第019話 変わる意、エマと鉞
魔王城が、襲われて国宝が盗まれた。
「……そんな。もう一つは?もう一つは大丈夫なの?」
レイカはその倒れた魔王軍の兵士に聞く。
「わかりません……ですが、彼方にはシャガ様がいますし……」
「ごめんなさい樹、エマ。緊急事態です。私は国宝を取り返しに行くわ。」
レイカは振り返り、扉の方をむく。
「お兄様、倒れた魔王様のことは任せますよ。魔王の座を狙うなら、やるべき事は一つでしょう。」
顔だけ兄の方を向き、レイカはそう言い放つ。
「……分かった。」
……ゲンムは立ち上がる。まだ……心臓は痛そうにしているが。
魔王の座を狙うなら、国宝を取り返すより魔王自身を診ろという事だろう。優しさを見せろと言ったところだろうか。
「待って。私も行く!」
エマがレイカの足を止める。
「勿論、俺も行く。」
「まあ、壁にでもしてあげるわ。ついてきなさい。ただし、これ。持っていくといいわ。」
レイカはその腰につけていた剣を俺に投げる。
「……これは?貰っていいのか?」
「私は魔法が使えます。多分エマも8本角だし問題ないでしょう。貴方はその剣術が書かれてる本を持っているのに剣を持っていないから、あげるわ。」
「……ありがとう。」
レイカは、にやっと笑いを見せる。
……俺とエマはレイカについていった。
着いた先は、魔法学校の時は中庭だったあの場所だ。旧校舎なら彼岸花が並び、尊びの鏡があった、そんな場所だ。
茉莉花が咲き誇る、幻想的な空間。そんな場所に俺たちは出た。
「……どうやら、こっちの国宝は盗まれていないみたいね……けど。」
俺たちの目の前には、一人の……少女とその手に掴まれ、気絶している長髪の4本角の見るからに剣士という服装をした男がいた。
その二人の背後には、神器の光と思われるあの輝きが見える。
「……ごめんね〜。シャガさん。悪いけどちょっと寝てもらうよ〜」
「ドサッ……」と音を立ててシャガと思われる男はその場に落ちる。
「……さてと。ん?ようやく来たねぇ〜。」
そう言ってその女はこっちを向く。
……その女はレイカと変わらない程度の短髪で、冒険者のような服装に猫のような耳と尻尾を持ちながら、目は赤と紫のオッドアイ、その姿は魔族の雰囲気を醸し出している。
まるで猫耳少女といったところか。
「その人をどうするつもり?内容によっては貴方を殺すけど。」
レイカは両手を前に出し、魔法を放つ準備をする。
「……ははーん、つまり君たちは私の敵で、この『創世の鉞』を守りに来た。ってわけだね?」
「そういうことになるわね。」
レイカは強気に答えて魔法陣を出す。
「お前が、トラッカーっていう魔王を襲撃した張本人か。」
「そう。名乗るのはちょっと恥ずかしいけど、トラッカーって名乗ってるね。神器を手に入れるためにこの地へやってきたわけ〜。」
恥ずかしそうに笑いながら、その猫耳少女は頭をかく。
……神器を狙う人が、俺ら以外にもいたと言うのが驚きだ。悪用する気だろうか。
「二人組なんだろ?もう一人はどこだ。それに、お前らトラッカーの目的はなんだ?」
「あ〜、もう一人はこの城の屋根にいるよ。あの神器を取り返したかったら、交渉してみるんだね〜。目的は……」
そういった後その猫耳少女は下を向き、虚な顔をする。
「……私たちの世界を取り戻すため。」
……何かしらの訳があるみたいだけど、それは俺たちも同じ。
「一つ修正させてくれ。俺はその『創世の鉞』を守りにきた訳じゃない。奪いに来た。」
俺はレイカの前で堂々と言い放つ。
「……は?何をいってるの??まさか魔王への用事って、それ??」
レイカは俺の発言にわかりやすく反応する。
「……そう!ごめんレイカさん。私たちにはあの神器が、必要なの。」
エマはレイカに頭を下げてそう言った。
「……潔く、良い……なんていう訳ないわ。魔族が長年守った国宝よ、そういうことならば、私は貴方たちだって殺す。」
レイカは俺たちめがけて魔法陣を構える。
「お?仲間割れ〜?なら私がこの鉞、抜いちゃうけどいいの〜?」
なんだか悪い顔をしながら猫耳少女は俺たちの方を向く。
その声を聞いて、レイカは一旦魔法陣を閉じる。
「……まあいいわ。トラッカーの件を先に片付けましょう。」
とりあえず敵同士でも、今は共通の敵がいる。共闘するべきだろう。
「貴方たち二人はこの神器を欲しがっている、そうだったね〜?」
「ああ。お前と同じくな。」
俺は剣先をその猫耳少女めがけて持つ
「お前じゃなくて、リリーでいいよ!」
その猫耳少女は笑いながら突然リリーと名乗る。
「なら、貴方たちが決めな〜、この鉞を抜くのか。抜かないのか。私には決められないから……勿論、抜いても抜かなくても私が後で抜くつもりだけど、考える時間が欲しいの。」
リリーは鉞の前を退き、道を開ける。
……なんだこいつ。何が目的なんだ。俺らに鉞を抜かせる?考える時間が欲しい?どういうことだ。
「……いいのか?」
「うん。」
「いい訳ないわ!!!」
レイカが反発する。そりゃあ当然のことだろう。
「ああ、ちょっと眠ってて。レイカさん〜。」
そうリリーが言うと、レイカは急にバタッと倒れる。
「レイカに何をした?」
「大丈夫大丈夫、シャガさんと同じ睡眠薬を直接内部に魔法で送っただけだから。死なないし安全だよ〜!」
リリー、こいつは一体何がしたいのだろう。
「……なっ。」
「それじゃあ、どうぞご自由に決めてください〜。」
リリーは俺たちに完全に道を譲る。信用していいのだろうか。
俺とエマは、歩いてリリーの元へ『創世の鉞』の前へと来た。
リリーはわかりやすく反発してくる様子も無く、とりあえずは信じてみようと思った。
「じゃあ、抜くぞ。」
「うん!」
俺とエマは一応確認をしてから、俺は鉞に手を当てる。
その鉞は神々しく光る時計のような針の模様を持ち、そしていかにも勇者しか抜けいないかのような、そんな雰囲気のものを思い出させる。
「あ〜、言い忘れてたけど。」
俺が手に力を込めようとする瞬間、リリーが止める。
「その鉞、抜いたら……この世界大変な事になるよ〜。」
軽々しく、重大なことを言い放つ。
「え?」
エマが分かりやすく驚く。
「ん〜〜、まあ簡単に言うと、クレオール・ディザスターなんか比じゃないほどの異常が、この世界を襲う事になるね〜。」
「……何が起こるんだ??できれば教えてくれ。」
リリーは少し考える素振りを見せる。
「……いいよ。教えようか。」
ニヤッと悪そうな笑みを浮かべる。
「……この星、テラリスは元々不毛な世界。星の質量も、恒星との距離も、恒星のエネルギーも比較的弱い。」
「……何が言いたいの?」
「樹、エマ。この星に来た時、違和感を覚えたはずだよ。どうしてこの星は緑豊かなのか。どうしてこの星は朝と夜があるのか。今みたいに夕暮れの空になるのか。……って。」
空は夕暮れ。赤色に染まっていた。
……確かに、エマがダガランで言っていた。グレートグレンデは貧しい。……そして朝が来ないって。
「思い当たる節があるでしょ?それがこれ。この鉞はこの星の自転周期すら変える。元々は潮汐ロック?しているはずの……自転と公転周期が同じはずのこの惑星を、20時間で1回転するように変えるほどの力。それがこの『創世の鉞』!!!」
* * *
その言葉を聞いた時、私の中では全てが繋がった。
「……だめ……」
「え?」
「……樹、その鉞を抜いちゃ、だめ……」
私は涙ぐむ目をしながら樹の鉞を持つ手をおさえる。
「……それを抜いたら、この世界の人達が……みんなが不幸になるの!!私知ってる!!!」
……本当にえ?と言う表情を樹は見せる。
「でしょ。そうなるから。私は貴方たちを試すってわけ〜。それに私も知ってるからこそ悩んで抜いてなかった訳だし。」
「エマ……?」
樹はどこか察しが悪い。
「一つ聞かせて、リリー。」
私の中には、リリーに対する一つの可能性と、私自身の一つの可能性。それがあった。
「ん?私にわかる事ならば全然。」
「グレートグレンデ。貴方はそれについて知っている……よね?」
「貧しいグレートグレンデに、朝が来ない……もしかして抜いた時の、未来か。」
……ようやく気がついたみたいに、樹は私とリリーの方を交互に見る。
「そう。グレートグレンデね。それはその鉞を抜いた後に、新しくできる王国の名前。この左目でしっかり見える。」
リリーの左目の、紫色の目が光る。
「貴方は未来が見える……だから全て知っている。どんな結末になるのか……」
「なるほど。未来視の能力か。」
「そう。この義眼は『未来の証』!と言っても、その動作が何に繋がるのか。と言った直接的な部分しか見えないよ〜。だから一回その鉞に触れた時、抜いたらどうなるのか。それが私には分かった。だからこそ試した。」
リリーは左目を指差しながらそう説明する。
「……そう言うことね……」
……私はそっと決意し樹の手を、その鉞から引き離した。