【5】呪術の取り扱い方
呪術の用量・用法は正しくお使いください。
「今日は出かけるよー」
コーキがマーメリズにそう伝えたのは、朝食の最中だった。
ラクトがオムレツに添えた生野菜を残そうとしていたのを、般若の顔で咎めたマーメリズが、小首を傾げた。
「お出かけ、ですか?」
「うん。今まではラクトについてもらったり、向こうから迎えが来たりしてたんだけど。
おれ、マーミィっていう専属護衛ついたじゃん?」
「そうですね」
「向こうに伝えたら、それならもう少し頻繁に来いって言われてさ」
「はあ」
「面倒だけど、給料もらってるからしょうがないよね」
はて、お給料?
ますます首を傾げるマーメリズを見て、生野菜を飲み下したラクトがコーキに視線を投げた。
「コーキ、マーミィに仕事の話した?」
「してないな!」
「……ちゃんとしとけよ。だいぶ大事なとこだろ」
「つまんない話はしたくない」
少年はえっへんと胸を張った。
これが三七歳かと思うと、世間の三七歳に謝りたくなってくる。
マーメリズは食後のお茶を入れながら問いかけた。
「お仕事って、冒険者じゃないんですか?」
「うーん、冒険者カードは便宜上持ってるだけ。
たまにダンジョン入ったりすることあるし、規模がでかい時協力者募るのに便利だし」
「ああ! ラクトさんが、コーキには仕事があるって、前言ってました」
「それ。
このおっさん、こんな見た目でも稼いでるから」
「いったい、どんなお仕事されてるのでしょう?」
コーキは幼い顔でマーメリズのいれたお茶をふうふうしている。ちょっと口を付けて熱かったのか、口をぱくぱくさせていた。
「王立呪術研究所の研究員」
「………………は?」
「呪いの研究してる。
……おれ、呪い受けてる本人じゃん?
普通、呪術の対象って研究される方じゃん?」
「……そう、ですよね」
「あそこの所長、バカなんだよ。
どうせなら呪い受けてるお前が研究すれば一石二鳥とか、わけの分からん理屈押し付けてきて、しかもそれが上に通っちゃって」
「コーキの同級生なんだって。三七歳で所長やってるくらいだから、すごく優秀」
「ほええ」
「おかげで呪い三昧の日々は過ごせてるけどね。
一回くらいあいつに、呪詛送りつけてやってもいいかもしれない」
「返されるから、やめとけよ」
ごちそうさまーと、ラクトは使った食器を流しまで持っていった。一連の流れはマーメリズの教育のたまものである。そうでなければ、ラクトは今日も燃やされている。
「ラクト、途中まで一緒に行く?」
「いや、俺今日クラス当番だから、先行く」
「りょー」
親子のやり取りに、マーメリズは目をしばたかせた。
ラクトの学校は王宮の片隅にある。王立の魔法学校だからだ。
では、王立呪術研究所というのは………………。
「コーキ、もしかして、お城に入れるのですかっ?!」
「もしかしなくても、そうだね」
「なんとっ! 私、お城初潜入ですっ!」
「潜入って……スパイかなんかか」
「何を着ていけばいいのでしょう?
ああ! そもそも私、黒ローブしか持ってないっ!」
「落ち着けー。そんないい所じゃねえから」
コーキは苦笑いしてお茶を飲みきった。
ぼそっともう一度呟いた。
「ほんと、いい所じゃねえな」
マーメリズは、お城に潜入していた。
もちろんコーキの同伴である。
コーキが入城許可証を見せると、すいすいと中に通されるのが気持ちいい。
十歳の見かけのコーキにも丁寧な対応をする近衛兵はいい仕事をしている、とマーメリズは勝手に上から目線で観察していた。
城内はたくさんの人が働いていた。
簡単な商店のような物もあり、町の風情もある。
コーキはそこはさっさと通り越し、ちょっといかつい扉に差し掛かった。
そこでボディチェックを受ける。
マーメリズは初めての事で、無駄に緊張していた。
体を触られて「ひいっ」とか声が出てしまう。近衛兵の方が迷惑そうだった。
扉に入るとコーキが見上げてきた。
「ごめんなー。ここ、武器携帯禁止なんだわ」
「よいのです。構わないです。
お城の中心部に近いということですね」
「そう。マーミィは珍しく杖を使わない魔道士だけど、もし杖持ってたらそれも没収」
「ほえー、厳しい」
コーキはいくつか扉を通り過ぎ、白い扉にたどり着いた。乱雑にガンガンガンとノックして、それを開けた。
中は呪いの研究をしているとは思えないくらい、通常の事務室のようであった。机と椅子が並べられ、十数人の人が仕事をしている。男女比三対七くらいか。女性の方が多い。
コーキに向けて何人か立ち上がってきた。
「主任! お疲れ様です」
「んー、おつかれー。所長は?」
「地下ですね。ちょっと大きめの呪詛が引っかかったみたいで」
「うわ、やな時来たな」
「そう言わずに。さっそく潜ってきてください」
「へいへい。
マーミィ、おいで」
コーキに呼ばれてマーメリズがついて行こうとすると、室内がどよめいた。
慌てたように近くの男性がコーキを止める。
「主任、彼女、地下に連れていくのはちょっと」
「この子は平気。呪い避けもあるし」
「危険です!」
「地下でおれが寝落ちすんのも、結構危険なんだぞー」
「しかし、素人が入っていい場所じゃありませんよ!」
「聞こえなーい」
マーメリズは一人でわたわたしていた。
コーキについて行っていいのか悪いのか。ここの人たちはコーキの呪いのこと知ってるのね、でも私のことはなんて伝わっているのでしょー? などと、脳内で情報が錯綜している。
コーキがマーメリズの手を握ってきた。
にっこりと、幼い笑顔がマーメリズを覗いていた。
今更ながらに、この顔は卑怯だ、とマーメリズは思った。
「マーミィ、行くよ」
事務室の奥にある扉の向こうで、マーメリズはダブっとした白衣と白い帽子を渡され、黒いローブの上に重ね着した。これが呪いよけの効果があると言われ、マーメリズは首を傾げた。
呪いよけ、とは?
コーキも同様の格好になっている。
さらに奥の部屋には地下に降りる鉄の階段があり、そのまま垂直に降りていく。
降りた先は洞窟のように見えたが、どうやら手掘りで掘られた穴である。明かりの魔道具が設置されていて、洞内は見通せる程度に明るかった。
マーメリズは穴の奥から少しだけ嫌な気配を感じていた。気のせいか、紫っぽい煙のようなものが見えている。
「マーミィ、平気?」
「なんともないですけど、なんか嫌な感じです」
「あははは、前よりも分かるようになってきてる。おれといる時間長いからかな。
――ここ、強い呪いの中心部」
コーキが嬉しそうにマーメリズに笑いかけてきた。
目はちょっと狂信的な光を宿している。
こんな場所だから、こういう呪い避けの呪具が必要なわけ、と白衣を振って見せた。
「お城なんて、恰好の呪術対象なわけよ。
城の中には羨望と憎悪の対象となる重要人物がわんさかいるわけだし」
「それは……そうでしょうね」
「国中からやってくる呪術をこの地下で弾いてる。呪いと呪いをぶつけて相殺させてる」
「……そんなこと、できるんですか」
「やってみるもんだよねえ」
穴の奥から「早く来い、コーキ!」という男の声がした。
コーキが肩を竦めて奥に踏み込んだ。
穴の奥には空間が広がっていた。マーメリズの使っている寝室くらいの広さである。天井は低い。
空間の中央に太い円柱が一本、天井まで突き刺さっていた。何かしらの紋様が彫られているが、それを覆い隠すように長方形の紙が何枚も貼られている。
一人の男が紙束を持って立っていた。
マーメリズたちと同様の白衣と白帽。ひょろりと背が高く、黒縁の眼鏡をかけていた。
その黒縁の眼鏡をくいっと上げて、男はコーキを見下ろした。線は細いが、翠色の目が印象に残る男である。
「彼女が逸材か?」
「すっげえ逸材。ここに入ってもなんともない」
「いいねえ」
黒縁眼鏡の男は、肩頬を上げてニヤリと笑った。
コーキと同じ、ちょっとイッちゃった目をしていた。
「王立呪術研究所の所長、タインという」
「あ、マーメリズと申します。コーキがお世話になっております」
「マーミィ、お世話してやってんの、おれだから」
「マーミィ、な」
「タインはマーミィって呼んじゃダメ!
けがれるから、絶対ダメ!」
「マーミィ、コーキの頭が硬いんだが、呪いのせいだろうか」
「呪いで頭イッちゃってるのは認めますが、たぶん違うと思います。
私はマーミィと呼んでいただいて構いませんし」
「……コーキ、この娘、別の意味でも逸材だな!」
いたく気に入られたようである。
コーキはむっつりとタインを睨んでいた。
タインは近くの棚からどっさりと紙束を持ち出してきた。コーキとマーメリズに大量に渡す。
「マーミィに簡単に説明する。
この柱、呪符でびっちり埋めつくしたい。隙間なく、びっちりだ」
「呪符というのは……」
「この紙だ。呪術師によって呪術が載せられている」
コーキが慣れた手つきで柱に呪符を貼り付けた。柱に吸い付くようにピタリと貼られる。
「この呪符に外部から呪詛がかけられると、相殺されて呪術は消える。呪符はそのまま剥がれ落ちるんだ」
「……呪術って、そういう風にできてるんですか?」
「いや、コーキがそうなるように仕組んだシステムだ。伊達に体の中で呪い飼ってないよな」
「やってみたら、たまたまうまくいっただけだけどなー」
ペタペタと呪符を貼り付けながら、タインとコーキが喋っている。
マーメリズは子供のイタズラのように、札をべたべた貼られた柱を眺めた。
「これが、呪術師の呪いから、お城を守っているシステムなんですか」
「そう」
「このシステムで、国王様や王族の方や、大臣の皆様が無事で過ごしていらっしゃるんですよね」
「そうなるな」
「めちゃくちゃ重要な場所で、めちゃくちゃ大切な設備ですよね」
「まあねー」
「そんな、国を守るための大事なシステム……」
マーメリズは自分が手にした、ぺらっとした呪符を握りしめた。触った感じが安っぽい。
わなわなと震える手で呪符だらけの柱を指した。
やっぱり、子供のイタズラにしか見えなかった。
「なんで、こんなアナログな方法で、運営してるんですか?!」
「なんでって言われてもな、コーキ」
「……タインがおれの思いつき、そのまま提出して決裁されちゃったからじゃん。もうちょっと、何かなかったか?」
「あの時は色々と急ぎの事情があって……」
「知らねーよ。
稼働させたら止められないしさ。もう少し簡単に管理できる方法、あったんじゃね?」
「あの! 事務所にいる方々も一緒にやったらどうですかね?!」
わめいたマーメリズを、二人の呪術専門家が仲良く笑顔で見返してきた。
こんなところでどーでもいいが、ビジュアルだけはすごくいい。
「こんな呪いまみれの空間、平気でいられる人あんまりいないんだよ」
「呪い避け付けてても、普通は呪いに絡め取られちゃって発狂したり、階段から転げ落ちてそのまま意識失っちゃうから。
俺たち担ぎあげるの大変なの」
「マーミィみたいな即戦力、滅多に見つからないからね」
「この呪符貼り作業、地味に時間かかる作業だから、人数いた方が絶対いいしな」
「おれとタインと副所長、あとはマーミィでやってくしかないね」
「ちょっと待って?!
しれっと私の名前、入ってませんでしたっ?!」
「「マーミィもやってくしかないよね」」
声を揃えて見つめられるが、全く嬉しくない。
その後、あそこが空いてるそこ抜かすなよてめえ邪魔すんなチビどけろ、と絶え間ない怒号と共に、この城は呪いから守られることになった。
柱は見事に呪符だらけとなったが、まるで整合性を感じないものであった。
マーメリズは、今までにない激しい疲労を感じていた。
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