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【3】 お屋敷住まい

日頃からたゆまぬ努力が必要なのです……きれいに保つって。

コーキとラクトに連れられて、マーメリズはコーキの持つ屋敷を訪れていた。

繁華街から少し離れた立地である。


見かけは……古い。

荒廃した広い庭と、ツタの絡まる洋館で、じめじめと暗い印象を受ける。

まるで……


「……呪われた館?」

「正解!」


うきうきとコーキがマーメリズを見上げてきた。

気づいてくれてうれしいオーラが全開である。

すばらしく煌めいたあどけない顔を見て、マーメリズはコーキの変態を実感した。思わず肩頬が引きつってしまう。



「呪われた館っていっても、おれの研究室の一部屋だけだから。その部屋以外は普通だから、安心して」

「……安心できる要素が全く見当たらないのですが」

「あとは、慣れだよー」


慣れさせられたラクトが憮然とした表情でいるのは、納得できていないからだと思われる。



雑草だらけでほとんどけもの道のようになっている庭を抜け、玄関にさしかかる。

マーメリズは、呪いとは別に、嫌~な予感がしていた。


古いだけでは無い。荒廃した何かを感じる。

コーキがドアに飛びついて、マーメリズを笑顔で見つめながらドアを開いた。


「はーい、ようこそ我が家へ!」



……エントランスは、ゴミで溢れていた。

ゴミが踏み固められてけもの道ができていた。

すでに異臭が漂い始めている。


マーメリズは、おずおずと片手を上げた。

美形の親子にゴミの山を指さし、じとっと睨めつけた。


「……お掃除したのは、いつですか?」

「去年?」


マーメリズは自分の頭がくらっと回転したのを感じた。

見たくない現実を直視すると、脳みそくらい回転するのだと実感する。


「ここに越して三年経つんだけどさー、どんどん住みにくくなるんだよね。なんでだろ?」

「なんでっ……」

「コーキ、やっぱ呪いのせいじゃねえ?」

「ラクト、全てを呪いのせいにしてはいけないよ」

「……この、この、このっ」

「まあ、ちょっと汚いけど、ゆっくりしてってよ」



……マーメリズは心に決めた。

この二人に任せておいてはいけない。絶対に、いけない。

ぎりぎりと、拳を握り固めた。


マーメリズは、この汚屋敷(おやしき)に住まなくてはいけないのだから。もう後がないのだから。

本気で路頭に迷うなんて経験、もう金輪際味わいたくは無いのだ。


そのためには。



――――マーメリズは、鬼にでも修羅にでもなる。



マーメリズはゆっくりと、二人の男の前に仁王立ちした。



「……おい、そこのバカ親子」


仲よくマーメリズに顔を向けるバカ親子。

綺麗な顔がいっそ腹立たしい。


「今すぐ家中の、床に落ちている物を庭に出せ」

「ええー」

「やだー」

「やだ、じゃねえ」



マーメリズの目は完全に据わっていた。

据わった目のまま片手を上げ、手のひらの上にファイヤボールを生み出した。

マーメリズは黒魔道士である。割と高難度の呪文も体得している黒魔道士である。

直径一メートルほどの火球は、見る者に恐れを抱かせるくらいには迫力があった。

マーメリズのダークブラウンの髪が、炎で煽られている。地獄の使者さながらであった。



「今から三秒以内に取り掛からなければ、屋敷を燃やす」

「ちょ、ちょっと待って。屋敷燃やされるのはさすがに、マズイ」

「いーちぃ」

「マーミィも困るんじゃない? 寝るとこなくなるしっ」

「にーいぃ」

「あのねっ、わりと貴重な資料とか高価な物があったりするんでっ」

「さぁぁぁぁーん……」

「やべえっ! ラクト、マーミィがガチでマジだ!」

「なんでこんな奴連れてきたんだよ、コーキ!」



バカ親子は屋敷に突入し、床にあるものを片っ端から庭に投げ出し始めた。ゴミが空中を舞っている。



マーメリズは血走った目のままハンカチで鼻から下を覆い、屋敷に踏み入った。

窓という窓を全て開けて回る。


邸内は、自分の目にモザイクを掛けたいくらい、汚れていた。

マーメリズもがしがしと手当り次第に物を外へ放り投げていく。重いものも軽いものも、手に触れたものは全て放り出した。

全てゴミにしか見えなかった。



「マーミィ、それは『世界呪術大全』という、この国に三冊しかない貴重な……」

「えい」

「ああああああ!!」

「それは待て。俺の持ってる中で一番高い剣で……」

「とう」

「おああああっっ」

「マーミィィィ、だめえ! おれのエロ本コレクション……!」

「ファイヤ」

「ぎゃあああああ!」

「マーミィさん!

それは武器屋の親父を拝み倒して手に入れた、貴重な……」

「星になれ」

「投げんな! 男のロマン、投げんな!」



あらゆる男のロマンを投げ出され燃やし尽くされ、床に手をついて嘆きを演じている……いや本当に嘆いている男子二人。二人の影は燃え尽きた灰色をしていた。

そんな二人を冷たく見下ろし、マーメリズは修羅の顔のまま言い放った。



「手を止めるな。

床にある時点でお前らの男のロマンなど地に落ちている。役に立たないロマンなど捨てちまえ」

「怖ええ。マーミィ、怖えええ」

「コーキ、お前の財布寄越せ」

「……ここでカツアゲっ!」

「悪魔かっ!」

「この家に、掃除の道具が見当たらない。

街で買ってくるから、それまでに床のもの全部出しとけよ」

「「…………」」

「返事はっ!」

「「……はあい」」

「………………。

……愚か者どもめ。

本当に大事なものを回収するくらいの猶予は、くれてやると言っているんだ」



コーキとラクトは顔を見合わせた。

小刻みにこくこくとうなずいている。

こういう所は、この親子はとてもよく似ていた。





コーキとラクトは二人で、ごしごしとブラシを動かしていた。

この家の風呂は広い。五人くらいはゆったりと入れるくらいの広さはある。

コーキとラクトの二人の生活では湯船に浸かるなど全くしていなかったのだが、マーメリズは夜叉の顔でノーを言い渡した。



庭に出された物たちは、街から帰ってきたマーメリズのファイヤ魔法によって、全て焼き払われた。いっそ清々しいくらい全てであった。

おかげで旺盛に生えていた雑草まで燃えて、庭がちょっとすっきりしたくらいである。

その後コーキはほうきを、ラクトはハタキと雑巾を渡され、マーメリズ指導の元、徹底的に屋敷を磨かされた。


途中コーキが眠りに落ちたりしたが、マーメリズは「ふん」の一言で通り過ぎるという、凄まじい順応力を見せつけてくれた。黒いローブのマーメリズは、ラクトにはもう悪魔にしか見えない。



「……コーキ、もう朝だ」

「いやあ、朝だねえ」

「俺たち、不眠不休で掃除してんだけど」

「あはっ。サボったらマーミィに燃やされるよ?」


髪の一部を焦がされたコーキが、ラクトに自分の焦げた茶色の頭を見せつけた。

勝手に休憩していたコーキに、マーメリズは容赦なくファイヤを放ってきた。

一般人なら死んでいる。



ラクトはコーキの頭に目をやり、力を込めてブラシを動かした。

しかし、ふつふつと怒りは沸いてくる。


「なあコーキ、あの女追い出そうぜ」

「えー、呪いに強い逸材だよ? めったにお目にかかれないよ?」

「呪いだけにしか特化してねえじゃん。

何やらされてんだよ、俺たち」

「あははは。わかってねえな、ラクト」


割と楽しそうにブラシを動かしながらコーキは笑う。


「例えばさー、昨日面接に来てた女子たち、一人でもうちに入れたと思う?」



ラクトは昨日の光景を思い出す。

綺麗な装備と綺麗にほどこされた化粧と、自分の容姿に自信ありげな女性たち。

ラクトの目からもゴミ屋敷なこの家に、一歩でも入れただろうか。



「……」

「なー。無理だよなー。

でもあの子、自分からうちに入ってきたぜ」


コーキはケタケタ笑っている。

ラクトはマーメリズの、決死の覚悟の姿を思い出した。

その後の姿は、悪魔にしか見えなかったが。



「おっもしろいよ、あの子。おれたちが掃除の仕方知らないこと前提に、丁寧に説明してたし」


マーメリズの口調はともかく、ラクトは掃除道具の使い方、洗剤の使い分け、さらにその理由まで伝授されていた。

その事実に気づいて、ラクトはやはり憮然としてしまう。


「すっげえ、面白い子手に入れたね、ラクト」

「……うぜえ女じゃん。口うるさいし、見た目フツーだし」

「ラクト、若いなー。青いなー。

とーちゃんはちょっと、うずうずしてきたよ?」

「マジかよ。どうかしてんな、コーキ」

「……へえ。

お前、本当に分かんねえの?」


見た目十歳の少年は、意味深な笑みを浮かべた。

それだけでぞっとするほど凄みが増す。

ラクト以外には、見せない表情であった。

すぐにあどけない少年の顔に戻ったが。



ラクトはこんな時に、自分の父親の底の知れなさを感じる。

剣聖とまで呼ばれた男が絶望的な呪いを受けて、その呪いを手玉に取ろうとしている。少年の見た目に気を取られていると、したたかな男の姿が見えなくなる。

ラクトの父親は、そういう男だった。



コンコンコンと、浴室のドアが叩かれた。


「……コーキ、ラクトさん。手を洗って、台所まで来てください」


マーメリズの声である。

反射的にラクトはドアを睨みつけた。

次は何をやらせる気だ、あの女。

コーキは逆に、鼻歌でも歌い出しそうな顔で、風呂掃除の仕上げに取り掛かった。



ラクトは、はてと台所を見回していた。

この部屋はこんなに広かっただろうか。

六人がけのダイニングテーブルには見覚えがある。家を買った時に見た気がした。その後、何かに埋もれてしまったが。

食器などをしまう棚も久々に見た。棚として機能する前に物が邪魔して開かなくなったやつだ。



それに、この部屋で嗅いだことのない匂いがしている。

なんだこれ、なんの匂いがわからない。だけど……。



「なになに? なんか、いー匂い!」


コーキがマーメリズに走り寄った。

鍋をかき混ぜていたマーメリズが、笑顔でコーキを止める。


「危ないです。椅子に座ってください。手は洗ってきましたか?」

「うん!!」

「この家、辛うじて鍋がひとつだけありましたね。

買い物する時間が遅かったので、クズ肉とクズ野菜しか買えませんでしたが、食べることはできそうです」

「ちゃんといい匂いするよ?」

「そうですね。では、コーキ、ラクトさん。

ごはんにしましょう」



ラクトは、ぼーっと目の前の光景を眺めていた。

見たことの無い光景だった。

誰かが自分のために温かい食事を作ってくれて、自分を呼んでくれている。

記憶がおぼろなくらいチビの頃、無性に憧れていた景色だった。

誰にねだったらもらえるのかわからなくて、イラついて悔しくて泣きそうな気分だけ、濃厚に覚えている。


そして、自分が好ましい匂いに出会った時、「いい匂い」というコトバを使うことを、ラクトは初めて知った。人生で使った事のないコトバだった。



ラクトは首を振った。もう色々と考えるのが面倒になってきた。置かれたスプーンを手にする。

目の前のメシに集中した方がいい。



コーキがニコニコしながら叫んでいる。


「マーミィ、美味いー! 超美味いー!」

「よかったです。量だけはいっぱいあるので、たくさんおかわりしてくださいね」

「これ、なんて料理?」

「名前があるような料理こんな材料でできるわけねえだろ、というお料理です」

「……マーミィ、ちょっと黒い部分出てたよ」

「それより気になったのが、台所に大量にあった冒険者御用達のクソ不味いバランス栄養固形食。これは一体……」

「おれたちの主食!」

「そこのダメ親父、正座して食え」


一瞬ブラックを全開にして、マーメリズがコーキに正座を強要した。



ラクトは食事を楽しんでいるマーメリズをちらっと眺めた。時おりコーキに笑顔で答えている。

笑った顔など見ていなかったから。

……この女、こんな顔してるんだっけ……。


ぼんやりと食事を口にしながら、ラクトは不思議な気分になっていた。

俺いつの間に、こいつにこんな気を許してしまっているんだろう。



こんなに緩い気持ちで他人に接したことが、あっただろうか。

ラクトは今まで、打算や下心を持って近づいてくる人間ばかり見てきた。

炎の兄弟に近付いて美味い汁吸いたいヤツ、ラクトの見かけだけしか見ないで擦り寄ってくるヤツ、元剣聖の息子に取り入りたいヤツ。

大体ロクな目に合わなかった。


コーキ以外に気を許せる人がいなかった。

だから、やり方がわからない。



ラクトは一瞬、逡巡した。それでも黒いローブの彼女の名前を、口にしてみた。


「……マーミィ」

「はい、ラクトさん?

あ、おかわりですねー。今持ってきますね」

「マーミィ、おれもおれも!」

「順番ですよ。待て! ですよ」



うわあ、とラクトは顔に血が集まるのを自覚した。


すげえ恥ずかしい。けど、すげえ心地いい。

なんだこれ。訳わかんねえ。


マーメリズを盗み見る。

楽しげな彼女は自然体で、何も気負っている風ではなくて……。



視界の端を何かが蠢く気配がした。


「フリーズ!」


瞬間的にマーメリズの魔法が炸裂した。

床を這いずっていた黒い虫の上に、一メートルほどの氷の柱が現れた。

マーメリズは慣れた仕草で根元から氷を蹴り倒し、開けた窓から槍投げよろしく庭に氷の柱を投げ飛ばした。

庭には無数の氷の柱が刺さっていた。


「あー、うち、いっぱいいるんだよね。

ゴキブ……」

「私の前でそのモノの名を二度と口にするな」


椅子の上で正座したコーキは、マーメリズの冷気によって凍りついた。

マーメリズが般若の顔のまま、ダメ親子を振り返った。



「この後、一休みしたら二階にかかるぞ。

お前らの寝室がどうなってるかくらい、大体想像はついてんだ。

ただで済むと思うなよ」



やっぱりこんな女迎え入れるんじゃなかった。

ラクトはコーキの、凍りついた薄茶色の頭を睨みつけた。



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