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呪われた屋敷に、住み込みで働きます!  作者: 工藤 でん


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15/27

【15】マーメリズの正体

シリアスです。

ふざけてばかりはいられないのです。

マーメリズは、ついにこの日が来たと覚悟した。

いつかそうなるのではないかと、危惧してはいた。

明け方、屋敷に賊が侵入してきたのだ。



明らかにマーメリズを狙っての犯行だった。

マーメリズの部屋の窓が割られ、賊が侵入して来る。総勢、五名。


マーメリズは手馴れていた。すぐに氷魔法で賊に向けて氷の矢を放った。狙うのは足だ。

魔法を逃れた一人がマーメリズに組みつこうとする。氷のダガーを作成しですぐさま賊を切り裂いた。腕を切り裂かれ悶絶する賊の横っ面を、マーメリズの組んだ両手が殴りつけた。さらにマーメリズに手を伸ばしてきた賊の手をファイヤで燃やす。絶叫した賊の股間を蹴り上げた。


異変を聞きつけたコーキが駆けつけた時には、戦闘はほぼ終わっていた。

逃げようとしていた二人を、コーキが首筋に手刀を叩き込んで気絶させる。すぐにロープで全員縛り上げた。



返り血を浴びて赤く染まったマーメリズが、肩で息をしながら座り込んでいた。

無表情な目を向けているコーキを見上げる。

ラクトもドアから顔を覗かせていた。部屋の惨状とマーメリズの血まみれの姿に、目を見張っていた。



マーメリズは息を整えて、深深と頭を下げた。


「……長らくお世話になりました」

「……」

「明日には出ていきますので、おうちに被害を及ぼした事を、お許しください」

「マーミィ……」

「ごめんなさい。もっと早く出ていくべきでした。

ご迷惑おかけしてごめんなさい」



コーキが頭を下げたままのマーメリズの傍にしゃがみ込んだ。マーメリズは黙っている。

コーキは彼女の肩に手をかけた。


「……君が恐れていたのは、これだね?」

「……追手です」

「君を狙っている誰かがいる、ってことだね?」

「特殊な事情です。もう、このお家にご迷惑かけないようにします。すぐにでも立ち去ります」

「あのね……」


コーキはマーメリズの肩を掴んで顔を上げさせた。

真剣な顔の子供が、マーメリズの両目を覗き込んできた。


「君はここにいていいから」

「……?」

「もう、逃げなくていいから。逃げなくていいように、おれがするから」

「コーキ……」

「だから、ちゃんと話してくれないか。君のこと」

「でも、コーキ……」

「君を守るよ」


コーキはマーメリズの頬に飛んでいた返り血を、優しく拭った。そして言った。


「カミュ」



マーメリズ……本名をカミュという女性は、くしゃりと顔を歪ませた。そのまま両手で顔を覆って、頷いた。

コーキの言葉は信じられると思った。

それくらいコーキのことを知っていたし、信用していた。

信じられる人がいるということを、奇跡のように思っていた。



□ □ □



カミュの生国は、隣国のシーサイという国である。

山と海に囲まれたとても小さな国で、交通の便が悪く、陸の孤島と言われている。その立地のせいで他国と国交する機会も少なく、ほぼ鎖国状態の国であった。


立地のせいか、シーサイ国は独自の文化を形成していた。周辺の国家には見られない多神教で、国民は自分の意思で様々な神を選べた。


中でも信者の多いのが、豊穣の神ハーヴィを祀る教会だった。豊穣を願う民が多いこともあるが、他の教会と違う点が大きな要因だった。

神の声を聞ける、聖女の存在だ。ハーヴィ教では大司教を筆頭に神事を執り行い、同時に大聖女を筆頭とした集団も擁した。


聖女たちは常は信者の傍らに寄り添い、悩みを聞き励ます存在である。教会に赴けば、ハーヴィ教徒は誰でも聖女に相談できる。神に近い存在の彼女たちに悩みを打ち明けることで、信者の心に平安がもたらされた。

大きな神事の際は、聖女たちは大司教の傍らで祈り、神の声を聞いた。信憑性の高い聖女たちの声は、信心の要となっていた。


特に先代の大聖女の言葉は絶大だった。

天変地異を預言し、作物の不出来を予想し、それに備えた提案をする。異国からの使者の来訪、その時期、目的までを預言した。


しかし五・六年前から、大聖女の情報は一切流れなくなった。

さらに、シーサイ国では内乱が始まった。

他国の宗教であるカカルス教という一神教の信者と、シーサイ国の多神教信者との対立であった。


鎖国に近いシーサイ国であるが、近年の航海技術の発展により、他国との交易が徐々に解禁されてきたのである。それに伴いカカルス教の教えがシーサイ国の庶民に、じわじわと広まって行った。

カカルス教の教義は、神は全能の神カカルスただ一人である、という教えである。多神教を邪教と考えるには、そう時間はかからなかった。

シーサイ国の内乱は、長引くこととなった。



□ □ □



「……おれが調べたのはこんなところ」


コーキが空になったお茶のカップを弄びながら話し終えた。

ダイニングテーブルには、マーメリズ、コーキ、ラクト、キュービ、なぜか呼び出されたタインが同席していた。コーキの情報源には、タインも絡んでいるのだろう。



賊は憲兵に引渡し、マーメリズもコーキも事情聴取を受けた。

何も心当たりがないと突っぱねたので、憲兵は金品目的の強盗と考えたようだ。詳細はまた連絡すると言って去っていった。



マーメリズは返り血を浴びた惨憺たる姿から、いつもの黒いローブ姿になっていた。顔色は青ざめている。

それでも皆に温かいお茶を入れ直し、覚悟を決めたように口元を引き締めたマーメリズは、毅然としていた。



「……私は、ハーヴィ教の、聖女見習いでした」


マーメリズは緊張で冷たくなった手をカップで温めた。少し熱いくらいの感覚が気持ちを引き締めた。


「母は、先代の大聖女様です。

……ハーヴィ教の内部はかなり破綻しています。特に、急に勢力を強めたベイト司教。この男が教会を牛耳るようになってからは、下降の一途を辿りました。大司教様はご高齢で、ベイト司教の行動を止める力をお持ちではありませんでした」


マーメリズは一つ息を吐いた。

嫌な話をしなければならない。


「ベイト司教は神を信じていません。彼が信じているのはお金だけ。ハーヴィ教への献金の多くは、ベイト司教の懐に入っていきました。

彼は聖女に対する敬意も持ち合わせていませんでした。大聖女様は美しい方だったので……」


マーメリズの脳裏に大聖女の面影がよぎった。

いつも静かな目で聖女たちの前に立っていた。


「美しい方だったので、ベイト司教に手篭めにされました」


場は、しんと静まり返っていた。

マーメリズは、自分に皆の意識が集中しているのを感じた。こくんと一つ息を飲み込む。


「大聖女様は妊娠をひた隠しにしました。どうしてだかわかりません。周囲に発覚された時には、もう堕ろせるような月齢ではなくて。こっそりと娘を産み落としました。

それが、私です」


マーメリズからため息が漏れた。さすがに気持ちが重い。


「私は聖女の暮らす聖女棟で育ち、八歳の時に聖女見習いになりました。

その頃、神の声を聞ける人材がいなくて、周りが焦っていたのを覚えています。聖女の中でも神の声を聞くことが出来たのは、大聖女様だけでしたから。大聖女様の言葉に頷いて、分かっているフリをしている聖女ばかりだったんです。

だから、私に神の声を聞く期待がかかったのですが……」


あの頃の過度なプレッシャーは、マーメリズの心に深い傷を残した。いまだに冷たい視線に囲まれた時の夢を見る。無言の威圧は幼かったマーメリズが抱え切れるようなものではなかった。


「私は偶然、二回だけ、しかも声ではなくて、写真のような映像で、何かの啓示を受けたことがありました。

ですが、それを言葉にできるほど大人ではなかったので、周りからは何かの能力なのだろうが使えない娘、と烙印を押されました」


可愛がってくれていたと思っていた大人が、一人二人と去っていく寂しさは、ちょっと言葉では言い表せない。期待を返せない自分を何度呪ったことか。


「さらに、聖女であれば誰もが使える白魔法が、どんなに練習してもまったく使えなくて。試しに黒魔法の真似事をしたら、大事な教本が火を吹きました。

私は聖女見習いの中でも落ちこぼれの、浮いた存在になってしまいました」


マーメリズは、同年代の少女たちの冷たい目を思い出す。あの事件から、話しかけてくれる子はいなくなった。


「その頃からです。聖女見習いの子が一人、二人と減っていくようになったのです。理由はわからないので、辛くて逃げ出してのかと噂していたのですが。

……ベイト司教が、聖女見習いを海外に売り飛ばしていることがわかりました。

聖女の修行を受けた処女は、海外で高く売れるのだそうです。私は落ちこぼれですから、いつ売り飛ばされるかと思うと恐ろしくて」


今思えば、見た目の綺麗な子が多かった。

高く売れるかどうかしか、ベイト司教の目には映ってなかったのだろう。


「ある夜、月のない新月の日です。大聖女様が突然聖女見習いの部屋にやってきて……」


大聖女は金とパンの入った袋を聖女見習い一人一人に渡し、教会からの抜け道を教えた。

最後になったマーメリズを、大聖女はじっと見つめ、伝えた――



「カミュ、と呼んでくださいました。母様(ははさま)であることは知っていましたが、恐れ多い存在で近寄ることもできませんでしたから。

名前を呼んでくださるなんて、びっくりして」


大聖女は娘の背中を押した。振り返って走り出す娘の姿を、最後まで見守っていた。



「……その後、山の裾野で行き倒れているのを、くそばばあに発見され、洗いざらい吐かされました。

ちょうど人手が欲しかったと、身の回りの世話を焼かされ、こき使われて。恐らく、ばばあは異端の呪術師だったんじゃないかと思います。山深いボロ屋に時々人か訪ねてきましたし」


マーメリズはシワクチャで真っ黒な顔をしたくそばばあを思い出していた。自分のことはくそばばあと呼べと言って、名前も教えてくれなかった。性格は破綻していたが、マーメリズに庶民の生活の仕方をきちんと教えてくれた。拳と罵声と共に。


「くそばばあの元で六年経とうかと言う時に、ばばあが慌てて帰ってきました。教会のやつらが山を登ってきた、と」


くそばばあはくそだったが、ある程度先を見越していた。

マーメリズに、『マーメリズ』と書かれた偽の冒険者カードと、金に変えられる貴重な薬草類と砂金を詰め込んだずた袋を投げつけ……


「出てけ! とボロ屋を追い出されました。

あれがくそばばあの優しさだと気づいたのは、随分経ってからのことです」


マーメリズは冷めてしまったお茶を口にした。

茶葉が多すぎて、ちょっぴり苦かった。


「追手はハーヴィ教会の者だと思います。教会の内部事情を知っている聖女見習いを消すための、刺客です」



マーメリズが話を切り上げると、なんとも言えない空気がその場に流れた。

コーキがその黒い大きな目を、マーメリズに注いだ。マーメリズに緊張が走った。


「この国に来たのは、偶然?」

「吟遊詩人の歌に出てきたからです。聖女見習いの唯一の楽しみは、吟遊詩人の歌を聞くことだったので」

「追手には何度も襲われたの?」

「逃げ始めた時はしょっちゅうでした。

でも、王都に近付くにつれて減っていきました。逃げ切れたのかと思っていたんです」


甘かったです、とマーメリズは臍を噛んだ。ハーヴィ教のない土地で名前も変えていて、見つかるはずはないと思っていた。

そのせいで、この屋敷で迷惑をかけてしまった。



コーキはタインと目を見交わせた。

タインは翠色の目で軽く頷いて見せた。


「マーミィ、少し前に手に入れた情報がある。シーサイ国の情報だ。聞くか?」

「……聞きましょう」

「シーサイ国の宗教内乱は、終結した。カカルス教の勝利だ」

「――!」


マーメリズは目を瞑った。偉大な教会の姿が、もろく崩れ去っていくような感覚を覚えた。

タインはさらに言葉を繋ぐ。


「現大聖女に神の言葉を伝える能力がなかったことで、ハーヴィ教の信者が離れたことが大きかったらしい。

さらにベイト司教は奴隷商人との癒着が発覚し、司法の取り調べを受けることとなった。

ハーヴィ教は組織としての運営の基盤を失い、内部から崩壊していった」

「先代の……大聖女様は」

「亡くなった。ハーヴィ教は体調を崩しているとひた隠しにしていたようだ。

実際は、ベイト司教の悪行を告発した文書を、国に提出してからの、自死だった」


マーメリズは視線を落としてうなずいた。

ダークブラウンの髪が顔に影を作った。


「……教会から逃げ出してしばらく経った頃、会いに来てくださいました。夢かなと思っていましたが」

「そうか……」

「母様は、やはり亡くなっていたんですね……」



キュービが唐突に立ち上がった。耳をぴんと立てて何かを聞いている。

ダイニングテーブルの上をとことこ歩いて、マーメリズの前で座った。


「今ね、神のお告げじゃないんだけど、お告げみたいなのが来てね」

「……おい、キュービ。くだらない事だったら、捻って捨てるぞ」


ラクトが刺し殺しそうな視線をキュービに送っている。

キュービがびくりと身を震わせた。慌てたように前足を振っている。


「ち、違うよ。下らなくないよ?

しかも美女の頼みだから、わし断れないもん」

「なんだよ、それ」

「今、美女がわしに伝えてくれって、ここにきてさ」


キュービがくりくりの黒い瞳で、マーメリズを真っ直ぐに見つめた。九つの尾を持つ聖獣が、マーメリズに言葉を与えた。


「あなたの父は、あなたの考えている人ではない。

わたしの愛した、別の人だから。

恋をしなさい、カミュ」

「……!」

「なんかね、マーミィが誤解してると思うんだって。自分の血の半分は、性根の腐ったあの男だと信じているなら、違うからって」

「……ははさま」


キュービはマーメリズの傍らを見て、耳を動かした。ちょっと戸惑っている。


「……え? 何? うわ、キャラじゃないわー。伝えるの? そのまま伝えるの? マジで?」

「……?」

「……えーとね、マーミィ。

――せっかく女に生まれてきたんだから、素敵な恋をしなくちゃ損じゃない? 大聖女だなんて担ぎ上げられちゃって、わたしの人生は大損よ。結果的に愛する人の遺伝子、残せたからよかったけど!

……そう伝えてくれって」

「……!」

「あ、行っちゃった。

いや、美人だね、マーミィのかーちゃん。さばさばしてて、いいわー。わし好み。

……生きてる時会いたかったね」



マーメリズの涙腺は崩壊した。崩壊したまま、笑ってしまった。

泣き笑いのような顔をしたまま、涙が止まらなかった。

――母が、来てくれたのだ。


「……母様、教会でお見かけした時と、全然違うじゃないですか」

「なんかね、レンアイしてたから耐えられたらしいよ。わしにはなんのことかわからんけど」

「……教会から逃げ出した時にも言―われたんです。恋をしなさい、カミュって。

……母様は、恋をなさっていたんですね」


誰となのか、それはわからないけれど。



ぽんぽんと、コーキがマーメリズの頭を軽く叩いてくれた。無垢な笑顔が優しい。

マーメリズが落ち着くのを待って、少年は強い力を湛えた表情でマーメリズに笑いかけた。


「これからの事を話そう。

君がここにいるべき理由を、作り上げる」

「コーキ……」

「大丈夫。もう筋道は立ててある」



マーメリズはコーキの目に捉えられた。

大人のコーキに見つめられた時のように、胸がドクンと鳴った。真っ直ぐな視線はマーメリズの心に深深と刺さっていた。

恋をしなさい、と囁かれているような気がした。





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