【19】 ラクトに恋人?
嘘、ヤダ、ほんとに?
「女性冒険者たちの間では、決定打として認知されています」
冒険者ギルドの受付のお姉さんは、マーメリズにぐっと身を乗り出して力説していた。
今までになく熱い語り口調である。
マーメリズが改宗して数日が経っていた。
身分証明書としても使える冒険者カードの名前が、新しく付けられた長い名前じゃないことに気付いたのは昨日の事だった。さすがに身分証は正式名称でなくてはマズイだろう。
コーキを呪術研究所へ連れていくことをラクトが請け負ってくれたので、マーメリズはのんびりと冒険者ギルドへやって来ていた。冒険者カードの名前の書き換えのためだ。
そして、いつもの受付のお姉さんに、すごい勢いで話しかけられてきたのだ。
「け、決定打、ですか?」
「間違いないですよね。今まで女性と二人でいる所なんて見たことないですから」
「えと、はい?」
「仲良さげに何か話しながら歩いているのを、私も一昨日見ました!」
「えーとですね? 何を見かけているんでしょう?」
「何って、マーメリズさんももうご存知でしょう?
ラクトくんと、ラクトくんの彼女ですよ!
いったい、いつから付き合ってるんですかっ? あの娘、どこの娘ですかっ?!」
マーメリズは、ぱかっと口を開けた。
ラクトに、彼女? ラクトに、恋人?
ナニソレ、キイタコトナイ……。
開けた口を閉じるという行為を、完全に忘れているマーメリズである。
お姉さんはマーメリズの反応を見て、逆にあわてだした。
「はい? あの、え? ご存知ない?」
「ごごご、ご存知ないです! 初耳です!」
「コーキさんはっ? コーキさんは知ってるんじゃないですかっ?」
「コーキは今日も元気に『えー、今日ラクトがついてくんの? マーミィがいいー。マーミィと手繋いで行くー』とか言ってラクトに張り倒されてましたし。
通常運転すぎてわかりませんっ!」
「マーメリズさん、動画っ! 今度そのシーン動画で撮ってきて!」
「動画撮る魔道具、持ってません!」
マーメリズは家でのラクトの様子を思い出してみた。ものすごーく、いつも通りな気しかしなかった。
早朝に剣の鍛錬する時間が増えて、洗濯物がちょっと増えたとか。最近生野菜を克服してきたのだが、生のトマトだけはまだダメだとか、そんなことしか思い浮かばない
私はラクトの何を見てきたのだろうか……。
「……お姉さん。私、観察力がミジンコ並みたいで、全くいつもと違いが分からないんですけど」
「少なくとも、ラクトくんは隠している」
「はわわっ、隠し事ですか!」
「でも、街では普通に彼女と出歩いてるんですよねえ。
栗毛色の髪に金色の目をした綺麗な子でした」
「えー? 違うよ、その子じゃないよ!」
奥から冒険者ギルドの酒場で働く、元気な女の子が口を出してきた。
「赤毛のくせ毛ちゃんだったよ。ギャル系の女の子」
「あたしが見かけたのと、違う」
冒険者の女性白魔道士が首を振っていた。
「黒髪ストレートのお姉様系。ラクトちゃん、恐る恐るなのが可愛かったもん」
「うそだー。そんな子じゃないよー」
戦士系の女性冒険者がおかしげに笑っていた。
「グレーの髪のおばちゃんだよ。
そういう趣味なんだと思って、笑っちゃった」
マーメリズは混乱した。
栗毛に赤毛に黒髪ストレートにして、グレーのおばちゃま。
それはいったい、誰なんだろう。
いや、考え方を変えてみたらいい。
それってつまり、世間の常識に照らし合わせてみたらば………………彼女の四股。
「はわーーーーっ!!」
「どうしました、マーメリズさん!」
「そんな、ラクトが、ラクトなのに、ラクトでは有り得なくなり、ラクト不明に……」
「マーメリズさん、しっかりしてください!」
「だって、だってラクトと言えば……!」
ラクトの言葉が思い出される。
「前よりマーミィを、守れるような気がしている」
「特別な、人。特別大切な……人」
そんな言葉を聞いたとか聞いてないとか。
いや。やっぱり聞いてるし。
だけど、ラクトがさり気なさすぎてマーメリズとしては腑に落ちてない。その後の日常はいつも通りである。
でもあの言葉を告げた時は真剣な顔していたことは確かなはずで。少しドキッとするほど真剣な青い目がマーメリズを見ていた。本気で言っていると、その時は思った。
……それなのに、四股?
マーメリズは混乱した。
自分の知っているラクトと、噂のラクトが全く一致しないのだ。胸の中がモヤモヤしている。あまり気分のいいモヤモヤではなくて、混乱は増強された。
誰かにこのもやもやをぶちまけたい。もやもやを共有したい。そしてそんな相手は、一人しかいないということにマーメリズは気がついた。
□ □ □
「コーキ! 聞いてください!」
王立呪術研究所の所長室である。
コーキとタインが何やら話し込んでいる所を、割り込む形になった。ぱっと見たところ、親戚の子供を預かったおじさんが遊んであげているの図、である。
実際のところは職場の上司と部下であり、友人だ。
十歳の見た目のコーキだが、タインは全く子供扱いしていない。むしろ部下として友人として、信頼しているように見える。マーメリズはその関係に畏敬を感じていた。
二人は勢いのすごいマーメリズを、何事かと見ていた。
「あ、父様ごきげんよう」
「……マーミィ。オレを父様と呼ぶのはやめろ」
「でも戸籍上は養父ですし……」
「戸籍だけだ。親父ぶるつもりはない」
「タイン、ととさま……ウケる」
コーキが膝を叩きながら一人で爆笑している。
タインが厄介な物を見る目でコーキを見ている。本気で嫌がっているようだ。
マーメリズはコーキに向き直った。
笑っている場合じゃないのである。
ラクトの一大事なのである。
「コーキ、今ですね。すんごい事件を聞いてきちゃいまして」
「マーミィの事件て、卵価格の急激な値上がりとか、懇意にしてた雑貨屋の移転とかだよね」
「それも事件でしたが、今回は大事件です。
……ラクトの四股疑惑です」
コーキとタインはお互いに目を見交わせた。
同時に「ほーう」と唸っている。
言外に『やるじゃん』くらいの気配が含まれていた。
「……あれ? 驚かないんですか?」
「ラクト、あの見てくれだしな」
「今までが不甲斐なさすぎ」
「コーキの息子とは思えんくらいにな」
マーメリズはぱかっと口を開いた。
本日二度目だ。
何故今日は思いもかけない言葉ばかり聞く羽目になるのか。
コーキとタインは遠い目をした。昔を思い返し始めたようだ。口元が見るからに緩んでいた。
「タイン、おれらの十七の頃ってさ」
「遊びまくってたな。コーキとオレが座ってるだけで、女寄ってきたもんな」
「女には不自由しなかったね。金には困ってたけど」
「コーキ、よく刺されずに生き延びたよな」
「タインは刺されかけたじゃん」
「あれでオレの独身主義は決定した。女の束縛は懲り懲りだ」
「ちゃんと遊びだってわからせないとさ」
「してたっての。勝手に本気になりやがって……」
「……あなたたち、ケダモノですか」
マーメリズはコーキとタインから二三歩後ずさった。
冷静に見てみると、タインは銀髪に翠の瞳をもつイケおじだ。コーキに関しては、大人のコーキを思い出せば分かる。心臓に悪いくらいのイケメンである。
女子にモテないはずがなく、話を聞く限りかなり遊んでいた模様。
マーメリズは相談相手を間違えたと思った。これはもやもやを共有するような人たちではなかった。
この人たちの若い頃は、ラクトの四股どころではない遊び方をしていたに違いない。聞かない方が幸せだ。詳しく聞くと耳がケガれるに違いない。
マーメリズはコーキたちに背を向けるようにして座った。大人気なく不貞腐れている自覚はあった。
「……もういいです。私がお子ちゃまなのです。
普通にショックだったのに……」
「ま、まあまあ、マーミィ。
ラクトは大丈夫だって」
「何を根拠に言ってるんです?
浮かれてのぼせて我を忘れて刺されちゃったらどうするんですか」
「そういうタイプだったら、とっくに修羅場の一つや二つ経験してるってー」
「修羅場っ。修羅の場所、悪魔の本拠地ですかっ」
「そうだな。寿命の一年や二年は縮むような現象な」
「はわわわわ、あのラクトが近々そんな目にっ」
「そんな目に合うようなら、腹の底から笑ってやるけど。
……デマだと思うよ、その四股の噂」
マーメリズがコーキを振り返った。
コーキは苦笑いを浮かべながら、黒い目をぱちぱちさせている。
相変わらずの幼くあどけない様子の可愛い父親であった。
「……ですから、何を根拠にそんなこと言い切れるんです?」
「んー、勘?」
「信用に値しない答えじゃないですか!」
「じゃあさ、マーミィから見て、ラクトってそういう奴?」
マーメリズは即座に首を振った。
そういう人じゃない、と思ったから慌てたのだ。
マーメリズの知っているラクトは、もっと真面目で慎重で……誠実だ。
ちゃんと人と誠実に接することのできる人だ。
その場のノリで女の子と遊びに行くタイプではなく、相手がどういう人間なのか見定めてから動く。ラクトというのは、そういう性格の人間だ。今までマーメリズが見てきたラクトは、女性を四股にかけるなんて絶対にできない男性だった。
マーメリズの中で、ストンとコーキの言葉が胸に落ちた。
「……デマ、ですね」
「あははは、マーミィが根拠なく納得した」
「だって、……はい」
「そのうちラクトの方から、なんかアクション起こして来るんじゃねえの?」
「……そうでしょうか」
「……そうじゃなきゃ、不甲斐ないにも程があるわ」
「なんですか?」
コーキはニヤリとして、小さな体を椅子の背に預けた。ずいぶんご機嫌な様子でマーメリズに笑って見せた。
「さあね」
□ □ □
マーメリズはソファで繕いものをしていた。
最近、ラクトの剣の稽古が激しさを増していて、練習着がよく綻ぶのだ。買い換えてもいいのだが、マーメリズの庶民感覚では、まだあと二回は使えると思っている。
ギリギリまで保たそうと思っている、マーメリズ男爵令嬢であった。
カツカツ、とリビングのドアを突く音がした。
マーメリズが振り向くと、躊躇いがちな顔のラクトが立っていた。金色と炎色の髪が顔に影を作っていた。
今日は学校が休みなので、普段着である。手には何かを持っている。
「……マーミィ、今大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ。どうしました?」
「あー……うん。ちょっと……」
ラクトは恐る恐るマーメリズに近づいてきた。
様子がおかしいので、マーメリズはラクトの額に手を伸ばした。ラクトは仰け反ってその手を避けた。
「な、なに?」
「ラクトの様子が変なので、熱でも出たのかと思いまして」
「そんなに頻繁に熱出ないから!」
「疑ってかかった方が正解です。ラクトはよく隠し事をします」
「べ、別に隠し事なんて……!」
「隠し事なんて、してますよね?」
マーメリズに真っ直ぐ見つめられて、ラクトは肩を落とした。マーメリズにどうやらバレていることを悟ったのだ。なんでバレたんだと、独りごちている。
彼女の隣りに腰を落とした。
「……で、マーミィはどこまで知ってんだ?」
「私が聞いたのは、ラクトに彼女ができてしかも四人四股で毎日デート、ってとこまでですが」
ラクトがソファに突っ伏して撃沈していた。
しばらく動かないので、マーメリズは繕いものを終えてしまった。それでも沈没しっぱなしである。
ラクトの肩をつんつんしてみた。
「ラクト?」
「……うーぅ……」
「気は確かですか?」
「……デマにしたって、酷すぎんだろ」
「やっぱり、デマだったんですね」
「信じてないよねっ?」
「おかげさまで。私はラクトを知っているので」
マーメリズは、一瞬信じて大騒ぎしたことは、忘れることにした。コーキに向かってあーだこーだ言ったとか、してませんありません。
だって隣に座っているラクトが、そんなことをするはずがないではないか。
「……一応、順序立てて話すけど」
ラクトがマーメリズをちらりと見て話し出す。
「聖水の神殿で、マーミィから俺のマント受け取った時、マントの中に石みたいなのが入っていて」
「はあ」
「何かわからなくて念の為キュービに聞いたら、精霊がイタズラした詫びにくれたものらしいんだ」
精霊がくれた石。
ただの石とは思えない。
「どんな石か鑑定したかったんだけど、鑑定するにも結構金がかかるじゃん。だから知り合いを当たったんだ」
「はい」
「学校の友達のミオのおばさんが、鑑定士やってるって聞いて、なんとか格安で鑑定してくれないか頼みにいったんだ。
そうしたら、金はいらないから、この後買い物に付き合えって、荷物持ちに駆り出された」
力持ちの若い男子の荷物持ち。おばさんはここぞとばかりに買い込んだことだろう。
「石は魔法攻撃と防御を増幅するかなり強力なアイテムだったんだ。だから、装身具に仕立てて身につけられるようにしたくてさ。
でも、それも金かかるじゃん。悩んでたら、友達のカザが相談に乗ってくれて。カザの姉が、魔法系装身具の工房に勤めてるから、なんとかなるって言い出して」
ラクトが、マーメリズをまたちらりと見た。
そして、少しヤケになって話し出した。
「石加工の技術者と魔法石の定着の技術者と金属加工のデザイナーと、それぞれ模擬デートしたらタダって言われて、それに乗った」
「……ぷっ」
マーメリズは吹き出した。
全てのデートを見られて街で噂にされていたのだ。
この街のラクトへの注目度は高かった。
ラクトはむすっと「なんでこんなに噂立ってんだ?」と呟いている。
自覚が薄い。
マーメリズはゆっくりとラクトの髪に手を伸ばした。ラクトの髪はサラサラしている。
今度はラクトは逃げなかった。
「これですよ」
「……何?」
「この色の髪を持っている人は、有名人ですよ」
マーメリズがラクトの、透き通った炎色の髪を撫でた。マーメリズもラクトに出会う前から、この髪のことを知っていたくらいだ。
ラクトはじっとしていたが、ちょっと拗ねたように言った。
「……吟遊詩人のデマじゃん。あの歌、俺のことじゃないし」
「でも、みんな知ってます」
「今度あの歌歌ってる吟遊詩人みかけたら、殴っていいかな。迷惑だって」
「でも、あの歌のおかげで、私はこの国を目指したんですよ」
マーメリズがにっこりとラクトに笑いかけた。
異国出身のマーメリズは、吟遊詩人の歌に惹かれてこの国へやって来た。
そして今、ラクトの隣に座っている。
ラクトは自分を撫でているマーメリズの手を取り、持っていた物をその手に預けた。ラクトの体温が乗った、金属の感触がした。
可愛らしいデザインのネックレスだった。青い石が嵌っている。深い青い色はマーメリズを見つめる瞳の色と良く似ていた。
ラクトは青い目をそらせながら、マーメリズの方に手を押しやった。
「マーミィに、やる」
「……え? ええっ?」
「前に女子力がどうのとか言ってたし。それしてれば、今より女子っぽく見えるし」
「で、でも、その石。妖精さんのくれた石ですよね? とっても大事な物ですよね?」
「だから、マーミィに持っててほしい。そのつもりで作った」
じんわりと赤くなっているラクトが、マーメリズを見つめた。
「マーミィに、似合うように」
マーメリズは緊張したラクトを見て、ネックレスに目を落とした。青い石は透明感のある深くて綺麗な色をしていた。
まるで――
「……ラクトの瞳の色ですね」
「うっ……」
ラクトは胸を押さえた。
「自分の目と同じ色の石を、あまつさえネックレスにして渡すとか、あんた束縛かなり強めよね」と、模擬デート中のデザイナーに言われていた。そんなつもりはなかったが、そんな気持ちがちょっとあることも否定できなかった。
マーメリズはネックレスを首にかけた。
黒ローブからちらりと見えるデザインだ。
マーメリズの白い肌に、青い石が映える。
思った通りだ、とラクトは思い、でもそれって変態ぽくないかと焦る。
焦るとさらに、顔へ血が集中してくる。
マーメリズがじいっとラクトを見つめていた。
「……え? 何、マーミィ?」
「……ラクトの赤い顔って、かわいい」
「な、なんだよ! どういうことだよ!」
「もう何度も見てるんですけど、すぐ赤くなってかわいいなーって」
「……やめろ。立ち直れなくなる」
「この顔独占してるの、私だけだなーって、思うんです」
マーメリズはさらにラクトを見つめてくる。
ラクトは息を飲んで、マーメリズを見つめ返した。
マーメリズが自分だけを見ている。
今しかない、と思った。
マーメリズに、ほんの気持ちだけ近付いた。
「……マーミィ」
「はい?」
「俺、こうやって二人で過ごす時間が、もっと欲しい」
「……ラクト?」
「この時間が大切なんだ。もっと二人だけで過ごしたい」
「え……と」
「マーミィ、俺と……」
たたたっと、遠くから床を蹴る子供の足音がした。足音は見る間に近づいてきて。
コーキがマーメリズの膝にダイブしてきた。
「マーミィ、おれ眠い!」
「コーキ! ダイブは痛いです! 膝は逃げないのでゆっくりと……」
「ぐー」
「寝たっ! 聞いてない!」
「マーミィ、わしそろそろ霊力補充せんと、消えちゃうかもしれん」
「キュービ?! 絶対嘘ですよね? 最近聖水飲んでハチャメチャ元気! とか言ってましてよね!」
「うん、わしも寝るわ。ラクトどけろ。お前には用はない」
「おいこら、キュービ?!」
右膝にキュービ左膝にはコーキを寝かしつけたマーメリズが、半笑いでラクトを見返していた。
傍から見る限りベテランの保母さんである。
「……今の生活ですと、二人の時間というのは、ちょっと……」
「あ、ああ。
そうだね……そうなんだよな……」
呑気そうな寝顔の二人が腹立たしい。
……起きたら、コーキもキュービも全力でシバく。
ラクトはそう心に誓った。
拳を固めて誓うラクトを、マーメリズが手招いている。
何事かと近づくラクトに、ネックレスのチャームを片手で包んだマーメリズがやんわりと笑った。
うれしそうで恥ずかしそうなマーメリズが、やけに女の子に見えた。
「ラクト。大切にしますね」
ラクトの胸をズキュンが貫いた。
じりじりと熱い。確実に火傷だ。
――火傷、上等!
ラクトは胸の痛みをがっつりと味わった。
次回から、最終局面に入ります。
最後までお付き合いいただければ、嬉しいです。




