第001話 未知の世界
何の記憶かな。
暖かな日差しに緑豊かな自然の中、階段を歩む私と、私よりも大きい男の人名前も顔も思い出せない。でも、そんな謎の記憶を私は持ってる。
「おはよぉ〜」
「おはようございます!」
親の声を聞き、今日も猪のような見た目で針を持つラヌーという動物と、うさぎのようなラピーという動物を連れて、私は野菜の商売に行く。
いつか、この記憶が何かわかったらいいな……
* * * * *
それはある夏休みの日だった。セミが鳴く声が聞こえる。
「それじゃあ樹、真緒ちゃんをよろしくね。」
「わかった。」
そう言って俺の母さんは家を出る。2日間の祖父母の介護に向かったのだ。
俺の家には毎年、いや定期的に従妹の真緒が遊びに来る。真緒は今年で14歳になる。父さんの妹である愛香さんは真緒を産んだが、真緒の幼い頃に旦那と死別。それからは女手一つで真緒は育てられた。
父方の祖父母は既に他界。頼れるのはこの家しかなかったのだ。その為、俺は真緒から実の兄の様に慕われていた。
その日は生憎父さんも出張中であり、家には俺と真緒しかいなかった。
俺は母さんを見送り、真緒のいるリビングへと戻る。
「お兄!今日はどんな撮影するの?」
真緒は俺の仕事道具のカメラを危なそうに弄りながら言う。俺はYouTuberとして生きていた。
俺は21歳。大学4年生でありながら、旅系YouTuberとして稼いでいた。親からは就職しろと言われ続けるが、俺はその道を諦める気は無かった。
「あー。今日はここから数キロ先にある自然豊かな山に登山を、キャンプしに行こうとしてたんだけど……真緒がいるからいけないかな……」
「えー、私も行きたい!!気にしなくて良いからさ、行こうよ!!」
真緒は偶に動画に出してあげる事もあった。確かに子供がいた方が再生数は取れるけど……じゃない。そんなことはどうでも良い。
確かに家にいることが退屈なのは分かる。しかし……どうしようか。
「良いでしょ……?」
真緒は俺の背伸びしながら俺の服の裾を掴む。
俺との身長差は30cm以上。従妹とはいえその綺麗な瞳で、上目遣いでお願いをされて断れるはずも無かった。
「……分かった。分かった。じゃあ2時間後に出るから準備しとけよ。途中山登りもするからな!あと今日は登りながらライブするから。そこだけよろしく。」
「やったー!!!!!」
俺と真緒はその自然豊かな山へと行く事になった。
俺は車を運転し、山の麓へと到着した。
「うわぁ……」
真緒はその壮大な景色を見て驚く。
その山は割と崖の様に聳え立つ山だった。その分、頂上からの景色は最高だ。
俺はカメラなどの機材を車から持ち出す。
「はいどうもこんにちは〜!……」
俺は自撮り棒で撮りながら、ライブ配信を始める。
「今日はマーちゃんもいまーす!!イェーイ!!」
真緒はいつも通り、ノリノリでピースしながら自己紹介をする。マーちゃん……って。よくそんな名前でやれるな。
なんかこう、真緒が20歳くらいになった時にこれを見たら恥ずかしくなりそうな気もするが。まあ、それは俺が30歳くらいになった時も多分そうか……羞恥心なんか気にしてたら駄目だ。
そうして、俺たちはその山を登り始めた。左側は崖になっているような危ない階段を俺たちは登る……
「……はぁはぁ……こんなに大変だったんだねぇ……」
登り始めて30分。真緒はもうバテていた。キャンプ用具も俺が持っているし、真緒の負担はほぼ無い。単純な体力不足なのだろう。
「この山、別に本格的な登山準備してくるような山でも無いし、バテるほど登ってないだろ……」
「もー……中学生の体力を過信しすぎ〜!お兄の鬼!!」
「あはは……駄々捏ねてもおんぶはしないからな〜。放送中だし……」
「……分かってるよ〜」
やっぱり連れてこないほうがよかったか……。
でも、いつもより視聴者もコメントの流れも早かった。真緒は退屈な日を楽しく出来て、俺にとっては仕事になって、一応win-winだった。
「今日の天気急な風があることあるから気をつけて……コメントありがとうございます。」
まあ崖横の階段とはいえ、風は大丈夫だろう。そう考えていた。
その時だった。急な突風が吹き始めた。
そして、その階段を疲れながらも、中学生らしく危険な登り方でスリルを味わおうとふざけて崖近くにいた、真緒の左足元は急に崩れる。
俺は配信にとコメントに夢中で一瞬、気付くのが遅れてしまった。
「……うわぁぁぁ、お兄!!!!」
「真緒!!!!!」
俺が振り返り、手を伸ばした時には既に手遅れだった。
真緒は高さ30メートル近くあると思われる崖から落下した。その様子は全世界へと配信されていた。すぐ配信を辞め、真緒の元へと向かった。
「……真緒さんは、亡くなりました。」
「……え……?」
直ぐに医者に連れて行き、医師から告げられたのはその言葉だった。
俺の顔を一滴の汗が垂れていく。
俺は困惑して現実を受け止めきれず、涙も出せなかった。俺が、配信なんてしていなければ。もっと天候に気をつけていれば救えたのに。俺は無力な自分を責めた。
勿論、その後に俺を待ち受けていたのは家族やネットでの批判の嵐だった。
そうして、俺の大切な従兄弟も、家族からの信頼も、YouTuberとしての仕事も、周りからの信頼も、全てを失った。
その傷は、1年経った今でも鮮明に記憶に残っている。
「人は皆宝物を欲し、楽園を求める。」
「家庭、仕事、お金……宝物を手にしている時こそ、その人にとっての楽園かもしれない。楽園は場所ではなく概念なのだ。」
その文章を読み終えた後、俺はそっと本を閉じ棚に戻す。
「でももう、この世界に自分の居場所はない。」
真緒を失ってから、家族の元を去ってからも俺はそのYouTuberを続けていた。勿論2019年で全YouTuber一番レベルの炎上をした。
しかし、俺はYouTubeを辞めてしまうと本当に真緒が死んでしまう気がしたのだ。だからこの仕事を続けていた。1年経ちだんだん炎上は収まり、良い方向へと動き出そうとしていたのだ。
しかし、西暦2019年の後半から新型コロナウイルスにより地球はパンデミックに陥った。
一人旅で日本一周は勿論、外国へも足を運び、その地を巡った様子やキャンプを動画共有サイトに投稿して日々の生活費を稼ぐ。
そんな俺の仕事も趣味も、瞬く間に消え去った。
今では親の言う事を聞いておけばよかったのか?いったい俺はどこで間違えてしまったのだろうか。俺は日々解決することがないそんな悲しみに囚われていた。
「……ありがとうございました!」
コンビニを後にする俺。扉の開閉とともに入店音が鳴り響く。
外出は最低限にという風潮の世の中、貯金も残り少し。愛していた従兄弟も亡くし、そんな自分に宝物なんてあるはずも無かった。
「残りのお金は10万もない。いっそのことアニメの主人公みたいに異世界転生出来たらな……」
勿論、そんなことは起きるはずがないし、要するに「死にてぇ〜っ」という嘆きの意味だ。人通りの少ない住宅街には、コツコツと鳴る自分の足音と、握っているレジ袋の擦れる音が響き渡っていた。
「ーーねえ、知ってる?あそこのお宅の子、一ヶ月も帰ってきてないらしいよ。」
「馬越さんでしょ、知ってる。それよりもさ、最近不審者がこの辺りにいるみたいよ、物騒な世の中になったもんだね〜。」
少し歩くと聞こえてきた、主婦の世間話を背に俺は自宅へと向かう。物騒な世の中。そんな物もはや俺には関係ない。
「……ゲホッ、ゲホッ……」
咳をするおじさんとすれ違う。
「……このご時世、マスクくらいしろよ。」
聞こえない様に愚痴を言った。明日こそはバイトでも探さ無いと……本格的にお金がなくなる。コロナ禍に入り、ゲームや自宅で撮れる動画を試してはいるものの、軌道に乗ることはなかった。
そう思い今日も帰宅し、夕飯を食べ、またいつもの様に眠りにつくのだった……
「ーー強制転移を開始します。生体認証を開始、種族:人間。性別:男。年齢:22歳」
「……はっ!?」
謎の声で目覚めると、SFでよく見るワープ演出のような謎の空間にいる。スターウォーズのワープ演出や、ドラえもんのタイムマシンの空間などが近いだろうか。
目の前にはまるで時計の針のような物を持つ謎の扉があった。
「なんだこれ、夢?」
「ーーこれは夢ではありません。私は、貴方を欲しています。」
謎の声が扉の奥から聞こえてくる。
「夢じゃないって、じゃあ何なんだよ。」
「そうですね、人に伝わるようにいうとするならば、ここは次元の狭間。私は扉に潜む精霊です。」
また、扉の奥から声が聞こえてくる。
「次元の狭間に、精霊……か。」
「はい。この扉の先の世界はテトラビアと言います。貴方には、その世界を救ってもらいたいのです。」
去年の炎上に、今年のパンデミック。心がズタボロに折れている今の俺にとっては、こんな異世界転生みたいな話は想像も出来ないようなありがたい話だが、本当に良いのだろうか。
俺がこの日本から居なくなれば、配信を辞めてしまえば、本当の意味で真緒は死んでしまう。俺はそう思う。
「たとえそれが俺にとっての利益でも、断る。真緒に顔向け出来ない。俺は日本で生きたい。」
「死人は死人でしょう?固執していては何も変わりません。」
「ダメなものはダメだ……」
俺は頭を振り、その精霊を拒絶する。
「どこにでも行ける神器、そうこの私、人々の呼び名を借りるとすれば『結びの扉』を使って様々な世界を旅し、各世界に散らばったテトラビアの守護神器を集め、本来あるべき場所に戻してください。そうすれば、世界は救われるのです。死人に固執するより、勇者になりませんか?」
その精霊は俺を誘惑する。確かに、どこにでもどんな時代にでも行くことができる扉……そんなものが存在するのならば、旅好きな自分にとってもそれ以上のものはない。俺は一瞬迷う。
「……いや、ダメだ。帰してくれ!」
「これは決定事項です。貴方に拒否権はありません。」
「待て!!!!」
その刹那、その扉が開き光の渦が自分を包み込んだ。
「……眩しい……」
目が覚めると、見知らぬベッドの上にいた。
「……はっ!」
目を見開く。
「おはようございます。千歳 樹さん。」
顔を声の聞こえる方向に向けると、自分の横には巫女のような服装をしたお姉さんがいた。
「だ、誰だ。どうして俺の名を!!というか、本当に俺は転移してしまったのか……」
見知らぬ人に名を呼ばれ動揺する。俺は確か、昨日の夢でずっと転移を拒んでいた。しかし、ここに来てしまった。
「……帰りたい。」
俺は呟く。
「帰らせてくれ!!」
俺はその巫女を見つめてそう言い放つ。その様子に巫女は驚いた表情を見せる。
「……すみません。それは私にはどうにかできる問題ではありません。」
「……そうか。」
俺の気持ちを踏み躙り、強制的に連れてきた扉の精霊。それを俺は許さない。
あれ、でも俺はどうしてそこまでここにくるのを拒んでいたのだろうか。……確か、大切な人の為に……しかし名前を思い出すことができない。なぜだろう。
「……大丈夫ですか?」
その巫女は俺の考える顔を覗き込むように見る。
「んっ?ああ、ごめんごめん。」
自分の視界に急に現れた顔に驚く。
「……驚くのも無理はないですよね。貴方はここテトラビアに連れてこられた『扉に導かれし者』です。」
「……扉に導かれし、者」
「はい。この国にある結びの扉、それは自由に出入りすることもできますが樹さんの様に、自身の意思に反して連れて来られる、そういう人もいるのです。」
だがそのやり方はあまりにも強引だ。
「てか、君なんで俺の名前を知ってるの?名乗ってないよね?」
「えーっと説明がまだでしたね。ここテトラビアに辿り着いた人には、魔法統括システムによりその人独自の紋章が贈られるんです。所謂戸籍のようなもので、樹さんの紋章がこれになります。」
その巫女は胸元にしているペンダントを触る。そうすると目の前にホログラムのような紋章が現れる。
和風な巫女の服装に対して、洋風な模様の紋章が空中に浮かんでいる。
「その紋章を出したのは魔法?」
「そうです。ここテトラビアで皆が使える戸籍確認魔法になります。この様に出すと性別、種族、年齢、能力の数値等の情報が見れます。最も、情報保護の意識がその人にあれば他の人にこの様に貴方の情報を見られることはないので、安全です。」
「なるほど。っていうかそれって俺の情報勝手に見られたっていう事じゃないか」
「すみません、ですが扉に導かれし者を導くのも私達巫女の仕事であります。どうかお許しを。」
まあ保護の意識無しで、自分の情報を曝け出して街を歩く羽目にはならなかった、と考えればこうやって説明してくれるのはありがたいか。
「ところで、君の名前は?」
「申し遅れました、私テトラビアに伝わる神器の扉『結びの扉』を管理している巫女、カーラと申します。先程のお返しに、私の情報はいくらでも見ていいですよ。」
名前:カーラ・ミラー、年齢:18歳、性別:女性、種族:人間、職業:巫女、出身:テトラビア
まじまじと情報を見つめる俺。なるほどな、これは凄い魔法だ。
それにテトラビアという名前に扉、やはりあれは夢ではなかったみたいだ。精霊はどこにでも行ける扉と言っていた。つまり、日本にも戻れるんじゃないか?俺の頭にはその考えが浮かぶ。
しかし、本当に俺は何の為に日本に帰ろうとしていたのだろうか。全く思い出せない。大切な……大切な何かを忘れているような。
カーラの情報を見るのをやめ、顔を上げる。
「こんな場所でダラダラと説明をしていても何も進まないので、実際に扉まで行きましょうか。私も仕事に戻らないといけないです。」
身体を起こし、俺とカーラは部屋を出る。
「ところで俺みたいな人を導くのも、って言ってたけど巫女の本業はなんなんだ?」
階段を降りながら問う。
「それはついてからのお楽しみです。」
階段を降りながら、背中でそう彼女は言った。
建物から出るとそこはまるで中世ヨーロッパの様な世界が広がっていた。建物の形はヨーロッパらしい高貴な見た目をしているが、街行く人々は様々な時代・文明レベル、種族の服装や持ち物を纏っている。
鳥のような見た目の人に、よくわからない動物を乗りこなす人、エルフみたいな耳をしている人、獣の人、巨体を持つ人……さまざまだ。
「テトラビアはこの扉を使って様々な時代や文明と交流してます。この街に住む人々はそれぞれの故郷に誇りを持って生活していて、差別などはありません。」
差別がない世の中、なんて存在するんだな。
「着きました。此処が私の仕事場所である『結びの扉』です。扉の巫女の仕事はこの扉を皆さんに自由に使ってもらう事です。なので私に言えばこの扉はいつでも使うことが出来ます。此処から先どうするか・どこへ行くのかは貴方自身が決めてください。」
カーラは扉の前に立ち、お辞儀をしてそういった。巫女の仕事は扉を使わせること、か。
「勿論、その他質問なども何なりと教えてください。ここにいない場合は、彼方の事務室にて扉の受付をしていますので。」
カーラの指差す先には大きな建物があった。
「……この扉は本当にどこにでもいけるのか?」
「はい、樹さんの足元を流れている魔法の水が流れる水路。これをこの祭壇によって調整すると扉の行き先が変化します。つまり扉の受付と水路の制御が巫女の仕事になりますね。」
俺の足元には水が流れていた。そして扉の四方には4つの台座がある……がそのうち2つしか台座の上に像は乗っていない。……魔法ってなんでもできてすごいな。
「……じゃあ、俺の故郷、日本に帰りたい!日本に繋げてくれ!!」
俺はカーラに頼む。この異世界はすごいが、俺は無性に日本に戻りたかった。
「……すみません。日本なんていう国は、ありません。」
「……そんな筈は……どうして?だってこうしてここにきたじゃないか!!」
俺はカーラの両肩あたり掴みカーラを揺らす様にして、必死に聞き返す。
そんなことをしていると、彼女の持つ腕輪が光った。
「すみません、帰還申請が届いたので一旦、扉を開きますね。その間にいろいろ考えたりでもしてください。」
帰れない……のか。俺は一体どうしたら良いんだ。俺はそう嘆く。
カーラは扉から離れ、水路の近くにある祭壇に対して魔法を唱え始めた。
その刹那、扉は開き始める。
「ーーただいま、カーラちゃん!大収穫だったよ!」
そう言って扉から現れたのは、身長160cmくらいで艶のある黒い長髪に、宝石の様に赤い眼、服はドレスのような派手さで、頭には冠のような8本の角がある、そんな異世界感満載の美少女だった。
……これが、俺と魔族少女の出会いの記録だ。
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