第024話 神器追跡者
私は、死んでしまった。物凄い……言葉にできないほどの爆発が起こり、私の体は一瞬で蒸発してしまった。
そう……感じていた。
でも、今は何が起きたのかはわからないけど、私はこうして屋根上で、生きている。
腕も動くし、足も動く……
あたりはすっかり暗くなっていたが、頭上には無数の槍があった……
「止めないと!!あの、母神器の人の人格を取り戻さないと!!!」
そうやって私は思いながら、空を飛んでいた。
無意識に、自分の背中に生えた羽を動かして飛んでいた。
その羽は緋色で、自分がさっき召喚したフレアドラゴンのような、そんな羽が、私の背中には生えている。
……この力は一体なんだろう。
そんな疑問が私を襲うが、私は無我夢中でその空中に浮かぶ男天使の元へと向かっていた。
「……な、其方は死亡した筈……あの超高圧力、高温度下で、存在できる生命体など居らぬはず……我が使役したフレアドラゴンは助けたが……其方を助けた記憶など、ないぞ……」
男天使はそうやってナイフを握る私の攻撃を避ける。
「それに、その見た目……其方はフレアドラゴンと魔族のハーフか……」
私はフレアドラゴンと人間のハーフだった……みたいだ。
それは、今まで知らなかった。あの状況になって初めて、知った事実。
「この力なら、貴方に勝てる!!」
私の右手にあるナイフは、もはやナイフではなかった。
私の魔力を帯び、魔力は擬似的な鋼となり刀身は伸び、剣となっていた。
その剣で私は斬りかかる。
「……くっ!!」
その男天使は私の攻撃をなんとか槍で交わしながら、だんだん退いていく。
「遅いよ!!」
私はその男天使の一瞬の隙を狙って、剣で斬りかかろうとする。
その刹那、「ニヤッ」と男天使は笑う。
夢中になりすぎて、周りを見ていなかった。……私の体に複数本の光の槍が超高速で向かってくる。気がついた時には既に遅く、私の剣は彼に通ることなく、そっちの対応を急に強いられる。その数は、さっきフレアドラゴンを倒した時の数十倍……もはや、私の全てを包み込むほどに……過剰なほどに全方位から襲ってくる。そんな槍をバランスを崩しながら弾いて行く……
……それでも。
「効かない!!」
私は身体にファストガードをかけ、即座にピンポイントで守り、全ての槍を弾く。
そこまで精密な魔法の使い方は、前の私には出来なかった。
このフレアドラゴンの力と私自身の魔法の知識、どちらもあってこそ初めて成功するような方法だった。
「何!?……殲滅の槍すら効かないのか……この我が、フレアドラゴンと魔族のハーフごときに……負ける……だと?ありえぬ!!!!ならば其方の命、直接奪ってやる!!」
……その男天使がそういうと私の内部で、何かが割れるような感覚に襲われた。
魔石が……割れた。
多分、フレアドラゴンとしての、私の魔石。
「……ハハハハハ、所詮はクレオール。その程度の力、生命を滅ぼす滅びの力の前では無力……」
生命を滅ぼす滅びの力……
また、魔法には出来ないような神器の特権……かな。雰囲気的にはレイカが心臓を握った時に近い気はするけど……それとは原理が違いそう。魔力を……感じないから。
飛行能力を司る方の魔石を割られた以上、しばらくは……飛べない。
私は空中を星と魔法の粒子が輝く夜の中、鉞のある中庭をめがけて落下して行く。
* * *
「……クレオール・ディザスターが起こります……危険かもしれません……みなさん……非難して下さい……」
突然、その謎の声は頭に直接入ってくるように聞こえてきた。
ここにいる誰の声でもないことは、すぐに分かった。
「誰の声だ!?」
「ねえあれを見て!!」
俺の声、いや脳内に直接語りかけてくるようなその声を振り切って別世界のエマは言う。
「あれこそが!!この世界のエマ!!遂に覚醒したんだ!!!」
別世界のエマが指差す先には……俺たちの頭上には、ドラゴンのような羽を生やしたエマがいた。あれが……クレオールの姿!!
俺たちが興奮していると、中庭への扉が大きな音を鳴らして開く。
「何があった!!!!無事か!!!」
そこにはカイトと、ゲンム、それに魔王と思われる人、その他大勢の魔族がいた。
「ん?フレアドラゴンだとォ??こいつがさっきの大爆発の原因かァ?あ???」
「……お兄様、しっかり魔王様の治療は済ましましたか?」
「おう、レイカか!!この通りしっかりやったぞ!!安心してくれ!!」
レイカは兄の元に歩み、魔王様の元に駆け寄る。
そんな横で、カイトは、言葉にできないような表情を見せていた。
「……まさか……あんた。……華月……リカ……」
確かに、カイトはそう言った。
「あの10年前に失踪したという、あの貴族……?それがどこにいるって言うんだ……隊長??」
シャガがカイトに対して聞く。カイトはシャガの上司だったのか。意外だ。
「……そうだろ?アンタが華月リカ……。そうなんだろ?そこのフレアドラゴン!!!」
カイトはそのフレアドラゴンを指差しながら問う。
エマが呼び出したというこのフレアドラゴンこそが、華月リカ?
カイトが長年探していた魔族。でも実際はフレアドラゴンだ……魔族ではない。
「……まさかさっきの声……あれが、リカさんの……」
俺がそのフレアドラゴンに対して聞く。
「バレてしまいましたか……どうしてわかりましたか?カイト……」
そのドラゴンは地面に墜落した状態から体を起こし、首をカイトの方に向けて俺たちの脳内に直接話す。
「……この国の伝承……ドラゴンの魔石は時間を司る能力を持つという、そんな伝承。それはリカも知っているはず。」
「……はい。貴族の常識ですね。」
「アンタは未来が見えていた。おかしいとは思っていたさ……。今日の日食だって……そう。何よりもその紫色の右眼!!それこそ華月リカの眼だ!!」
「……そうです。」
そのフレアドラゴンは、そう言うとその大きな巨体は消え、人間の姿へと変化する。
「……!!!」
その容姿は、正に片目だけ紫になった月城エマ……本当にそのものだった……
「……この世界だと……ドラゴンなんだね……!」
俺の横でリリーは……いや別世界のエマはボソッとそう呟く。
……全てが繋がった。
初めてグレートドーンに来た時にカイトがエマを見間違えた理由、エマが空で羽を持って今戦っている理由。別世界のエマが母親からその『未来の証』を譲り受けた理由。
それは、猫であれ、ドラゴンであれ、そもそも華月リカがその証をつけていたからなのだろう。
「……教えてくれ……どうして、どうしてアンタは俺の前から、いや俺たちの前から姿を消したんだ!!」
カイトはそう華月リカに対して叫ぶ。
「……そうですよね……困惑しますよね……すみません。」
華月リカは深々とカイトに謝る。
「……私のお腹の中には……今赤ちゃんがいます。私の大切な、愛する子供です……」
華月リカはそう話し始める。
「私は元々、華月家の魔族ではありません。勿論、フレアドラゴンですから……私は最強種のドラゴンの魔物として生を受けました。でも、幼い私は自分がドラゴンであることを嫌い、魔族の生活に憧れを持っていました……華やかな衣装と豊かな生活。そんなものは知能を持っていても、ドラゴンにはありません。だから私は、魔族に変身できる魔法……そんな古代魔法を再現して、灼熱地帯にあるドラゴンの里を捨て、小さい頃にこのグレートドーンに侵入しました。」
「古代魔法を再現だなんて……まさに最強種らしいわね……」
レイカが呟く。
魔物も魔法が使えると言うことは知らなかったので俺にとっては初耳だが……まあ、この世界では常識なのだろう。よく考えれば魔族と魔物の差は人間ベースか、どうか、でしかない様に思える。
即ち、魔法を使えるかどうかは知能があるかどうかなのだろう。
「しかし一人ぼっちだった私はグレートドーンでも捕まってしまい、そこを華月家の魔族に助けられたのです……私は華月家という家族の養子になり、リカという名前を貰い、愛情を持って育てられました……カイトとも出会い、楽しい日々を過ごしていました……」
「ですがある時……ドラゴンであることがバレてしまいました……10年ほど前、勇者が魔王城をせめてきた時……私はその一味に一時的に捕まり、反発した為右目を潰され……脱出する時にドラゴンの姿に戻りました……それが、その時偶然一緒にいた、華月家の私の父親である華月レツと月城ユウに見られたのです……」
「……そうなのか……?レツさん……」
カイトはその場に一緒に来ていた、レツという男に直接問う。
「ああ。そうだ……。私たちが……リカを恐れた……」
「お父様……」
「リカが勇者たちによって殺されかけて……その結果紫の義眼を入れたという話は俺も知っていたが……そんな理由だったのか……」
カイトはどこか、リカに対して納得しつつ、疑念があるような眼差しを送る。
「すまなかった……魔族の世の中に……リカを置いておくことは危険だと思ったんだ……魔族そのものの見た目をしているとはいえ……中身はドラゴンだ……そんなリカを……愛せなかった……本当にすまない……」
レツはリカの方を向いて頭を深々と下げる……
華月リカがドラゴンだって知った後ろにいた他の魔族はどこか、レツのことを軽蔑するかのような目で見る。
カイトや他の魔族の反応からわかるようにそれほどに、ドラゴンに対する印象はこの国で悪いのだろう。最強種……というほどだからだろうか。災害扱いといったところだろうか。
だからこそ、レツの、家族から追い出すという判断は賢明ではあった。それは間違いない。
「気にしていないです……顔をあげて下さい。お父様……」
リカはレツの元へ歩み、レツの顔をそっと触る……
「変わってないですね……お父様……。お父様が少しの間でも私のことを愛してくれていた事……そんなことは分かっています。ありがとうございます。」
「ありがとう……ありがとう……そうだ……そういえばさっき言っていた、リカのその体には赤ちゃんがいるのか?」
「……はい。私とユウさんの……大切な宝物です……私をドラゴンだと知っても、愛してくれた……あの人との子供です……」
「また月城家か。」「……ユウ様、もう魔王にはなれませんね。」
「見損なったぞ……」「ドラゴンとは流石にないでしょうよ……」
そうやって周りにいた魔族の中から声が聞こえてくる。
当然といえば……当然だろう。
「ドラゴン……か。」
そんな会話を聞き、治療された魔王は考えながらため息を吐く。
「どうかしましたか?魔王様。」
レイカはそんな魔王を見守る。
「決めた……華月リカ。其方にはグレートドーンの守護者の地位を授けたい。其方は悪いドラゴンとは思えん。この国を守るのならば、再び魔族としての生活を許せる。」
魔王が放ったその言葉は、あたりの魔族を震えさせた。
「月橋ケルト様、例え魔王という地位を持っていてしても、ドラゴンをこの国に置くのは危険すぎます!!」
後ろの魔族から、当然そんな声が聞こえてくる。
「クレオール・ディザスターが起きる時は発生地点近くの魔物が対象となってこの地に攻め込んでくる。それを考えれば、良き意思を持つリカをそのディザスターの暴走に巻き込むことなく戦力にする……良いとは思わぬかね……?」
街の中に置いておけば、街でクレオール・ディザスターが起こらない限りリカは最強の戦力になるって言うことか。
その言葉に、あたりの魔族は疑念と信頼、どちらの感情も見せる。
「私は賛成です。是非、リカさんをこの国に置きましょう。お願いします。」
レイカがそうやって、魔王に対して頭を下げる。
「……レイカ!!流石にそれは……!!」
ゲンムはレイカに反論しようとする。
「だって、あれを見なさい?あんなのがこの国を攻めて来たら、ドラゴン無しで防衛なんて無理よ。むしろ、どうやって今までこの国が耐えて来たのか、知りたいぐらいよ。」
レイカはそう言いながら空を指さす。その指差す先。
そこに居たのはドラゴンの翼を手に入れたエマが、さまざまな飛行能力を持つ魔物を操り、暴走した別世界の俺を圧倒している様子だった。
* * *
「……忘れていた記憶、全てを思い出した。グレートグレンデでの記憶。親のリカさんと、ユウさん。それに私の事を育ててくれたリリーさんの事。そして自分がクレオールだって事!!!」
クレオールとして覚醒したからだろうか。私は落下しながら全ての記憶を思い出した。
クレオールの強大な魔力と、魔族である私の使役と召喚魔法があれば、クレオール・ディザスターを引き起こせる。クレオールとしての血が疼く。
そう思い私はファストガードとコットンガードを使い体を落下から耐える。
そしてガーゴイルを呼び出してその足を掴んでまた男天使の元へと行く。
「何度やっても無駄だろう?」
「いや、どうかな!これで終わり!!!」
私は空を埋め尽くす程の魔法陣を開き、我や鳥、ドラゴンに至るまで全ての飛行能力を持つ魔物に訴えかける。
「お願い……力を貸して。」
そう密かに願うと、魔法陣から無数の魔物が現れ、その男天使を襲いかかる。
その襲う様子は正にカオス。いじめのようだ。
槍を使おうにも、数が多すぎて、物理的に邪魔になって振ることすら許されないような、完全なる数の暴力。それが男天使を襲う……ちょっとだけやりすぎかもしれないけど。いっか。
「……な……我の『殲滅の槍』が!!!!!」
その男天使は襲ってくる無数の魔物によって槍を落とされ……暴走がなくなり、空中に浮かぶことができなくなった……
いや、槍が原因となって起こっていた暴走なのだろう。その第二の人格が消えて、気絶しているだけかも。
「あ!!お願い!!」
その男は完全に落下していく。このままだと確実に頭から地面に激突して、負傷する。
私は新しく呼び出したフレアドラゴンにその天使をキャッチさせる。
同時にガーゴイルたちにも槍をキャッチさせた。神器とはいえ、落下して壊れたら最悪だから。
……私のドラゴンとしての魔石はもう、復活していた。
1時間くらい経った。
「……ここは?」
……そのフレアドラゴンの背中の上で、その神器を名乗った男天使は起きた。
「ここは、フレアドラゴンの背中の上!よく寝ていたね!!」
「そうか……君が、俺のことを救ってくれたんだね。ありがとう。」
「いやいや……私はあなたのおかげで自分の過去を思い出せた。それにこの力を、扱えるようになったの!だからこちらこそ、ありがとう。」
私はその男天使に深々と感謝する。
「はい。今度はちゃんと制御しなきゃ、だめだからね!!」
「ああ。ありがとう。頑張るよ。」
私はその男天使に、ガーゴイルから貰った槍を渡す……
「ところで、教えて?あなたは一体、何者?私の事も知っていた、よね?」
私が連れ去られた時、確かに彼の口からは「エマ」って、そう聞こえた。
それに、なぜかこのテラリスにあったもう一つの槍、それを欲しがっていたわけだし、使い方も知っていた……その顔つきと声にも何処か見覚えがあった。
「……俺とエマは相棒。それはどこの世界だって同じ。俺たちは、どんな時でも絶対に揺るがない絆で結ばれてる……神の器の追跡者だろ?」
確証はないけど、そんな気はしていた。
その樹は私と初めて会った時に、私がやったのと同じように拳を突き出す。
私はそれに合わせて拳を当てる。
「そうだね!!私達は相棒だね!!」
……そんな二人を乗せるフレアドラゴンから見えるグレートドーンの景色は、赤色に染まる朝焼け。まさに偉大な夜明け……と言った景色だった。