【20】コーキ
シリアスさんです。
コーキが怒涛です。
マーメリズは王宮の地下で、札をペタペタ貼る作業をいつものようにこなしていた。
呪いを呪いで相殺しゼロにするという、コーキの発想から生まれた装置だ。
コーキは呪いを一種の力とみなし、その力をいかにうまく使うかを考えているようだ。だから呪いの館や祠などに興味を示して、その力がどんなものか、何かに利用できないかを研究している。
マーメリズははてと疑問を感じた。隣では手慣れた様子で札を貼り続けるコーキがいた。この装置を発案した本人は鼻歌でも歌い出しそうな気軽な雰囲気で仕事をしてる。マーメリズは自分より背の低いコーキに話しかけた。
「ふと思ったんですが」
「なあにー?」
「うちのお屋敷は、呪いの館ですよね」
「そうだよ。呪われてるのは研究室だけ、だけどね」
「おうちの呪いの力も、何かに役立てているのですか?」
コーキがマーメリズを見上げてきた。かなり驚いた顔をしている。黒い目が飛び出してきそうであった。
「なんでそう、思ったの?」
「コーキが呪いの力を、そのままにしておくはずがないと思ったからです。ただ呪いと共存できて喜ぶような性格ではないでしょう?」
「…………!」
「呪いを潰すでもなくそのまま研究室として存在させているということは、なにかしら活用しているのではないかと」
「……マーミィは、意外なところで鋭いな」
そう言ったのはタインで、柱に最後の札を貼り付けたところだった。黒縁メガネの奥の緑の瞳が、興味深そうに光っている。
「こんな呪いまみれの空間じゃなんだし、上で話せよ、コーキ」
「……はいよ」
「随分嫌そうな感じ、ですね。
……聞かないほうが、よかったですか?」
コーキは嫌だけどしょうがない、という分かりやすい顔で首を振った。淡い茶色のと炎色の髪が共に揺れる。
「いつかは話すべきだし。ちょっとその機会が早くなっただけだ、と思うことにする」
「……本当に、嫌なんですね?」
「やだ。もう、ほんとやだ」
「あわわわわ」
「マーミィ、気にすんな」
タインがマーメリズの肩を軽く叩いた。
「コーキが呪術関係に足を踏み入れることにになった、きっかけの話だ」
「……ドラゴンの呪いにかけられた、ということでは?」
「それもあるけど、その前もその後もある」
コーキは呪符を片付けながら苦い顔をしていた。
三七歳の男の顔が垣間見えた。
□ □ □
所長室でマーメリズはお茶を入れていた。
呪術研究所でお茶に呪物を入れられるという事件もあったりして、なんとなく自分の口に入れるものは自分で用意するようにしていた。
コーキとタインも喜ぶから、というのもある。マーメリズの入れる、お茶は美味い。
コーキがソファにふんぞり返っている。
やる気を全く感じさせなかった。
「……あー、どっから話すか」
「まあ、妥当なところはラクトが生まれた頃のことだろうな」
タインがマーメリズの入れたお茶の香りを楽しんでいる。
カップを持つ手は優雅だ。伊達に貴族の生まれではない。
「そうなー。
……マーミィ、おれが聖騎士団の団長やってたことは知ってるよね?」
「はい。ラクトに聞いてます」
「うん。
おれがいた当時の聖騎士団に、司教候補にされていた司祭から、打診があったんだ。
カカルス教を知らない未開の土地に、布教に行かないかと。聖騎士団と共に自分が行けば、カカルス教布教のための時間を、それほどかけずにすむだろうと」
「……それって」
「布教という名の侵略だな。
あからさまにキナ臭かったんで、おれはすぐに却下した。
その司祭ってのが、現司教のヘレン司教だ」
「ヘレン……女性の方ですか?」
マーメリズがコーキを見ると、嫌そうな顔のコーキが渋々うなずいた。
「そう、女。
公爵家出身のエリート司教だ。公爵家から大司教を出したい、という野望を全面に受けて、今も暗躍してる現役司教だよ。
そいつが布教を却下したおれに、直談判に来たんだよな。異国での布教を出世の取っ掛りにしたかったみたいでさ。
で、おれに会って、真っ先になんて言ったかと言うと」
コーキは物凄く嫌な顔をした。
コーキがこんな顔するのは珍しい。
可愛い顔が歪んでいる。
「『わたくしと結婚しなさい』ってさ。
……こいつ、頭おかしいと思った」
当時のコーキは、大人のコーキの姿だ。
マーメリズも身に覚えがある。見ただけで体の中心を絞られるような気になる、凄みのある外見の男である。
司教は世に言う、一目惚れという状態に陥ったのだろう。
タインが、ゴーヤを丸かじりしたみたいな顔のコーキに目をやった。
「その時のこいつの返答が、またなあ。
コーキ、当時のまま言ってみ」
「あー、あれな。
何て言ったかというとー…………お前、馬鹿か? 聖職者は神の配偶者として一生を過ごすって、教会で習わなかったのか? お前が聖職者である限り、人とは一生結婚できねえよ。
しかもおれ既婚者だし。この前子供生まれたばっかだ。お呼びじゃねんだよ、ばーか。
……というようなこと、言った」
「……コーキ、バカ」
マーメリズは両手で顔を覆った。
自分が司教と同じ立場だったら、立ち直れないと思った。
タインが真面目な顔で続けた。
「もちろん、優等生のエリート司教は怒り狂ったわけさ。自分を貶めたコーキへの報復が始まったんだ。
まず、コーキの奥方を狙った。暴力じゃない。男を使った」
コーキがムスッと頬杖をついている。
黙っているコーキから話す了承を得たと判断したタインが、再び語り出した。
「当時、あまり家庭をかえりみない生活をしてたコーキに、奥方は不満を抱えていたんだな。自分だけ家庭と子供に縛られて身動き取れないと思って。
……子供を置いて男と駆け落ちした」
「はわわわわ……ラクトの、お母さんですよね?」
「おれは絶対あいつ、許さん」
コーキの黒い瞳から、怒りがほとばしった。
一瞬背中がぞわりとするくらいの怒りだった。
「もちろん、留守がちなおれが全面的に悪かったんだけど。
でもさ。暗がりで、泣く元気すらなくなって、倒れているラクト見たときの衝撃、わかるか?
ラクトを置き去りにした女を、おれはラクトの母親とは認めない」
「……てことで、離婚が成立。
元奥方は田舎に帰り、コーキがラクトを引き取った。
しばらくはベビーシッターやら、聖騎士団の食堂や掃除のおばちゃんなんかに、ラクトの面倒見てもらってたんだが……」
「ラクトに異変が見られ始めた」
コーキがタインの言葉をひきついだ。
当時を思い出してか、軽く眉が寄せられていた。
「ラクトが二歳くらいの頃だ。グズり方がおかしいし、ろくに寝ることもできてない。熱もよく出すし、これは普通じゃないと思って医者に見せたんだ。
その医者が偶然、呪術にも手を伸ばしていた変わり者で。この子には呪詛がまとわりついている、って言われた」
「……呪詛」
「十中八九、ヘレン司教の仕業だと思った。聖職者は悪魔祓いをすることもあるだろ。呪術ってのと表裏一体の世界だ。
それで、おれは友人を頼った」
コーキがタインを見やる。
タインが鼻を鳴らした。
「コーキが呪術研究所に子連れでやって来て、これは呪詛なのかっていきなり聞くんだ。すごい勢いで。
あんなに焦ったコーキは初めて見たな」
「うるせー」
「ラクトを見ると、確かに呪詛の気配がした。
だからその場で呪詛を返した」
「……呪詛とは返されるものなのですか?」
「術を破れば、呪詛を行った本人に返る。
案の定、ヘレン司教が病に倒れたという噂が流れてきた」
「うわー……」
「でも今思えば、ヘレン司教のコーキへのヘイトが、殺意に変わったきっかけだろうな」
やはり、ヘレン司教だったのだ。
コーキがお茶のカップをくるりと回して、でも飲まずにカップを置いた。
「ラクトに危険が及ばないよう、今度は呪術研究所、というか、王宮内の託児施設にラクトを預けることになった。念の為、ラクトには呪詛返しの印を入れて」
「呪詛返しの印、ですか」
「念の為に。おれが怖かったんだ。得体のしれない力がラクトを狙ってるかと思うと。
だから、ラクトの左肩甲骨の下、今でも刺青がある」
「……!
体に直接印を刻んだのですか!」
「あれは……キツかったな。
麻酔しても痛いみたいで、暴れるラクトの体押さえつけて、刺青入れてもらって。
ラクトはしばらくの間、おれがいないと寝れなくなってた。悪いことをした」
コーキはしばし沈黙した。
黒い瞳は閉じられている。
「……子供がどんな状況だろうと、聖騎士の仕事はやってくる。
地方で邪竜が暴れているという報告が入った。
王国騎士団では心許ないということで、おれだけ派遣されたんだ。その時には、剣の腕は誰にも負けなくなっていたから。
でもそれも、ヘレン司教の仕業だったらしい」
「……!」
「実家に手を回して、邪竜退治におれを派遣させた。おれ一人を聖騎士団から離したかったみたいだ。
邪竜退治はおれ一人の仕事だった。王国騎士団は途中からわざとはぐれたな。
本来のヘレン司教の目的は、邪竜におれを殺させることだったんだろ。うっかり、倒しちゃったけど」
コーキは肩をすくめた。
「ただし、そこで竜の呪いを受けた。『一生安眠を享受する事を禁ず』ってやつだ。
良かったんだか、悪かったんだか」
「死ななかったんだから、良かったに決まってます!
でも、よく王都まで帰り着きましたね……」
「王国騎士団も、ドラゴンスレイヤーに手出しするのはマズいと思ったんじゃないか? 国の英雄になりえるし。おれの実力は実績が証明してるし。
現に竜は討伐されているわけだから、その報告も上げなくてはいけない。おれの寝落ちも、どの程度の寝落ちなのかわかってなかったしで、帰りは丁重に扱われたな」
コーキが膝に頬杖をついた。
柔らかい頬が盛り上がっている。
「呪いを受けて教会に出入りできなくなって、聖騎士を引退したんだけど、武術指導員として残ることになった。聖騎士幹部たちがおれを手放さなかったんだ。
でも同時にタインが呪術研究所の所員におれを組み入れて、呪いの研究も同時並行でやることになった。
そこで、呪いの力を活用することを考えた。地下のあの柱だ。その発案者としておれの名前が上がった途端、今度は悪魔がおれの魂の半分を持って行った。そのせいで子供の姿のおれが残ったってわけだ」
「!
やっぱり、ヘレン司教の仕業ですか?」
「限りなくそうだと思っているけど、証拠は無い。
腐ってもヘレン司教は聖職者だ。悪魔と取引はできないだろう」
「……そうですね」
「さらに周りを固める必要があると思ってた矢先に、あの屋敷を見つけた。
あの屋敷の呪いの根本は、何かから大切な物を守りたい、奪われたくないという執念だ。その執念を活用して、あの敷地全体を呪詛から守ってる。
だからあの屋敷にいる限りは、おれもラクトも呪詛に対しては安全なんだ」
マーミィを襲ってきた奴らように、物理的に来られちゃ直に戦うしかないけどね、とコーキは語った。
あくびが漏れてきている。今話していた、竜の呪いの影響だ。『一生安眠を享受する事を禁ず』。そのために、コーキはいつ眠りに落ちるかわからない不安定な生活を強いられているのだ。
コーキは自然体でとことこ近づき、マーメリズの膝で横になった。一瞬マーメリズと視線を合わせた。
「……洗いざらい話したぞ。ロクでもない半生だ」
「何言ってるんですか!
そんなことありません。絶対にそんなことありません」
マーメリズはコーキの透き通った炎色の髪を撫でながら、きっぱりと言い切った。
コーキと同じ色の髪は、この世界で二人しか持たないものだ。たった二人しかいないのだ。
マーメリズは息を吸って、自分を整えた。
聖女修行の時にそう教わった。相手に伝える言葉は、自分を整えてから伝えること。
より相手に伝わるよう、雑念を交えないこと。
「……コーキに感謝を」
「!」
「あなたが、あなた自身とラクトを守ってくれなかったら、私はあなたたちに出会うことはなかった。
私はあなたに、心から感謝します」
コーキは動かない。もう眠ってしまったのかもしれない。
それでもマーメリズは続けた。
「あなたの行動すべてが正しかったとは言えないけれど、あなたはあなたにできる、精一杯のことをしてきました。だから、誇るべきです。胸を張るべきです。
あなたのおかげで、無くなってしまっていたかもしれない未来が、今ここにあります。その未来の上に、私も存在しているのです。
――偉業を成しえた、あなたのために祈ります。あなたのためだけに、私は祈ります、コーキ」
コーキの寝顔がいつもより安らかに見えるのは、マーメリズの気のせいだろうか。
少しでもコーキに届けばいいなと、マーメリズは思った。
タインが複雑そうな顔で、マーメリズを眺めていた。
「……それが、聖女の仕事の一つか?」
「……!
違います!
違いますが、手法は使いました。それしか知らないので」
どう説明するかマーメリズは悩んだ。
この国にはない、聖女の仕事だ。
「……聖女の仕事ですが。
信者様のお話を、信者様が納得するまで話していただきます。それを受けて、神がどう思われるのか伝えるというお仕事です。信者様を否定することなく、神のお教えに逆らうことのない回答を探り、伝えます」
マーメリズはコーキを見下ろした。
小さなコーキは深く眠っている。
「聖女は雑念を捨てて、自分をなるべくクリアにして、言葉を伝えます。そのほうが、相手に真っ直ぐに言葉が届くと教えられました。
今回はその手法を使っただけです」
「……なるほど。
この、臍の曲がりきったコーキが、素直に聞き入るくらいの力はあるな」
「伝わっているかどうかはわかりません。いつも冷や冷やしていました」
「いや……充分伝わっているとは思う。
マーミィ、その聖女の手法、使ってみる気はあるか?」
「?
どういうことでしょう?」
「……いや、いい。ちょっとこちらでも考えておく」
タインが、顎を撫でながら何か思案している。
マーメリズは不思議そうな顔で、養父を見つめた。
なんか、いいね! がいっぱい入ってるううう!
なんすか、どしたんすか? 祭りっすか?!
ありがとです、ありがとです。誰か、ティッシュ取ってー(嬉泣)
もう少しで完結です。
最後までお付き合い下さいませ。




