【22】 ドラゴンの呪い
対決、それは、集中力!
「ドラゴンの呪いに、終止符を打ちませんか?」
「……呪いに、終止符を打つ?」
「はい。『一生安眠を享受する事を禁ず』。この呪いを解きましょう」
マーメリズに手を握られたコーキは、まだきょとんとしたままだ。幼い表情が可愛らしい。
ラクトの方が驚愕している。
マーメリズに一歩近付いた。
「マーミィ、どういうことだ?」
「えーっとですね。私も教本で読んだだけで、しかも記述がうろ覚えという、情けなさではありますが」
マーメリズはキュービを見上げた。本来の姿のキュービは見上げなければ顔も見えないほど大きかった。
宝珠を手にしていれば、本当に本来の姿のままでいられるらしい。巨大なままだった。
「キュービ、今ならコーキの呪いが分かりますか?」
「んあ? コーキの呪い?
どす黒いやつでしょ。見るのもやなんだよ、気色悪くて」
「真面目にやってくださいね。
じゃないと、今日のあなたの夕ご飯は、冒険者御用達のバランス栄養固形食になります。在庫は山ほどあるのです」
「はい、わし頑張ります。頑張らせていただきます。
……えーと、うんうん。キショいね。あ、でも……」
キュービはコーキに鼻面を近付けた。
匂いを嗅いでいるようだが、違うらしい。
コーキは自分をキショい呼ばわりする大きな獣を、半目で睨んでいる。
「……よく見ると、話に聞いてたのと違うぞ? 呪いは一個だぞ」
「一個? ドラゴンと悪魔の二つじゃないのか?」
ラクトの言葉に、キュービは首を振った。
乾いた泥がポロポロ落ちた。
「呪いはわしと同族のものだけだな。所謂、ドラゴンの呪い。眠れなくなるヤツだろ?
悪魔は、コーキを子供の姿にした悪魔の力は、また違う系統なんじゃないの?」
「なんだそれ、訳わからん」
「えーと、わからないので、ドラゴンの呪いの方に注目してみましょう。
聖女教本にですね、ドラゴンにはドラゴンの力をコントロールする能力があると。聖なるドラゴンが宝玉と聖水を使い、悪しき物から国を守ったという伝説もあります」
「……はああ」
「具体的にどんな風に国を守ったのか、ちょっと受講中居眠りして忘れちゃったんですが」
「……マーミィ?」
「えへん、ごほん。
実際にここで聞いてみればいいことじゃないですか。
ねえ、キュービ?」
キュービはマーメリズの言葉をふんふん聞いていた。本物のホワイトドラゴンである。普段は偽物っぽいが、今はちゃんと本物に見える。
大きな耳をくるりと動かした。
「そうなー。どんなドラゴンかにもよるけどさ。力をコントロールすることもできるよ?
でもコーキの中の邪竜は、わしとは相性悪いわけ。わし、聖なるホワイトドラゴンだから」
「……そうなんですか?」
「そうよー。ドラゴンだって相性あるもの。個性的だもの。
まあ、わしに出来ることって言ったら、呪いを無効化するくらいだわな」
「……!!
……キュービ、もう一回」
「ええっ? 聞いてなかった?
だからー、呪いを無効化するだけだって。うまいことコントロールとか、邪竜相手じゃ無理……」
ラクトがキュービに組み付いて、首をぎゅうぎゅうに締め上げ始めた。巨体相手に頑張っている。
「一番欲しい力じゃねえかよ! なんで言わないんだよ!」
「そもそも、宝玉ないとできないしー」
「さっさとやれよ、バカ聖獣! コーキがどんだけ苦しんできたのか分かってんのか!」
「いや、待て。一旦首締めるのやめよ?」
「そうです、ラクト! キュービが死んだら呪いも無効化できません!」
頭に血の上ったラクトを引き剥がし、マーメリズはキュービに向き合った。聖獣は後ろ足で首を掻いている。
「キュービ、コーキの呪いを無効化できるんですね」
「うん。でもさ、無効化するだけじゃダメだと思うんだよね。復活するもん」
「……それは、どうしてです?」
「コーキの中に呪いの核みたいのがあるよ。それを取り除かないと何度でも復活する」
「……それは予想外です」
「消しちゃえばいいじゃん」
キュービの何気ない一言に、マーメリズは当惑する。消すって簡単に言ってくれる、と思った。
キュービはまじまじとマーメリズを見ていた。
なんでやんないの? と顔が訴えている。
「だから、核を消しちゃえばいいじゃん。
聖女の浄化の力で」
「……聖女の浄化の力って、何だ?」
コーキの問いにキュービは首をかしげた。
「今はやってないのか? 三百年前はよくやってたけどな」
「そもそも、この国に、聖女と呼ばれる者はいないんだ」
「うそー! 今、聖女いないの? そんな風になってるの?
じゃあ、マーミィって何者?」
コーキとラクトは揃ってマーメリズを見た。
この元聖女見習いは、聖女教育を受けている。
マーメリズは綺麗な顔の親子にガン見されて、慌てて両手を振った。
「私、私は元聖女見習いです! 聖女であったことありませんし、そもそも浄化ってなんですかって感じです!」
「キュービ? マーミィの能力は、聖女に値する?」
「初めて会った時、聖女が来たと思ったもんね」
「てことは、聖女の力は持っている、と」
「そうね。わしとしては、聖女に認定」
「はわわわわ、なんてことを、キュービ……」
「頼むよ、マーミィ」
コーキがマーメリズの傍に立っていた。
十二年、まともな睡眠を取らずに生き延びた男が、マーメリズのすぐそばに居た。
気負いはないが、切実な思いは伝わっている。
この呪いがなかったらと、何百何千回と思ったに違いない。
それは、傍で父を見てきたラクトにも言えた。
そもそも、ラクトは呪いのない父の記憶がないに違いない。いつ眠りに落ちるかわからない父の傍で育った。
呪いに翻弄された親子が、マーメリズを見つめていた。呪いがなくなるかもしれない、なんてことを現実的に思ったのは、初めてに違いなかった。
――マーメリズは覚悟を決めることにした。
出来るかどうかなんてわからないが、やらないなんて選択肢は初めからないのだ。
やれることは、全部やる。
マーメリズにとって、大切な二人のためなんだから。
□ □ □
コーキは地面に直に胡座をかき、キュービが目の前に座った。池を背にして、マーメリズが二人の間に立った。
ラクトは少し遠巻きにして様子を伺っている。
マーメリズがキュービに目を向けた。
「キュービ、私に聖水を……」
言葉が終わる前にマーメリズは頭からずぶ濡れになった。キュービがでかい前脚で聖水を引っ掛けたのだ。髪からぽたぽたと雫が垂れている。
「準備万端!」
「……容赦なしですか」
じとっとキュービを見たが、キュービに気にする様子は無い。黒い髭をそよがせていた。
マーメリズは顔だけ拭いて手を組んだ。
祈りを捧げるように少し下を向き、目を閉じた。
神殿の地下で沐浴をした時のように、集中したかった。水で濡れた体に風が吹くと、震えるような寒さがやってきた。
その向こうに、静かな感覚が見える気がする。
マーメリズは感覚を研ぎ澄ます。静かな感覚の向こうに、うっすら青い色が見えた気がした。青いベールがマーメリズを覆っているようだった。湖の底を覗いたような、透明感のある青さである。薄く目を開けると、世界が青い。
青いキュービが宝玉でコーキに触れていた。コーキも青い。そしてコーキの内側だけが黒かった。
キュービがさらに宝玉に力を注いだのが分かった。白い力がコーキの黒い部分を消している。
キュービが何度か力を注いでも、消えない黒い中心があった。あれが核だろう。マーメリズは思わず手を伸ばした。
コーキの胸の辺りだった。温かい胸に両手で触れた。
消えない黒い核はマーメリズに反応した。ビクンと躍動して、逃げようとしているようだった。
ここで力を注げば消えるんだろうな、とマーメリズは思った。怯えた核が、右往左往するように蠢いている。
マーメリズは黒い核に注目した。力を注がずに語りかけてみた。
こっちへおいで。
何もしないから。
私の手の中へ、おいで。
逡巡していた黒い核は、何度か語りかけるうちに、徐々にマーメリズの手の中へやって来た。コーキから離れ、マーメリズの元へ。
マーメリズは手の中の黒い物を、聖水の池へ浮かべた。
小さな球状の黒いものは、聖水の中でするりと色を変え、乳白色の球になった。
……そこまでがマーメリズの限界だった。
マーメリズは池の端に、バッタリと倒れ込んだ。
「……むーりー。もう無理ですう」
「ありゃりゃりゃ、マーミィ。燃え尽きた?」
「私はいいですぅ。コーキは? 無事ですか? 呪いはどうなりました?」
「無事だよ」
静かなラクトの声だった。
コーキを抱き上げている。
コーキは熟睡していた。満月の夜の時のように、でも小さな体のまま熟睡していた。
「コーキの中にドラゴンの呪いはないよ。わしが保証する」
「キュービが言うなら、確かですね」
「当たり前。わし、聖獣だもん」
もう、大丈夫。とマーメリズは思った。
今日からは毎晩、コーキは熟睡できるようになる。
『一生安眠を享受することを禁ず』
そんなドラゴンの呪いはなくなったのだから。
自然と頬が緩んで、寝落ちではない深い眠りのコーキを見つめてしまった。
寝かせて来ると言って、ラクトは屋敷に向かった。
泣きそうに顔が歪んでいたのは、見なかったことにする。
この呪いがなければ、と呪い続けた日々は終わった。二人は解放されたのだ。
呪いと戦い、勝ち抜いた親子の背中を、マーメリズは静かに見送っていた。
それにしてもさー、とキュービは白い長い尻尾を振った。
「マーミィってば、呪いを浄化するんじゃなくて、取り出すんだもん。びびったよ、マジ」
「あー……なんかですね、消しちゃうのか可哀想になりまして。明らかに私を怖がってる風情だったので」
「お陰ですごいの出てきたね。ドラゴンの宝玉、二つ目よ」
「それ、ドラゴンの宝玉ですかっ?!」
「そうよーん。随分小さいけど、間違いないね。
コーキに呪いかける時、邪竜は宝玉を使ったんだな。死ぬ間際に死に物狂いで呪ったんだろ。よく生きてたよな、コーキって」
「……あのコーキですよ。したたかさでは右に出る者はいないですよ」
キュービが納得したように、巨体な体を伏せた。
水面に浮かんだ、親指の爪ほどの大きさの宝玉を眺めている。
「邪竜の宝玉なのに、聖水のお陰で浄化されちゃったよ。これ、どうする?」
「起きたらコーキに預けてみましょう。呪いではないですけど、強いチカラを持ってますから、おそらく興味があるはずです」
くしゅん、とマーメリズがクシャミをした。
聖水でずぶ濡れのまま、時間が経っていた。
シュルリとキュービが小さくなった。いつもの仔犬サイズになっていた。
「あれ、本性のままでいないんですか?」
「あの大きさだと家に入れないんだもーん。
マーミィ、風呂入ったらメシね! 固形食はナシよ。わし、泣くよ?」
「分かってますよ。今日はお魚です。ムニエルにします」
「タルタルー! タルタルソースたっぷり希望!」
「はい。ではお家に入りましょう」
マーメリズは聖水に浮かんでいた宝玉をつまんで、手のひらで包んだ。
意外なことに、ほんのり温かかった。
□ □ □
「ラクト! 時間がないです! 学校遅刻しますっ!」
「でももう少し食わないと! 二時間目で腹が鳴るっ」
「急いでー!」
「マーミィ、今度さ、東の国の米料理にレッツトライしてみない?」
「キュービ、それ今話題にのせるような内容ですかっ?」
「マーミィ、やべえ。シャツにソースこぼした」
「脱いでー! 染み抜きするから今すぐ脱いで!」
「わし、ごはんに味噌汁が食いたいの。あの国には梅干しという罰ゲームアイテムがあってだな」
「何の話か全然分からないんですけど、キュービっ」
「……あー、寝坊した。
おはよ」
コーキがとことことやって来て、朝食の席についた。少年が、ちょっと照れくさそうに笑っている。
マーメリズは胸がつまった。
眠れなかったコーキが寝坊して、朝の挨拶ができること。
当たり前のことが、奇跡のような出来事の上で成り立っていること。
ラクトが無言で拳を出してきて、コーキはそれに拳で答えた。二人は言葉にしなくていいみたいだった。
それらを全部ひっくるめて涙腺が緩みかけたが、マーメリズは笑った。
笑ってコーキに向き合った。
「コーキ、おはようございます!」
ちゃんと毎日投稿できてる!
えらいぞ、わし!




