第013話 記憶を記録に。
「……永遠の地へは行ってはいけませんよ。」
「わかった!行ってきます!」
育ての親からのそんな忠告を破り、私は永遠の地へと足を踏み入れてしまった。
今ではもう、その親の顔も名前も思い出せない。霧がかかって見える。何故だろう。
いつの間にか、私は眠ってしまっていた。気が付いた時には巫女の服を着た若い女性が近くにいた。
「……おはようございます。月城エマさん。」
* * * * *
……はっ。
私はその夢を見て目を覚ます。
まだ夜中。樹も博士も、すやすやと寝ている。
「……夢?」
私の目から涙が落ちていく。止まらなかった。
暫くして私はまた、眠りについた。
* * *
「それじゃあ、エマちゃん、記録魔法でダガランでの出来事を報告してくれる?」
俺たちは研究所で一夜を過ごし、次の日博士からの雑用などを終わらせた後、博士に調査結果を報告することになった。もう夕方だった。
俺は調査という調査をしていたわけでは無い。それに、エマも向こうで何かメモなどを取っているわけではなかった。記録魔法とはなんだろう。
「おっけー!樹にもやり方教えてあげる!」
「……おう。」
エマは俺を研究室の奥に誘う。
エマは研究室にあった白紙を徐に取り、目を閉じる。魔法陣がエマの手元にでき、紙には文字が現れ始めた。
「それが、記録魔法……」
「そう。詠唱とかは特にいらない!この紙は魔法紙だから、書き込みたい情報を思い浮かべるだけで書き込めるよ!」
俺もその魔法紙をとり、ダガランでの出来事や盃のこと、ここに帰ってきてからの槍のことなどを思い浮かべた。
「案外簡単に出来るんだな。」
「そうだね!しっかり出来てそう!」
メアリー博士は俺たちの方に寄ってくる。
「上手くできましたか?確認します〜!」
「お願いします。」
俺はその魔法紙を手渡しする。
「ところで、盃の時に照明魔法と反魔法結界っていう話があったけど、魔法って神器と何が違うんだ?」
俺は博士に紙を渡した後、エマの方を向いて聞く。博士はそのまま紙をまじまじと確認する。
「んー、あまり私も詳しくないんだけど、神器とその模造品のペンダントはどこでも基本使えるけど魔法は場所によって使えたり使えなくなる!」
……場所によってとは。
「それは神器の周りみたいな反魔法結界っていう話か?」
「いやそうじゃなくて、テトラビアとか私が前行ったことのあるアズゲニアってところは魔法が使えるんだけど、ダガランとかは使えなかったって言う事!!」
つまり、国レベルや星レベルで魔法が使える、使えないがあると言う事だろう。
「確かに。ダガランで見た魔法のようなものは『殲滅の槍』、俺の脚に今着いてる『速度の証』というらしいアンクレット、それに鳥人のフェイがしていた指輪によるバリアだったな。」
「そう、後はペンダントと扉だね!全て神器由来!!」
言われてみると、ダガランに魔法は無かった。
「まあでも、神器と魔法の違いってそのくらいかも!」
「なるほどな〜。」
魔法を覚えても、行き先で使えるかはわからないと……
「ちょっとエマちゃん、樹君!この文ってどう言うこと?」
紙を見ていた博士は急にそう言って話を遮る。
博士が指差す文章、そこには「ジェーン・ホール」と書かれていた。
「え?そのままの意味だけど……」
「じゃあ、このジェーン・ホールは同姓同名って言う事ですかね〜……」
博士はその紙を見ながら考える。
「いるのか?ジェーン・ホールが。」
ダリを操りダガランに槍を持ち出した、カーラの数代前の巫女と思われるジェーン・ホール。本人の可能性があるなら会えるに越したことはない。
「いるも何も、私の姉ですよ。エマちゃん会ったことありますよね?」
博士の名前はメアリー・ホール。初めて聞いた時姓が同じだと思っていたが、まさか本当にいたとは。
エマはどこか申し訳なさそうな表情を見せる。
「……えっと、……ごめんなさい。覚えてないです。」
「まあ1年以上会ってないし無理もないですね……」
博士はわかりやすくため息を吐く。
「ジェーンさんは巫女の経験はあるのか?」
「いえ、私の姉はテトラビア西にある都市レトーンで魔法大学で教授をしてます。ここに書かれているような扉の巫女の経験はないはずです〜」
魔法大学……そんなものまで存在するなんて。
それにしても、妹は考古学者、姉は教授……ホール家は中々頭が良さそうだ。
「あー!!魔素歴史の授業してた人!!思い出した!!!」
「思い出しましたか……」
エマが急に思い出して叫ぶ。急に横がやかましい。
「魔素……面白そうだな。」
「ここにいても次の神器の情報は得られませんし、良かったらレトーンの魔法大学に行ってみてはどうですか〜?私の姉は私と違って、魔法という観点から神器の謎を解明しようとしていますし……」
槍を手に入れた今、新しい守護神器の情報はない。ヴィクトリアは博士を頼ると良いと言って、ヴィクトリア自身からは神器の情報は聞き出せなかった。博士の言う通り、レトーンに行くのが一番なのだろう。
「わかった。レトーンに行こう、エマ!」
「そうだね。せっかくなら樹も魔法も扱えるようになろう!」
「ぐぅぅぅ……」
俺のお腹が鳴る。
「今日は夜ご飯を食べて、明日レトーンに行こうか……」
「それじゃあ、今日は私が久しぶりに料理しま〜す!」
博士は元気に手をあげて言う。
「いえ、結構。博士はそこで研究でもしていてください。」
エマがそう言うと、博士はしゅんとした表情を見せる。
博士は料理が下手らしい。最初研究所に来た時の汚さから家事が下手なのは容易に想像できた。まさにその通りらしい。
エマは隣の部屋で着替え、冠のような角を気にしつつ上手くそれを活用する形で横髪を背後へと流し、髪を結び、キッチンの前に立つ。
その立ち姿は透明感を感じる程だった。
「さあ。樹も手伝ってね!!」
俺も研究所にあった客人用の服に着替え、キッチンに立つ。
「一体何を作るんだ?俺がわかるものか?」
「まあ私が言うようにやってくれればいいから!今回はグレートグレンデ特製カレーだよ!!」
グレートグレンデのカレー、どんなものなのだろうか。
「材料はここにあるから、これを私が言う様にやってくれればいいよ!」
そこにはどこかみたことのある様な材料と、数回しか使ったことがないような器具が並べられていた。
「なら別に俺じゃなくても、博士が手伝ってもいいんじゃないの?」
「だめ!博士は私が見てても焦がすし、指切ったりするから!!」
逆に人に教えられながらでどうしたら失敗するのだろうか。
「それはそれで才能だな……」
俺は苦笑いをしながらそう呟く。
「そうだね……」
……エマは横目で机に向かっている博士を見る。
まるでクラスに一人はいた様な陰キャの様な空気感で何かを書く博士。一瞬視線を感じたのか、ビクッと震えた。
出来上がったカレーは俺が日本にいた時自宅でよく作っていた甘口カレーに似ている雰囲気を醸し出していた。そんなに辛そうな色では無かった。
「いただきます!!」
俺とエマ、博士は机を囲み、手を合わせて食べ始める……
「かっら!!!!」
……見た目に反しその辛さは魔王級だった。まさに、魔族の国グレートグレンデ特製か。
俺の叫びは静かな夜に、研究所の近所に響き渡っていた。
その次の日、俺とエマは博士経由でジェーン・ホールとの連絡を取り、レトーンの魔法大学へ行くことになった。
「そうですね……今日はお昼から魔素学の講義があるので、是非受講してみてはどうですか?」
ホログラムのように魔法陣から浮かび上がる通話魔法を通して、ジェーン・ホールは俺たちにそう提案する。
「まあ、せっかくだから受けてみたらどうですか〜?魔法に関する理解度も増えますよ〜!」
博士は相変わらずゆるそうな感じで、肩を押しながら俺とエマに言う。
「……じゃあ、お願いします。」
俺が魔法で浮かび上がるジェーンに対して答える。
「わかりました。手続きなどはこちらの方でしておきますので、お二人は昼13時に講義室へとお越し下さい。」
「終わったら、神器に関して情報下さいね!」
「勿論です。お待ちしています。あ、メアリー、しっかり食事と睡眠とるんだよ!!」
「……はい〜。」
博士はその言葉に萎縮する。
メアリー博士に対して、ジェーン教授は高貴でしっかり者の大人といった雰囲気だ。
なんか、姉妹にしてはかなり性格が違う様に感じる。
「それじゃあ、また後でお願いします。」
「はーい。」
俺はそんな博士を横目に、教授に対してそう言って通話を切る。
「それじゃあ、扉の使用申請して、準備するよ!!」
俺とエマは外出の準備を始めた。
「テトラビア西部にある都市、レトーンのアクセスポイントに繋がっています。行ってらっしゃい。樹さん、エマさん。」
扉の前でカーラはいつも通り、そう言う。俺たちは扉までやって来た。
レトーン、一体どんな街なのだろうか。
「いつもありがとうね!カーラちゃん!」
「はい!勿論!」
「行ってきます。」
俺とエマはカーラに手を振り、扉を開ける。
「ここが、レトーン!!」
扉を通った先の景色を見る。
「そう、レトーンは遺跡と魔法の街!!オーセント西にある遺跡、そこから続く様にレトーンまで遺跡があるの!!」
「なるほど、エマや博士にとってはここは楽園か。」
「まあね〜、神器の情報とかの記録が残ってるのもこの西部遺跡か古城くらいだからね!」
レトーンにいる人々の服は、正に魔法使いの様な人が多い。箒で飛んでいる人や、芸として魔法を見せている人、様々だ。オーセントとは明らかに雰囲気が違う。
「どうしてオーセントじゃ居ない魔法使いっぽい人が多いんだ?」
「テトラビアはいろんな世界から人が集まるから、自分の故郷に近い場所に人種が集まりやすいっていうこともあるし、単純にレトーンは他と比べて魔素が多いからじゃないかな!」
……魔素、それが魔法の根源だろうか。そこらへんに関してジェーンの講義で知れたら楽だな。
「なるほどな……だから魔法大学もある訳か。」
「そう、魔法大学はレトーンの中心地にあるお城みたいなあの建物!」
エマの指差す先には一際大きい建物があった。ダガランの将軍がいた城と同じくらい大きい。その作りはまるで魔王の城の様な禍々しい雰囲気だが。
「樹は初めてだし、時間に余裕があるから観光しながら行こっか!」
エマはそう言って、俺の手を引く。
「レトーン、結構いいところでしょ?」
「ああ。そうだな。」
俺たちはレトーンを観光し、街中のベンチで休憩しながら俺は空を見上げそう言う。
横ではエマがどこか暗い表情をしていた。
俺は目線を空からさげ、エマに気が付く。
「どうかした?」
「……いや、なんでもない。あ〜!レトーン観光楽しかった!!」
その時だった。
冠のような角を持ち、短い黒髪にキリッとした赤い目でイケメンな骨格、すらっとした体格に黒い正装のような服、鋭く赤色に輝く剣を携えた魔族が、俺たちの前を横切った。俺たちに気付かず、彼は道を歩んで行く。
かなり高貴で、剣術に長けてそうな見た目をしていた。
エマはその魔族に見惚れている様だった。
「……あ、あの!」
エマはその場に立ち上がり、その魔族の男の歩みを止める。
「……な、……。」
男は足を止め、エマの方を振り向くとそう一瞬言葉が詰まる様子を見せる。
「あの、私、どこかであなたの事……。」
エマはその魔族を見つめ、そう言った。顔見知りなのだろうか。
「……人違いだ。君のことは知らない。」
……エマの声を聞いた途端、その男はどこか安心した様子を見せ、そう言い残してレトーンの街を歩いて行った。