第008話 戦争を終える転機
「……誰の事を言っている、お前達?巫女の名前は、ジェーン・ホールだろ?」
俺たちとの認識の差に、ダリは困惑する。勿論、その回答に俺たちも困惑した。
「少なくとも私が来た2年前からカーラは巫女だった!私を最初に導いてくれたのもカーラ。だからそんな人は、知らない……」
テトラビアの扉はどこにでも移動出来るが、時間移動はできないと聞いた。ダリは1年前のテトラビアから一年前のダガランに帰還した筈だ。つまり、そのジェーン・ホールは忘れ去られたのか、エマが勘違いをしているのか。
しかしそもそもダリは扉に導かれし者でありながら、故郷に帰れた人でもある。その点もかなり謎だ。
「俺はできればその巫女と会ってその意図を知りたかったが、俺には渡航権がない。それに今はこの内戦を終わらせる方が先だしな。」
「テトラビアから来た私たちでもそのジェーン・ホールは分からないかな。」
空を見上げながらどこか憎みというか、悲しみというか、言葉では表現できないような表情をするダリ。
「……そうか、ありがとう。」
ダリは険しい表情で俺たちを見る。
「本来部外者であるエマと樹が反乱軍に加担してくれる事はとてもありがたい。ただわかって欲しい、こんなことがあった俺はお前達テトラビアからきた人を簡単に信じることはできないんだ。それだけは念頭において、今回の作戦を聞いてくれ。」
俺とエマの方を向き、お辞儀をしながらダリはそういった。
謎が残るとはいえテトラビアの人に利用され、愛する家族を失い、さらに自分のせいで同志を失い続けてきた。そんなダリのことを思えば俺たちを信用できないのも納得できる。
寧ろ、今までよく反乱軍の長を続けて来れたと感心する。……俺がその立場なら、自分を責める形で引き篭もってしまうだろう。その点、その憎しみと責任感を逆に自分の力とする、その精神力は見習いたい。
ここは戦場だ。自分は不死の呪いを受けているがその効果が本当かは分からない。本当に不死ならば俺は自分の身を挺してでも他人を守るが、いつエマや知り合いの身に危険が及ぶかは分からない。もし戦場でそうなった時、かつての様に人の死や負傷を嘆いていたらやられることは確実だ。ダリの様にその悲しみを力に変える、そうやって割り切らないといけない。いつまでも弱虫ではいられないのだ。
ダリの話を聞いて、俺の考え方は変わりつつあった。
「分かった。」
俺とエマは深く頷く。
ダリは最初に座っていた椅子に戻り、ポケットから取り出した紙電晶を反乱軍のメンバーが囲む机に広げる。
「それでは、作戦会議を始める。次の攻撃がさっきも言ったが恐らく最後の反乱になる。」
海翔にて反乱をしていたオードやルー、ガイ等の50名程を合わせても、反乱軍の人数は200人に満たなかった。この戦争が始まる前で1000人ほどまで数を減らしていたと言うガラ族、一昨日の北砂ではどれだけの反乱軍が、ガラ族が死んでしまったのだろうか。
「作戦を伝える。北砂から帰還した政府軍の中に槍を持った将軍がいたと言う情報がある。その情報を元に樹とエマを含む少数人は城へと裏口から侵入し、直接将軍と会い、槍の使用を阻止し、そのまま槍を入手してくれ。頼む。」
「分かった。」
俺は頷く。
「また、第二・第三小隊はいつも通り、政府機関・警察・メディアへのコンタクトを取ってくれ。頼んだぞ。フェイ、ヨーク。」
「勿論です。」
「ああ。」
メガネをかけ、ダガランに似合わないスーツ姿をしている女性の鳥人のフェイと、ヨークというらしい猫背な男の鳥人は紙電晶を弄りながら言う。……凄くパソコンに強そうだ……。
「今回は、一昨日の槍に関する情報を裏付けとして将軍を戦争犯罪者として説明を行え、議員の地位を生かして野党にその情報をリークすることも忘れるな、次の議会で将軍を陥れろ。」
フェイはメガネをクイっと上げて、合図する。作戦の内容から察するに、彼女は議員のスパイか何かと言った所だろうか。
「第四から第七小隊と海翔のメンバーは城前広場に。第八から第十小隊はメインストリート、と東側の那都都立公園にてそれぞれ50人ほどで反乱を行ってもらう。いつも通り、狙撃で戦力を減らしてからの地上戦をしてもらう。間違っても民間人だけは撃ち抜かないように。ただ、今回に関してはなるべく樹たちが城でバレないように人員を割かせるのが目的だ。第十一小隊は負傷者の手当てに当たってくれ。後槍は空から降ってくる以上、なるべく視界が遮る場所を選んで戦うことも忘れずに。」
今日軽く視察してきた。那都のメインストリートはコンクリートジャングルだった。まるで海翔のジャングルがそのまま都市へと変わったような形で、那都都立公園には木々が溢れる。槍対策は万端だ。城前以外はしっかり対策を取れている。
「また知っての通りダン族は夜行性じゃない。だから明日の深夜この計画を実行する。いつも通り民間人になるべく紛れ込み、そこから急に奇襲を仕掛ける。明日の昼までに装備は準備しておくように!」
反乱軍の皆は掛け声を出し、士気を高める。
それにしてもダン族は草原に住み肉食で、夜行性ではない。それに対しガラ族はジャングルに住み草食で、夜行性。それほどの違いがあるのに、見た目としては目元しか違いがないのは中々に興味深い。
……その瞬間、空から無数の光が降ってきた。槍だ。
「な……」
俺は眩しい光から目を閉じていた。気づいた時には、叫ぶ反乱軍の悲鳴と、彼らの紫色の血があたりには広がっていた。
……最悪だ。
このアジトは人が通らない巨大な橋の真下であり川のすぐ横だ。要するに河川敷で一番近い民家などは500メートル以上離れていた。その人気の無さから、声を聞かれなければここがアジトだとバレるようなことは無いと思われる。
「樹、大丈夫!?」
エマに聞かれ、そのまま顔をあげる。
「ああ、問題無い。それよりも……」
「こ、この場所がバレていたのか。畜生、これは長としての俺の責任だ。」
腕に重傷を負ったダリは辛うじて立ち上がり、もう片方の手で壁を叩くようにしてそう言った。
あたりを見渡すと、無傷な人は100人程度にまで減っているように感じた。
特に、第十一小隊が被害を受けている。狙われたのだろうか。
エマも、ルーもガイも無事みたいだ。フェイはそのスーツに血が飛んでいる。ヨークは……ダメみたいだ……ダサい格好で気絶している。
槍のイメージは核爆発のような物を想定していた為、こんな小規模でピンポイントな攻撃が出来たと言うのは初知りだった。
ダリも驚いている。
「作戦変更だ、残りの動ける者は今直ぐに作戦を実行しろ。アジトの位置がバレた以上、ここにいたら次使われたら全滅する。明日の夜までなんて待っていられない。行け!!!」
「で、でも負傷者の治療は……」
ガイは言う。
「城前を担当する第三小隊から第五小隊が担当してくれ。嫌なら今すぐ戦争に行ってもらっても構わない。また、治療を優先したい者も残ってもらって構わない……」
「俺はダリさんを治療させてもらうぜ。」
「……ああ。感謝する。ガイ。」
ダリは苦渋の決断をした。実際、次に光が飛んできたら間違いなくこの軍は全滅する。捨て身の特攻をしろという意味ではあるが、ある意味賢明な判断なのかもしれない。
「樹、エマ。お前達はこれから将軍のところに直接行く、そうだろ?それなら、俺も同行する。」
痛そうな血を流しながら、オードはそう言った。
「オードさん……でもその腕……」
エマはその腕を見て心配する。実際オードの腕の羽根は見事にもげていた。だからもう彼は飛べない。
「腕は大丈夫だ。特に羽毛の部分が削られただけだから腕自体の損傷は大きくない。応急処置で十分だ。そんなことより将軍は政府軍としての数千人は勿論、自身の護衛の軍も持つ。その護衛に対してお前達2人で挑ませることは流石にできない。そっちの方が問題だ。」
「私も同行する。」
剣を鞘から出し、ルーがそう言った。その剣は銀色に光り輝く。
人数は多いに越したことはない。
「死なずにまた会おうぜ。樹」
ダリの手当てに当たっていたガイはそう言った。
「ああ。勿論。」
「どうか、俺の願いを……槍を頼む。」
ダリは死にそうな声でそう言う。
「……ああ。必ず。」
「無理しちゃダメだ。ダリさん……」
ガイは無理して声を発するダリを抱えながら、本気で心配する。
そうして、俺たち4人は暗い闇の中、将軍の待つ城へと歩み始めた。
時計は17時、つまり地球でいうところの0時をまわる頃合い、俺たちは城へと到着した。
那都の中でも南の比較的田舎な場所から歩いたため、2時間ほどかかった。
暗闇の中、城前の広場には既に反乱を起こそうとしている同志がいた。勿論変装し、反乱の直前までは身を潜めている。恐らく俺たちが城に潜入するまで待っているのだろう。
そして、同志は槍の力に怖気付き逃げる者、各地に行き未だ見つかっていないガラ族を探す者、俺たちのようにすぐさま戦いを始めようとする者、主に3つに別れていた。ダリの指示はパニックになった人達にはしっかりと届いていなかった。仕方がない。
「昼には恐らく同志を探す反乱軍はこの反乱に合流してくる。それまで俺たちは耐えるか、それまでに将軍を将軍の座から引き摺り下ろす!そうだろ樹。」
「ああ。勿論。」
これから、本当に戦いに行くんだ。本気の殺し合いだ……ここから、城での戦いは始まるんだ。
「無理はしないでね。樹!」
「そっちこそ死ぬなよ。エマ。」
俺は死んでもエマを守る。そう決めていた。もう、目の前で大切な人を失いたくない。不死の力はその為に得たんだ。いざと言うときは割り切ることも必要なんだ。迷っていてはダメだ。そう思って俺は、心の奥底に居る不安な自分を殺す。
「この城は昔の将軍が逃げるために使用したと言われる抜け道が裏側にある。そこからならバレずに、広場で戦う反乱軍の邪魔をせずに侵入できるだろう。」
ルーは紙電晶を手元で広げ、その場所を指差す。
「分かった、じゃあそこから入ろう!」
俺たちは反乱軍と政府軍が戦いはじめた広場を横目に、抜け道へと向かった。
「この抜け道、相当古いな。」
……抜け道というよりかは城が一部崩れ、崩壊してできた道のように見える。
「将軍がいるのは恐らく屋上、で将軍の護衛軍の人数は10人程度、4人でも十分相手できる。なんたって俺はガラ族最強の兵士だからな。」
オードは外から見える最上階を指差す。
「行くぞ!お前達。」
オードは走り出す。
「いや、最強は私の弟だ。オード」
その走り出しに対抗して、ツッコミのためかルーも走りだす。俺たちもその後について行く。
「いーや、夜戦なら絶対にガイには負けん!」
「いや、そもそも夜戦ならは私の方が強い。」
「昼ならルーに負けねーよ……」
…………
ルーとオードは俺たちの前を、そう言い争いしながら走っていた。
「ふふ、オードさんとルーさん、仲良いね!」
エマは最高な笑顔でそう言った。
「ああ、そうだな。」
その様子はまるで嘗ての俺と……誰かの様子を見ているかの様に感じた。
……あれ。誰だったっけ。
やっぱり、記憶を鮮明に呼び起こしても、顔と名前だけは思い出せない。記憶の中で、黒く塗られているみたいに……
意外にも、俺たち4人は順調に階段を進むことができた。
「ちょっと待て、おかしくないか?10人程度いると言った将軍の護衛軍とこんなに出会わないなんてあるか?」
あまりに静かな城内を見て、俺はそう思う。
「確かに、城に普段いる政府軍が広場の対応に追われているのはわかるが、護衛軍の姿が見えないな。」
みんな足を止める。オードは腕を組み、考える。
確かに違和感を覚えているようだ。
「みんなあそこ!最上階だよ!」
エマが指さす先には、もう最上階へ続く階段があった。
「まさか、将軍含め護衛軍は既にこの情報を聞きつけて逃げてる、のかもな。アジトの場所もバレてたし、内通者がいてもおかしくはない。」
オードはそう考察する。
「……まさか、ね……それだったら最悪!」
エマが言う……
結局、誰にも出会わず最上階へ行くことができてしまった。
その最上階のバルコニーの前には、1人の鳥人が立ち、広場の戦況を眺めていた。その手はポケットの中にある。随分と余裕そうだ。
「やあ、よく来たね。私はギルだ。まさか、あれが失敗していたとは思わなかったよ。」
その鳥人はそう言ってから、俺たちの方を振り返る。
将軍、と聞いていたが、その姿は民族的なものではなく、スーツの様なもので、体格はスラっとしており冷徹で残酷な雰囲気を醸し出している。
コイツ、間違いなく強者だ。俺はそう思った。
「やはり貴様、内通者からアジトの場所を聞き出し、槍を使ったな!?」
オードは手を剣に添えいつでも抜ける体勢を取りながらギルを睨んで圧をかける。どうやらギルは何も手に持ってない。戦う気がないのかもしれない。
「使ったのは私ではない。私の護衛軍の皆だ。実験段階で七名、そして実用化して二名、そして先程の一名。計十人が使用した。」
「その使用した護衛軍はどこに行ったんだ!!それに内通者は誰だ!!答えろ。」
オードはさらに緊迫した顔で問い詰める。
「私の護衛軍、彼らはもうこの世には居ない。内通者に関しては言わないでおこう。私なりの慈悲だ。私だけが咎められれば良い。」
ギルはいう。
しかし、ギルの目は変わらずまっすぐだ。部下が居なくなってしまったことに対して悲しみなどの感情を一切持っていないかの様だった。
「どうしてだ?護衛軍だろ?殺したのか!?」
俺は聞く。
「私は道具に道具を使わせたまでだ。必要が無くなればその道具も捨てる。そうしただけだ。それ以上でも、それ以下でもない。」
つまり、彼にとっての部下は道具にすぎないらしい。
「お前、人の心がないのか!?」
オードがギルの言葉に驚いて、そう言った。
ギルはバルコニーから室内へ、歩く。
「私は、護衛軍殺害と北砂破壊の疑いでもう直捕まる。私は君たちと戦うつもりはない。私は、この馬鹿げた長い憎しみの連鎖を断ち切るためにこの槍を使わせた。私の道具達は平和の為に死ねたのだ。望み通りだろう。」
将軍ギルは最上階にある椅子と机の下に行く。そこには、金色で時計の針の様なものを持つ槍が立てかけられていた。例の守護神器だろうか。
「そんなの絶対間違ってる!!」
エマが言う。
「だがまあ、実際私はその道具達の願いを叶えられなかった。こうやって、君達が生きているからな……」
つまり、人を道具の様に扱うとは言え、あの北砂と言う都市を消したのも、アジトに対する攻撃も、全てが憎しみの連鎖を断ち切るための彼なりの答えだったと言うことだろう。
「……いくらなんでもやりすぎだよ!」
エマが言う。確かに、やりすぎだ。
「……私は大切な友人が居た。ガラ族だ……だが彼は人攫いにあい、人身売買された。彼らは生きていると不幸になる。だから、私はガラ族を救う為に尽くしただけだ。絶滅こそが、彼らを救うのだ。」
彼は狂っていた。
「貴様……!!!」
オードは今にもギルを殺しそうな雰囲気だ。歯を食いしばり、なんとか堪えている。オードはギルから情報を得た上で、倒したいのだろうか。
ルーは冷静にその話を聞く。
「言っておくが、私を殺しても憎しみの連鎖は終わらない。この戦争が終わっても、差別は無くならないだろう。」
「何が言いたい、貴様!!」
オードはダリにそうやって強く当たる。しかし、ギルは無視して俺の方を見る。
「私は、この国から憎しみが無くすことが願いだ。私のやり方は失敗した。だから猿人、お前が聖書に登場する勇者となり、国民をまとめるんだ。頼みたい。」
「聖書に登場する勇者……?」
猿人、つまりは俺のことだろう。
「ダガランの皆は槍を使う聖書に登場する翼の折れた男の勇者を信仰している。ダン族はそれこそが私だと思っている。勿論被害者のガラ族はそうは思っていないだろう。私のやり方を否定するなら、君のやり方で全てを終わらせてみろ。」
ギルは狂っている。だが、その本心の拠り所は俺たちと変わらないと言う訳だ。間違った方法で国をただそうとしていた。そう言うだけだ。
将軍のギルは立てかけられていた槍を握り、槍を横にして「取れ。」という雰囲気を出している。正直、数時間前の槍のことや、消えた護衛軍の事聞きたいことは山ほどあるが、将軍の目は俺に本当に戦争を終わらせてほしいと訴えかけているように見えた。
「分かった。引き受けよう。」
……俺は歩き、槍を取ろうとした。しかしその瞬間、目の前にあったのは槍ではなく俺の血で塗られた手と俺の内部から飛び出した血飛沫がついたギルが持つ槍、そして後ろから俺の胸元を貫いた剣の先だった。