えてあります。いつでも大丈夫です。って罪人って、樹さんのことだったんですか!?それにエマさんまで。」
淡々とした顔つきから打って変わって、わかりやすく驚いて言う。
「あはは〜、カーラちゃんごめんね〜私も同行するんだ〜。」
エマはカーラに笑いながら言う。
「コイツはウイルスを持ち込んだ環境不法入国者だ。後ほどお前のところにも話を聞きに来るかもしれない。よろしく。」
少年もまた、カーラに対して言う。動揺と不安が混じったような表情で静かに頷き、扉を開けるカーラ。
「それじゃあ、行くぞ。」
俺は小さく頷き、エマはカーラに手を振りながら3人は渦巻く扉の中へと歩んだ。
扉から出た先はまるで迷路のように立体的な構造で入り組む街だった。俺たちが出てきたのは大きめな鏡だった。これが扉を繋げる先ということだろうか。扉の接続先は反射するもの、と言ったところだろうか。
「……すげぇ」
「テトラビア南西に位置するこの『フルーブ』は地上は水の都、頭上にはカラクリ都市といった立体構造を持つ街だよ!」
俺の独り言に対してエマが説明してくれた。俺はその見たこともないような景色に圧倒されていた。
「おい、見惚れてる暇なんてない。早く行くぞ。」
少年は問答無用に俺の肩を強く押す。
「『滅びの盃』はこのフルーブ中心地の鏡のすぐ真下にある。あそこの水路から地下に入る。」
少年が指差した先は下水道だった。
「……コツコツコツ」と鳴る3人の足音と、「ポツポツ」と鳴る水の音のみが聞こえる薄暗い下水道を手錠をかけられたまま、俺は進む。
「そういえば、統括者の……」
「アールだ。」
「アールはどうして松明を使ってるの?照明魔法のライトでよくない?」
テトラビアでの警察だと立場を知っている上で、エマは無邪気に話す。
「神器の周り数十メートルは反魔法結界があるんだ。だから神器を動かすための魔法しか使えない。そんなことも知らないのか?」
反魔法結界……本当に異世界だな……
「ーーあ〜、なるほど〜!確かに結びの扉の近くも魔法が使えなかったっけ!あれ?でも扉開閉申請と使用申請は出せるじゃん。」
「ああ、あれは神器の力を分析して作られたものだからだろうな。そもそも、この反魔法結界は神器を魔法で壊すことを防いでるんじゃないかって言われてる。真相は分からんが。」
「なるほどなるほど、そんな感じだったんだ。知らなかった!やっぱり統括の人は違うな〜!」
腕を組みながら深く感心している様子。
確かにエマや俺にとって有益な情報だが機密情報ではないのだろうか。まあそんな心配もいらないか。鏡の下にあるとは言ったものの、迷路の様な構造の為結構な距離を歩かされた。
水路が急に終わり、水路の水が滝の様に流れる広い古代遺跡の様な空間に出た。
「ーーついたぞ。あれが『滅びの盃』だ。」
……その巨大な盃もまた、『結びの扉』と同じ時計の針のようなものを持っていた。