第084話 ヴィクトリアの意
「……どうだ。メルト。」
俺たちはタイタンで、後一歩のところでニケを殺そうとしたアルマードを取り逃がした。
あと一歩、のところでアルマードを倒せそうだった。
だが、俺たちが倒さなければニケは確実に死んでいた。即ち俺たちがここに来ることは前提っていうことだ。
俺たちは、アルマードを追跡していた。
「……タイタン中を探してみましたが、アルマードのような反応はやっぱり、見えませんね。」
そう言ってメルトは俺が渡した感覚の証を返す。
俺は確実にアルマードに顔を見られた。だからこそ、下手に動くべきではないと考え、メルトに捜索させていた。
「……そうか。」
「……やっぱり、エヴァースに行くしかないのかな。」
「……そう、かもな……」
この時代に来て、ニケやヴィクトリアの幼少期を知ることができるとは思わなかった。
薄い壁くらいなら感覚の証で覗き見ることができる。
勿論良くはないが、情勢とか色々知る為には必要なことだった。
だからこそ、ニケのピンチにも駆けつけれたわけだが……
「しっかし、ニケ……かなり特殊な体質だな。」
ニケの体質……それは極度な環境変化があるともう一つの人格、ヴィクトリアが現れる……という体質だった。
「エマが持つ場所の証でアレスに行ったニケを追って行ったら、アレスではヴィクトリアの性格になってたの……驚いたな。」
「……そうだね。まさか、二人が同じだったなんて。」
それに、マルスは実の兄じゃなかったし、マルスは種族の二重人格者。
どうして二重人格者がそこまで有用なのかは、俺たちには分からない。でもなぜかこの世界……過去の世界では二重人格者から分離した人がエルフの中に入れられて、生まれたのがヴィクトリアっていう……もう一人の人間。
という、ある意味不思議な実験がなされていた。
「その二重人格?ってやつ……この世界のクレオール、なのかもね〜!!」
エマはサラッとそう言った。
「……確かに。その可能性はあるな。クレオールみたいな危険な存在では無いにしろ、少し特殊な存在……と言ったところか。」
人格を二つ持つのも、魔石を体に二つ宿すのも、全て生命的なエラーと言ったら正しいのかも知れない。
いや、多重人格者をエラーというのには少し言い方的に悪いかも知れないが……
魔石を二つ宿すのだって、言ってしまえば本来交わるはずのない種族間でのハーフっていう話だし、それもある意味、他種族を好きになったりする生命的なエラー、と言えるのかも知れない。
そうしたら、全ての辻褄が合う気がする。合っているのかはわからない。ただの考察に過ぎない。
「二重人格……テトラビアじゃ聞いたことありません。」
「そうなんだ。」
統括者のメルトも聞いたこと無かったらしい。
日本じゃ偶に聞くことはあったけど、案外珍しいのかも知れない。
それか、そもそもテトラビアの人口がそこまでいないから……日本よりはよっぽど少ないからあり得そう。
ーーー
俺たちは、それからというもの帰ることなく寵愛の盾の行く末を見守る事にした。
帰るときは基本的に帰還申請をここに来た直後に設定して貰えばどれだけこっちにいても問題ないからだ。歳をとる……という点くらいだろう。よくないのは。
そして、エヴァースへと盾は渡り、ニケはシャングリラで様々な神器を開発した。
そこにはオーランや残りの守護神器、ハシラビトがいない状態の真神器……つまり魔神器が出来上がって来ていた。
「……フルーブレムで悪魔が現れたらしいよ、樹!」
「……ついにその時が来た、か……」
根城にしていた現代だと魔法大学があるあたり……の洞窟で寛いでいたらエマが呼んできた。
悪魔ディアボロス……俺に不死を与えた奴……。
その正体は元々フェイドという奴だったらしい。
ーーー
それはまあ、見事なものだった。オーランは奴を一撃で仕留め、盃に封印した。
でまあ、ヴィクトリアからするとその盃に封印するのが気に食わない……というところなのだ。
それが、あの本音だったんだ。
俺たちはアルマード以外には極力干渉しないように決めていた。
だから、少しの接触以外はしなかった。
それからまた時間が経った。
「……そういえば最後の神器って、なんだっけ。」
「……えーっと、ニケが作った、最後の神器のこと??それなら扉のはずだよ。」
俺はエマに聞いた。
「違う違う。俺たちがまだ知らない最後って方。」
「それなら、ちょっと前にワータノリア……現代ならアルトポリスに送られた『綻びの書』……じゃないかな。」
「綻びの書……か。」
名前からして、どんな力かは察しが付いた。
俺たちはその神器を拝みにアルトポリス……つまりワータノリアまでやって来た。
「ここがワータノリアですか。」
俺たちは良くはないが、城壁の上から不法に侵入した。
「……もしかして、貴方達が噂のトラッカーさん、ですか?」
俺たちがワータノリアの城門の上で見渡していると、人にバレた。
「……敵か!?」
俺は焦って刀を抜く。
「とんでもない。私たちはあなたに敵対する気はありません。私はユアル・ミラー。ワータノリアの女王です。」
……それは、カーラのご先祖さまだった。彼女も、被験隊の一人だったらしい。唯一ただの人間……この時代の耳長人だった彼女は、結婚し、性を貰っていた。
今のテトラビア人は、この耳長人がここ、地球に5000年かけて適応していった姿だということが、その人を見てよく分かった。
そして、俺たち3人は綻びの書へと案内して貰えた。
そこは巨大な本がある場所だった。今の時代ならアルトポリスの国立図書館だろうか。
「……どう?樹。」
「……間違いない。アルマードと同じ痕跡が、この書から感じれる。」
「そういうことですか。アルマードは既にここにいたことがある、と。」
「ああ。間違いない。」
「……その書の力は記憶改竄……その力は街レベルや国レベルで書き換えることができる為、知らないうちに最悪の敵アルマードを生活の中に入れている可能性がある……ということですね。」
「ああ。」
ユアルはそう説明する。最後の神器の力は記憶改竄、か。厄介な能力だ。
そしてここにアルトポリスに図書館があった理由も……これか。この書の影響が及んでいるんだろう。
過去に来ると、色々な事がわかってスッキリする……そんな感じだった。
それからというもの、俺たち三人は今のフェイド……という男がアルマードの線を追った。だって本当に悪魔がフェイドなら、二人いることになってしまうからだ。
ヴィクトリア達に近く、それでいて権力者だったからでもある。それに封印に対して好意的な雰囲気を持っている……違ったとしても、危ない存在の可能性があったから。
それに、ワータノリアやクトニオスに潜伏する必要がないのと、平民に潜伏する必要もないからだ……となれば、自然と候補は減っていった。
その予想はクトニオスとの戦いで、的中した。
奴はヴィクトリアとキーラが一対一をしている中、不審な動きをしていた。
「妙だな……トライド部隊が、何者かによってやられてる。あれは多分、光の精霊族……じゃない。」
「そうだね。まるで空に飛んでいってそのまま消えているかの……よう。」
空に何かあるのかも知れないとは思いつつ、俺たちは古城がある山頂……この時代だと元フルーブレム最東の要塞……から下の様子を見ていた。
その時だった。
ヴィクトリアとキーラの結界が崩れ、キーラが扉へと吸収された。
「なっ……今やったのは……」
「フェイドですね……」
やっぱり奴は、何かしら問題があるだろう。
そう思って俺たちがその戦場に駆けつけた時には、もう遅かった。
「……やっぱりお前だったか!!」
「……トラッカー、さん。」
「しっかりして!ヴィクトリア!!ニケ!!」
俺はアルマードに対して対応し、エマは皆の治療を始める。
メルトは空中の調査に出向いた。エマの速度の証を使って、空中を蹴っていったんだ。
ーーー
……俺とアルマードは戦った。
そんな時だった、空に浮遊都市『ソアロン』が現れた。そして、宝石の精霊族も多数現れた。
「……さあ、銀河同盟に加入してもらおう。エヴァース……」
「……な、なぜ5000年後にあったはずの……それが。」
そこから降りて来たのは数々の種族……それはダガランの鳥人や様々な種族……だった。
あれこそがさっきトライドの空中戦を無効にした、宇宙船か。
でも、そんな奴らに俺たちは負けない。
「ヴィクトリア。そのペンダント、貸して!!」
「え。ええ……いいですけど……」
「お願い!!」
エマは宝石の精霊族たちにやられかけていたヴィクトリアたちの元へと向い、護衛する。そのペンダント『幻想の証』を貰いクレオール……いやフレアドラゴンの姿となり擬似的に炎を吐いたりし、どんどん敵を一掃していく……
「……すごい……」
ヴィクトリアは小さくエマのその姿を見て感心したように見えた。
魔法が使えなくても、実質的にでも魔法が使えるのであれば、それほどエマに適したものはない。
だって、魔法の下なら彼女は最強種の子供……魔力適性はグレートドーン的に言ったら最強の8本。
数のゴリ押しなどもはや苦では無かった。
エマの姿を見た結果、戦場まで赴いた奴……この時代のマルスを模した光の精霊族は逃げ出した。
「よそ見している場合ですか。」
奴の宝石の剣は俺の刀に当たって火花を散らす。
「そっちこそ、予想以上の被害が出て最悪なんじゃないのか。」
「……あのくらい、大したことはない。」
……アルマードは強がっていると思う。だってこの状況、アルマードがどうにかなる状況ではない。エマは宝石の精霊族も、同盟軍も全てを一掃していく。
「……これでどうでしょう。行きなさい。イオ!!」
その発言と同時に、俺の左腹部は蹴られた。
「……イオ・カイライ、そいつの放つ速度の証の重みを乗せた蹴り……は最高でしょう??千歳樹。」
俺の意識は朦朧としていた。
……その一撃はあまりに重く、まさに最強……だった。
「終わりです。千歳樹」
アルマードは俺の因縁の刀を持つ……その様子は見えた。
「終わりになんてさせません!!」
……そこに駆けつけてくれたのは、メルトだった。
アルマードが持った因縁の刀はメルトの蹴りによって弾かれ、それはクレオールの姿になったエマによって拾われた。
「回収して来ました。寵愛の盾!まさかソアロンの内部に既に持って行ってたなんんて。」
「……全く。因縁の刀があれば樹の不死だって……断ち切れるからね、危ない危ない。」
エマは安心した声でそう言う。
「おのれ……トラッカー!!!!どこまでも邪魔しやがって!!!!!」
「……ガラスの降る惑星にこの盾を使うことで住めるようにするのが計画……でしたっけ。その惑星にどんな思い入れがあるのかはわかりませんが、そんな事の為にこの世界は、他の銀河は、渡せません。」
俺は朦朧とする意識の中でメルトのそのセリフを聞く。
……なんか、いつまで経ってもこいつはかっこいい奴だな。
見えないけど。
きっと今、アルマードの前でメルトは盾を構えている。使ったら死ぬだろうけど。
「おのれおのれおのれおのれ……!!!!!許さんぞ!!!!!」
アルマードは叫ぶ。
奴の右手には……一つのインガニウムがあった。
「イオ、それを渡せ!!」
そう、奴は最後の手段として共鳴反応を起こし暴走を考えていた。
イオ・カイライ……彼はアルマードにもう一つのインガニウムを渡した。
アルマードはその姿はまるで別世界の俺のような羽の生えた姿へと変化していく……
「許さないのは私の方です!!!アルマード!!!!」
俺は倒れているが、メルトやエマがアルマードと戦う反対側で、その声は響いた。
そこには、ニケに止められながらもインガニウムを取り込んだヴィクトリアがいた。
「ヴィク、トリアアアアアアア!!!!」
「……私は私の正義の為に、貴方の願いを断ります……それに、私は私の夢の為に……私自身が願う楽園の為に、この力を使う!!!!」
暴走し、そのままヴィクトリアに対して突っ込んでいくアルマードは、ヴィクトリアが放つ七色のまるで魔法のような衝撃波によって吹き飛ばされ、そのまま光となって消えていった。
「……あれが、母神器の、力。」
俺が起きた直後、その様子は見えた。
ただの衝撃波のレベルで……アルマードを撃退した……
ヴィクトリアの体は樹木のような姿に変化していた。
ただ、まだ宿る場所を決めたわけではないらしい。
「……魔法が、魔法が使えるよ!!」
エマは興奮する。
「……母神器が、ヴィクトリアが魔法を望んだから……ですね。」
「そういうことだろうな。」
ヴィクトリアはアレスにいた時代、魔法が出てくる絵本を好んで読んでいた。
ある意味、それこそが本当の彼女自身の楽園だったのかも知れない。
その思いはきっと幻想の証にも現れている。
「帰りなさい。全ての生命よ。」
神器化したヴィクトリアは、ソアロンに乗っていた全ての生命を吹き飛ばし、結びの力で異次元へと飛ばす……おそらく本来の場所へと戻させると言ったところだろうか。
「……ヤベェな。母神器……」
俺たちは現代だと古城……にあたるそこまでドラゴンになっているエマに運ばれて、オーセント方向で起きているヴィクトリアの戦いの場を見ながら、俺は治療されていた。
「……というか。オーセントって、もしかして、ソアロン……だったのか。この時代の。」
ヴィクトリアの力によって動く機能を失われた……その宇宙船、正式名称は知らないがソアロンにそっくりなやつ……はオーセントのある位置へと落下していく。
その浮遊都市はまるでアトランティス大陸の見た目のような運河を作り出した。島と島の間の部分が、それだった。
「……興味深いですね……オーセントができた、成り立ち、ですか。」
メルトも興味深くその様子を見つめる。
* * *
私はヴィクトリア。神器になることを決めた、ヴィクトリア。
私は昔から魔法が好きだった。
その決意は、あのトラッカーさんが放つ魔法が決め手だった。
私はだからみんなが魔法を使えるような、そんな楽園を作った。
楽園と言いつつ、私の好き勝手しているだけなのはわかる。
私は最後までニケに反対され続けたけど、神器になった。
でも、後悔はしていない。
たとえ間違っていたとしても、私はみんなを救う。フェリスタもルースタも私は蘇生させて神器の中へと封印……した。生かす為に。
私の願いは、みんなで仲良くすること。
楽園……理想郷を作ること。あっているかなんて関係ない。
どんな民族だって、種族だって、仲良くなれる、そんな世界を作ること。
私はニケが嫌い。それはつまり私自身が嫌いということ。
別に、英雄になりたいわけじゃない。
ただただ、楽園を求めているから。
その楽園に犠牲があっても良い。
犠牲がない楽園なんてあり得ないのだから。
間違っていると言われようが、これが私の結論。
だから、私は私の家族……フェリスタやキーラ……みんなを守る為に私は母神器の力で反魔法結界を作るし、絶対に外敵から身を守る方法だって、思いついた。
* * *
「……それが、物理移動を不可にする、結界か。寵愛の盾の上位互換、か。」
「はい。それともう一つ。この大地を私はこの星の地中に隠します。」
母神器になったヴィクトリアから言われたその言葉は、意外ではあったがよく考えたら分かることだった。
だって、地球にはテトラビア……なんて場所はないのだから。
「……それが、安息の地か。」
「はい。そして、もう一つ。」
……ヴィクトリアがその場で見せてくれたのは、魔法統括システムだった。
俺はヴィクトリアに対して不死の力を使ってエネルギーを渡した。
渡さないのが歴史的に正しかったから、もちろんそんな因果力は勿論断ち切った。
「……ありがとうござます。」
こうして、絶対的な安息の地……テトラビアは出来上がった。
……俺たちが帰った後、ヴィクトリアはニケの記憶を改竄すると言っていた。ニケはヴィクトリアが神器になったことを知らず、オーラン達を置いてアレスへと帰還するのだろう。俺がニケから聞いた話は、ヴィクトリアが神器になった事を知らなかったから。
そして、テトラビアは地球内部へと入っていったのだろう。
今思えばテトラビアの大陸の形はアトランティスではなく、ムー大陸……のように見えたりでもしたかも知れない。
だから、テトラビアの一日は24時間だし、地中だから外にはそもそも行けないし、その後生まれる地球の人間という存在にはバレてないし、なんなら彼女の作った結界は、マルスを模した奴……が率いた120回以上の、エヴァース降下作戦を失敗させる程の強力な結界を作り出した。
その時代に書かれたのが、きっと図書館で見た『エヴァース冒険記』なんだ。確かそこには反転世界とも書かれていた。
その理由もこの終戦の時期あたりに書かれたから、なんだろう。
だからこそ、現代……俺が居た時代、精霊族のような宇宙人や超文明に絡まれていないのは、人類が隕石などの外敵なしで生き延びているのは、そんな理由なのかも知れない。
……楽園。それはこの世界なのかも知れない。