【8】女子力向上計画
日々、努力。
いや、してねーなー。
「マーミィ? 俺の学校の靴どこー?」
「昨日、陰干ししとくって言ったじゃないですか」
「あー、そういえば」
「マーミィ、おかわりー」
「コーキはもうちょっと、ゆっくり食べましょうね」
「マーミィ、ネクタイもない」
「ラクトさんが昨日どこかで放置したんでしょうが!
……ほら、ソファの上!」
「おお、あった」
「だから出したものはちゃんと仕舞えって」
「ぐー」
「コーキ、皿の上で寝ないで下さい!」
朝は戦争である。
特にラクトの学校がある朝は忙しい。
ばたばたとラクトを学校へ送り出し、コーキを寝かしつけ、台所を片付けた後洗濯をする。
毎朝恒例としているコーキの剣の鍛錬を見ながら洗濯物を干していて、マーメリズはふと思ってしまった。
私、お母さんじゃね?
よく考えたら、マーメリズは未婚の二一歳の女子である。
お年頃の女子が、この後掃除して買い物行って、お昼は焼きそばにしましょう! とか思っている場合じゃない。
女子力が低迷している気がする。
ただでさえ微量だった女子力が、お母さん力に侵食されている気がしていた。お母さん力はみるみる向上しているというのに。
剣舞の途中で眠気に襲われたコーキが目を擦りながらやって来たのを、流れる動作で膝枕しながら、マーメリズは思った。
これはちょっと、なんとかした方がよさそうです。
「……ということでですね、私は女子力向上を目指したいと思っているのですよ」
「……はあ」
「このままでは一人も子供を産んでないのにお母さん化して、そのままおばさん化してしまう気がするのです」
「……はああ」
「レンアイもほぼ未経験でおばさん化してしまうとですね、さすがに人生に悔いが残ると思うんですね」
「あのですね、マーメリズさん」
「なんでしょうか」
「ここは、冒険者ギルドの窓口でして。人生相談の窓口じゃないんですが」
ギルドのお姉さんは申し訳なさそうにマーメリズに告げた。
最初にマーメリズに対応してくれたお姉さんである。今の生活を手に入れたのは、お姉さんの紹介のおかげでもあるので、マーメリズはお姉さんはとてもいい人だと断定していた。
ちなみに、マーメリズもお姉さんにお礼を言われていた。
マーメリズの食育と衛生指導により、炎の兄弟のビジュアルが格段に上がったと巷で評判になっていた。
彼らの肌の色艶と髪の輝きが向上し、見ただけでオーラが違うのだそうだ。すれ違ったら拝んでしまうと女性冒険者たちが噂している。文化功労賞を授与したい、とお姉さんは真面目な顔で言い切っていた。
お姉さんはマーメリズを上から下まで眺めた。
マーメリズはいつもの黒いローブである。
魔法防御と物理防御が高く、大変重宝しているお気に入りである。同じものを何枚も所有していた。
お姉さんはつーっと指を指した。マーメリズの黒いローブである。
「マーメリズさん、まずは形から入ってみてはどうでしょうか」
「形、ですか?」
「そのローブ、マーメリズさんに大変お似合いですし、冒険者ギルドとしましては、防御力特化のアイテムなのでおすすめの逸品ではありますが」
お姉さんはマーメリズに顔を近づけて囁いた。
「女性らしさが、欠片もないんです」
「………………っ!」
「ていうか、小柄の男性用ですよね、これ」
「だって、女性用が売ってないから!」
「売れないからですよ。可愛くないんで」
可愛くないんで。可愛くないんで。可愛くないんで。
お姉さんの言葉がマーメリズの脳内でコダマする。
ショックを受けて顔面までローブ色に染まったマーメリズに、お姉さんがサラッと書いたメモを渡してくれた。
「もし、今日お時間あるようでしたらこちらに……」
「あります、お時間あります!
今日はコーキとラクトさんは剣の特訓デーなので、一日うちで剣を振り回してるはずです」
「……何それ、超見たい。
いえ、すいません。
私も入っているサークルなんですが、女性冒険者中心に活動している、写真サークルなんです」
「ほえー。写真、ですか」
「最近、写真を撮る魔道具が安く手に入るようになったじゃないですか。
それで、可愛い格好して、みんなで写真撮ろうよ! みたいなノリで活動をしています」
可愛い格好。
マーメリズに一切存在しないスキルである。
可愛い子たちが可愛い格好して可愛い写真を撮る。
そんな女の子たちに囲まれて、自分を可愛くする手管を盗み取る。
マーメリズは、道が開けたと思った。
お姉さんの手を握って目を煌めかせた。
「ぜひ、参加させてください」
□ □ □
お姉さんが渡してくれてのは、中規模な古着屋の住所であった。サークルのことを話すと、すぐに二階に案内された。
二階では五人の女性がお喋りしていた。
みんなおしゃれで可愛い。
黒いローブなんて一人もいなかった。
「あのっ、紹介されて来ました、マーメリズと申します。私を女子にして下さい」
深深と頭を下げると、女性たちが一斉に笑った。
場違い感を感じてマーメリズは萎縮する。
一番奥に座っている長い赤毛の女性が立ち上がった。
「マーメリズちゃん? 今すでにちゃんと女子だよ?」
「このままでは行き遅れる女子なんです。女性成分をもう少し濃いめにしたくてですね」
「あはははは。おもしろーい」
「笑い事じゃないんですよう」
「ごめんごめん。
で、どんな風になりたいの?」
「具体的にはちょっとわからないんですけど、これぞ女子! 的な感じで」
「ふーん、そっかー」
女性たちが皆立ち上がった。
ちょっと、獲物を狙う鷹の目を見たような気がした。
マーメリズは自分が獲物になったような錯覚がした。
赤毛の女性がにっこりと宣言した。
「じゃあ、マーメリズちゃん」
「は、はい」
「まずは脱いでみよう!」
「ほえっ?」
「中身を見ないと決められない。まずは脱ごう!」
「う、嘘ですよね?」
「本気に決まってるわよ、さあ脱いで!」
「ぎょ、ぎょえーーーー!!!」
錯覚ではなく、見事に獲物であった。
――――三十分後、マーメリズはきゃあきゃあ騒ぐ女性たちにいじられて、変身を完成させていた。
「あのっ、このプレートメイル、なんでお腹出てるんですか」
「マーメリズちゃん、せっかく細いんだから見せた方が可愛い」
「あと、寄せて上げる技術もすごいんですが、胸も上部が丸見えといいますか」
「せっかく綺麗な胸してるんだから、強調したほうがセクシー」
「足も、すーすーします。ミニスカートにロングブーツって、冒険者的に何かしらの矛盾を感じませんか?」
「脚は女の武器よー。
ほら、その白いマントは体を隠す道具じゃないの。なびかせるものよ」
「これ、痴女じゃないですかねっ?」
「「「「「めっちゃ、可愛い!」」」」」
五人の女性に断言されて、マーメリズは体の前で両手をわたわた動かした。もう、どこを隠していいのか分からない。
メイクをしてくれた女性がメイク道具を片付けながらボヤいた。マーメリズを羨ましそうに眺めている。
「マーメリズちゃん、普段お化粧してないでしょ。お肌が超綺麗なんだけど」
「わかるー。しかも化粧映えするよね」
「印象ガラッと変わる。羨ましい」
「この顔は、外で撮るしかないよね」
「当然。太陽の光当てないと」
「と、撮る、とおっしゃいますと……」
赤毛の女性が含み笑った。
「私たち、写真サークルだよ? 写真を撮って完成だから」
「こ、この、この格好で写真に写るのですかっ?!」
「そのために着替えたんじゃーん」
「いい写真撮れるわよ」
「ねえ、街の外の廃墟とかどう?」
「いいー! すごく映える」
マーメリズは女性たちに両腕を取られて、外に連れ出された。
刑場に連行される気分であった。
□ □ □
「やーん、可愛い!」
「二人で並んで、空見上げて」
「映えるー! 超映えるー!」
街の外れの廃墟に来て、マーメリズはこれでいいのかと思っていた。
ずっと写真を撮られまくっている。
色々なポーズを強要されているが、マーメリズには何がいいのかわからない。
言われるがままにやらされているが、これで女子力上がったのだろうか。
「マーメリズちゃん、もっと笑ってー」
「これ以上、どうやって笑えというのでしょうかっ」
「口角上げるのよ」
「引きつってます。私引きつってます!」
「マーメリズちゃん、瓦礫に片足のせてこっち向いて」
「足がっ、足が丸見えですがなっ」
「マーメリズちゃん、身体を前のめりにしてウィンクしてみよー」
「ウィンクとかできません不器用ですみません前のめりってカメラが胸が覗いてませんか………………あれ?」
マーメリズは視界に蠢く何かを捉えた。
人でない何か。
こちらに徐々に近付いていた。
マーメリズの真剣な顔を訝しく思ったらしい女性たちが、マーメリズの視線の先を追った。
半透明の黄色いブニブニが、いくつもこちらに向かって来ていた。
「嘘…………モンスター?」
「……黄色スライムの群れですね。数は、二十といったとこですか」
「やだ、どうしよう! 逃げられる?」
「無理ですね。完全に射程内入りました。戦いましょう」
マーメリズが戦闘態勢に入るのを、女性五人が遠巻きにして見ている。
あれ? と目をむけると、女性たちは高速で首を振っていた。
「戦闘とか無理無理無理!」
「え? 皆さん冒険者さんですよね?」
「私たち、なんちゃって冒険者だからっ」
「……!」
「強い人達にくっついて、冒険ぽいことやってるだけで」
「最近は撮った写真を売って稼いでるくらいの、ちっぽけな冒険者なんですぅ」
「なんすか、それ!」
言いながら、マーメリズは近づいてきたスライムをフリーズの魔法で凍らせた。五体が瞬時に固まる。腰に差していたキラキラの短剣でスライムを叩き切った。
スライムは壊れたが、短剣も壊れた。
「この剣、なんですかーっ? 柔くないですかっ?」
「だって飾りだもの! おしゃれなヤツだもの!」
「使えねーな、おしゃれ!
皆さんも援護してください!」
「どーすんのよぉ……」
「棒でも石でもいいから、凍ったスライムを叩き割るんです! 魔法が解けたら復活しますよ!」
「ムリー!」
「ムリー! じゃねえんだ、やるんだよ!」
ちょっぴり悪魔モードが出たマーメリズに、スライムが粘液を飛ばしてきた。
マーメリズが咄嗟に白いマントで防ぐが、マントの方がドロドロに溶けていく。
マーメリズは力任せにマントを引きちぎった。
「本当に、おしゃれは使えねーな! いつものローブなら防げるのに!」
さらに連続フリーズでスライムを足止めする。
視界に入るスライムは全て止めた。
後は叩き割るだけ。
マーメリズは一息ついて背後を振り返った。
「皆さん、あとはぶち壊すだけですので……」
手伝って、という言葉は発せられなかった。
女性たちは一目散に逃げ出していた。
□ □ □
マーメリズは足を引きずりながら帰路についていた。スライムの粘液は、直撃こそ避けたものの飛沫はそれなりに浴びていた。そこかしこがヒリヒリしている。
あの後、女性たちはマーメリズを助けるために、ちゃんとした冒険者を引き連れて、戻ってきてはくれた。
マーメリズが全てのスライムを退治した後だったが。
あの女性の方たち、どーしてくれましょうか。
報復措置はきちんと取ることにいたしましょう。
何にしても明日ですね。
今日は疲れ過ぎました……。
マーメリズは屋敷に辿り着き、鍵と黒ローブを古着屋に置いてきてしまった事に気づいた。
ちっ、と黒い舌打ちがもれた。
仕方ないのでドンドンドンと玄関ドアを叩く。
すぐにパタパタと走り寄る足音がして、ドアが開かれた。
ドアを開けたコーキが目をしばたいて、マーメリズを見ていた。こてんとあどけない顔が傾く。
「誰?」
「……私です。マーメリズです」
マーメリズの声を聞いて、コーキの目が見開かれた。黒い目がマーメリズを、上から下までじっくり観察している。
不思議そうにマーメリズに問いかけた。
「なんでそんなエロい格好してんの?」
「……これには深くて腹の立つ事情がありましてですね」
「ラクトー! 来てみー!」
ラクトが奥からよろよろと顔を出した。
いつもは端正な顔が疲弊している。
コーキに相当しごかれた後らしい。
げっそりした顔のまま壁に掴まっていた。
「……なんだよ。俺疲れてんだけど」
「見て見て。マーミィ見てみ」
「マー……」
ラクトはマーメリズに目を移し、そのまま崩れ落ちた。顔が赤くなっている。目のやり場に困りまくっているのが見て取れた。
「な、なんでそんな格好してんだよ!」
「私も困っているのです。もしかしたら騙されたのかもしれません」
「また騙されたのかよ!」
「またとか酷いです!」
コーキはゲラゲラ笑っている。
マーメリズの手を引くとダイニングの椅子に座らせた。
ラクトに顎で指示を出した。
「ラクト、ヒール」
「俺、魔力どん底なんだけど……」
「やれ」
マーメリズの全身がポワッと暖かくなる。
治癒魔法だ。
ラクトがマーメリズを直視しないようにしながら、魔法をかけていた。
マーメリズは、ほうと息をついた。
「……ラクトさんは治癒魔法がお得意なのですね。私、白魔法系は全くダメで……」
「くそ親父のせいで、嫌でも上達せざるをえなかったし」
コーキが、ばしっとラクトをしばいた。
ニコニコとマーメリズを覗きこんできた。
マーメリズの格好に興味津々である。
「それよりさ、何がどーしてこんなことになったわけよ」
「それはですね、私の女子力がかなり低下してる現実を重く受けとめてですね」
「ん?」
「歯止めをかけるために女子力アップの手段に出たわけなんですが」
「マーミィの女子力?」
「低下?」
男二人は顔を見合わせた。
何を言ってるんだ? と表情が語っている。
「マーミィって、どっからどう見ても女子だけど」
「てか、見かけだけを整えて女子力ない女、いっぱいいるけど」
「えええっ!」
マーメリズは、くはっと目を見開いた。
受付のお姉さん、話が違うじゃん!
わなわなしているマーメリズの手を、コーキがポンポンと叩いた。
にんまりと幼い笑顔を見せつけてくる。
「マーミィの事情はなんだかわかんないけど。
おれとラクトがマーミィのこと可愛いって思ってれば、それでいいんじゃん?」
「わ、私は別に可愛いとか、そういうのは持ってないので……」
「普通にいつも可愛いけど? な、ラクト」
「別に俺はなんも言ってねえし」
ラクトはマーメリズから目を逸らしていたが、ちょっとだけ視線を向けてきた。青い瞳がマーメリズを捉えて、また逸らす。
ぼそっと小声でつぶやいた。
「……そういう辛気臭い顔より、笑ってる方がいいとは思う」
「ツンデレ! ラクトのツンデレ!」
「うるせーな、コーキ! 言わせてんのはテメーだろうが!」
「別におれは言わせてなんかいないよ? ラクトの本心だよ?」
「てめえ!
……あ、だめだ。魔力限界……」
床に倒れたラクトの上にコーキが笑いながら乗っかりだした。やめろーと力無くつぶやいているラクトの頬をぶにぶにして遊んでいる。仲のいい兄弟以外に見えない光景だ。乗っかってるのは父親だが。
マーメリズは頬を緩ませた。
コーキの治癒魔法のおかげで怪我の痛みはほぼ無くなった。
ささくれた心も、どうにかほんわりしてきていた。
私は、まだまだ動けます。
「私は着替えてきますので、コーキはお風呂沸かしておいてください。
ラクトさんは、なんとか魔力回復に務めて下さいね。棚にバナナあります。食べた方が回復早いです」
「……わかった」
「マーミィ!
着替える前に膝枕する! 生脚の膝枕っ!」
「てめえ、エロおやじ! マーミィに近づくなっ」
倒れたラクトが渾身の力でコーキの襟首を掴んだ。
さらに羽交い締めにして、マーメリズに早く行けと目で訴えている。
マーメリズは笑いながら、自室に入っていった。