第023話 試練的悪戯
「だって私は……私は最愛の娘を。キサキを失ったから!!」
リリーのその目には涙が見えるが、俺含めそこにいる誰も、その意味は分からなかった。
「……それの何が関係あるのよ!!貴方の娘と、エマが、何の関係だって言うのよ!!」
レイカは鉞の前に立つリリーの胸ぐらを掴む。
「……全てのことを話すよ。樹。」
リリーは突然改まって服装を正してから、喋り始める。
「私の本当の名前はリリーじゃない……月城エマ!!それが、本当の私の名前!!!」
……エマ……?
「エマという少女は連れ去られたんだろう?そんなわけがあるはずがないだろ。」
シャガもそうやって疑問に感じているようだ。
「そうだ、エマは今上にいるだろ……」
「……はあ、察しが悪いね、樹。私は別世界の月城エマ。本人だよ!」
「別世界……」
ダガランの槍の話……ジェーン・ホールの巫女の話。別世界の存在は分かっていた。
でも、まさか。リリーがその世界の住人だとは思ってもいなかった。それも、エマだとは……
「私たちは別のテトラビアの未来から来た!テトラビアが侵略された後の未来から……!!!」
侵略された後の未来……
もし本当なら、それこそが守護神器を集める理由だろうか。
「それがテトラビアを襲う侵略者と、守護神器を集める理由……?」
「そうだね。でも私たちは守護神器を集めきれなかった。槍も鉞も、別世界に持ち出されてたから!!」
「それが……この世界のダガランの……」
俺はボソッと呟く。
「私たちの次元のダガランに槍なんて、存在しない。だって『殲滅の槍』と『創世の鉞』は元々このグレートドーンに国宝として、友好の印として贈られるはずのものだったから……」
リリー、改め別世界のエマは徐に歩き出して、あたりに咲く茉莉花の花畑に手を添える。
「それが、贈られなかった世界線……だからこうして、別世界に探しに来たってわけか。」
「そう、上で暴走しちゃってる樹、別世界の貴方は今もう一つの国宝の『殲滅の槍』を握っている!パラドックスして二つこの次元に存在する槍を、元の世界に戻すためにこの場所へとやってきたの。」
エマはそうやって側に咲く茉莉花を眺めながら話す。
「……全てが繋がった。ありがとう。リリーが……別世界のエマが、エマを助けないのも別世界の俺がこの世界のエマを攫ったことも、全てが予定通りだって……そういうことなんだろ?その義眼の力と言い、未来の別世界といい……全てが。分かった上で試練を与えていた……」
「まあ、申し訳ないけどそういう事……ここでエマを助ければ、また未来が変わる。この世界のエマもまた苦しむかもしれない……これは私達なりの善意っていうこと……」
別世界のエマは茉莉花の元に屈み、花を揺らす。
「そうだったのか……」
「……私は、最愛の娘を。侵略で失った……もちろん、貴方との……娘だよ。」
その別世界のエマはそうやって涙を見せながら俺の方を向く。
「そもそも私のこの義眼……私のお母さんから貰った『未来の証』は未来を見るための証じゃない……異種族間で子供が産めるようになる、そんな証なの……」
魔族であるエマと、人間である俺の間に産まれた……子供。
それに、異種族間で子供を産めるようになる証……。
「魔物同士がクレオールとしてハーフになれるのなら、人間と魔族の間にだって、子供は産めそうな気がするが……」
「住む惑星が違う、そもそもの体の構造から違う。そんな生物同士が……子供を作れるわけがないでしょ?」
「……そう、なのか。」
……まあ、よく考えればそうだ。当たり前だ。
「そう!そうして私は子供を、キサキを産んだ。でも私たちの世界は侵略されて、私の世界の樹は、自ら母神器になることを選んででも、その侵略に対抗した。……それでも守護神器が足りなかった私達は負けちゃって、キサキのことは守れなかった……だから私は、この世界のエマには自らで我が子を守れる強さを手に入れてほしい!!だからこそ、私は私を試した……!!」
「この鉞を抜かせるかの判断をエマと俺にさせたのも……」
「そう。そんな経験を通して……貴方たちは強くなって行く……弱いままじゃ、私達みたいになっちゃうからね!元々、私達は鉞がパラドックスした世界を探して移動する予定だったし、ここで手に入れる気はなかったからね〜。」
……それが、別世界の俺とエマの答えなんだ。
自分たちが不幸にあったからこそ、この世界では意地悪をしてでも、その未来にはさせたくない。そういう思いだったんだ。
「ありがとう……エマ。」
「……全然わかんないわよ!!第一、エマはそんなケモミミとか尻尾とか生えてないじゃない!!」
レイカは状況が飲み込めず反論する。
「クレオール、それはハーフだけど、自分がハーフであることを自覚して初めて覚醒する。それは大抵……死んだ時。セレスチウムの魔石、それは人間の心臓とはわけが違う!魔力の根源で、それが失われれば死ぬ。でも二つ持つクレオールは一つが無くなろうとすれば、もう一つが魔力で残りを回復させる。だから相当タフだし自分が死ぬ時にそのことを自覚して、その能力は覚醒する!!」
「……つまり、この世界のエマはまだ貴方みたいな猫耳を……自分のことをクレオールだって理解していない状態だっていう訳なのね……」
レイカはなんとなく納得する。
「そう……。私はもっと後に、侵略の時に死んで、それを自覚した。だからこそここで覚醒する事には意味があるの……」
「その為に、別世界の俺は……エマを……殺すのか……」
それには多少気になる部分もある。
むしろ……この別世界のエマは、元から暴走することをわかって、別世界の俺に神器を持たせたのかもしれない。
エマのことだ。絶対にこの世界を滅ぼすような選択はしていない。はずだ……
「……まあ、樹に関しては暴走するとは思ってなかった……けどエマのあの姿を見たら……安心しちゃった。」
別世界の樹が降りてきた時、リリーは……別世界のエマは確かに安全だったはず……と言った。
つまり、俺の暴走する未来は見えていなかった。けどエマに触れた事で知ったエマの未来の姿、クレオールの姿は安心をさせるほどのことだった……のだろう。
「どうする?これでも、まだ私と戦って、あのエマを助けに行く?」
別世界のエマは立ち上がって、そうやって聞く。
……勿論、俺に戦闘の意思はなかった。
俺は抜いていた剣を戻す。
……次の瞬間、上に浮かぶ黒い月のような空間は弾け、まるで太陽のように燃える爆発が起こった。
物凄い衝撃波がグレートドーンどころか、テラリス全土をしばらく襲う。
窓ガラスは割れグレートドーンには相当な被害が及ぶ。
「……これが、超新星……爆発……?」
「……そうみたい。」
俺たちは衝撃波が収まってから立ち上がってそう呟く。
空はもう、すっかり夜になっていた。太陽のような光が消えると、そこには無数の星と魔力の粒子のような虹色の粒子だけが空気中を漂う。
そんな中庭に、緋色のドラゴンが落下してきた。
中庭の、鉞に繋がるレンガの道を塞ぐようにドラゴンは落ちる。
完全に弱っているようだ……
「どうして、この世界の最強種のフレアドラゴンが上空から??住処は南東の灼熱地帯のはず……」
シャガはそう解説する。
「ここにいるって事は召喚されたんだわ。最強種の召喚なんていう規格外、8本ツノくらいしか出来ないわよ……そんなことができるのは……」
……つまり、エマが召喚したのだろう。
「エマが、暴走する別世界の俺を、止めた……のか?」
「いや……エマは負けたみたい……」
別世界のエマはそのフレアドラゴンを摩りながら、そう言い放つ。
空には無数の光の槍が現れ、グレートドーン全土を覆い尽くすほどの、眩い光が現れた。
「……ダガランで見た、この光……本当に『殲滅の槍』はこの世界に存在したんだ……」
「やばいんじゃないか??これ……今すぐにでも奴を、止めないと……」
その光の槍の前、俺たちの頭上には、そんな光の槍よりも眩く発光する天使のような風貌の人が……別世界の俺自身がいた。
「……クレオール・ディザスターが起こります……危険かもしれません……みなさん……非難して下さい……」
突然、その謎の声は頭に直接入ってくるように聞こえてきた。
ここにいる誰の声でもないことは、すぐに分かった。
……魔王城の屋根上では、エマの魔石が、カラカラ……っと音を立てながら揺れていた。