第027話 巨人は力に飲まれる
「来たか……待っていたぞ。」
命界に俺たち4人が来ると、そこには横になって待つあの巨人がいた。
「ああ。約束通り創世の鉞を持って来たぞ。月下ハガを、ハガさんを解放しろ!」
俺はその巨人に向けて言い放つ。
「ふむ……本当のようだな。」
「貴方が例の巨人ね……」
「……神器に、意志があったのか。」
レイカとユウはそれぞれこの空間を見て言葉を漏らす。
「さあ、その鉞を頂こう。差し出せ。」
巨人は立ち上がってから屈み、俺に対して手を伸ばす……
「……待って!先にハガさんを解放して!!」
……エマは左手を俺の前に伸ばして鉞を差し出そうとする俺の手を止める。
「……無理だ。」
「なぜだ!!この鉞を差し出せば親父は帰って来るんだろ?順番なんて、どっちでも良いだろ!!」
……その巨人はシャガの発言を聞いて考える。
「……その鉞があれば、ハガを蘇生できる程のエネルギーが手に入る。だから、俺は求めた。」
巨人はそうやって言い放つ。
「どういうことだ!!」
「……まさか、神器の共鳴反応……」
レイカが小声で言う……その言葉は俺たちの耳にも届く。
「まさか!!!だからそのために!!」
「……ああよく分かったな。正解だ。インガニウムの共鳴反応。それならば、そのエネルギーがあればハガを救える。」
「……そんなの!!……だめだよ!!」
エマが巨人に訴える。その様子を俺は横目で見る。
……あれ?エマの背中に……羽根がある。カモフラージュが解けている……。
気がつかなかった。
「共鳴反応は、貴方を貴方じゃなくさせてしまう!!!」
……エマは別世界の俺の……共鳴反応と戦った。だからこそその危険性もよく分かっている。
「……新たに人格ができるほどの共鳴反応、それはクレオール・ディザスターなんかよりも危険!!」
……クレオール・ディザスターも神器と似た共鳴反応だが、エマでも制御できるほどの……知性を持つ魔族やドラゴンなどの魔物なら、比較的制御できる部類の共鳴反応なのだろう。下等な魔物がその力を持つからこそ、災害になってしまうと考察する。
それに対して別世界の俺は完全におかしくなっていた。それは、エマを攫いに来た時からわかる。
エマが8本角で魔力があるからクレオールの力を制御できたと言う可能性はあるが、それならば相当力を持っているはずの神器化している別世界の俺がああなった理由が分からない。つまり、クレオールディザスターと神器の共鳴反応は似ていても根本から違って、エネルギーとそれを制御するための力、的な問題ではないのだろう。
つまり、神器の共鳴反応は相当危険だ。
「……そうだな。それは分かっている。」
巨人はそう言いながら立ち上がり……俺をバリアで覆う。
「おい、ふざけるな!!だせ!!」
……俺はバリアで囚われる。
「やめなさい!!殺すわよ。」
……レイカはゲンムに対してやったように、魔法陣を出して巨人の心臓部を握ろうとする……
「……なに?魔法が……」
魔法陣は粉々に砕け……レイカは呆気に取られる。
「……神器の……反魔法結界か……」
ユウは剣を構えながら呟く。
そうだった。テトラビアの真神器の近くだと魔法が使えなくなる……
グレートドーンの守護神器周りは特に反魔法結界なんてなかったから、その存在をすっかり忘れていた……
5メートル以上はあると思われるその巨人の鍛えられた筋肉は剣を通すようにも思えない。
……つまり……この命界に来た時点で、俺たちは無力だったんだ。
「……すまないな。俺はやるんだ、その為に鉞を求めた……さあ。俺を滅ぼしてみろ……伝承を実行した者達よ……」
その巨人は抵抗できなくなった俺が持つ槍を無理矢理バリアの外から奪う。
……このバリアは一方通行のようだ。向こう側からだと物理的に侵入できるが、こちらから手出しは出来ない。これが圧倒的な神器の命界での力……。
……その瞬間、命界は崩壊した。
俺たちは『尊びの鏡』の前に戻される。
……どうなったんだ?
「おい、あれ!!」
シャガが指を指す先……校舎の屋根から見えるその姿。そこにはもっと巨大化したあの巨人が……蛾のような羽をつけて姿を現す。
まるで……大地の化身。
「……まさか。あれは……」
レイカがユウとシャガの方に視線を送る。
「……4000年経って復活したのか……」
「……そうね。気がつかなかったけど……あの姿になればわかるわ。まさかこんな場所で生きていたとは思わなかったけど……あれは王城の絵画そっくり。」
『初代魔王、ファレノプシス!!!』
……その姿は、巨人……いや、目の色は魔族か。しかも……蛾のクレオール。だから、蛾のようにと言う意味のファレノプシスと呼ばれているのか。
巨体はどちらかといえば古代魔族……と言ったところなのだろうか。それとも、奴自身の力か。それは分からない。
クレオールの力と神器の力を持ちながら……その最悪の魔王は共鳴反応を起こした。
……絶望だ。
「……やるしかないんだな!!」
* * *
「……お母様……レトーン北、アルトポリス西の森林で、ファレノプシスが現世に復活しました。どうしますか?」
羽が生えた妖精のような姿をする女性、キーラは……紅茶を嗜む私にそう告げる。
「安心しなさい、キーラ……彼らに任せるのです。これもまた……必要な犠牲ですから。」
私……ヴィクトリアはそっと笑う。
……ごめんなさい、ファレノプシス。それが貴方の決断であるならば、私に権利はありません。最後まで勇敢に戦い、テトラビアを救う礎となるのです。
* * *
「……4000年ぶりの空気だ。懐かしい!!ディザスター以来だな。」
はっはっはっは!!とその魔王は笑う。
「ふむ……懐かしい城だ。」
……その魔王は眼下にある城を見ながらそう呟く。
「よそ見してる場合じゃないわよ!!」
「……ん?」
魔王が下を向いている隙にシャガが正面から魔法で強化された剣できりかかり、レイカが後ろから蹴りを入れる……
「……ここなら魔法が使えるのね!」
……けど、ファレノプシスはとても硬い。
「……硬すぎる!!!」
シャガの脚も、レイカの剣も折れるのではないかと言うくらい力を込めている。
「効かぬわ!!」
ファレノプシスはその巨体からすると小さすぎる鉞を使って大地を持ち上げ、それをそのまま操りレイカとシャガを振り落とす。
「硬すぎる……助かった。」
フレアドラゴンにカモフラージュで変化したエマは俺たちを乗せながら振り落とされたシャガとレイカを助ける。
「……しかし。こんな姿になれるのか……まるでリカみたいだ。」
「あはは……そうだね!」
フレアドラゴンとなったエマはユウや俺たちの脳内に直接語りかける。
「……しっかし、ファレノプシスは硬すぎるわ。普通の剣や魔法じゃ倒せないわね。」
……幸い、ここはレトーンからでも数キロ離れている。ファレノプシスが大爆発を起こさなければ被害が及ぶことはおそらくない。……旧校舎はまあ、どれだけ壊されても問題ないだろう。
「……共鳴反応が起こった以上、あの鉞をどうにかするのが先!!」
「共鳴しないほど奴から引き離せばいいんだな。」
「そうね……でもこのままじゃまともに近づけないわよ。」
……俺たちに向かってファレノプシスは岩や大地、木々を飛ばしてくる。それこそがあの鉞の力か。
俺たちを乗せながら躱すことでエマは精一杯だ。
「……俺が……このアンクレットで。何とかしてアイツから鉞を引き離す!!」
……ダガランで手に入れたこの『速度の証』。
これなら、魔法で強化するよりももっと早く、強い力を引き出せる。
「じゃあ、私たちは魔法で援護するわ。エマだけに鉞の攻撃を引き受けてもらうことはできないわ。いいわね?」
「勿論。俺もチャンスがあれば奴に斬りかかりに行く。」
……ユウもかなりやる気みたいだ。
「じゃあ、一旦屋根に降ろすね!!」
「了解!!」
屋根に降りた俺はアンクレットの力で空中を突き進み、空気を蹴って巨人に詰めていく。
「……こざかしい……人間!!」
ファレノプシスは俺に向かって大地を投げつける。
「デストロイファイアー!!」
あたりそうになった瞬間、俺の目の前に炎線が現れる。
「助かった!!」
「当然!!相棒でしょ!!」
エマはクレオールの姿で俺を援護する。
「うわっと!!危ない!!」
……俺の方を見ていたエマは後ろから木が来ているのに気付くのが遅れる。がなんとか対処する。
「少しはやるようだが……これならどうだ。」
ファレノプシスがそういうと……大量の魔物が辺りに現れる。
「……クレオール・ディザスターが、また!!」
……あの時のエマと同じような状況が、今度は敵に起こる。
ガーゴイルやハチの群れは俺に襲いかかる。
「……邪魔だ!!」
俺はレイカからもらったあの剣を抜く。
……魔族の剣技、魔法を剣に込める方法……
本にあった内容を思い出す。
「そこを開けろぉぉぉぉぉ!!!」
電撃を帯びたその剣は、ガーゴイル達を痺れさせる。
案外、一度見ただけで実践していなかったが初級魔法なら行けた。
「油断しちゃダメよ!」
視界が晴れて、安心していたところにフレアドラゴンが俺めがけて突っ込んできていた。
だが……そのドラゴンは急に苦しみながら落下していく。
「……レイカ!!」
フレアドラゴンの心臓握るって……ヤベェ……
「しっかし……数が多すぎるな。これ……レイカも手伝ってくれ。」
「あら、貴方それでも鉞の守護担当だったのよね?……そのくらいのゴブリンやオークなんて倒せるでしょ?」
シャガはファレノプシスが呼び出した地上の魔物、ゴブリンやオーク、オーガ、狼など……さまざまな魔物を相手にする。
「右手だ!!奴の右手の、人差し指と中指の間に鉞があるぞ!!」
鉞を見つけたユウが叫ぶ!!
「サンキュー!!見えた!!」
……1メートルくらいの鉞は、50メートル近くの巨体となっているファレノプシスからすると本当に小さく見える……それこそ、側から見るとどこにあるのか分からないくらいに。
「……行ける!!!」
俺はアンクレットの力で空気を蹴りながら、右手に近づく。
……そこに、ファレノプシスの左手とまた蛾の群れが襲いかかる。
「諦めろ!!人間!!」
俺は炎を剣に纏わせ、蛾を焼くが……左手の対処は間に合わない……!!
「……構うな!!」
ユウがそう言った瞬間、ファレノプシスの左手は手首から切り落とされる……
その剣も、その表情もとてつもない程美しく、カッコ良かった。
……これが……月城ユウ。
「……やっぱり異次元だ。あいつの剣は……」
「そうね。さすが魔王継承権1位……その実力は嘘ではないわね。」
「ありがとう!!」
俺はユウが作り出した一瞬の隙に鉞のある右手へと飛び乗る。
奴の右手は鉞があるから下手には動かせない……
俺は剣と脚を巧みに使って指をこじ開け、鉞を掴む。
「……ふんっ!!!」とファレノプシスは力を込め、俺がつかんでいる状態の鉞ごと、右手を動かして、俺を落とそうとする。
俺は必死に捕まりながら、脚で鉞を指の隙間を目掛けて蹴る。
その衝撃で鉞は落下する。
それと同時に俺は右手に捕まり、そのまま旧校舎の屋根めがけて投げられた。
「……少しはやるようだな。人間。だが我はまだ滅びぬ。」
……俺は車よりも速いスピードで旧校舎屋根に突き抜けられ、そのまま旧校舎の内部に落下した。




