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呪われた屋敷に、住み込みで働きます!  作者: 工藤 でん


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18/27

【18】聖域の森の神殿 2

マーミィ、風邪ひくなよー!


――畳んで置いていたはずの、黒ローブがなくなっていた。



「ら、らくとー」

「どうした?」

「……緊急事態発生です。私のローブがありません」

「はあ? なんでっ?!」

「わかりませんっ。確かにそこに置いたのにっ。

替えの着替えなんて持ってきてありませんっ」

「そりゃそうだよな! 半日で来れる距離だし」

「あとですねっ。さ、寒いですっ!」

「そっちの方が問題だな!」



ラクトが自分のマントを脱いで、後ろへ差し出した。マーメリズの方は見ないようにしてくれている。


「と、取り敢えず、これで身体包んで!」

「あ、ありがとうございますぅ」


マーメリズはザバッと聖水から飛び出し、ラクトのマントで体を包んだ。ラクトは身長があるので、マントはマーメリズを包むくらいの大きさは十分にあった。


「……ラクト、もう大丈夫です」

「……俺、振り向くよ。いい?」

「平気ですぅ」


ラクトが振り向くと、自分のマントにくるまった、濡れ鼠のマーメリズがいた。髪からぽたぽた水が垂れている。


「た、タオルあるよね?」

「はい! 私のマジックバッグの中で」

「勝手に開けるけど、いいっ?」

「どうぞ、やっちゃってくださいいい」


ラクトはタオルを探し出し、マーメリズの髪を拭きあげる。寒さのせいだろう。マーメリズが小刻みに震えていた。


ラクトは青い唇をしたマーメリズを目にして、腹を括った。

マーメリズを抱き上げその場に座る。自分の体に密着させるようにして抱き締めた。



「マーミィ、ごめん! 温める方法これしか思い浮かばない」

「よいのです! もう、寒くて寒くて……」

「火が焚ければいいんだけど、燃やすものもないし」

「そもそも屋内で火は危険かもです!」



しばらくそのまま、二人はじっと座っていた。

徐々にマーメリズに血の気が戻ってきた。

ラクトの鼓動が聞こえる距離だ。

マーメリズは、ことんと頭をラクトに預けた。


「……ラクトは温かいですね」

「……こんな状況だからだろ」

「それだけじゃないですよ。ラクトは優しいから、もっと温かく感じるのです」

「別に優しくない」

「優しいです。それは、いっぱい優しさをもらってる私が言うので間違いは無いです。反論は許しません」

「……なんでそこ、厳しいの」



ラクトは腕の中のマーメリズを意識した。

柔らかい身体が密着している。

濡れた髪がいつもより色っぽく見える。

成り行きでこんな事になっているが、ラクトはそれを喜んでしまっている自分を否定できないでいた。



マーメリズに向いたこの気持ちには、もう答えが出ているのだと、もういい加減認めろよ、と自分の中の一部が訴えていた。

そんなことは分かっている。それは分かっているのだが――



――だけど……これって、めちゃくちゃ勇気いるじゃん!

大人の聖騎士に魔法剣全力で振り抜くより、勇気いるじゃん!



ラクトはマーメリズを見ないようにしながら、呟いた。


「……俺は、誰にでも優しいわけじゃ、ないよ」

「そうですか?」

「マーミィがそう感じるなら、それは俺にとって特別だから」

「え……?」

「特別な、人。特別大切な……人」

「……特別、ですか?」

「うん。……えーっと、だから……」

「んふぉーい、おふふふはーん!」



背後から奇妙な発音の声が聞こえてきた。

同時に何かを引きずる音がする。

振り返ると、黒い布を咥えて引き摺る、白い狐に似た生き物がこちらに近づいてきていた。


「……キュービっ?!」

「んふぁ。やっぱ、そうだった。これ、マーミィのでしょー? 匂いがそうだもん。わしの鼻に間違いはないの」

「なんでここにいるんですかっ?!」

「君らの跡つけたに決まってるじゃーん?

勝手にこそこそしてるからさ、わしを除け者とか許されないじゃん? しかも聖域とか、わしの管轄じゃん?」

「あー……お前、聖獣だったね、そう言えば」

「うっそー、そこ忘れる? 聖なるわしの正体忘れちゃう?」

「……それについては、普段の言動について、胸に手を当ててよく考えてみたほうがいい」

「酷くない? ちょっと、ラクト、酷くない?

軽くバチ当てていい? 胡麻煎餅食べたら必ず前歯に挟まる、っていうバチ当てていい?」

「地味な嫌がらせすんじゃねえ」



嫌そうに顔を歪ませたラクトの腕の中で、マーメリズが顔を輝かせた。黒い布に目を奪われている。


「キュービ、それは私の黒ローブですねっ! どこにあったのでしょう?」

「階段の下の所。ここに住み着いてる妖精が、イタズラしたんだね。妖精心くすぐられたみたいよ? なんせ、人が来るのが数十年ぶりで」

「妖精さんの、イタズラですか……」

「そこの金髪男子の反応が面白すぎてツボらしいよ。今現在も爆笑中」

「……なんだと、こら」

「わし睨むのやめてー! わし関係ないし! 妖精のツボついたのラクトだし!」



キュービはマーメリズの前まで黒ローブを引き摺って来て、傍の泉に目をやった。

途端につぶらな黒い目が輝き出した。

前脚が顔の前で、合掌の形になっている。


「うそーん、これ、聖水じゃない? 濃度の濃い聖水じゃない?」

「あ、はい。私たちの目的はここでの沐浴でして……」

「そういう事はわしに早く言うべきじゃない? わし、何を糧に生きてると思ってんの」

「マーミィのメシ」

「そうね! 最近のお気に入りはチキンのトマト煮込みね。あれがあるとパンが進んで進んで。でも、口の周り真っ赤になって……って、ちがーう!」


キュービが前脚でラクトの膝を殴った。

もちろん、ノーダメージである。


「わしが存在出来てるのは、霊力! この聖水にたんまり含まれた、霊力だし!

てことで、遠慮なく……」


キュービはそろそろと泉に移動し、体を聖水に浸した。「くぅぅぅ」とか「かはぁぁぁ」とか声に出てるのが、オヤジ臭い。


「はああああ。極楽、極楽」

「……キュービの沐浴、見たくない」

「やだ、そういうこと言わないのー。

あ、これすごいね。わし、力すぐ戻ってきたわ」

「キュービの力って、なんですか?」

「マーミィ、いい質問! すごくいいよー。うん。こういうね、細やかな質問できる子が将来伸びるわけ」

「どうでもいいから、答えろよ」

「ラクトは地獄行きね。

じゃ、ちょっと本気出しちゃおっかな。

いよっ」



キュービの体が巨大化し始めた。仔犬のようだった顔がどんどん伸びる。脚は太く、体躯は長い。九本の尻尾が変形し、徐々に肩の近くに移動した。

白く長い体毛はそのままに、体長五メートルほどの翼の生えた生き物だった。



「……キュービ、ですか?」

「そうだよー。わしよ。わしの本性ね。

ね、カッコイイ? ねえ、わしモテる? モテ期到来?」

「というか、その姿……」

「ホワイトドラゴン……」



ラクトが呆然としながら呟いた。

聖なる獣の頂点に立つ、神の遣いの姿だった。



キュービはにんまり笑って二人を見下ろしている。


「いーい反応だね、二人とも!

もっとビビっていいから。もちろん崇め奉って祈り捧げて、明日から聖獣キュービ様と呼んでくれて構わんから」

「……よし、もう一回祠に埋めよう」

「おまえっ、ラクトっ、そういうこと言うなよ!

さすがに祠はしばらくいらんわ!」

「前から言ってるけど、キュービは聖獣のくせに言葉軽いから。まったく敬う気が起きないから」

「わしの根本を否定するでないわー」



キュービがバサリと翼を羽ばたかせた。

風がマーメリズとラクトを通り過ぎた。


「とはいえ、本気出すのもこの聖水があるから出来るわけで」


キュービが太い足で泉から出てきた。

途端にするすると元の仔犬サイズに戻ってしまう。

ブルブルと体を震わせ水滴を払った。


「ちょっとやん事ない事情があって、身体を維持するための霊力を保てないんだよね」

「……てことは、ホワイトドラゴンの姿でいられるのは」

「うん、この泉がなきゃ駄目」

「何に使えるかはともかく、お前、使えねえな」

「うるさいうるさい。事情があるって言ったでしょうが。

でも、せっかくだから聖水、空いた酒瓶に詰めて持っていこう。帰ってちびちびやろう」

「聖水の使い方が、酒と変わんねえじゃねえか……」


呆れた口調で、ラクトが聖水を汲むキュービを眺めていた。

そんなラクトを、キュービは振り返った。

狐に似た顔が、呆れた顔をしていた。



「ところでさあ、君たちいつまでそうやってくっついてるの? くっついてる理由を勘ぐってもいいの?」



ラクトとマーメリズは顔を見合わせた。

マーメリズは、ラクトの腕の中のままだった。



二人はそろそろとお互いから離れ、それぞれ別の場所で沈没した。

妖精の笑い声が聞こえた気がした。



□ □ □



マーメリズは無事改宗できた。

本名はそっと胸の中にしまって、マーメリズ・オクロード・エルフィス男爵令嬢という、戸籍と身分を手に入れた。



新しい立場を得たマーメリズが最初にしたこと。

大量のお肉を買い込んで、屋敷にタインを招待して唐揚げパーティを開いたことだった。

みんなでおいしく、ご飯を食べること。

それが今、マーメリズにとって一番幸せなことだった。

連続投稿できたぜ。

やったね!

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