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【完結】神の器の追跡者  作者: Ryha
第三章 愛の茉莉花
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第016話 神器を条件に。

 エマはその巨大な男に対して対抗する。


「お前らには関係ない。これは俺とハガの問題だ。それに、魔法統括システムの、母の願いだ。」


 その巨大な体を持つ男はハガを地面に叩きつける。

 ……その瞬間、俺とエマは旧校舎の鏡の前へと戻る。


「ハガさん!!!!!!!!」


 俺とエマの、その声だけが虚しく旧校舎に響く。


 * * *


「どうして!!!!」


 私は時計のような針を持つその『尊びの鏡』を叩き、さっきの空間へと戻る方法を探る……

 確か、樹はこうやって……

 私は、手を当ててハガさんに会いたいという願いを鏡に込める。


「……ごめん。樹。ハガさんを救いに行く!」

「え?ちょっと待て、何でそこまで?」

「許せないんだよ……」

「……おい!!」


 樹の声が遠のいて、再びあの空間へと飛ぶ。


 * * * *


 ……いつからだろうか。私が理不尽というものを嫌うようになったのは。

 この世の不条理が嫌いになったのは。


「おい、人間の村に魔族が降りてきてるぞ!!しかも女の子だ!!高く売れるぞ!!」


 剣を持つ男を筆頭としてパーティーを組んだ数人の人間が、膝を怪我した私の前に立ちはだかる。


「やめて!!この子は私の家族!!好きにはさせない!!」

「……ん?白髪青眼……聖女サマ???」


 剣を持つ男は、私を庇う聖女の……その姿を見て驚く。


「どうして聖女が魔族を庇ってるんだ?」


 強面の武闘派な男が圧をかけるように聞く。


「この子は私の子。人に危害は加えない!!だから、帰って!!」


 聖なる魔法を使える聖女や聖剣使いといった役職は、この世界では魔族の天敵。

 でも、あの人は違った。


「それじゃあ答えになってねぇよ!!ああ???舐めてるのか??」

「世界が闇に包まれてから、人間はどんどん住処を失っています……勿論、お金も。私たちにもお金と、安寧が必要です。」


 そのパーティーの魔法使いの少女はか弱そうにそう言う。


「この闇は魔王のせいなんかじゃない!!!」

「うるせえ!!そこをどけ!!」

「退かないなら、代わりにお前を斬るが、いいか?」


 そのリーダーっぽい剣士の男は剣を光らせながら言う。


「……それって、ただの暴力じゃん!!」


 幼い私は言う。


「おお、この魔族の嬢ちゃん、よく分かってるじゃん。」

「そうだな、これが大人の世界だ。」


 その剣士の男は笑いながら言う。

 幼い私は怪我を我慢し、動こうとする。


「ダメ!!私を信じて、エマ!!」


 ……あの人はそうやって、いつも私を庇って、同じ人間同士なのに私の為に殴られた。

 魔族と人間の溝、生物としての存在としての差、それが産む憎しみと理不尽。

 私はそうやって幼少期を育って来た。


「ただいま!エマ!!」


 ……あの人はいつも暴力を振られても、どんな理不尽にも、耐えて私には平気な顔を見せていた。

 私が魔族である以上人からの無条件の殺戮、そんなものは日常茶飯事だ。分かっている。目の前で愛する魔物が冒険者に狩られ、魔石を取られる様子も何度も見て来た。

 小さい頃は見ることしかできてなかったあの人に対する理不尽も、魔物に対する理不尽も、私は経験して来た。


「どうして、やり返さないの!!」

「やり返したらダメなの、いつかエマにもわかる時が来るわ。」


 あの人は幼い私の頭を撫でながら、そう言った。


 * * * *


 でも、私はあの人のように、そんな理不尽を耐えることはできない。


 テトラビアに来てからは故郷であったような理不尽なんて殆ど出会わなかった。

 樹が盃に。アールに連れ去られそうになった時、くらいかな。

 テトラビアでは魔族でも対等な人として扱えてもらえて、扉の先ではテトラビア人としてある程度優遇される。久しく忘れていたこの理不尽という感情。


 ……だから私は感情的になってでも立ち向かう。




「何の用だ。」


 私の前にはその巨大な男がいた。

 よく見ると、その巨人はかなり筋肉があり、足には重りと鎖がついている。


「ハガさんを、返して。」

「それは、無理な話だ。あいつは俺との約束を破ったんだ。口外しない約束で神器の秘密を教えたが、それを破った。だから軽く命を奪った。」


 ……私の頭から汗が垂れる。


「たった一度の、口約束で、命を奪うなんて……貴方は、それでも神器なんですか!!」


「神器とは……いや、俺とはそういう存在だからな。」


 その男は私から目を逸らして言う。


「……貴方は一体何のハシラビトで、この神器は何ができる神器なの!?」

「そのくらいなら約束なしで教えてやる。『尊びの鏡』は種族を変える鏡。俺は鏡の巨人。それだけだ。」


 巨人は私の目の前で胡坐をかく。


「それで。それだけか?もう終わりか?」


 だるそうに巨人は聞く。


「ハガさんを生き返らせる方法とかないの!?」

「そうだな……」


 その巨人は少しの間考える。


「幽霊の嬢ちゃんなら……いや、辞めた。創世の鉞を持ってこい。そうしたらハガを解放しよう。」

「創世の、鉞……テラリスにあるやつ?」

「まあ、そっちでもいい。」


 ……そっちでも……??


「後、魂はこの命界から抜けない。だから何年後でも大丈夫だ。もし鉞を持ってきたら、開放する。それが約束だ。」


 ……このハシラビトが守護神器を欲する理由はわからないけど、とりあえず救う方法がある。それだけで十分。


「分かった!!必ず、ここへ創世の鉞を持ってくる!!」


「しかし……たった一人の為にここまで動くなんて、お前、変わった女だな。」


 その巨人は欠伸をしながら、眠そうに呟く。


「たった一人の為に……」


 ……私はただ、目の前で理不尽な死を受け入れたくないだけ、、

 いや。そういう事だったのかもしれない。

 あの人は、私という存在の理不尽な死を、私に対する残虐な行為を許さない為に自分を犠牲にしていたのかも……理不尽に屈して耐えていたのではなく、理不尽を許さない為に受け入れていた……


 今ならあの人の言っていた事が、何となくわかるかもしれない。


「……そろそろ良いか。鉞、待ってるからな。」

「……うん。大丈夫。」


 その刹那、私の辺りは光に包まれた。


 * * *


 俺は旧校舎にもたれ掛からせるようにエマを寝かせる。

 正確には寝ていない。多分意識だけがあの空間に飛ばされているだけ、だろう。

 エマがあの世界に行ってから、俺が鏡に願いを込めても一切反応しなかった。

 あの世界は一体なんだろう。それに、ハシラビトっていう謎の存在も。


「……樹?」


 エマが起きた。

 風で彼岸花が揺れる。


「おはよう。急に感情的に動き出したから、びっくりした。大丈夫?」

「うん大丈夫。」

「珍しいね。エマがあんな行動するなんて。」

「そうかも!流石に許せなくてね……」


 まあ、突然、しかも全然悪くないと思うのに罪として裁かれたって事。


「ハガさんを救う方法が分かった。あと、あの世界が命界って言うことも!」


 エマは立ち上がりながらそう言った。


「命界……か。」

「うん。ハガさんを救う方法は、テラリスにある創世の鉞をここに持ってきて巨人に渡す事!らしい!」

「じゃあ、なおさらグレートドーンに行かないとな。」


 俺も立ち上がる。


「ところで、ハガさんはあの巨大な男に捕まれる直後、真神器のことを魔神器と言っていた。エマはこれについてどう思う?」


 俺とエマは来た道を帰る。


「うーん。まああの巨人を見たら、鏡は魔神に感じるよね……」

「確かに……人の命を何とも思ってない様にも感じるな。」

「ヴィクトリアとあの巨人を比べたらわかるけど、ハシラビトにもしっかり性格がありそうだね。もっともっと神器が何なのか意味わからなくなるけど……!」


 俺たちはちょっと冗談気味に、笑いながら歩く。


「もし、もしもの事だけど神器は人そのもので、はるか昔に封印された悪人、とかだったら、エマはどうする?」


 俺は足を止めて、そうやって聞く。


「何それ。そんな訳ないでしょ〜神器は所詮、物だよ!実在した人が関係しているだなんて。」

「あはは、まあ。そうだよな、変なことを言ってごめん。」


 俺は笑って誤魔化す。


 ……でも、巨人もヴィクトリアも、人間過ぎた。感情がありすぎるように感じた。

 神器の力で生命と話す時には親しみやすい姿で現れるというだけかも知れないが……


「まあそんな重く囚われ過ぎずに!グレートドーンに鉞を取りに行くよ!!」


 エマは俺の考える姿を見てそう声を掛ける。エマのポジティブさも、見習うべきだな。


「そうだな。帰還申請と、グレートドーンへの予約をしないとな!」

「うんうん!」



……俺とエマは神器を求めるだけでなくハガさんを救う為にも、グレートドーンへと向かった。

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