【14】魔法学校のイベント
閑話休題……ただの脱線回です。
はあやれやれと、思ってください。
マーメリズは驚くべきことを、街で聞き及んできていた。
コーキが寝落ちしないタイミングを狙って、買い物をしてきたところだ。八百屋の店先で、噂話を耳にしてしまったのだった。
コーキは珍しく自室にこもって調べ物をしているようだが、これはすぐにでも伝えなければいけない気がしていた。
マーメリズは緊張感を持って、コーキの部屋をノックした。
「コーキ?」
「いいよー、入って」
マーメリズがドアを開くと、コーキはいくつものクッションの中で調べ物をしていた。メモの挟まった大量の難しそうな本が散らばっている。キョトンとマーメリズを見上げる姿は幼いので、状況とそぐわなかった。
「コーキ。もしかしたらコーキは知ってて、私だけが知らないらしいことを、聞いてきちゃったんですけど」
コーキは軽く首をかしげた。
「なんだろ?」
「あのですね。ラクトの行ってる学校、ですね」
「王立魔法学校だな」
「そこがですね、今日はイベントをやっているらしく」
「イベント?」
「今日は、『学校公開日』なんだそうです」
コーキはさらに首をかしげた。
「ガッコウコウカイビ、って何?」
「ああっ、やっぱり知らなかったのですねっ! 私だけじゃなかったのですねっ!」
「そもそも、何する日なの?」
「魔法学校に子供を通わせている家族が、授業中の学校を自由に見学ができる日、だそうですよ。
ラクトが授業受けている所が見られるのです!」
コーキの大きな目が、さらに大きく見開かれる。
全く知らなかったと、その表情が語っていた。
「何それ! そんな面白そうなこと、知らないよ!」
「ラクト、コーキには知らせてないですね」
「魔法学校、もう二年通わせてるよ!
何でおれ知らないんだよ!」
マーメリズは憤慨しているコーキを見て、ラクトのことを想像してみた。
ラクトの考えそうなこと……。
マーメリズはコーキに対して斜に構え、ラクトの言いそうな事を言ってみた。
「……コーキ、お前は来んじゃねえ」
「ああああああ!! 言いそう! ラクト、絶対言う!」
「ということは、あえて黙ってた、というのが正解ではないでしょうか?」
「なんだと、ムカつく! ラクトのくせに!」
「八百屋のマダムたちも、子供に来るなって言われちゃったのよー、って噂してましたし。思春期真っ只中の男子はそういうもんなのでしょうか?」
コーキは立ち上がった。
口を尖らせて可愛く怒っている。
思わずよしよししてあげたくなるが、三七歳のお父さんである。
コーキはキッと、マーメリズを見据えた。
「マーミィ、学校行くよ!」
「そうじゃないかと思いました」
「行って、ラクト見てやる。がっつり張り付いて見てやるからな!」
「勉強の邪魔はいけませんよ、コーキ」
「邪魔じゃないもん! ただ見学するだけだもん!」
ただ見学するだけ。
コーキが行って、ただの見学で済むのだろうか、とマーメリズは思った。
□ □ □
王立魔法学校は、王宮の端に建てられている。
創立はかなり古く、校舎も趣のある風情の建物だ。
授業が始まってから結構時間が経っているが、学校公開目的の父兄がちらほら見受けられた。
コーキとマーメリズは校門で、受付に差し掛かっていた。代表者の名前を書いて入校するらしい。
コーキが普通に署名する。
受付の先生たちがコーキの署名を見てざわつきはじめた。「剣聖?」「剣聖コーキ?」と単語が飛び交っている。
気にせず堂々と校内に向かおうとするコーキを、少し貫禄のある先生が押しとどめた。コーキの炎色の髪をちらちら見ている。
「……失礼ですが、元聖騎士団長の、コーキさん、でいらっしゃいますか?」
「そうだけど」
「呪いを受けて、子供の姿になったという噂の」
「見ての通りだけど」
「ちょっと、お待ちいただけますか? 今校長を呼んで参ります」
「なんで?」
「剣聖を、そのままお通しすることなぞ、できません!」
結果的に、コーキとマーメリズは校長室に通され、お茶を出され、コーキの過去の剣聖時代を褒め称えられ、崇めたたえられ、そのまま丁寧に校外に送り出されてしまった。
校門の脇で、ぽつねんと佇む二人。
コーキはむすっとしている。
「おれたち、追い出されてね?」
「それはもうものすごく丁重に、外に追いやられましたね」
「おれ、ちゃんと親だけど? ラクトのとーちゃんやって十七年だけど?!」
「……剣聖の名は大きかったですね。どっちかというと、先生たちの方が緊張しちゃうんじゃないんですか?」
「そんなもん、知らねーし!」
コーキは頬を膨らませて怒っている。怒った姿が実に可愛らしい。拗ねている男児である。いい子いい子したくなってしまう。
ふと、マーメリズは思った。
――校内に入れる方法が、見つかったかもしれないです。
マーメリズは憤慨しているコーキに目をむけた。
「……コーキ、一つ提案なのですが」
「何? 諦めて肉屋でコロッケ買って帰ろうとか、そんなんじゃおれの心は満たされないからね!」
「それもちょっとは考えたんですけど。
ある方法を使えば、校内に潜入可能なのではないかと」
「マーミィ、潜入とか、またスパイみたいなこと言ってるよ?」
「スパイ、近いかもしれないです」
マーメリズは自分の肩くらいにある、コーキの顔をしげしげと見つめた。
可愛い男の子である。
滑らかな肌にくるりとした大きな目の、綺麗な顔した男の子である。
このくらいの歳の子は、大人に比べてそこまで男女の差はない。
「要は、学校にコーキだとバレずに潜入できればいいわけですから」
「うんうん」
「……コーキにスカート履かせて、髪をウィッグか何かで誤魔化せたら、美少女になれると思うんです。声も変声期前ですし」
「……美少女」
「あっ……ごめんなさい。見かけだけでそう思っちゃいました。
コーキは三七歳の男の人だし、剣聖と言われるような立派な人だし、嫌ですよね」
「……」
「ダメですよね。コーキが女装、なんて……」
「……何それ。めっちゃ面白そう!」
割と食い気味に、コーキが乗ってきた。
黒い目がきらんきらんに輝いている。
マーメリズは校門より少し離れた場所を指した。
「おあつらえ向きに、あそこに古着屋があるんですよね」
「おおー」
「では、行ってみますか」
「ラクトも騙せっかなー」
剣聖はピョンピョン跳ねながら、マーメリズの後を追ってきた。
□ □ □
ラクトは校内がいつもよりザワついているのを感じていた。
もちろん、学校公開日だからである。
廊下にはそこかしこに父兄が立っているし、親子でやり取りしている姿も見られている。授業も多少変則で組まれるので、移動も多かった。
今年もコーキにバレずに過ごせた。
学校公開なんてもの知られたら、あのコーキが来ないわけがない。そして、来たら来たで騒ぎにならないわけが無い。
コーキは腐っても剣聖。しかも魔法剣士の剣聖である。魔法学校ではあまりにもビッグネームなのである。
そんな、簡単に想像出来る騒ぎに巻き込まれるのはゴメンだ。そうラクトは思っていた。
「ラクトー、ちょっと来いよ!」
「来い来い。ラクト来い!」
友人のミオとカザだ。
盛んにラクトを手招きしている。顔がニヤついているところで嫌な予感がした。
「何だよ」
「今な、中庭にすっげー可愛い姉妹がいるんだ」
「みんな遠巻きにしてんだけどさ、ラクトがいれば落とせる! 行くぜ、レッツ、ナンパ!」
「ここ、学校だぞ? 何考えてんだ?
次の授業、移動だろ」
「ラクト。お前が行って瞬殺で落として来い。んで、ランチの約束取り付けて来い」
「で、なんで俺が行くんだよ!」
「顔面偏差値はお前が一番上だからだ。その後の場の繋ぎは俺たちに任せろ」
「俺たちのチームプレーは磐石だ」
「そのチームに、俺を入れんな!」
ラクトはミオとカザに引きずられて、中庭の人混みに突入させられた。
人混みの中心には、校内図を見ながら話し込んでいる女子二人。一人はまだ子供だ。
大人の女子は、白いシャツに白いフレアのミニスカート、青い長めのニットベストを着ている。脚が細くて白い。ダークブラウンの髪は緩く巻いていた。
女の子の方は、青を基調として白いフリルを入れたワンピースである。腰に大きな白いリボンがついている。肩までの薄茶の髪には白い花飾りが付けられていて……。
「……コーキ、じゃねえか」
「あれ? もうバレた」
膝をついて倒れ込んだラクトに、コーキが笑顔で駆け寄った。そのままラクトの首にしがみついた。
はたから見たら、お兄ちゃんを見つけて駆け寄った可愛い妹だろう。実際は、コーキはラクトの首を絞めにきている。
「ラークトー、なんでこんな面白いこと黙ってた?」
「……お前が来るからに決まってんだろ。
それで、なんだその格好」
「普通に来たら、校長に追い出された」
「校長だって騒ぎになるって分かってるような、要注意人物じゃねえか!」
ラクトはなんとかコーキの腕を剥ぎ取った。
可愛い少女になりきりの、三七歳のおっさんを眺めた。そこまでして、学校公開、参加したいか?
さらに背後で何やら騒ぎが起きている。
ダークブラウンの髪の女性に、ミオとカザがガンガンにアタック中だ。
今なら分かる。大人の女子は、マーメリズだ。
「お姉さん、もうね、俺と付き合っちゃいましょ。お姉さん、めっちゃタイプ」
「ええ? えええ?」
「いや、僕の方がいいと思うなー。僕、優しいよ? 実家もわりと裕福だから、お姉さんに色々プレゼントできちゃうよ?」
「はいいいいい?」
「お前ら、下がれ!」
ラクトはミオとカザの襟首を掴んでマーメリズから遠ざけた。この二人も要注意人物である。可愛いと思ったら、簡単に声をかけてしまう奴らだ。
「マーミィも、なんでいつものローブじゃないんだよ!」
「いえ、コーキが、さっき黒ローブ見られてるからバレちゃうと言うもので」
「……」
「コーキと、お揃いの色にしよーねー! などと盛り上がってしまいました」
「そんな、そんな可愛い格好で……!」
言いながら、ラクトはマーメリズを眺めて口を噤んだ。
軽く化粧もされていて、いつもより可愛い。かなり可愛い。胸の内側がぞわぞわする。
コーキがラクトの表情を読んで、マーメリズを見上げた。
「マーミィ、ラクトの心の声を代弁します。
……うわ、マーミィめっちゃ可愛いんだけど! いつもと違うんだけど!」
「……!
コーキ、てめえ……」
「マーミィって、こんな可愛かったっけ? 脚、超綺麗だし! 触りた……」
コーキに最後まで言わせぬよう、ラクトは無言でコーキに掴みかかった。
コーキはラクトの勢いをそのまま利用して、えいやっと遠くに投げ飛ばした。ラクトは背中から落下した。
見ていた中庭の人々が、コーキにおお~っと軽く拍手を送ってきていた。小さな少女が背の高い男を投げ飛ばしたのである。それは見事な体術であった。
じん、とラクトの身体中に痺れが走った。
「おーい、受け身取れてるか、ラクトー」
「コーキ、ワンピースでその動きは、女子的に0点です。パンツ見えてしまいます」
「マーミィ、ここ人多いから名前マズイかも。
女子は気を使う点が多いな。ガニ股禁止だしな」
「そうなのです。今はギャラリーもいるのです」
「しかし、おっさんのパンツ見て何か楽しいか?」
「えーと、こーちゃん?」
「えへ。おれ、こーちゃん」
「こーちゃんは今は女の子なので、男子の夢を壊してはいけません」
呑気な会話を聞きながら、ラクトは起き上がった。
その瞬間に授業開始のブザーが鳴った。
ミオとカザはもういない。
ラクトの、授業遅刻が決定した。
ラクトの次の授業は魔法の実習であった。
校庭の一角で、訓練用の魔道具を使っての実習だ。
ラクトは遅刻を咎める教師の睨みを受け、でかい体を小さくしながら生徒の集団に混じって行った。
その姿を、わくわくが止まらない様子の少女が見つめている。
「この授業は一対多数の戦いを想定したものになる。今から十個の円盤が空中に飛び出してくる。それを何の魔法でもいい、多く撃ち落とすこと」
教師は説明しながら魔道具を動かした。
三十センチほどの白い円盤が空中にランダムに浮かんだ。
教師は魔法の杖をぱっと振りかざした。炎の塊がいくつも生まれ、飛び出して行った。八個の円盤が次々と落とされていく。
「このようにすれば円盤は落ちる。正確なコントロールと集中力が試される。ひとりずつやって行こう。
なお、危険ですから、保護者の皆様はその場から近寄らないよう、お願いする」
生徒たちの実習が始まった。
やはり教師のように上手くはいかないらしく、三・四個を落とすくらいで精一杯のようである。中には0という子もいるくらいだ。
その様子を見ながら、マーメリズはコーキに話しかけた。
「ねえ、こーちゃん」
「なあに?」
「魔法って、こういう練習するんですねえ」
「マーミィはやらなかったの?」
「私、基本的に実戦で無理やり上達させられた方なので、新鮮です」
「あー……もしや、くそばばあのとこで?」
「そうですそうです……って、なぜくそばばあのことをっ?」
「この前酔っ払って話してたよー」
「ああ! 私ってば、なんとぺらぺらとっ!」
「あははは。おかげでマーミィの魔法ってキレキレじゃん。
……あ、ラクトだ」
ラクトの順になったらしい。
魔法の授業のため、ラクトも杖を使っていた。普段は剣のため、マーメリズには珍しい。
ラクトの青い目が円盤を狙う。杖を上げると拳大の氷の塊がいくつも生まれた。円盤に向かってすっと飛び出す。
九個の円盤を落として、どよめきが起こった。
一つ逃して悔しそうなラクト。
へえ、とコーキが顎をなでた。
「……あいつ、氷魔法は苦手なんだけどな」
「そうなんですか?」
「うん。火の方が得意。火の魔法だったら全部落としてるよ。
色々試してんのか……」
「鍛錬してるのですね」
「そうなんだろうな」
少女の見かけをした父は、ちょっと嬉しそうな顔をしていた。ラクトはちゃんと、コーキの自慢の息子だった。
それを見て、マーメリズは確信した。
――変装してまで、学校に潜入した甲斐がありました。
生徒たちの実習が滞りなく終わり、まだ時間が余っているようだった。
コーキが「せんせー、せんせー!」とぴょんぴょん飛びながらアピールしている。
「何かな、お嬢さん?」
「あのね、うちのおねえちゃんも魔法使いなんだけど、今のやってみていい?」
「はい?
コー……こーちゃん、わたしのことですかっ?」
「ほう、お姉さん、やってみますか?」
教師はちょっと面白そうにマーメリズに目をやった。この小娘がどれだけできるのか、といった視線だ。
周囲の好奇心満載の視線を受けて、マーメリズはおずおずと前に出た。
コーキも一緒に付いてきて、勝手に先程の魔道具をいじっている。教師は慌てたが、慣れた手つきで設定し、発動させた。
円盤が、さっきより増えていた。
「はい、円盤二十個」
「こーちゃん、ハードル上げましたね!」
「マーミィならいけるっ」
マーメリズはじとっとコーキを見たが、何も言わずに円盤に向かった。そのまま手をかざす。
教師がおそるおそる声をかけてきた。
「お、お姉さん、魔法の杖は……」
「不要です」
「杖……使わないとは」
「先生は一対多数の訓練と仰ってましたので、効率優先でいきます」
マーメリズは直径一メートルほどのファイヤボールを生み出した。そのまま円盤の群れの中心部に向け投げつける。真ん中の円盤にファイヤボールが触れた途端、ファイヤが四散した。連鎖するように円盤が砕け散っていった。
爆発に巻き込まれなかったのは二つ。これには即座に氷魔法を発動させた。氷の矢を放ち、撃ち抜く。
これにて、全命中となった。
ポクポクとコーキが笑顔でマーメリズに拍手を送っている。
教師は顔面が蒼白であった。
マーメリズはコーキに向き直った。
いきなり難易度上げられて、ちょっと怒っている。
コーキのいじっていた魔道具を、ぽんぽん叩いた。
「こーちゃん、これ、マックスで円盤何個出るんですか?」
「何個だっけ? 五十くらい?」
「こーちゃんは、五十個でやってください」
「えー、おれもやんの?」
「やるんです!」
「うっわ、超ひさびさー。騎士の訓練以来」
コーキは自分で魔道具を操作して五十個の円盤を空中に生み出した。空間が円盤で埋まっている。
これでいいかな、とコーキはその辺の木の棒を拾ってきた。軽く棒を振っている。
円盤の前に立つ、棒を持ったあどけない少女が言った。
「見てな」
少女が棒を振ると、炎を伴った巨大な斬撃が凄まじい回転をしながら円盤の群れに襲いかかった。その場を何度も往復し円盤を叩き燃やし消滅させる。最後の一つを壊すと地面に突き刺さり、消えた。
コーキがマーメリズを振り返った。
笑顔で拍手するマーメリズの後ろに、強い怒りの闇を背負ったラクトがいた。
あ、やべえ。
と思った時には、コーキはラクトに荷物のように脇に持ち抱えられ、マーメリズは腕を取られて、その場を逃げるように立ち去っていたのだった。
□ □ □
学校の片隅の片隅で、コーキとマーメリズはラクトから怒られていた。
こっそり変装してまで入り込んだくせに、目立ちまくることすんじゃねえという、ど正論である。ぐうの音も出ないとはこういうことを言う。
長い説教の予感がしたのか、コーキが急に寝落ちした。タイミングの良さにラクトはコーキの意図を感じたが、どんなに顔を引っ張ってもコーキは起きなかった。本当に寝落ちしている。
ラクトはイラっとしながら、マーメリズの膝のコーキを睨みつけた。
「ラクト、そんなに怒らないでくださいよう」
「無理っ」
「コーキはラクトの邪魔をしに来たんじゃないですよ?」
「わかってるよ。でも腹立つ!」
「困りましたねえ」
眉を寄せて本当に困ったように首を傾げているマーメリズ。ラクトはそれを見て、本当にわずかに少しだけ、罪悪感を覚えた。
もう一度マーメリズに目を止める。
いつもストレートの髪が、ふんわりとカーブしながら顔にかかっている。化粧のせいか、いつもより目が大きくてきらきらして見えた。
ラクトは惹き込まれそうになって、慌てて目を逸らした。
「えと、その格好は、いい、よ」
「はい?」
「マーミィの、その服」
「あ、ああ! ちょっと忘れてました! 私黒ローブじゃなかったですね」
「……普段から、そういうのでも、いいのに」
「……私、ですか?」
「うん。だって……可愛いから」
自分で言っておいて、何言ってんだ俺! と叱咤するラクトがいた。そんな恥ずかしいセリフ、よく言えたな。
チラリとマーメリズを見ると、少し顔を赤くして俯いている。それを見てラクトの顔にも血が上る。
本当に、なにやってんだ、俺。
ラクトはマーメリズの、ベンチに置かれた白い手が気になっていた。見ているとうずうずしてくる。
繋ぎたいな、と思ってラクトは焦った。
最近の自分はおかしい。マーメリズを前にすると、今まで思ってもみなかったことが頭をよぎる。
一回冷静になろう。
深呼吸をして、頭を空にしよう。
ラクトは大きく息を吸った――
「ラクト、何緊張してんの?」
マーメリズの膝から声がした。
いつの間に起きていてのか、コーキがラクトをじっと見ていた。
吸った息が胸につまり、ラクトは咳き込んだ。
大丈夫ですか? とマーメリズが背中を撫でてくれる。
咳き込みながら、危ねぇと思った。これでマーメリズの手なんて握ってたら、コーキになんと言われることか。
マーメリズがそわそわしている。
なかなか起き上がらないコーキを、右から左から覗いていた。
「あの、コーキ?」
「あ、お構いなく」
「お構いなく、じゃなくてですね。起きたのでしたら膝から退いていただいていただきたいな、と」
「今おれは、綺麗な生脚の膝枕を堪能してるので。そこはどうぞ、お構いなく。
マーミィって、柔らかくてすべすべー」
「コーキ! 古着屋でこのスカート激推ししたの、そのせいですかっ?!」
「マーミィ、脚綺麗なのに、普段黒ローブなんだもん。もったいないよね。
どうせなら触りたいじゃん? 男は触りたくなるじゃん?」
「美少女のビジュアルで言う、セリフじゃないですからっ!」
ラクトが無言でコーキを引っぺがした。
無表情が、逆に怖い。
軽いコーキを荷物のように小脇に抱えた。
そのまままっすぐに、スタスタと歩き出した。
小さな池に向かって。
「やめろ、ラクトっ。それはちょっと、とーちゃんの被害でかいかなっ」
「一回水に沈んで頭冷やした方がいい」
「反省しました! もうしません!」
「信じられるか」
「ラクトくーん、信じる心って大事だと思うっ」
池には小さな噴水と、ベンチがいくつか置かれていた。
そばに近づくと、女子の集団が何やら騒いでいる。何かを囲んで楽しそうだ。
「すごっ、もふもふっ」
「やーん、次わたしの番ね」
「白ーい、もふもふー、かわいいっ」
「やだ、この子舐めてきた」
「かわいいー。抱っこしたいー」
コーキとラクトは固まった。
屋敷で見慣れた聖獣が、ものすごく女子にモテていた。かわりばんこに女子に抱かれて、時々ほっぺを舐めたりしている。
固まった二人の後ろから、マーメリズがひょいと顔を覗かせた。
「どうしました?」
マーメリズの声が聞こえた途端に、キュービはマーメリズの胸に飛び込んできた。胸に顔を寄せてスリスリしている。
「マーミィ、わしの霊力ごはん~! 勝手にいなくなっちゃ駄目! だめ、ダメ!」
「キュービ、今朝は寝てたから……」
「起こしてくれていいのよ? 霊力溜めるほうが重要よ?
あれ、なんか、マーミィ今日は薄着だな? ん? 柔らか感触、倍増中。
わし、知ってんのよ。マーミィは見掛けによらず巨乳属性……」
ラクトはキュービの首根っこを引っ掴んでマーメリズから剥ぎ取った。
荷物のように持ち運んでいたコーキに、聖獣を押し付けた。
白いもふもふの仔犬を抱いた美少女、というビジュアルに、周りの女子たちが大いに騒いでいる。
「なんなの? 何かの撮影?」「誰か、写真撮る魔道具持ってないのっ?」「可愛すぎ! 天使か!」
などの声が聞こえる中、どんどん人垣が厚みを増していく。
ラクトは黙って校門を指した。据わった目でコーキにを見据え、怒りを抑えながら言い放った。
「コーキ。聖獣持って、家帰れ」
「……はーい」
□ □ □
コーキは校長の許可なくしては、魔法学校に立ち入る事をやんわりと禁じられた。
授業で見せた技は教師たちの矜持をかなりへし折ってしまったらしい。生徒からの質問で、どうやったらあんな技が出せるのか、誰も答えることが出来なかったという。教師の面目を完全に潰してしまったわけだ。
来年の学校公開に行けなくなって、コーキは可愛く口を尖らせていた。
完結の目処がたちました。
最後までお付き合いいただければ幸いです。




