第100話 私と君の再会
最後までこの作品を読んでいただき本当にありがとうございました。
3ヶ月と少しという短い間でしたが、ここまで辿り着く事ができました。
まだ一応特別編が残っていますが、物語としては正真正銘の最終話です。
それでは、最終話をお楽しみください。
「……おぎゃあ……!」
元気な声と共に、私たちの子供は産まれた。
9月2日。その日に元気良く、キサキは産まれた。
「……マジか……」
その姿を見て、樹は喜び……落胆した。
だってその姿は白髪で、青眼で……私そっくりだったから。
「……魔王様!!?」
その情報は直ぐにグレートグレンデ全土に渡った。
『魔王が人間との子供を産んだ……』
その事実は魔族の世界を大きく揺らした。
勿論、私の元へは様々な問い合わせが届いた。
毎日の様に魔王城の前には押し寄せる人々で溢れかえった。
「……私は、本当は人間です。今まで騙してごめんなさい。ですが、私はこの国で魔族のことを知りました。魔族は人間が思っている様な、悪い人ばかりではありません。いい人ばかりです。私は魔王の事も、勿論魔族の事を愛しています。だから、手を取り合いましょう。私たちで、新しい未来を作りましょう。」
私は公の場で、初めて聖女の姿となってそう喋った。
その言葉は、魔族と人間の歴史を大きく動かした。
『人間が、魔王と結婚して魔王の子供を産んだ……』
その事実は人間の世界にも伝わっていった。
その事実に興味を持った人間達は魔族の元へとやって来たりと、魔族との関わり方も変わっていった。
私たちの子供は、結果的に魔族と人間を繋ぐ希望……となった。
それから数年経ち、人間と魔族の交流は盛んになり、テラリスは4000年以上の時を経てようやく一つに纏まる事ができた。
ファレノプシスの願いは……やっと実ったのだった。
ーーー
キサキももう、成長してた。
今年で3歳になる……
「ねえ、お母さん!!こっち来て!!」
「あらあら……ちょっと待ってね……」
ある日キサキはそう言って私のことを呼んだ。
キサキについて行くと、その先にはアレがあった。
「……え、どうして……これがここに……」
「分かんない……なんかあった!!」
それは私がずっと探し求めていたテトラビアへの扉だった。
その渦巻く扉は、キサキによって見つけられた。
どうして、彼女の元にその扉が現れたのかはわからない。
……平和を求める人々の想いが、集まるきっかけになった存在だからかもしれないし、人間と魔族のハーフっていうクレオールだから……と言う可能性もある。
どちらにせよ私たちはその扉を見つけた。
私と樹はエマが見つけたその扉の先へ、状況を確認しに入った。
「……久しぶりに帰ってこれた……かな。」
出た場所はオーセントのあったであろう、場所だった。
木に……樹の母神器に侵食された結びの扉から出てきた。
「帰ってきたな。ここは俺も覚えてる。」
この時間は……いつの時間だろう。明らかにアルマードと戦った直後ではなかった。
街は消え去り、オーセントが嘗てあった場所はただの平原になっていた。
「……そうだね。久々に行こうか。命界に……」
「……そうだな。俺の記憶の謎もわかるかもしれないし……」
そうして私は魔王の樹と共に嘗ての樹の母神器……に触れて命界にアクセスした。
私と樹は無事、命界に入れた。
「……ようやくここまで辿り着いたな……エマ。」
私達の前にその樹は現れた。
「お前が、俺なんだな……」
「……ああ。今までありがとうな。月下イツキ……ちょっとじっとしていてくれ。」
「……わかった。」
そう言って樹は魔王の樹の頭に手を添える。
その瞬間、命界の中で二人は一つになった。
「……どう言うこと?」
「……月下イツキは俺自身。正確には新しい人間だけど、ヴィクトリアが作ってた魔法統括システムみたいなイメージで問題ない。」
「なるほど……?」
やっぱり、樹だったんだ。私の目は間違いなかったんだ!
「俺自身はテトラビアより外の世界に出ることはできない。干渉するにはこれしか方法がなかったからな……ありがとう。エマ。俺を見つけてくれて。」
なんか、複雑。魔法統括システムみたいに新しい生命を生み出すみたいなそういう特権を使ったっていうことかな。まあ、魔法統括システムとヴィクトリアが別物であったように、記憶を共有することができないから本当の樹ではないことは確かだけど樹な事には間違いなかった。
「記憶とかは大丈夫なの?」
「ああ。今までは分離してたから別々だったけど今統合した。今の俺は千歳樹であり、月下イツキ……って言う事だな。もう、グレートグレンデでのエマとの記憶もばっちりある。」
「……そっか。じゃあ、キサキは私達の子で変わりないんだね!」
ちょっと不安だった。月下イツキ……彼は別人なんじゃないかって。ミカちゃんみたいに、いつかいなくなったり、記憶が無くなったりするんじゃないかって、そう思った時もあった。
そんな疑問が解消された。
「ああ。勿論そうだ。」
「よかった……会いたかったよ。ずっと……!!」
私は安心して涙が込み上げてきた。
長い間溜め込んできたそんな気持ちが溢れてきた。
私は樹に抱きついていた。大好きだから。
「……ごめんな。ずっと一人にして……」
樹はそう言って優しく私の頭を撫でてくれる。
「……ううん。私こそ、ありがとう……イツキとして私の元に現れてくれて、本当にありがとう……。どうなるかと、本当に不安だった……」
私は暖かい樹の腕の中で泣いた。
「そうだな……こっちも随分と長い時間がかかっちゃった。待たせたな。」
「……ん?」
樹はそう、呟いた。
「エマは気づいていないかもしれないけど、今ここはアルマード達と戦ってから10億年近く経つ……それ程までに、祭壇の魔法水を戻すのに時間がかかってしまったんだ。」
「……そう、なの!?」
10億年、そんな途方もない時間を、ここで過ごしていたの……。
樹も大変だったんだ。私なんかよりも、ずっと。
「消えた水はヴィクトリアが制御していたように、母神器の力でテトラビアに天候を作って雨を降らせて何億年もかけて、化学反応を誘発させる様にして、ようやく魔法水が完成できた。」
「……そんなに大変だったんだ……ありがとう。」
「いいよいいよまたこうしてエマに会えた事が、俺にとっての幸せだ……それでだ。エマ、渡すものがあるんだ。」
「何……?」
樹は私を一旦離して、命界の空から紙を出す。まるでアールが魔法統括システムから紙を受け取ってた時みたいに。
私は樹からその紙を受け取る。
「これは?」
「それはこのインガニウムで出来てるメタバースの神……クロノスの力によって別世界や別次元……つまり並行世界に行ってしまった、テトラビアの住人の行き先一覧だ。10億年かけて……できる限り全ての時間や次元を神器の力で覗いて作り上げた……」
「……凄いね。凄すぎるよ……」
私は泣きながらその紙を握りしめる……孤独なこの世界で、樹はこんなにも頑張ってたんだ……
「だから、行こうエマ。俺……イツキと一緒に、みんなの元へ迎えに行こう。」
樹はそう言った。そう言うと思ってた。
「……勿論!」
私は笑って、そう答えた。また、テトラビアは生き返れる。樹のお陰で、生き返るんだ。
「と言うわけで、頼む。ヴィクトリア……」
「……ようやくですね。」
樹が言うと、聴き慣れた足音と共にその場にヴィクトリアが現れた。
一体何を頼むのだろう。
「……生きてたの?ヴィクトリア。」
「はい。どうやらクロノス曰く、ハシラビトとは死ぬと神になれる存在……らしいです。そんなわけで死んでしまった私はクロノスの後を継ぐこの世界の神になってしまいました。」
「……らしいよ。俺も最初聞いたとき驚いたけど。」
「なるほど……」
神……という存在は私たちにとっては到底理解できない存在なのだろう。
「母神器は俺みたいな神のなり損ないのいる命界にもアクセスできるからな……」
だから樹と、本当の神になったヴィクトリアはこうやって会話出来てるわけ……かな。
「で、少し話が逸れましたね、樹と同じように不老不死になりますか?」
ヴィクトリアはそう私に聞いてきた。
「頼みって、何かと思えばまさか……不死に?」
「ああ。そうだ。一緒に永遠になろう。」
樹と同じ時間を私にくれるって、彼女は言った。それは今の私にとってとんでもなく嬉しい呪いだった。
「……是非、お願いします!」
私は元気良くヴィクトリアにそう答えた。
「わかりました。」
「……本当に良かったんですか……ヴィクトリアさん。不死にしてもらえるなんて……」
「ええ。勿論ですよ。私はそもそもあなた達に非常に助けられましたから……その、恩返し……ですね!それに上位存在となった私はこの世界の運命を決めたりすることが出来ますから。私はあなた達の作る楽園を、夢を応援しますよ。二人で作り上げてください。みんなが幸せになれる、世界を。」
そうして、不死となった私と樹は……月下エマと月下イツキ……として命界から出て、出会った時とは反対に人間と魔族として再びこの世界で再会した。
ーーー
「おや、珍しいですね……人なんて……って樹さんですか。」
「……貴方は!!」
命界から出た直後、声をかけられて私はびっくりした。その顔にはよく見覚えがあった。
「ああ。俺は樹。」
「前はあのよくわからない空間からは外に出られないと言っていた気がするんですが……。」
「うーんと、一応これは分身みたいなもので、別のところに飛ばしていたから前は出られなかっただけだから本物ではないし、記憶の統合も必要」
「な、なるほど。凄い力ですね……」
彼は命界で樹と顔見知りだったのだろう。即ちこの月下イツキ……魔族の姿だと初めてと言ったところかな。
で、顕在にはタイムリミットがあるからこそ、樹はこのイツキを作り出した……ってことだね。
「彼は俺が魔法水を作り出してる間に偶然ここに飛んできてしまったんだ。」
「樹、どう見ても彼じゃないの?リン……」
私はそう樹に聞こうとすると、樹の手によって口を塞がれる。
「ん?……俺は名もなき旅人……侍……です。よろしくお願いします。」
彼は間違い無く山南リンドウだった……
「……彼はまだ、名前を貰っていないんだ。だから、口にしちゃだめだ。」
樹はリンドウに聞こえないよう小声で私にそう言った。10億年経ってるけど、リンドウさんはリンドウの名前を貰っていない頃の、人だって言うこと。これから過去に行って、リンドウの名前を貰う……そう言う事だった。
「名もなき……なんだね。」
私は呟く。
「そう。彼は記憶喪失なんだ。」
「はい。」
リンドウは暗い顔をしながら答える。今目の前にいるのは、ただの記憶喪失な侍さんだった。
「彼は凄いよ……ここに迷い込んで記憶を無くしたのに、結びの扉の次元を操作する為の祭壇を俺の代わりに直してくれたんだ。元々二つ壊れてたのをエマ達と一緒にフランから貰ったインガニウムで一つにしたけど、その残りのほうね。」
「へぇ〜……すごい。」
「……いえいえ。樹さんほどじゃないです……そんな10億年かけてまで失われた文明の為に……皆の為に行動できるなんて……」
彼は謙遜する。
魔法水は天候でなんとかなる問題だったけど、祭壇に関してはインガニウムが必要だからこそ、短時間しか顕在出来ない樹じゃどうしようも出来ない問題だったのだろう。
「で、行くんですよね。皆さんを探しに。前全員見つけたって言ってましたね。彼女が、例の人ですか。」
リンドウは私と樹に対してそう聞く。
「ああ。勿論。みんなを探しに行くさ。だから暫くここを留守にする。命界には一応本体の俺がいるから、寂しくなったら行ってもいいぞ。いつものように、な。」
「……そうですね。わかりました。」
全ての祭壇が揃った今、祭壇によって強化された最大の力を発揮できる結びの扉を初めて私達は使えるようになった。
私達は一度テラリスに帰り、テトラビアの存在を公表して移住者を募った。
……新たにテトラビアのあった地にできた国の名前は、テトラピア。
ヴィクトリアの目指した楽園を踏襲して……人々を繋ぐ楽園になるように……と、私達はそう名付けた。
そして私と樹は、さまざまな次元や場所、時間に飛ばされてしまったテトラビア時代の住人を連れ戻した。勿論、新しい国になってしまったし、その場所から帰らないことを選ぶ人もいた。それはそれでいいと思う。無理に彼らの生活を奪ってしまう方が、きっといけないから。
そうして、全ての住人を連れ戻した後に月下イツキは役目を終えて、完全に樹はこの大地……テトラピアを守り続ける母神器としての使命を果たすことに決めた。
私も、彼の巨大な「樹」の下に永遠に生きる女王として、永遠に残り続ける楽園を作るという使命を果たす事に決めた。
「……これからもよろしくな。エマ。」
「うん!勿論!」
……私と樹は、共にその楽園の守護者として、形や身分は違えど同じ時を過ごして行く。
こんな世界で、私達は永遠の愛を誓ったのだった。
* * * * *
……その楽園「テトラピア」
The country, in other words, the story they will spin from now on "Tales of Tetrapia" strongly inherits "Traces of Tetravia”.
……テトラビアの痕跡を色濃く継いで、その文明を踏襲しながらこの地に出来た新たな国、言い換えればこれから彼らが紡ぐテトラピアの物語。それはここから始まった。
……悠久の時を生きる人間の女王と、伝説に残る神によって作られたその国は、やがて人々に永遠に語り継がれる楽園となる。
その地は様々な人が行き交い様々な文化が、文明が発展する、そんな理想郷。
”A New Start”
これは、新たな始まりに過ぎない。
* * * * *
「人は皆宝物を欲し、楽園を求める。」
「家庭、仕事、お金……宝物を手にしている時こそ、その人にとっての楽園かもしれない。楽園は場所ではなく概念なのだ。」
「それは言い換えれば、楽園とは目指すものなのだ。楽園を目指す事こそが人の生きる意味なのだ。ある神はそう考え、楽園を目指す人々に無差別に神の力を分け与えたというそんな事もあったらしい。」
「私の知る限り、生命は心を持っている。心は何の為にあるのかと考えた事はあるだろうか。私はそれは幸せになる為……つまり個々の中に存在する楽園という物を手にする為に、目指す為に心は存在するのだと。私はそう思う。」
「争いという行為は、それぞれの楽園を目指すからこそ起きる衝突であると私は思う。それは心というものが齎した致命的で、普遍的な矛盾点なのかもしれない。そんな矛盾を乗り越えた時、人は皆、彼らのように上位存在になれるのかも……しれない。」
「この世は未知に溢れている。その未知を追跡し、道を切り開くのは今を生きる、私や貴方自身だ。」
……神の器の追跡者
……彼が嘗て手に取った本には、”そう”書かれていた。
ー完ー
本当に長い間ありがとうございました。
第十章特別編は前編後編に分けて投稿されます。
蛇足ではありますがそちらでは樹とエマ・ヴィクトリアのその先、この世界の神について、物語では語らなかった部分を語らせてもらいます。




