第009話 生命の輝き
「分かった。引き受けよう。」
俺は歩き、将軍ギルから槍を取ろうとした。しかし手を伸ばした瞬間、俺の心臓は貫かれていた。
「樹!!!!!!」
エマが叫ぶ。
俺はそれと同時に振り向く。
「……はっ」
俺はそこにいた人を見て驚く。
「……まさか、……お前が、内通者だった、、のか。……ルー!!!!」
俺に対して剣を刺したのはルーだった。
強烈な痛みを感じながら、遠のき始める意識の中で、俺はそう叫ぶ。
俺は動けなくなった。……死んではいない。普通なら死んでいる筈だが、不死の力で生きていると言ったところか。意識だけがあり、体が動かない状態だ。周りからはまるで死んだ様に見えるだろう。
ルーは鳥人の脚力で一瞬で近づき、俺を刺したようだ。その様子はエマやオードでも見えなかったらしい。
「ルー!!信用していたのに。」
オードは剣を抜き構えの体勢に入る。
エマは俺に駆け寄ってくる。
「それ以上動くな、お前達も殺すぞ。エマ、オード。」
ルーは俺に剣を刺したまま、そう言った。
「おい。ルー、どういうことだ。なぜ殺した。」
ギルが言う。ルーが内通者だったと言うことは、ルーとの繋がりがあったと言うわけだ。
「何が聖書に登場する勇者だ、馬鹿馬鹿しい。私は元から自分の為に動く。内通者ではあるがあなたの道具ではない!!」
ルーがそう言う。
ルーとギルは何か解釈の違いか、何かがあったようだ。
俺に対する攻撃は将軍の意図ではないようだ。俺の傷が少しずつ癒え始めているのは、誰も気づいていない。
「お前らの幼少期、ガラ族の集落で貧しい生活してたお前を助けたのは誰だと思っている。」
将軍は”ガラ族”のルーを元からスパイにする前提で助けた、っていう事か。
「将軍、いや貴様は何か勘違いしている。私は、元から”ダン族”だ。そしてこの国の裏社会を牛耳るカイライの一族。」
ルーはダン族だった。しかもそれは利用していた将軍も知らない事実であり、もっと上の人物に命令されていた、というわけか。いや、それ自体ルー自身の意思なのかもしれない。
「カイライ、この国を裏で牛耳っているって噂の大企業の……都市伝説ではなかったのか。」
オードが言う。オードはその構えを辞めない。その眼はルーを殺すような威圧感を放つ。
「まさか、貴様が虚偽の報告をしたのか!?ルー!!」
「ああそうだ。普通ならあの槍でアジトは壊滅し反乱軍は終わりだった。私がずれた座標を報告した。」
「……槍の使用が察知され、防衛された結果だと思っていた。ルーの仕業だったのか……なぜだ。」
さっきの槍、ギルは偶然全滅させれなかったと思っていたようだ。しかし、その真相はルーの虚偽の報告だった。
「私はこの戦争が終わると困る。儲け話を自ら無くす訳……無いだろ??私たちカイライ家が牛耳り続けるために、ダン族とガラ族は平和になってはいけないし、ガラ族が消え去ってもダメだ。だから私はガラ族を絶滅から守った。」
狂っている。それもギルよりもタチが悪い。自分たちの利益の為だけに戦争をさせたがっているのだ。
「……なんてことを。」
オードが呟く。
「ギル、お前には将軍という役者としてずっとダン族をまとめて、ガラ族と戦争を続けていればよかったものを。だがその意思がないと分かった今もうお前にも用は無い。新しい役者を作る。消えてもらおう。……勿論、エマとオードもだ。」
ルーは俺に刺さった剣を抜こうとする。
俺は咄嗟に力強くその剣を掴む。
「な、確かに私はお前の心臓を貫いたはずだぞ!昨夜の出発前、お前達の鼓動を確認して心臓の位置は確認した。間違ってるはずがない。」
「……残念だったなルー。俺は不死だ。それが俺の能力だ。」
「……意味不明なテトラビアの異界人め!」
ルーがそう貶す。
オードは俺の能力に対して衝撃を受けていた。
「樹!!!よかった!!」
エマは安心したからか、飛び跳ねてはしゃぐ。
「さあ、死なない俺にその話を聞かれた以上、お前はもう終わりだ。」
俺は強気に言い返す。
俺に力で勝てないと感じたルーは剣を諦め、将軍の持っていた槍を咄嗟に奪う。その動きは相変わらず一瞬だ。
「速い……」
ギルはそう呟く。ギルはその風圧に一瞬よろける。その隙にギルは全身を攻撃され、死んではいないが、致命傷を負う。
「お前にはこの戦いを最後まで見ていてもらおう。それまでは死なせない。」
ルーはギルに絶望を最後まで与えてから殺したいようだ。
ルーはエマの背後に行き、その首に槍を当てる。
……エマを人質に取られた。
「ガラ族は森林に住んでいたから遅いが草原に住むダン族の中でもその速さは異常……いやまさか、聖書に登場する俊足の脚……。」
口から紫色の血を吐きながら、ギルがそう言った。
「そうだ。冥土の土産に教えてやろう。私の力はこの脚の道具により常人を超えたのだ。」
ルーの右足には宝石の様なものが付いたアンクレットがつけられていた。それがその素早さの正体だろう。
「いくら不死とはいえ、この槍の力なら一瞬で体を消し去れるだろう。体が回復しなければ動けないことはさっき分かった。不死というより、超回復といったところだろう。」
実際にどうなるかは分からないが、ルーの言う通りな気がする。ルーは将軍から奪った槍をより強く握る。
「私のことは大丈夫!!ルーを止めて!!」
首元に槍を当てられ、自分ではどうしようもない状態となっているエマは言う。明らかに大丈夫ではない。
「……できる訳ないだろ……」
俺は呟く。エマを殺させやしない!いや、死んでほしくない!ルーはその槍を構えて使う動作に入る。
「おいおい、やめておけルー、その槍はお前の身にも被害が及ぶぞ。」
ギルがルーに対して警告する。
「どうせこの距離じゃピンポイントで狙えないから、槍が降り注いでこの場にいる人全員が死ぬっていう事か。それなら結構。残ったカイライ家の人が私の意思は継ぐ。」
警告はルーに対して意味をなさない。
ルーはエマを殺すのは勿論、俺達をを倒して自分も死ぬ気なのか。
「使い方は調べが付いている。願いを込めれば良いのだろう。」
ルーはエマを人質に取ったまま、願い始める。
俺はルーからもらった剣を放し、懐からナイフを取り出し、咄嗟に投げる。
そのナイフは槍の上部に命中する。
「……カラン」という音を鳴らしナイフはその場に落下する。ルーの持つ槍も弾かれて落下する。
願いで動く神器も、その願いの伝わりを妨害すれば、効果が現れることはない。
「やめろ、はなせ!!!」
その一瞬の隙を見計らっていたオードは右手で、ルーの槍を掴みに行く。左手は剣を持ったままだ。
「ナイス樹……ってうわあああ!!」
その瞬間を見て、エマが脱出する。脱出できたとはいえ反動でエマは転ぶ。体勢が良くなかったのか、受け身を取れずエマは吹っ飛び、壁に激突する。しばらく復帰できそうにない状況になった。
「エマ!!!」
俺はエマの方を見て心配する。
「私のことはいいから!!」
エマのことを助けたい……!!俺の足はエマの方へ向く。
だが、決意したはずだ。身を犠牲にしてでも助けると……本当に助けるのなら、生きてることが確定的なエマよりも、ルーを止めることが先ではないのか?ここでもし、エマの元に駆けつける、それこそエマを殺すことになるのではないか。
そう思った俺はエマの言葉を信じる。
そう決意して、俺は落下したナイフを掴み直す。そしてオードと拮抗しているルーの腕に対して斬り掛かろうとする。
俺と同時に、オードはその剣でルーの脚を狙う。
しかしルーはその謎の力で増幅されている脚力でナイフも剣も、素早く蹴り返し弾く。
「なに!?」
剣を弾かれたことでオードはよろけ、槍から手を離す。その上、ルーの蹴りが顔面に当たる。
俺もその脚から放たれる蹴りの衝撃で吹っ飛び、ガラスを突き破りバルコニーへと飛び出す。
「硬すぎる……」
オードはそう言い残し、気絶する。
確かにオードの剣は芯を捉えていたはず。無傷なはずがなかった。
しかも、その剣は金属に当たったような音を鳴らして弾かれた。
「……私の脚に剣は通らない、さあ終わりだ。」
その場にいる全員がルーに負けた。全員生きているが、致命傷か、気絶している。
そんな状況で、またルーは願い始めた。
至る所にガラスが刺さり、流血している俺はまた体が動かなくなっていた。
不死とは言え、その力がありながらエマやオードを守れなかった。俺は所詮、ただの日本人で戦争経験なんて無い。それを見せつけられた。まだオードの方がしっかり戦えていた。……俺は無力だ……エマ、ごめん。
朦朧とする意識の中で、俺は自分を責める気持ちで一杯だった。
最上階の部屋には数多くの光の槍が現れる。
「永久に眠れ。お前達。」
ルーはそう言って、槍を振りかざす。
夜の中、太陽のように明るくなり最上階は光に包まれる。視界が奪われた。……そのルーの様子は微かに見えた。
俺たちは負けて、死ぬのか。そう覚悟した。
「……護れ。」
ルーが槍を振った瞬間、その声が聞こえた。辺りには槍を囲うように透明なバリアが現れる。
光が晴れた時、そこにいたのはフェイ、ヨーク、それにダリだった。
「遅れました。よく持ち堪えましたね、樹さん。エマさん。」
フェイの後ろには多くの人が居た。政府関係者だろうか。
俺は無理に立とうとする。
「おっと、危ない危ない。」
猫背で、か弱そうなヨークの腕で俺は支えられる。
なんとか、不死の超回復で俺は回復した。
「ルーと、エマ、ギルはどうなった?」
俺はヨークに聞く。
「エマとギルは死んでない。ルーなんて、居ないけど……?」
ルーがいた場所を見ると、足元に付いていたアンクレットと槍を残し消えていた。跡形も無く。
槍は政府関係者と思われる人によって調査されている。
「ルーがいたのか。私のバリアが間に合わなかったかも知れない。本当に申し訳ない。」
フェイは俺の元に来てそう謝る。フェイの指には不思議な形をした指輪がつけられていた。
「いや、ルーこそが槍を使い、俺らを殺そうとした張本人だ。」
俺はすべての経緯を話した。
「なるほど……カイライ一家ですか。後のことは私にお任せを。」
フェイは自信満々にその場を去っていった。
エマも元気になったみたいだ。
「……樹、私を助けてくれてありがとう。」
「俺はナイフを投げただけだ……それにエマに怪我を負わせてしまった。申し訳ない……」
俺はエマに向けられる顔はなかった。別にエマを助けるその決意をエマに伝えていた訳ではなかった。俺自身の無力さに俺は負けたのだ。
「そんなことはない。樹は私のヒーローだよ!強がる必要もないし、私を気遣うのも良いけど私にも樹を気遣わせて欲しい。無理はしないで。」
エマはそう言って、俺の頭を撫でる。
俺は不死だから、エマは無力だ。そう思っていた。それは間違いだったのかも知れない。身体的には弱くても、エマもしっかり強い人だった。それを今回実感した。エマを信用して全てを抱え込まない。それこそがエマの願いなら、それを受け入れよう……
そう決意した。
「……これで、全て終わりか。」
そうやって、俺とエマはバルコニーから城前の様子を見る。
「いや、広場の戦争は終わってない……もう、昨日の槍のせいで反乱軍も政府軍も歯止めが効かなくなってるみたいだ……」
ヨークはそういった。俺にとってそれは衝撃的だった。敵の本陣に、将軍を捕まえた情報はもう下に伝えられていてもおかしく無い時間だ。
「……どう足掻いてもこの憎しみは終わらないのか!!」
俺は歯を食い縛る。この状況から平和に導くことはできないのか……
「……いや、俺がこの戦争を終わらせる。」
俺とエマはその声の方向を見る。
そう言って俺たちの横を通って行ったのは右手には槍を持ったオードだった。オードはガラスが飛び散るバルコニーを進む。
俺はそんなオードの方に顔を向けて見つめる。
夜明けが来ていた。オードの姿は逆光で俺の目に入ってきた。
「何を……」
俺はオードに問い詰めようとするが、ヨークは俺の肩を掴み止める。
俺はそれに振り返ると、ヨークは首を振って俺に何もするなと伝えてきた。
「……聞け、皆の者。戦争は終わりだ!!将軍とカイライ家は歴史に消え去ったガラ族を弾圧しこの国を戦争へと導いていた。しかしそれはたった今、終わった!!この国は変わったんだ!!政府軍、お前達の目の前に居る反乱軍は珍しいダン族何かではない!!ガラ族という種族だ!嘗て、共に戦った同志だ!!ーー思いだせ!!!」
オードのその叫びはヨークの持つ紙電晶を通してダガラン国内全土に放送されていた。
その言葉で、広場の戦闘は次第に終わっていった。
「ーーゆ、勇者様!!」
一人の政府軍がそう声を漏らす。それが波のように伝播して行く。
広場の政府軍も反乱軍も、羽の折れたオードを真の勇者として、祈るように座り始めた。
「あの二つの種族がいがみ合っていたダガランが、一つに纏まった。」
信じる力というのは強い。そう思い知らされた。
「今日から、この国の将軍はこのオードが務めさせてもらう!皆、新しいダガランを共に歩もう!」
オードの言葉はダガラン全土へと広がっていく。その夜明けは、ダガラン全体を黄土色に染めて行った。
その日、ダガランを裏で操っていたカイライ一族は全員捕縛され詳しい取調べが行われた。槍を護衛軍に使わせたギルも捕まった。
治療が終わった俺たちは帰ろうと、城前広場のアクセスポイントの鏡へときていた。
ーーそして広場では……
「槍を持ち込んだという貴方にも勿論、話があります。ダリさん。」
「お前は最高警察官、いやかつての親友の……」
「そうです。お久しぶりですダリ。武術学校以来ですね。」
この国で、司法・警察の最高権力を持つ人もガラ族の人だったようだ。
「貴方達反乱軍はいつか自由な国を取り戻してくれると信じていました。政府関係者もマスコミも、警察も民衆も、全てがガラ族を思い出し、人身売買を裏で操ったりなどの悪事を働いていたと思われる官僚は全員捕まりました。貴方達の勝利です。」
ダリと最高警察官の男は腕を交わした。
「それに、貴方の家族は収容所でまだ生きてます。」
その衝撃的な事実に、ダリは泣いていた。
「よかったね!ダリさん!!」
その様子を見てエマが言う。
「そうだな!」
俺たちはその様子を後ろに、鏡に入ろうとする。
「おーい、待ってくれ。この槍が必要だろ?樹。持ってけ。」
テトラビアに帰る鏡の前で、オードはそう言って俺に槍を手渡した。
「いいのか。俺に渡したらもう聖書に登場する勇者じゃないぞ。」
俺とエマはオードが将軍としてしっかり威厳を保てるようにする為に、槍は持ち帰らないことで納得していた。
まだ他にも守護神器はあるはずだし、友好関係を築けた以上いつでも取りに来れるから、日本に帰りたいとは言え今すぐもらう必要はないという結論に至ったのだ。
「いいんだ。将軍として宗教に頼らない本当の信頼を得て見せる。それと樹、これも持っていけ。」
俺はルーのつけていたアンクレットをオードから貰った。その決意したオードの目は本気だった。
「良いのか?このアンクレット、調査とかしなくて。」
俺はオードに聞く。
「よく見てみろ。その印、それはそのペンダントと同じだろ?それにフェイによると他にも目撃情報があるらしい。つまり、それはダガランで量産されたテトラビアの技術な可能性が高い。樹、エマ。将軍の権限で、お前達にそれを授ける。」
オードは俺たちの首にかかっているペンダントを指差して言った。
俺とエマ互いを見る。
「神器につながるものかも知れないし、良いんじゃない?」
エマが言うならいいか……
「わかった。ありがとう。」
俺はお辞儀する。
「またいつか来い。その時には立派な国にしてみせる。」
「ああ、頑張ってくれ!」
「絶対来るから!!」
俺はオードと拳で挨拶を交わす。
そして、鏡に開いた渦の中へと入った。
……俺達は、何かを忘れているような気がしながらテトラビアへと帰った。




