第026話 脱国は兄に恨まれる
「ところで、樹とエマはどうしてその鉞を求めているんだ?テトラビアの侵略とやらはそんなにやばいのか……?」
当然の質問を、シャガから投げかけられる。
「それもある。でも、俺たちはハガさんを救うためにもこの鉞を持ち帰るんだ。」
「……ハガさん……?」
「ああ。テトラビアの魔法学校の学長。月下ハガさん。彼は俺らの目の前で……殺された……」
「月下ハガだと!!!!?俺の親父は、お前らの前で!!!死んだ????」
シャガはそう叫び、頭を抱えながらその場に膝から落ちる。
……ハガさんは、シャガの親父みたいだ。
「どうして、どうして助けなかったんだ!!!!!!」
シャガは俺の胸元を泣きながら掴んでそう叫ぶ。
「……尊びの鏡……テトラビアにある神器。それによってハガさんは……死んだんだ。」
「……え?これと同じ……神器に殺された……のか?樹とエマはその神器に、人を殺すような意思があるっていうのか?」
実の父が死んだということを受け入れたくないのだろう。あいつが死んだ時だって、俺はその事実を受け入れられず、長い時間悩み続けた。だからそのシャガの気持ちもわかる。
……テトラビアに来てから忘れていたあの記憶。それはだんだん思い出してきていた。
「……まあ、そうでしょうね。さっきの人。あの槍を握った人。あの人を見れば……神器に意志があるだなんてことは分かるわ。」
……ね?と確認するかのようにレイカはこっちを見る。
「……ああ。でも安心してほしい……ハガさんはこの鉞があれば生き返る……そう、巨人は言ったんだ……」
「本当に生き返るなんていう保証があるのかよ!!そんなこと、魔法でも無理なのに……」
シャガは神器の本当の力を知らない……
「……大丈夫。ハガさん……貴方のお父さんは必ず救い出す!それに、この鉞がなくてももう一つハガさんを救う方法があるから!!」
エマはそう言ってシャガを元気づける。
……もう一つの方法。それは何だったか……
「あの巨人は『……幽霊の嬢ちゃんなら』と言っていた。だから、必ず救う方法はある!!」
……ああ。確かに言っていた気がする。
幽霊の嬢ちゃんとは、何のことかはわからない。でも言い方的には多分……他の真神器で、幽霊のハシラビトがいると言ったところだろうか。
じゃないとあの巨人が知っているわけが無い。人が来ない……あんな場所で。
「……じゃあ、俺も連れて行け!!!」
シャガはそうやって、今度はエマの服を掴みながら叫ぶ。
「……え?」
「長いこと親父には会ってないし……もう鉞を護る仕事も無くなった。それに俺は魔王継承権第3位、ここにいる意味もない。」
「……貴方、魔王になることを諦めているのね?月下家も墜ちたわね。」
レイカは密かに笑う。
「月成レイカ……好きに言うがいいさ……」
「……良いわよ。だって私も……じゃないわ。私も乗ってあげる。私も一緒に連れて行って?」
そう言ってレイカは俺の方を向く。何やら事情がありそうだ。
「な!!月成家と月橋家は魔王争いをする事で有名……お前、一族に泥を塗る事になるぞ……」
「それは貴方だって同じでしょう?私だって……実はハガさんに恩があるの。救いたいのは同じよ。」
「……ありがとう!!!」
シャガはレイカの方を向いて頭を下げる。
その様子を見てレイカは微笑む。
「はい。これ!テトラビアに来るならこれが必要!!同行でもいいんだけど……どうせなら!!」
エマは頭を下げるシャガの元に、ペンダントを下げる。
「ありがとう……エマ。」
シャガは立ち上がりながらエマに感謝する。
「……それじゃあ、ハガさんを救いに……テトラビアにいくぞ!!」
「おー!!」
俺たちは志を共にし、テトラビアに帰還する事にした。
俺たち四人はテトラビアに行く為に中庭から魔王城を通る。
「……あ。お兄様……」
「……おう、レイカか……」
「ごめんなさい、お兄様……私、テトラビアに行ってきますわ……」
俺たちはゲンムとすれ違う。
レイカはサラッと……ゲンムに言い放つ。
「ウッソだろォ??何でだよ……魔王になれねぇじゃねえか……」
「……私、魔王よりも目指すものができたの……だって私はもう、月成家では無いし。」
ゲンムはその場に膝から崩れ落ちる……
その様子を気にしないように笑いながら、レイカは歩き出しす。
「一生恨んでやる……レイカぁぁぁぁぁ……!!」
「……フッ。」
レイカはさりげなくまた、ゲンムの心臓を握って大ダメージを負わす……
「よかったのか?」
俺は鉞を担ぎながら振り向いてレイカに聞く。
「ええ。元から私は魔王になんて興味ありません……この国なんて滅びれば良いのです……」
……やっぱり、レイカは変わった奴だった。
俺たちはテトラビアのアクセスポイントまで来た。
「……テトラビアに行くというのは……四魔皇家をやめるのと同義……例外はいるとはいえ流石に……」
ここまできて、シャガは何故か躊躇う。
「何言ってるの!貴方のお父さんもこうして脱皇家、それに脱国したのよ!ほら!!」
レイカはシャガを押して、そのままシャガはテトラビアへと行ってしまう……まあ、何かやらかして島流しにあったみたいなパターンも考えられなくは無いけど……どうなんだろう。
「それじゃあ、私たちも帰ろうか!」
「……そうだな!」
俺とエマは互いに見合って、その鏡へ飛び込む。
扉の先では、何やら先に入って行ったシャガが叫んでいる。
「……まあまあ、落ち着いてください。」
「……ああああああ……来てしまった……!ああ!!お袋……ごめん……魔王になれなくて!!!」
「何言ってるの!!はい、行くよ!!」
……シャガを見ているとなんか自分がテトラビアに来た時を思い出す……
「なんか、前の樹みたいだね!」
「……やめてくれ……傷が痛む……」
そんな俺たちの前にカーラがやって来る。
「お帰りなさい、エマさん。樹さん。それが、神器ですか?」
「ただいま〜!カーラちゃん!!そう、これが神器『創世の槍』!!」
「おめでとうございます!!……ところで……彼らはどうされましたか?」
俺たちの目の前ではクヨクヨするシャガと、それを何とか元気付けさせようとするレイカが言い争っていた……
「ああ。あれはまあ、気にしたら負けだ……」
俺は歩き出して言い争いを続ける二人の肩を叩く。
「はいはい、並び直すぞ。」
俺はレトーンに行く為に二人と、エマを連れてまた結びの扉の列に並ぶ。
今回は予約せずそのまま長い列を並ぶ事にした。
「それでは今度はレトーンですね、行ってらっしゃい。」
カーラはそうやって俺たちを見送る。
シャガも流石にもう自分の決断を受け入れたみたいだ。
「行ってきます!カーラちゃん!」
俺たち4人はまた、扉の中へと入っていった。
「ここがレトーン……確かにグレートドーンの建築様式ですわ。」
「そうだな、使われている素材すら似ているが……でも、住んでいる人は魔族だけじゃないな。」
「まあ、それがテトラビアだからね!」
「早く行くぞ!魔法大学に!!」
俺が指差す先……そこそこ遠くて道の関係上先が尖る屋根部分しか見えないが……そこにはやっぱり魔王城とそっくりな、魔法大学がある。
魔法大学の中庭の地下通路を俺たちは歩く。
途中魔法大学の職員に捕まりながらも、何とか来れた。
「やっぱりハガさんのことは失踪事件として認識されてたね……」
魔法大学で、ハガさんは失踪扱いされていた。
「まあ、仕方ない。誰も神器に攫われたなんて思わないからな……」
俺たちは旧校舎正面入り口への階段を登る。
「ここが、旧校舎……」
「そう。4000年前の学校!初代魔王の頃の……」
「……やっぱり、古代魔法は別格ね……4000年も前のものがここまで残るなんて……普通じゃあり得ないわ。」
……言われてみればそうだ。確かに、古代魔法の力か。
俺たちは歩いて、『尊びの鏡』がある中庭部分へと向かう。
……そこには、すらっと鋭く赤色に輝く剣を携えた……イケメンな魔族がいた。
「え?どうして貴方がここに……?」
あの魔族、あれはエマが一度話しかけた剣士の魔族だ。
「あんたも、ハガさんを。俺の親父を助けに来てくれたのか??ユウ!!!」
「……ん?何のことだ?……シャガに、レイカに。それにあの時の魔族と人間か……珍しい組み合わせだな……」
「珍しいも何も、俺達は親父を助けに来たんだ!お前もここにいるってことは何か知ってるんだろ??」
「……いや。俺はただ、この鏡の……次の巫女として選ばれただけだ。」
彼岸花が咲き誇るその中庭に、月城ユウは居た。
「……しかし貴方、まさかドラゴンと関わっていたなんて……」
「……ん?ああ、リカのことか。リカはとても良い奴だ……俺はリカのことを愛してる……そうだ……」
そう言って、ユウは顔を上げると、ある事に気づいた。
「……あ。その鉞……遂にやったのか……リカが言っていた。クレオール・ディザスターと闇の始まり……初代魔王の言葉を、しっかりやり遂げたのか。」
ユウは俺の担いでいた鉞を見てそう呟く。ユウは変わらず素っ気ない対応をする。
「そうよ。でもクレオールディザスターの被害も、鉞の影響も大してないから……安心しなさい。安心して貴方も、グレートドーンに帰ってきて良いわよ。」
「……そうか。ありがとう。」
ユウは俺たちの方向ではなく彼岸花畑の方を向きながらそう呟いた。その目から、一粒の涙が地面に落ちていく……
「それじゃあ、俺たちはその鏡に用があるんだ。ハガさんを助ける為に。」
「……失踪した学長とこの鏡に何か繋がりがあるのか?」
俺の言葉に対してユウが質問する。そりゃあそうだ。何も知らないのは当然だ。
「そう。学長はこの鏡の中に囚われているんだ。」
「……だからシャガ達まで、わざわざグレートドーンから……」
納得したユウはレイカとシャガを見る。
「そうよ……脱皇家して、脱国してきたのよ。貴方と同じように。」
「そうか……一応俺は脱皇家したわけでは無いが。」
「貴方、テトラビアにいる癖して魔王継承権第1位とか言う例外だったわね。本当に貴方を許す今の魔王が考えていることは意味分からないけど。」
……なんか色々とややこしいな。月城ユウは特例なのか。
「……俺もハガさんを助ける手伝いをしてもいいか?」
「勿論。戦力は多い方がいいわ。何があるか分からないし。」
月城ユウはそう言って協力の姿勢を見せる。
「一応言っておくが、ハシラビトの巨人がこの鉞を欲していた……つまり巨人が鉞を握って、それこそ暴走する可能性もあるからな。注意しておけよ。」
俺は危険性を明確にしておく。
「……なら、なおさらユウが必要ね……グレートドーン最強の剣士である貴方がいれば心強いわ。」
「……任せてくれ。」
「それじゃあ準備はいいな!この鏡に触れて願いをこめるぞ!」
俺たち4人とユウは、尊びの鏡に触れ、願いを込める。
……その瞬間、5人の意識は命界へと飛ばされた