第011話 戦士の赴き
「博士、ありがとうございます。じゃあエマ、古城へ行こう!」
樹くんはエマちゃんの手を引き、古城へと向かって走り出しました。
「……いや。槍忘れてますよ〜〜!!」
私の声は広い研究所に虚しく響き、反響が耳に入ってきます……
「走って追いかけないと、ですね〜……って、やっぱり重い……」
走らないと絶対に追いつけないのに、槍の重さに私は負ける。
私は二人を追いかけるように、槍を押しながら研究所の扉を開きました。
しかしそこにはもう、二人の姿は見えません。そこに居たのは知らない人でした。
「貴方は誰ですか?」
「……おい、あんたがテトラビアの博士か?巫女から聞いたぜ。」
ーー私の目の前、そこに現れたのは……。
* * *
「古城って、あれか。」
研究所から出てすぐ南、一際大きい山の上に古城があるのがわかった。
「そう、あれが古城!あそこには多分テトラビアの歴史が詰まってる。だから博士は研究所を近くに建てたの!」
俺とエマは槍を持っていないことなんて忘れ、必死に走る。
気付けば古城に繋がる山の階段を登っていて、古城はすぐそこにあった。
「ーーはぁ、はぁ、もうすぐだ。」
俺とエマは古城の門まで来ていた。
「この門、かなり古くて重いけどずっと空いてるんだよね!」
門は半開きになっていた。
「ここが、テトラビアの古城……」
その古城はただならぬ雰囲気の風化をしていた。巨大な木によって侵食されているように。
「そう。この古城はオーセントができるよりも前の時代のものって言われてる!さっきも言ったけど歴史的に重要だから魔法統括システムの法律で守られてる。侵入はできても何かを持ち帰ったりしたら犯罪になるから注意して!」
またあの時みたいに犯罪者扱いされるのは嫌だな……
……歴史的な文化財。
「博士の言っていた、石板ってどこにあるんだろう。」
俺とエマは古城内部にある階段を登っていた。
古城はかなり崩れており、コウモリやネズミのような小動物の住処になっている。
「ここ、博士の研究所よりも埃っぽいな。」
「まあ長年手をつけられていなかった場所だから、仕方ないね〜!」
「もしかして、幽霊が出たりして〜!!」
俺はエマを驚かす。
「な、そんな訳ないでしょ!!大丈夫大丈夫!!!」
どうやらエマは幽霊が怖いらしい。魔族でも怖いのか……
実際、エマが魔族と言ってもダガランの鳥人とかと違い、人間と殆ど差がないようには感じる。
そう考えたらほぼ同じなのかも知れない。
「ここが、最上階。結局、博士が言っていた石板ってどこにあるんだろう……」
俺とエマは最上階の玉座の間のような空間を探し回った。
「……ねえ、もしかしてこれじゃない?」
エマが玉座の裏側に石板がある事を見つけた。
そこに描かれているのは、槍のような金属棒と、先細りしている木の棒、そして四角い形をしたものと、棒に石のようなものが取り付けられた物、4つだった。物自体は抽象化されており、かなり分かりにくい。
「確かに。この槍に似たものが描かれているな。でもこれ、場所は城の中庭か?」
背景は中庭のような空間で、しかも大きな木が描かれている。
「じゃあ樹、中庭に行こっか!」
俺とエマは中庭へと降りていく。
城を侵食するほど大きな木は中庭から生えていた。そしてその前には何かがはまりそうな穴が4つある。一つは槍がはまりそうな穴だ。
「これ、石板の絵と同じならここにはめるんじゃない?」
「確かにそうかも。……って」
俺は槍を刺そうと、手元を確認する。槍を持ってきていない事に気がついた。
「どうしたの?早く。……あっ。樹……槍、もしかして研究所に忘れた??」
呆れた顔で、エマに言われた。
「……そうみたいです。」
どうしようもないくらい申し訳ない表情で俺は言う。申し訳なさすぎる。
「はあ、また帰らないといけないのか。面倒だね……」
エマが愚痴をこぼす
「ごめんな。でもこうやって収穫はあったわけだ。別にいつでも槍は返しに来れる。」
「……まあね、城と研究所が近いから良かった。今回は許す!」
ピリピリしてるというか、呆れているような感じはしたが、許してもらえたようだ。
「まあ、槍を返す前にこの場所も詳しく調べておこうと思うから、ゆっくりしてていいよ。」
エマは注意深く他の所も調べていた。
その言葉に甘え、その様子を見ながら俺は巨大な木に対して体を当て、リラックスしていた。
「ーー何々?ここどこ?」
……エマのその言葉で俺は目を開ける。
「な、またここかよ。」
そこは扉の精霊や盃の悪魔と会話した場所そのものだ。
「またって、樹知ってるの?」
「ああ、テトラビアに来た時の扉の精霊とも、この空間で会話した。」
「って言うことは、もしかしてこの空間が神器と喋れる場ってこと!?」
若干興奮気味のエマと共にあたりを見渡す。
今回は、辺りに扉や盃のようなものはない。それに二人でこの場所に来れている。
俺とエマは一人の少女がいることに気がついた。
「うわあああああああ!!幽霊!!!!」
エマは悲鳴をあげる。
「待て、幽霊じゃない!」
俺は慌て動くエマをとりあえず手で受け止め、落ち着かせる。まあ、幽霊に対して落ち着いても、神器と喋れる場所として、その興奮は落ち着くはずがないだろう。
その少女は、エマと大差のない身長で、髪は金髪で緑色の目に、鋭い耳を持っていた。まるでお話に登場するようなーー
「……エルフ?」
俺はボソッとつぶやく。
「エルフって、何それ!?」
少し怯えていたエマは冷静になり、俺の方向を向いて聞く。
「そうです。私はエルフ。そしてこの母神器『生命の木』の意思です。」
俺が言おうとするのを遮り、少女は歩き出してそう言った。
「……まさか、母神器ってこの木!?ただの木だと思ってた!!」
中庭に生える巨大な木、その木は大きいがそれは地球には無いこの世界特有の巨大な木と考えていた。母神器がこんなに近くにあるというのはエマにとってはかなり灯台下暗しだろう。
「はい。私は『生命の木』とあなた達を繋ぐ『ハシラビト』です。」
ハシラビト、扉の精霊や盃の悪魔と同じく神器に眠る存在といったところだろうか。
「扉の精霊も、盃の悪魔もそのハシラビトってわけか。」
「はい。ハシラビトである私たちは神器に祈りを込めた人に対して、この様に神器の意思を代弁することができます。」
「神器に意思があったなんて……!」
エマがわかりやすく驚く。
「はい。その通りです。」
「急にこの場所に呼んだのには訳があるんじゃ無いのか?俺は何も祈ってないぞ……」
俺はそのエルフに対して聞く。祈った人に対して代弁するのであれば、今回この場に呼ばれた理由は謎だ。それに、エマは神器に触れてすらいなかった。
「そうですね本題に入ります。樹さん、エマさん、槍を取り返して頂いてありがとうございました。あの槍はあなた方が石板で見た通り、この古城にあったものです。」
「……そう言うことか。勿論だ。故郷に帰るためなら俺はなんだってするつもりだ。」
「ご協力感謝します。」
「俺は扉の精霊に頼まれたが、どうしてお前が知ってるんだ?」
扉の精霊に頼まれたのに、母神器のエルフから言われるのは確かに謎だ。
「私達神器はこの空間を通して繋がっています。なので、彼らの意思は私の意思の影響を受けています。」
「なるほど。」
扉が先か、この木が先か。それは分からないが自由に繋がれると言うわけか。
「ところで、なんで貴方は守護神器を樹に集めさせてるわけ〜?」
エマは横目でそのエルフに質問する。
「今はまだ詳しく言えませんが、テトラビアを守る為に必要なのです。」
そのエルフは言葉を濁すようにそう言った。
「もしかして、未来が見えたりするのか?……守る為に必要なら危機がわかるはずだ。今こんなに平和なテトラビアに攻撃的な槍のような神器が必要な理由がわからない。つまり、未来が見えると言ったところだろ?違うか?」
俺は考えた通りに言い放った。
「ええ。よくお分かりですね。私は過去から未来、更に数多ある別世界をも覗くことができます。」
母神器こそがこの世で一番のチートか……不死なんてちっぽけな程に。
「並行世界や未来を見て、俺たちを世界を救う方向に導いているって言うことか?」
「そうです。この問題を解決できるのは、数億通り以上で千歳樹。貴方しかいませんでした。なので私達神器は貴方を呼んだのです。」
「……なるほどな。俺はもう運命に身を委ねると決めた。あんたの望み通りに動くさ。」
もう、過去に囚われすぎない。俺はただ、今を生きる。
「ありがとうございます。最後に何か質問はありますか?」
「じゃあ、次はどうしたらいい?導いてくれよ。」
このエルフが俺を頼るならば、俺にもこのエルフを頼る権利があるはずだ。
「メアリー・ホール。彼女を頼りなさい。そうすれば、次なる守護神器に出会えるでしょう。」
そのエルフがそう言った途端その空間は光に包まれた。
……目を開けると、俺とエマは古城の門の前にいた。
「……さっきまで中庭にいたのに、瞬間移動?やっぱり神器ってすごいね!」
エマは感心していた。
「いや、感心している場合じゃないぞ。早く槍を取りに行かないと……博士に悪い。急ごう。」
「そうだね!」
俺とエマは急いで階段を降りていく……
* * *
「……貴方は誰ですか?」
急に私の目の前に現れた人に対して聞きました。
その男の人は結構な巨体で筋肉があり、かなり戦闘経験がありそうな、私とは反対の世界に住むような雰囲気を感じます。
「俺はダガラン人、ダン族のガイだ。樹、いやその槍に用がある……護身用のために……」
鳥人の男、ガイさんは私の槍を力強く掴み私から奪います。
「この槍は元々テトラビアのものじゃないんですか?ダガランに返せ、と言われましても返せませんよ〜。」
「勿論。そのつもりは無い。」
「なら良かったです。よければ、この槍を樹君に届けてくれませんか?」
ガイさんは私の方を見て軽く頷きます。
「いいぜ、その願い受け取った。」
私はエマちゃんと樹君が行った場所を指差します。古城です。
「あの廃墟に樹はいるのか……わかった。今から飛んで行ってくるぜ。」
ガイさんは私に任せな!という感じで手で合図し、飛び立とうとしました。
「ありがとうございます。」
私は軽くお辞儀しました。
ガイさんはその腕についた羽で飛び立ち、樹君の元へと向かっていきました。私はその様子を手を振って見送りました。
* * *
その男、ガイは突然やってきた。
「おーい!樹!エマ!!」
俺とエマは空から聞こえてきた声に気づき、階段を降りる足を止める。
「……ガイ!!それに、どうして槍を持っている!!」
俺はガイの手にある槍をみて睨む。
「……ガイもカイライ家なんだろ?その槍で、俺たちを倒しにきたのか!?」
そう俺はガイに言い放つ。ガイも危険人物だ。
「……そっか。ガイさん、ルーさんの弟だっけ……」
エマは思い出した様に言う。
俺は懐のナイフに手を掛ける。
エマも同じ様に、構えて攻撃体勢に入る。
「おいおい、そんな気はない。安心してくれ。」
ガイはその羽を羽ばたきながら俺らの元まで寄ってくる。
その羽ばたきによって、周りの木々が揺れる。
「……じゃあ、何しに来たんだ。てか、カイライ家は捕まったんじゃ無いのか!?」
俺はナイフから手を離すが、未だ信用していない。姉があの様だったのだ。一家としての悪事がある以上、ガイを信用できなかった。
「ああ。俺もルーと同じで拾われた身だ。それに姉との血縁もないし、カイライの悪事には関係なかったからな。咎められなかったぜ。」
ガイはそう言ってその場に降りる。
「……本当に、馬鹿な義姉が申し訳ない……」
ガイは、その場で土下座をしだした。
意外だった。姉と違って、ガイは想像以上にいい人だ。
「……そしてお願いだ。この俺を、助けてくれ。」
「何があったの!?」
その予想外すぎるガイの発言に対してエマが驚く。
「俺は今、追われている……」
その時だった。辺りの木々は揺れ始め、あたりに異様な雰囲気が広がる。
「いたぞ!!カイライ家のガイだ!!今までの恨みを晴らせ!!」
数人のダガラン人が、俺たちを上空で取り囲んでいた。
「こいつらだ。カイライ家によって嘗て被害を受けた、ダン族の奴らだ。俺に対して殺意を抱いているんだ。」
俺とエマ、ガイはそれぞれ自分の持つナイフや剣に手を当て、戦闘態勢に入る。
……その刹那、超高速でその内の一人は俺たちの横を通り過ぎ、槍を奪って行った。
木々はその風で揺れ、俺たちも風圧を受ける。あの時と同じだ。
「冥土の土産に教えてやる。この『速度の証』は元々我らマラ家がテトラビアから持ってきた技術で開発した証だ。カイライ家に会社が買収されなければ、我らはずっとその威厳を保てた。だからその恨みだ!そこの人間も、共に消えろ!!!」
そのダン族の戦士は足のアンクレットを俺たちに見えるように見せつけながら、そう言い放つ。
……その瞬間、空には無数の光の槍が現れた。