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【2】 呪いの重ねがけ=迷惑

呪われた子、この指とーまれっ

マーメリズは、純真無垢な笑顔を浮かべる見た目少年の三七歳おっさんコーキと、俺に話しかけんじゃねえオーラ全開のこっちは本当に少年もしくは青年のラクトを、見比べていた。

炎の色の髪だけでなく、面差しも似ている部分はある。

しかし、親子ではない。親子はおかしい。

主におっさん、コーキの見た目である。



「……なんだか、まだまだありそうですよね、あなたたちの謎」

「あるよー。

あのね、こっから結構大事!」



コーキはにんまり笑った。

無一文のマーメリズが思わずお菓子買ってあげたくなっちゃうような、純真無垢な笑顔である。



「俺ねえ、なんつーかいわゆる、呪いを受けてるんだよね」

「……呪い?」

「そう。呪い。

まず、この外見ね。

ある日、どっかの悪魔に見初められちゃって、魂半分持っていかれた」

「はああああ?」

「そしたらさあ。外見がガキの頃に戻っちゃって。

いやもうホントに、超不便」



なんだそれ。

なんだそれなんだそれ。



呆気に取られているマーメリズを尻目に、コーキは一人でうんうん頷いている。


「魂分かれたら大人と子供のおれがいて。大人のおれの身体、悪魔が持っていっちゃったんだよね」

「げえ」

「おれはこっちの意識しかないから、大人のおれがどんな目にあってるかわかんないけど」

「うわぁ……」

「あの悪魔に弄ばれてるんだろーな。ぞわぞわすんね。

早めに飽きてくんねーかな。ラクトよりチビとか、もうやだし。

自分の身体、返してほしいじゃん?」

「……七年、何の音沙汰もないだろ」


ラクトがボソッとつぶやいた。

マーメリズはドン引いている。

七年、呪いを受けっぱなしって……。



「あとー、これはマーミィの仕事に関わってくることなんだけど」



コーキが笑顔のままトロンと瞼を落としだした。

そのまま船を漕ぎそうになって、慌てて首を降っている。


え? 何、いきなり。

マーメリズは慌てる。

コーキは笑っている。ただ、目はほとんど閉じられようとしていた。


「ラクト、すっげ。呪いって空気読めるよ」

「バカ言ってないで頭よこせ」

「学会で……発表する……」



ラクトが慣れた手つきでコーキの頭を自分の膝に乗せた。

コーキはすでに熟睡に入ったようだ。

唐突なことに目を離せないでいるマーメリズに、ラクトは鼻を鳴らした。



「……えーと、マーミィ?」

「マーメリズですけど。

もういいです、マーミィで」

「この仕事、嫌だったら今消えても、俺は何も言わない」


ラクトはコーキの乱れた炎色の髪を直してやっている。

仕方なさそうだけど、別に嫌ではなさそうな雰囲気に見えた。

やはり親子より兄弟のほうが、しっくり来る。



「間違いなく、俺ら面倒だし。あんたにとっては損することばっかになる」

「私は私で事情があるんです。

せめて話は聞かせてくれませんか?」



ラクトは大人びた青い瞳をマーメリズに向け、ため息をついた。十七才のくせにため息ばかりついていると、マーメリズは思った。

この歳の男の子なら、もっと違う表情があるだろうに。



「……ラクトさん?」

「……コーキは急に眠りに落ちる。一日に数回」

「それも、呪いですか?」


ラクトは軽くうなずいた。


「炎の兄弟が、ドラゴンスレイヤーだということは?」

「知ってます。吟遊詩人が歌ってました」

「違うんだ。ドラゴンスレイヤーはコーキだけ」

「……そうなんですか?」

「ドラゴン倒したの、何年前だと思ってる? もう十二年経ってる」

「え……と、ラクトさんはその時いくつ?」

「五歳」


うわああああ。

マーメリズは頭を抱えた。

情報が混乱を呼ぶ。



「コーキは聖騎士団の団長だったんだ。当時から剣聖と呼ばれるくらいの、凄腕の。

地方で暴れる竜が現れて、それの退治に駆り出されて」


ラクトは軽く眉をひそめた。

吐き捨てるように言葉をつないだ。


「とどめを刺したのがコーキだった。その最後の瞬間に、竜がコーキに呪いをかけた」

「……どんな呪いですか?」

「一生安眠を享受することを禁ず」

「……!

何ですか、それ」

「コーキは眠れないんだ。夜になってもどんなに疲れても、自分の意思で眠ることができない」

「……嘘でしょ」

「俺が今、あんたを謀ってどうするんだよ」



ラクト深くため息をつく。

今日だけでもう何度目だろうか。



「呪いを受けてコーキは聖騎士を降りざるをえなくなった。呪われた聖騎士なんて、存在が許されないから」

「……」

「身体が限界に達すると急激に眠りに落ちる。今みたいに落ちるまでに間があればいいけど、急にぶっ倒れることもあるんだ」

「……危ないですね」

「うん。火の傍で寝落ちして火傷したり、階段の途中から転げ落ちたこともある。

いつも短い時間寝て、すぐに起きる。いつ眠りに落ちるかは、コーキにもわからない。

どちらにせよ、そんな呪いを受けた身体で騎士なんて仕事は無理な話だし」



淡々と話すラクトは、色々なことを諦めているように見えた。十七歳のはずなのに。


マーメリズはこの親子の闇に、少しだけ触れた気がした。

コーキは五歳の幼子を抱えて職を失い、呪いをうけた身体でどうやって生きてきたのか。ラクトはどんな思いでそんな父親を見つめてきたのか。

全く想像がつかなかった。


ラクトが何の感情も乗せない表情のまま、言葉をつないだ。



「俺がコーキのそばにずっと要られればいいけど、俺は学校も行ってるし、コーキには他に仕事がある。

それでコーキの護衛を雇うか、という話になったんだ」

「今のように、唐突に眠りに落ちた時、守れるように、ですね」

「そう。護衛というか、ほぼ介護だな。

場所も時間も決まりがないから、男の方がいいんじゃないかと思ってたけど、なぜだか女ばっか面接に来て」



そりゃ、あなたたちの見かけのせいでしょー、とマーメリズは心の中で唱えておいた。自分たちの外見の影響力を分かっていないのだろうか。

もし男性の護衛希望者がいたとして、先程のように女性陣に囲まれた中男一人面接希望とか、別の意味で勇気がいる。



むくっと、コーキが起き上がった。もう目が覚めたらしい。黒い目をパチパチさせている。



「……大体、話しといた」

「おー、珍しく仕事したな、ラクト!」

「珍しくってなんだよ」

「おまえ、むくれてダンマリ決め込んで気まずいままその場放置とか、よくやるじゃん。

あ、マーミィだから仕事した? タイプだったか?」

「……なんでそうなるんだよ!」

「お年頃の男の子って、キレやすくってやだー。

マーミィもそう思わない?」



コーキの発言に、ラクトはあからさまにカチンときたようだった。片目が引きつっている。

怒りの顔をマーメリズに目を向けて、コーキの頭を指さした。



「先に言っておくけど、こいつ、変態だから!」

「へ、変態さんですか?」

「変態の呪いマニアだ。

ドラゴンと悪魔から呪いを受けて以来、ありとあらゆる呪いを探し歩いている、呪われたバカなんだ」

「照れるなあ」

「軽蔑してんだ、ボケっ!

楽しそうにしてんじゃねえっ!」


本当のことらしい。

ラクトは心底不愉快そうにコーキを睨みつけている。


「だから、マーミィ。断るなら今のうちだぞ」

「ええっと、ですね」

「断らないよ、マーミィは。ね?」



コーキが、にやあっと笑った。とても十歳では作り出せない表情になる。

その顔のまま、自分の耳をトントンと指した。



「おれ、特技が地獄耳。

マーミィ、一文無しで知り合い皆無で、今日の宿にも困ってるんだよね?」

「はわわわわっ」


マーメリズが慌てだした。

受付のお姉さんとの会話を、随分離れたこの距離から聞いていたらしい。

そして、自分が困っていたことも思い出して、落ち着かなくなっていた。

今日の寝床、確保出来てなかった!


「おれ、割と広い屋敷持ってるし。使ってない部屋、いくつもあるし」

「おおおおっ」

「ちゃんと部屋には鍵ついてるし、ベッドもあるし」

「なんとぉっ」

「マーミィ、今日からうちにくればいいじゃん?」

「……はわっ、救世主っ」

「チョロすぎだろ、マーミィ!」



ラクトのツッコミに、マーメリズは胸の前で両手を組んで、ふるふると首を振った。

いやもうほんとに、困っていたのですよ。

お屋敷に住んでる坊ちゃんにはわかんないなー。

マーメリズの、「目は口ほどに物を言う」視線を浴びて、ラクトはマーメリズから心底嫌そうに顔をそむけた。



マーメリズはコーキを救世主降臨さながらの視線で見つめている。そのコーキの黒い目は、マーメリズの組んだ手、正確には手首に付けられた腕輪に注がれていた。

繊細な造りの、銀の腕輪である。大きめのアメジストが一つ、飾られていた。

コーキの両目が妖しい光で溢れた。



「……マーミィ、その腕輪見せて?」

「これ……ですか? だめです!」



マーメリズは思わず左手首の腕輪を右手で覆った。

これは、彼氏からもらった、大切な腕輪だ。

マーメリズと彼氏をつなぐ、唯一のものだ。

ぶんぶんと頭を振って抵抗する。



「ちょっとだけ見せて。お願い」

「だめですだめです!」

「取ったりしないよ?」

「だめったら、だめです!」

「う~ん、じゃあねえ……」



あどけない少年の表情で、コーキはマーメリズを見上げてきた。可愛い顔に、マーメリズの胸がきゅんとなる。



「マーミィの腕から外さなくていいから、そのアメジスト。紫色の宝石見せて?」

「……外さなくていいんですか?」

「いいよー。綺麗な紫だなって思ったんだ。マーミィに似合うよね」

「そうですか?

……実は初彼氏にもらったもので」

「そっかそっかー。彼氏センスいいねー」

「あ、あははは。昨日直に付けてくれて。

恥ずかしいやら嬉しいやらで」

「そうだねー、わかるわかるー。

……ほんとに綺麗な石だね」



マーメリズが右手をそっと外すと、腕輪がコーキの前に露になった。

艷めく紫色の石が腕輪の中で輝いていた。

コーキは無造作に、自分の手のひらを石に当てた。



バチッ!!!!!!



途端に腕輪が何かに弾かれた。

マーメリズは自分の腕に嵌ったままの、腕輪を見た。


アメジストがなくなった、腕輪だけがあった。



「ほーらね、やっぱり!」


コーキが右手のひらをマーメリズに向けていた。

赤黒く火傷のような物ができていた。

マーメリズは唖然としてコーキの傷と自分の腕輪を見比べた。

爆発するような何かはなかったはずだ。


「それ、呪いのアイテム。マーミィ、よく正気保ってたね」

「ええええええっ! 呪いですかっ?

いえ、それより怪我っ」

「ああ、大丈夫。

ラクト、ヒールちょうだい」

「俺のヒール前提で呪い解くなよ」


ラクトがコーキに治癒魔法をかけてやっている。

慣れた手つきなので、よくあることらしい。

マーメリズはそれどころではなかった。

腕輪を外して上から下から覗き込んでいる。

宝石の穴がぽっかりと空いた、ただの腕輪だ。



「素人が扱うには割と強めの呪いのアイテムだけど、彼氏どういう人?」

「……………………。

……彼氏じゃ、ないです」



マーメリズは、認めた。

もう認めざるをえなかった。

そんなはずはないと、信じたかったけれど、残念ながら呪いが解けて、頭がすっきりしてしまっていた。



「……騙されました!

騙されて有り金と荷物、全部持っていかれました!」

「……おっとー、爽快感あふれる確信に至ったね」

「どこ行きやがりました、あのクソ男!

私の全魔力使ってファイヤ叩き込んでくれます!

地獄の業火の方がまだマシじゃねえかくらいの目に合わせてさしあげます!」

「マーミィ、ちょっと言葉乱れてるかもー」


コーキがぽすぽすとマーメリズの肩を叩いてきた。

ラクトに至っては残念すぎる人を見る目でマーメリズを見ている。



「ところでマーミィ?」

「なんでございますでしょうかっ?!」

「腕輪付けてからの記憶は、ちゃんとあるの?」

「残念ながら無事にござりますねっ」

「てーそーとか、だいじょぶ?」

「てーそー……」

「貞操」



マーメリズは記憶を呼び起こし、思い起こし、拳をテーブルに叩きつけた。

ただ痛いだけだった。


「……初ちゅー、持ってかれました」

「……それだけで済んで、よかったね」

「よかーないでしょ! 乙女の初ちゅーですよっ!

大事に大事にしていた初ちゅーをっ」

「マーミィ、いくつだっけ?」

「二一歳ですがっ?」

「二一で乙女言われても、ちょっと引くっていうか」

「コーキさん、よろしければ今すぐぶっとばしましょうかっ?!」

「おれのことぶっとばすと、世間の目を通したら完全に虐待だよー」

「ズルすぎやしませんか、その見た目!」



肩で息をするマーメリズの肩を、コーキはまたぽんぽん叩いた。

幼い笑みがマーメリズを見守っていた。


「コーキ、だよ」

「はいっ?」

「コーキさん、じゃなくて、コーキ、だよ」

「……はい」

「強い呪いに抵抗できるって、結構レアな素質だよ。だから君が欲しくなったんだー」

「コーキさん……じゃなくて、コーキは。

腕輪の呪いに初めから気付いてたんですか」

「もちろん。

気配がするなーと思ってた」

「……俺は、コーキの目がギラギラしてきた辺りから、ヤバいの来たと思ってた」


ラクトがついでのように口を挟んだ。

面接で近づいた時に見せた表情は、なんだこの女ではなく、なんの呪いだ?という顔だったらしい。



「ということで……」


コーキがマーメリズに、改めて握手を求めてきた。

幼いくせに太い笑みが浮かんでいた。


「よろしく、おれの護衛さん」

定期投稿するつもりです。

つもり……ですよ?

誰か、早く書ける魔法をかけてください。

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