第002話 魔族の少女
「ーーただいま、カーラちゃん!大収穫だったよ!」
そう言って扉から現れたのは、身長160cmくらいで艶のある黒い長髪に宝石の様に赤い眼、服はドレスのような派手さで、頭には冠のような角がある、そんな異世界感満載の美少女だった。
その少女は祭壇の前から扉まで戻ってきたカーラに抱きつく。
「お帰りなさい。」
カーラはそうその少女を迎える。
「ってアレ?このおじさんは誰?」
俺の顔を見つめる彼女の赤い瞳は興味津々に輝いて見え、上から目線で貶している様にも見える。割と気が強そうな女の子だ。
「おじさんって、まだ22歳だし……」
「あ、そんなに若いんだ。見えなかった〜!」
ひでぇな。初めて出会った人に急な侮辱を言われ動揺する俺。
「こらこら、エマさん。こちらの方は千歳 樹さん。今テトラビアに来たばかりです。」
「よろしく……エマさん。だっけ。」
「月城エマ。それが私の名前。」
さっきのカーラの対応に対して、俺には割とあたりが強い。
「エマさんは魔族なんです。」
「ちょっと!!魔族って言わないでって言ったでしょ!!」
エマはカーラを軽く叩きながらそう言った。
「そうでしたね、すみません。」
「ふふふ」と笑いながら茶化すようにカーラは言う。
何やら自分の種族である魔族に対して嫌悪感を持っているエマという少女。さっき聞いた、それぞれの故郷に誇りを持っている。というのとは真逆な気がするが……
「エマ……さんは自分の種族が嫌いなの?」
「……」
エマは何も答えなかった。地雷を踏んだか……
「私が代わりに説明しますね。エマさんは2年前にこのテトラビアへやってきた、貴方と同じ『扉に導かれし者』なんです。見た目はグレートドーンの魔族そっくりなんです。」
「私はグレートグレンデ出身だし、魔族は嫌い!」
また同じようにカーラを叩く。と思えば、エマはどこか悲しい目をする。
「……故郷は貧しいし、争いばっかりだし、私は嫌い。だからここが好き。」
エマが愚痴をこぼす。感情の起伏が激しすぎる気もする。何か訳ありなのだろうか。
「ところで、カーラ!俺を日本に帰してくれ!頼む!!」
俺は手を合わせ、その場に座って頼み込む。カーラはどこか困った顔を見せる。
「良いんじゃない、樹にも見せてあげれば?」
エマはそうカーラに提案する。カーラはその言葉に若干戸惑いを見せる。
「……わかりました。では樹さん。その日本という国を思い浮かべて下さい。」
カーラは悩んだ末そう言ったみたいだ。俺は日本の景色を鮮明に思い出す。日本の文化、人混みに自然。各地を旅した俺が思い出せないはずがない。
「そのくらいで大丈夫です。ありがとうございます。」
カーラはそう言って移動し、また同じように祭壇をいじり始める。
「はいこれ、首からかけて!」
急にエマがくれたのはペンダントだった。
「……なんだこれ?」
「一応つけといて!」
「わかった。ありがとう、エマさん。」
「エマでいいよ!」
言われるままに俺は首からかける。しばらくすると、扉が開く。この先が、日本なのだろうか。
「じゃあ、行くよ樹!」
エマは笑って俺の手を引っ張り、そのまま扉へと飛び込む。
扉に入った先は、想像した日本では無かった。
俺たちは鏡のように反射する水溜りから出てきた。目に入った光景は豊かな自然に海、湖。でも生態系は違う。どこか原始的で、明らかに知っている日本では無かった。
「これで気が済んだ?戻るよ。」
エマはそう言って、俺はまた手を取られその水溜りへと飛び込んだ。
「お帰りなさい。どうでしたか?樹さん、エマさん。」
カーラが聞く。
「その日本なんて国、やっぱり無かったよ。」
カーラに対してエマがそう告げる。
「まさか、今のが日本?そんなわけないだろ。そうやって俺を騙して……」
俺は焦りながら必死に言う。
「騙してなんかないよ。私も最初は驚いた。故郷に帰れないんだもん!」
俺の言葉を遮る様にしてエマは言う。
「……え?」
俺の口から勝手に声が漏れる。
「扉に導かれし者が言う故郷、それは毎回無いのです。」
カーラが説明する。それは俺に対して衝撃的だった。
「無いって、どう言う意味だよ!」
俺の声と足は「ガクガク」と震えていた。帰りたくても帰れない。その事実を受け入れられない。俺は俯く。
「どういう理由かはわかりませんが、扉に導かれし者が故郷と仰る場所に扉を繋いでも、故郷は存在しないのです。」
「悲しいかもだけど諦めて、樹……私の時は全く別の国だったし、そこに人に聞いても、グレートグレンデなんて国は存在しないって言われた。諦めるしか無いよ!」
エマの言葉は冷たく刺さる。俺は一生このまま、帰ることもできないのか。俺はその場に座り込む……
「まあ、扉に導かれし者は大抵こうなるらしいし、仕方ないよね……」
エマはボソッと呟く。
「ところでエマさん。大収穫って何があったんですか?」
悲しみに暮れる俺のことは無視して、思い出したかのようにカーラがエマに対して聞く。
「そうそう、聞いてよカーラちゃん!私がさっきまでいたダガランっていう国は戦争中みたいだったんだけど、そこで光の槍みたいな武器を使う人がいてさ、その槍にもこの扉みたいに、時計の針みたいなものがあって、アレももしかして神器なんじゃないって思ってて……」
「なるほど、それはテトラビアの過去を知る重要な手掛かりになりそうですね。順調に助手としての成果をあげていますね。博士に報告しておきます。」
「お願いしま〜す!」
エマはカーラと喋る時は明らかにテンションが高い。俺はそんなどうでも良いことを思いながら、その話を耳に入れる。
ちょっと待て、扉の精霊は世界各地にある守護神器を集めろ。みたいなことを言ってたはず……守護神器を全て集めたら、もしかして故郷に帰れるかも知れない。
扉の精霊と名乗ったあいつのことは嫌いだが、そんな可能性が頭をよぎる。
俺はスッと立ち上がる……
「ん?急にどうしたの?気持ちが吹っ切れた?」
急に立ち上がった俺に対してエマが聞く。
「いや、故郷に帰りたいとは思う。だからこそ、その神器の話、俺にも教えてくれ。」
エマは何を言っているんだこいつ。というめでポカーンとしている。故郷に帰りたがって、悲しんでたやつが急に話に割り込んできても……と言った反応をされる。まあそうか……
「……っと、と、とりあえず、ここは人が集まりすぎるから、カフェにでも行ってから教えるね!」
周りを見ると扉を使用したいと思われる人が大勢並んでいた。一切気がついていなかった……
「それでは、私も仕事に戻りますので。また何か用事があったらここに来てください。」
「ありがとう〜またね〜!」
カーラは仕事に戻った。
「変わった人だね、あなた。」
第一印象は変わった人か。エマはそう言って俺の手を掴み、扉を後にして、近くのカフェへと足を運んだ。
「……と、この一番高いパフェをお願いします。」
「かしこまりました。」
注文を済ませる俺とエマ。
「改めまして私は月城エマ、よろしく!」
「俺は千歳 樹だ。こちらこそよろしく。」
改めて自己紹介をする。
「てか、どう言う風の吹き回しな訳?急に私の話に入ってくるなんて……いやまあ、嬉しかったけど……」
なんだこいつ、ツンデレか?まあいい。
「この世界に来た時、扉の精霊ってやつに守護神器を集めろって言われたんだ。だから、守護神器を集めれば故郷に帰れると思って……」
「扉の精霊?守護神器??何それ!!教えて!!」
人が変わったかのようにエマは食いついてくる。
「……コホン」
我に帰り、一旦咳払いをするエマ。
「この世界に来たばっかりの樹がすごい情報持ってるはずがないよね……ごめん。そもそも樹は神器が何かってわかってるの?」」
腕を組みながら、目線をこっちへ送るエマ。
勿論、俺の知識は扉の精霊から聞いた守護神器っていうものがいくつかあるって言うことだけだ。
「何も分からない。」
「了解、まあテトラビア一の考古学者の助手である私から聞けることを光栄に思いなさい……!なんてね。」
態度大きく、威勢よく言ってきたかと思えば寂しそうに下を向く彼女。
「……は、はいありがとうございます。」
そんな彼女に動揺しながら返事をする俺。
「まあまず、軽く紹介するとあの扉はこのテトラビアに昔からある5つの真神器の一つ。」
真神器、その槍みたいな神器がもし守護神器っていうカテゴリーならばそれも一つのカテゴリーっていうわけか。神器も数が多そうだ。
「あの『結びの扉』ってやつか。」
俺とエマはカフェの窓から見えるその結びの扉を見る。
「そう。テトラビア中心地のここに扉があって、この大陸に存在する他4つの都市にそれぞれの真神器がある感じらしい!まあ他の4つはこの扉みたいに一般人が簡単には使えないから、私も見たことないんだけどね……」
「なるほど……」
このどこでもドアと同じくらい意味のわからないチートな神器があと4つも存在するっていうことか。
「……とんでもない国だな。ここ」
そのスケールのデカさに「ふふっ」と笑いながら俺は言う。
「そうでしょ〜?そう、だからそんな神器が作られた理由、私はそれを解明したい!けd……」
「お待たせしました。こちらが……」
話を遮るように店員がやってきた。
「ありがとうございます。」
「ごゆっくりどうぞ〜」
俺は飲み物を受け取り、エマはパフェを食べながら話を戻す。
「けど今まで博士とカーラくらいしか私を相手にしてくれなかったからさ……君がこうやって興味持ってくれるのが嬉しくて……」
飲み物を振るようにして、わかりやすく反応するエマ。
さっき急に嬉しかったけど……といった理由はそういったところからか。神器の研究とか考古学者は馬鹿にされているとかそんな事情か。
「あ、そうだ。樹が聞きたかったのは槍の話だったね。」
「そう、その槍が扉の精霊?から聞いた守護神器っていうものなんじゃないかなって思うんだ。」
「それ、何なの?テトラビアの遺跡にもそんな守護神器なんてなかったはずだけど……」
エマは興味津々に、顔を傾けて聞く。
「何って、俺がこの世界に来た時、扉の精霊とかいう存在に、守護神器をテトラビアに戻してくれって頼まれたんだ。同じ『扉に導かれし者』な君もそんな感じじゃないのか?」
なんのことを言っているんだ?と言った感じにポカーンと可愛らしい表情を見せるエマ。
「うーん私は気づいたらここに居たから扉の精霊?とかいうのはよく分からないけど、その守護神器っていうやつがこの扉とかと同じ神器ならば、扉と同じ模様があったあの槍がそれなのかもね〜」
かも。そりゃあそうか。守護神器という言葉は一般的ではないらしい。俺より知識がありそうなエマですら憶測の域を越えれない。
「……わかった。有益な情報をありがとう。俺は扉を使ってダガランに行ってくる。」
俺はエマがダガラン……と言っていたのを思い出して決意を告げ席を立とうとする。
「待って、なら私も行く。放って置けない!君がいう守護神器っていうのが何なのか知りたいし、そもそも帰還申請の出し方も知らないだろうし、それに君、そんな格好じゃ死ぬよ?」
コンビニ帰りのジャージを着ている今の自分を客観視したらあまりにも無力すぎるということをすっかり忘れていた。あれ?俺は確かに寝巻きに着替え、眠りについたはずだが……まあ良いだろう。
「……いいのか?俺じゃ考古学者のエマの足手纏いになるかも」
「んーまあ人手が多いに越したことはないし、神器に興味持つ人この世界少ないから、樹は今日から私の助手!よろしく。」
エマは右手で顎をつきながら「ニッ」っと笑い、左手を俺に向かって出してくる。俺は座り直し、その拳に拳を合わせる。
「約束だよ!!」
いつの間にか勝手に助手にされたが、まあいいだろう。
「忘れてた!このカフェ代は奢るけど、向こうに行くために買う装備代は後で返してね〜!」
この国に来てからお金という存在をすっかり忘れていた。勿論円なんて使えない……
まるでゴミを見るかのような目で悪そうに見てくるエマ。今後助手なんて務まるのだろうか……幸先が不安だ。
「……いつか返します。」
「っていうのは冗談。多分博士にいえば多分資金は援助してくれるからまあ問題なし!そもそも私のお金全部研究費からだし。」
エマ、わざとからかったのか……しかも博士、そのお金。カフェに使われています。
「ありがとうございました〜」
店員の声と共にカフェを後にする俺とエマ。
「じゃあとりあえず、まずは装備を買い漁ってそれからダガランね!」
俺とエマはテトラビアの扉を中心として四方に通るメインストリートのうち、南側へと歩く。
……その軽やかな歩みは、影に潜む何者かに見られながら、進んでいた。