第031話 幻覚に見る神
唯一神ウプシロンは、神様なんかじゃない。
……呪いを受けて、異形の存在になった……まるで被爆したかのように皮膚が爛れて……立つことができないようにまでなっている……ただの人間だった。
「……何を言っているんだ。彼女は俺たちが願えば願いを叶えてくれる。この国の神様だ。不敬だぞ……二人とも。」
……この国の人間は狂っているのか?
俺たちの目の前にある光景、それはガラス越しに隔離された人間の姿をしない、人間であったかのような、少女と思われる存在。
そしてその奥にある物は間違い無く、神器。
開いていないハサミのような形をしていながら、時計の針のような、いつものインガニウム結晶と言うらしいあの構造がある。
「……アールには、何が見えているんだ?」
「……ん?何って。ウプシロン。幸福を司る女神。羽が生えた、神々しい少女だろ?」
「……これ……神器の力で……」
エマがボソッと呟く。
間違いない。彼らは、この国の人々は間違い無く、幻覚を見ている。
俺もエマも、そのガラスから後ずさる。
「お前ら、急におかしいぞ……まあいい、その魔石をくれ。」
アールはそう言って手をこっちに寄越す。
俺は約束通り、魔石を渡した。
「ありがとう。それじゃあ神様……これでこのソアロンを……ふぇ……え?」
アールは俺から貰った魔石を持ってその異形の少女の元に行ったと思ったら、急に驚いてその魔石を地面に落とす。
「……おい、どうしたんだ……え?」
俺はアールの元に駆け寄る。
その瞬間俺の頭は困惑して恐怖の感覚が襲ってくる。
だってそこに居たのは、羽が生えた、神々しい少女だったから。それこそアールがさっき言ったような。
さっきまであったはずのハサミのような神器はない。
……いったいどう言うことだ……?
「どうされましたか?2人とも。」
その少女、ウプシロンと思われる神様から声が聞こえてくる。
「樹……ここから離れよう……?ここにいると……気分が……」
エマは俺の服を掴んで、怯えた声でそう呟く。
「なんだったんだ?今の……神様が……変な姿に見えた……?」
アールがそう呟く。
「……?私は私です。私以外の何者でもありません。」
その隔離部屋の中から、少女が喋りかけてくる。
俺は屈みながらアールが落としたその魔石を拾う。
「アール。大丈夫か?」
俺はアールに魔石を渡そうと、そのファレノプシスの魔石を持ちあげる。
視線を上げると、そこに居たのはやはり……
異形の存在になった人間と、後ろにあるのは神器だ。
……まさか。この魔石がトリガーに。
その思考が頭を過ぎる。
「アール。この魔石を持ってくれ!!」
「……ああ。言われなくともこれで神様と交渉するつもりだから持つが……」
俺はアールに魔石を手渡す。
そうすると、またその姿は羽がはえた神様になる。
「間違いない……この魔石が。この魔石によってウプシロンの姿が……変わる。」
俺は後ろにいたエマにそう言い放つ。
「え?」
エマはその場に魔石を起き、その隔離部屋を覗き込む。
「……じゃあ、これが……?これが本当のお前の姿なのか?神様……」
アールは俺が渡した魔石を抱えながらそう小さく呟く。
「アール・カイ。貴方が何を言っているのか、わかりません……ですが、その魔石があれば、確かにこの国のエネルギー問題は解決するでしょう。その魔石の内部にある……インガニウムがあれば。」
その天使のような神々しい少女はそう告げる。
「そうか……わかった。じゃあ……また来る。……行くぞ。二人とも。」
アールに連れられて、俺たちはその少女か、異形の存在が隔離されているツェータタワーを後にする。
「……間違いないよ……この魔石の力でウプシロンは、姿が変わるね……」
エマが言う。
「……ああ。驚いた……」
「アールも分かったんだな……」
俺たちはアールの歩くままに、ついていく。
「あんな姿……やばいだろ……ただ、どっちが本当の神様なんだ……」
アールが小さくそう言った。しっかりとその異形の姿を理解したようだ。
そしてそれはその通りだ。天使のようなあの姿か、異形の姿かどちらが神様の姿なのか。
魔石が幻覚を生み出している可能性もあれば、魔石が幻覚を解除している可能性もある。
「ただ……あの天使じゃない時のウプシロンの……後ろにあったもの、あれは間違い無く神器じゃない?」
「そうだな……て言うことは恐らく……」
「うん。」
異形の姿となったあの姿こそが、あの少女の。ウプシロンの本当の姿だと思える。
「さあ。行くぞ。二人とも乗り込め。」
アールがこっちを振り向いてそう言う。
アールの先にあったもの。それは車……いや、空飛ぶ車か。
飛行機と車を足して2で割ったかのようなそんな感じの物があった。
「……きゃああああ!!」
「はっや……」
俺とエマはその速度と高度で焦る。
「しっかり捕まっておけよ。このイータルは最高時速300キロだ。もっと飛ばすぞ。」
アールの自家用車……と思われるそのイータルと言う飛行機と車を足して割ったかのような車。それはこの巨大な浮遊都市ソアロンの上空へと俺たちを誘う。
眼下に見える都市は白色に輝いてまるで一つ一つの建物が宝石のように見える。
「……しかしこの都市滅茶苦茶広いな。」
「ああ。この都市は中心部と4つの円盤型のサイド都市、8つの地方都市からなる。これを合わせて一つの国、ソアロンだ。」
……数億人が住むような浮遊都市だ。そりゃあそうか。
そしてソアロンは国の名前であり、この浮遊都市の名前か。
「この乗り物ってどうやって飛んでるの?」
エマはイータルの構造に疑問を持つ。
風を受けながらエマのその白い髪の毛は靡く。
「それは今から行く。そこでわかる。」
ソアロンの綺麗すぎる青空を俺達はそのイータルと言う乗り物で駆け巡った。
「着いたぞ。」
「……ここは?」
俺達はイータルから降りる。そこは工場だった。
「見ての通り、イータルの製造工場だ。」
「おーい!アール!!久しぶりだな。5年ぶりか!!おかえりぃ!!」
そう声が聞こえて来ながらおじさんが走ってやってくる。
「クロスか。久しぶりだ。」
まるで感動の再会を果たしたかのように、しれっとハグを要求するクロスというおじさん。
そう言いながら、アールはそのクロスの横を通過する……
「相変わらずお前はつれないやつだな……まあいい。今日は何のようだ?」
無視されて普通に悲しそう。
「ああ。この魔石を加工して欲しいんだ。」
「……な。この魔石を加工するのか?」
俺は驚いてアールに聞き返す。
「ああ。クロスはセレスチウム加工のスペシャリストだ。彼ならその魔石から証を作り出せるぞ。」
……最初は魔石を返す……分析すると言っていたが……加工して証になるのならそれはそれでありだ……
「どうする?エマ。」
「……まあ、原型とどめてないと魔石を分析できないわけじゃないし、いいんじゃない?」
「じゃあ、証に加工してくれ。」
俺はアールに頭を下げる。
「勿論。それでだ、クロス。この魔石は割れても自然修復する力と、内部にインガニウムがあるらしい……そのインガニウムを取り出したい。できるか?」
まあそんな気はしていた。インガニウムだけを取り出して、ウプシロンに渡してエネルギー問題を解決すると。
「な、この魔石の中にインガニウムがあるのか?それじゃあ本当にこの国のエネルギー問題は解決するのか……」
「ああ。神様がここにインガニウムがあると告げた。だから間違いない。」
「ただまあ、その魔石、そこの二人の物なんだろ?いいのか?インガニウムを抽出しちゃって。」
その工場らしい服を着た男、クロスは俺たちの方に視線を送る。
「……ああ。問題ない。元から俺達は最悪アールにあげるつもりだった。証として戻ってくるだけで十分だ。」
「……わかった。それじゃあ早速作業に取り掛からせてもらう。」
そう言って俺達はその工場の内部へと進んでいく。
「証……って、魔石からできていたんだね!」
「お、興味あるか?エマちゃん。」
クロスはそうエマに対して聞く。
「勿論!!証は神器と似てるし!!」
「……神器……というものは良くわからないが、セレスチウムの結晶から作られる道具、それこそが証だ。魔法のような力を発揮する、そんな物だ。」
神器なんてテトラビアくらいしか一般的に知られていない。クロスが知らなくて当然か。
……証。それは多分魔法がない世界で魔法を再現しようとした物。そんなところだろう。
「……魔法を目指して作られたのか……?」
「まあ、そうだろうな。ここソアロンは魔法が使えない。だからこそ証の加工技術がある。」
……ダガランでは速度の証を作るところがあると、俺たちをテトラビアで襲おうとした鳥人のアスラが言っていた。
それに対してグレートドーンのリカとリリー……別世界のエマがつけていた未来の証。あれは今思えば間違いなく魔石そのものだ。つまり、今のところ魔法が使えない内宇宙の国でのみ証の加工技術があるように思える。
「それじゃあ、俺はここで証を加工してくる。何か作って欲しい証の注文とかはあるか?……とはいうものの、お望み通りのものができるとは限らないが……」
「じゃあ、姿を変えれるような、そんな証が欲しいな!!」
エマがそう言う。
クレオールの姿、羽が生えた姿は魔法が使えない場所なら滅茶苦茶役に立つ。
でも、人目が気になるのもわかる。だからこそ神器で人間の姿になろうとした。そんなエマの気持ちが何と無く伝わってくる。
「樹くんは?」
「俺は……任せるよ。」
「了解!」
俺たちが持ってきた2つの魔石を持って、クロスは加工場の扉を開けて入っていった。
「……どんな証ができるかな!!楽しみだね!!」
「……証如きではしゃぎ過ぎだ。」
……やっぱり、どこかアールは冷たい。
「もう!!本当にアールは!!楽しんだっていいじゃん!!」
「……はいはい。ご勝手にどうぞ。」
俺はその様子を笑いながら横目で見る。
……証に、魔石。この世界の謎がまた一つ解明できそうなそんな気がしていた。