第096話 絶望的で
私は子供のエマ……かつての自分自身と共に人気の少ない山奥で暮らしていた。
あの迷いの森……と呼ばれていた場所、現グレートグレンデ領に、私達は住んでいた。
「……いい?永遠の地へは行ってはダメです!」
「は〜い。」
そう言って私はその小さな山小屋から幼いエマを外に行かせる。
もう、彼女と過ごして結構経つ。彼女自身10歳になっていた。
最初彼女と会った時は5歳くらいかな、と思っていたらあれでも8歳だった。
私もそういえば8歳くらいでグレートグレンデから離れちゃったんだっけ……
なんか、あの頃の私って泣き虫だった……
もはやあまり記憶なんて無かった。
……だってもう、自分は21歳……ここからエマが16になるまで育て続けた……ってことは、27歳……かぁ……
私がテトラビアに飛ばされたときがそれだから、少なくともあと6年はあのテトラビアには帰れない。それは確定。刀があれば違うのかもしれないけど……
そう考えると、時の流れって恐ろしい……
きっと樹は私の帰りを神器の中で、命界の中で待ってる……と思うけど、こんなに変わった私わかるのかな……それでも私は彼にまた会いたいんだけど……
とか勝手に思いながら日々を過ごす。
「……ただいま!!リリーさん!!」
「お帰りなさい。エマ。どうでした?」
「今日は使役魔法を練習した!!魔物の友達もできたよ!!」
「偉いね〜エマは。」
私はそう言ってエマの頭を撫でる。私はエマに魔法を教えた。未来は知っているからこそ彼女を最強の魔法使いにしたかった。
でもこの世界は変わらなかった。
樹が鉞を抜いたことを世界に知らしめて、2から3年。その効果は間違いなく感じられたが、人間の中にはやっぱり魔王による仕業。という考え方がやっぱり広がっていた。
山小屋に一番近い集落には度々立ち寄る。あの新聞を配っていたあの集落だ。
その集落は永遠の地にある。
「今日も、野菜かい?」
「はい。これと、これをください。」
「はいよ〜。」
地軸が変わった今、常に太陽の方を向く面と、常に暗闇の面がこの世界には存在する。
永遠の地っていうのはその丁度境目、適度な気温になる線のように広がる大地の事。
そこで人間は細々と過ごしている。
それに対して魔族は灼熱となっている太陽光を常に受け続ける面……に主に住んでいる。
だからこそ、人間の居住区である永遠の地に、子供のエマは行かせてはいけない。
私はそんな永遠の地の集落で物を調達していた。
「あの聖女さん……何やら嫌な噂があるわ。」
「え?そうなのか??」
「彼女、あの容姿と年齢で、独り身ですってよ!!」
「……えええ?あれで?あんな上玉で?」
「何やら悪い研究でも魔族領の森の中でしてて、人が寄り付かないんじゃ……って噂よ。」
「何だそれ……聖女じゃなくて魔女じゃん……」
「噂よ、噂!!」
なんか、私が帰る後ろで農家のおじさんと、よく分からないおばさんの変な噂話が聞こえた気がして一瞬振り向いたけど、気にせず森の方へと帰宅した。
「……はぁ、エマを育てている以上仕方なく此処にいるけどやっぱり私は魔族側に行くべき、だよね……」
魔族側に行ったらリカさんとユウさんがいる……からこそエマを連れてそっち側にはいけない……
少なくとも、エマが8歳になるまで……それまでは魔族側にも行けない……
だってエマ自身がより幼いエマと出会うことにもなるし、きっと問題が起こるから。私はそんな面倒に巻き込む気は無かった。
ーーー
ある日の事だった。
エマはその、人間の集落に行ってしまった。
「おい、人間の村に魔族が降りてきてるぞ!!しかも女の子だ!!高く売れるぞ!!」
剣を持つ男を筆頭としてパーティーを組んだ数人の人間が、膝を怪我したエマの前に、立ちはだかった。
「やめて!!この子は私の家族!!好きにはさせない!!」
「……ん?白髪青眼……聖女サマ???」
私はそんなエマを庇った。
「どうして聖女が魔族を庇ってるんだ?」
強面の武闘派な男が圧をかけるように聞く。
「この子は私の子。人に危害は加えない!!だから、帰って!!」
聖なる魔法を使える聖女や聖剣使いといった役職は、この世界では魔族の天敵。普通に考えればおかしい。
「それじゃあ答えになってねぇよ!!ああ???舐めてるのか??」
「世界が闇に包まれてから、人間はどんどん住処を失っています……勿論、お金も。私たちにもお金と、安寧が必要です。」
そのパーティーの魔法使いの少女はか弱そうにそう言う。
「この闇は魔王のせいなんかじゃない!!!」
「うるせえ!!そこをどけ!!」
「退かないなら、代わりにお前を斬るが、いいか?」
そのリーダーっぽい剣士の男は剣を光らせながら言う。
「……それって、ただの暴力じゃん!!」
幼いエマはそう叫ぶ。
「おお、この魔族の嬢ちゃん、よく分かってるじゃん。」
「そうだな、これが大人の世界だ。」
その剣士の男は笑いながら言う。
エマは怪我を我慢し、動こうとする。
「ダメ!!私を信じて、エマ!!」
私は、過去の自分自身を守るために、殴られた。
「ただいま!エマ!!」
暴力を振られても、どんな理不尽にも、耐えてエマには平気な顔を見せたい。私の顔は傷だらけ。
「どうして、やり返さないの!!」
家に帰るとエマにそう言われる。
「やり返したらダメなの、いつかエマにもわかる時が来るわ。」
私はエマの頭を撫でながら、そう言った。そういえばこんな事……あったね。
私はただ心の中で懐かしい記憶を思い出した。
ーーー
「……これと、これをください。」
「……まさか。魔族のことを庇ってたんだな。よくまたここに来れたもんだ。」
「……そうですね。」
私はその農家のおじさんにそう、言われる。
私はエマを育てるためにここにきて買い物をするし、森の素材を売ってお金も稼いでいた。
けど、もう魔族を育てているという事も、全てがバレてしまった。
「……あんたはこの異変は、永遠の地ができたことは魔王のせいじゃ無いって、そう思ってるんだよな。」
そのおじさんにそう話しかけられる。
「……はい。」
「だからそうやって、魔族だろうが、敵だろうが庇うんだな。」
「……はい。」
そのおじさんは肘を机につけながら私にそう話しかける。
「そうか……ならまた来い。いつでも俺は売ってやる。」
「……え?」
私はその予想外の答えに驚く。
「そんなすげー奴。あんたしか居ねえよ、誇り持って生きろ。そうだろ?」
「……ありがとう……ございます。」
彼は大袈裟な手振りでそう言った。本音、なのかな。
「……でも魔女だって……そう、噂が流れてます……よね。」
「確かに、それはそうだ。けど、俺はあんたのことを信じるぜ。」
「……ありがとう、ございます。」
彼は笑って信じるって言ってくれた。私の目からは自然と涙が出てきていた。
「……お、おい、泣かせる気は無かったんだけどな……」
「い、いえ……私が勝手に悲しいような……嬉しいような気分になってるだけ、です……」
「そうか……いつか来るといいな。魔族と人間が共に過ごせる、そんな時代が……」
その笑顔は、私にとって眩しすぎた。
こんな私でも、受け入れてくれるこの星の人間……居たんだって。そんな事を初めて思えた。
テトラビアの人よりも、問題の大きさ的に私を受け入れてくれるのが難しそうなのがこのテラリスの人々、そう思っていた。
それを通して、この絶望的な状況でも良心が残った人間だっていっぱいいるし、逆にそういう魔族もたくさんいる……どうにか出来ないかな……と私は思い始めた。
エマが旅立ったら、人間側で生きてみようかな……私はそう思う様になった。
それから6年の月日が経ち、エマは16歳になった。私はもうすぐ30……時の流れって凄く残酷。
「……永遠の地へは行ってはいけませんよ。」
「わかった!行ってきます!」
私はいつも通りそうエマに伝える。
あれから懲りたとは思う。けど毎日のように彼女を外に出すときは伝えていた。
でも、それが最後の会話になるとは思ってなかった。そんなに呆気なく、彼女との別れが来るなんて思ってなかった。私も育ててくれた私自身の元から離れたから、わかってはいたはずなんだけど自分の記憶を見ないふりをしていたんだと思う。
……その日を境に彼女……昔の私は、2度と私の元に帰ってくる事はなかった。