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呪われた屋敷に、住み込みで働きます!  作者: 工藤 でん


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13/27

【13】 宴

お酒はほどほどがいいです。

このシーン、飲みながら書いたけど。

「ラクト! ネクタイ曲がってます!」

「おー」

「マーミィ、今度ソーセージは焼きじゃなくてボイルがいい」

「了解しました。今日は黙って食べてください」

「マーミィ、スープおかわりある?」

「あります、ちょっと待って……」

「マーミィ、わし、もうちょっと座席高くしたいな」

「キュービは聖獣じゃないんですか?! ごはんいります?!」

「聖獣だってメシ食べたいよ? あとでマーミィの霊力も食うよ?」

「マーミィ、おかわりまだ?」

「今やってます。今出します!」

「マーミィ、わしんとこスプーンないぞ」

「スプーン使うんですか? 使えるんですかっ?」

「ぐー」

「コーキはなんで食事中は即寝ですかっ!」



朝は戦争である。

一匹増えたら、戦争が激戦に変わったと思うのは、マーメリズだけだろうか。

ラクトを送り出し、コーキを寝かしつけながら、キュービを肩に乗せて霊力補給をさせてやる。

旅から帰ったばかりの大量の洗濯物を洗い続け、干し続け、剣の鍛錬後こっそりやって来て抱きついたコーキに押し倒され、肩に乗ったキュウビを下敷きにしてもふもふに顔面を打ち付けながら、マーメリズは思った。


私、疲れているのかもしれないです……。




その夜――

コーキとラクトは自室に入り、マーメリズは台所を整え明日の朝食の下準備を終えた。

後はお風呂に入って寝ましょうか、と思っていたところで。



ダイニングテーブルに白いもふもふが座っていることに気づいた。器用にグラスを持っている。


「キュービ?」

「お、マーミィ。

お疲れさんお疲れさん。いやー、マーミィはよく働くね。偉いね。労働者の鏡だね」

「あ、ありがとうございます。

何を飲んでいるんですか?」

「あ、これ?」


キュービは目を細めて笑った。

正確にはもふもふの犬顔なので、笑ったように見えた、である。


「これは、あれだ、あれ」

「あれ?」

「いわゆる、なんていうか、栄養ドリンクだな」

「はあああ」

「これを夜、きゅっと飲むとだな、明日もスペシャルよろしく元気になるわけよ」

「ほええええ」

「……飲む?」

「……私も、ですか?」


キュウビはたたっと台所に走り、器用にドリンクを持って戻ってきた。

見た目はマーメリズの作った、はちみつレモンである。


「口辺りよくしといたから、おいしくいけるよ」

「おいしい、栄養ドリンクですね?」

「そうそうそう。もうね、活力の源だからね。これで明日も全力で働けちゃうわけよー」

「それはすごいですねー」


マーメリズは今日の疲れはこれで吹っ飛ぶ、と思いながら、くーっと一気に飲み干した。




ラクトは自室のドアが乱暴に叩かれる音で目が覚めた。

眠い目を何とかこじ開けてドアを開けると、白いもふもふがラクトを見上げていた。


「……っんだよ、キュービ」

「助けてー。ラクト、助けてー」


小さな声で少し震えながらキュービが目をうるませている。

思わずわしわし撫でくりまわしたい衝動に駆られるが、相手は御歳三百歳以上の聖獣である。


「……何があった?」

「リビング来てー。マーミィがもう、手に負えない。これ以上弄られると禿げる。尻尾何本か抜けてる気がする」

「なんなんだよ。コーキは?」

「あいつも止めてー。あいつも止まらない」



状況が読めない。


ラクトはキュービの首を引っ掴んで、リビングに降りていった。

一目見て状況が読めた。

ソファで爆笑しているマーメリズとコーキ。リビングテーブルに散乱している酒瓶の林。


酔っぱらいが二人、泥酔していた。



ラクトは立ちすくんだまま、キュービを持ち上げた。目の高さに持ってくると、仔犬のようなキュービがラクトから必死に目を逸らしていた。九本の尻尾も縮こまっている。


「……初めに仕掛けたのは、お前だな」

「あ、分かっちゃった? なんでだかわかんないけど、分かっちゃった?」

「この家に飲酒の習慣はないんだよ!」

「ちょっとだけのつもりだったんだよう。そしたらさあ……」

「もふもふぅ、遅ーい」

「あー、ラクトきたー!」

「ほんとだラクトだー。ラクト来ました!

髪ぼさぼさー。うけるー!」


酔っぱらいが、ラクトが来ただけで手を叩いて盛り上がっていた。

非常に不本意である。



マーメリズが自分の隣りをポンポン叩いてラクトを手招いている。

恐る恐る座ると、マーメリズがぐっと顔を寄せてきた。じとっとラクトを見つめている。酒臭い。


「コーキ! なんだか今日もラクトがイケメンです! 女子に騒がれる顔面です!」

「あっっったり前じゃん! 誰の息子か分かってんのか! ってえのー」

「そうでした! 将来コーキみたいにエロくなる予定の、ラクトくんでした!

そういう教育してますか? 英才教育ですか?」

「不肖の弟子なんですう。

もう、こいつ絶対ヘタレたから! 聞いたことねえもん、そういう話!」

「あははははは!」



本当に、非常に迷惑である。


ラクトはソファまで持参してきたキュービを、目の高さに持ってきた。


「……なんでこんなに酒があるんだ?」

「ラクト、知らないのか? 世の中にはマジックバッグという、便利アイテムがあってだな。小さなバッグに無尽蔵に荷物を入れられるという優れもので……」

「知ってるよ。

だけど、マジックバッグに大量の酒詰め込んでる狐のことは、知らなかったよ!」

「わし、狐でもないんだぞ?

やだなー。なんていうかさ、こうなったの、わしのせいみたいじゃん?」

「お ま え の、せいだろうが!」


キュービをゆさゆさ揺すっていると、マーメリズがラクトをゆさゆさ揺らしてきた。思わずキュービをポイ捨てする。

振り向くと満面の笑みの酔っぱらいが、ラクトを見てはしゃいでいる。


「ラクトの好きなこと、ナンバースリー!

第三位!」

「え? ええ?」

「だからー、好きなことの、第三位っ!」

「……えーと、メシ食うこと」

「第二位!」

「……剣振ること」

「第一位ー!」

「剣に魔法を上手く乗せること」

「真面目っ! 超真面目です、お父さんっ」

「ねえねえマーミィ、親の顔見たい? やっぱ見たい?

ほらほら、見てみ!」


マーメリズとコーキがぎゃあぎゃあ盛り上がっている。ラクトは精神力が、反比例のようにだだ下がるのを感じていた。


今度はコーキがはーいと手を上げて、マーメリズを指した。マーメリズは勢いでうんうん頷いている。


「次、マーミィ!

人生で辛かったことナンバースリー!

第三位!」

「そーですねー、くそばばあんちでの修行!」

「あはははは! くそばばあが師匠なの?」

「そーなんですー。一般常識と日常の生活と口の悪さを学びました! あのばばあ、何度川に蹴り倒してやろうと思ったことか! そして、何度私が川に蹴り倒されたことか!」

「あー、マーミィの黒さはそこが原点かあ。マーミィってたまに口悪くなるよね!

次、第二位!」

「はい、王都までの旅!」

「苦労したわけだ」

「しましたよー。知らないない国で右も左もわからず、物価の相場もわからず幾度もぼったくられ!」

「いいカモだったねー」

「おまけに初彼氏かと思った男が強盗で……」

「それは知ってるー。おいしいカモだったねー」

「忘れます! 初ちゅーのことは忘れてやります!」

「そうしようそうしよう!

はい次、待望の第一位!」

「第一位は……。

聖女教育!」



コーキの表情が、すっと覚めた。

ラクトはそこで気付いた。コーキは酔ったフリをしているだけだった。マーメリズの表情をじっと観察しているコーキは、諜報員のような冷徹さを垣間見せていた。

再びあどけない笑みを作って、マーメリズのグラスに酒を注いだ。


「へー、辛かったんだー」

「辛かったなんてもんじゃないですよ! 私が大聖女様の血を引いてるからって、期待値爆上がりの環境で、私落ちこぼれですからね!」

「…………。

大聖女様って……娘いるの?」

「あは、あはははは。聖女の処女性信じてます?

あの教会の内部なんて、崩壊してますからー。残念でしたー!」

「そーなんだー。そら残念だわ」

「しーかーもー! あのクソ男、他の聖女にも手出し始めて! 危険を感じた大聖女様が聖女見習いを逃がしてくれなかったら、私だって今頃どうなっていたか……」


つー、と涙が流れた。

マーメリズが笑顔で話しながら、涙を流し始めた。

泣き上戸が入ったらしい。

顔が歪んで、止めどなく涙を流し、しゃくりあげる。

コーキが躊躇うことなく、マーメリズのダークブラウン頭を抱き寄せて、髪を優しく撫でた。


「怖かったね」

「……怖かったですよ。

みんなで逃げたのに、どんどん捕まって、連れ戻されて」

「頑張ったんだね」

「私、頑張りました? ちゃんとできました?」

「ちゃんとしてるよ。偉かったね」

「でも、大聖女様は……!」

「大聖女様が、それを望んだんでしょ」

「……ふえ~」


顔を覆って本格的に泣き始めたマーメリズを、コーキは撫で続けた。

マーメリズの嗚咽が収まってきて、コーキはふいに撫でるのを止めた。そのままマーメリズの体を倒してラクトの膝に頭を乗せてやる。

たじろぐラクトに、コーキは鋭く視線を投げた。

動くなと、目が訴えている。



「マーミィ、ラクトが膝枕してくれるってー」

「……えっぐ……ありがとうございます。ラクトは優しいです」

「何かしてほしいこと、ある?」

「……優しさで一杯で、思い浮かばないです……」

「今、君はなんて呼んで欲しい?」

「……はい?」

「君のことはなんて呼べばいい?」



マーメリズはラクトの膝に縋りながら、しゃくり上げている。

コーキがラクトの手を取って、マーメリズの頭に乗せた。目を見張るラクトにコーキは無言で、やれと促した。

ラクトは恐る恐るマーメリズの髪を撫でる。

コーキはもう一度、マーメリズに尋ねた。



「君は、なんて呼ばれてた?」

「………カミュ」

「もう一度」

「カミュ、です。カミュと呼ばれてました。

大聖女様も、一度だけそう呼んでくださって……」

「カミュ、だね」

「……はい」



マーメリズは暫く静かに泣いていたが、そのまま眠りに入った。寝顔はとてもあどけなかった。

それを確認して、コーキが立ち上がった。十歳の顔が難しくしかめられていた。



「ラクト、おれ調べ物してくる」

「……コーキ。この間マーミィに、話す覚悟決めるまで待てるって、言ってたよな」

「詳細はね。概要は埋めておいてもいいよね」

「……お前」

「情報の入手は、早ければ早いほどいい。

マーミィ、目が覚めたら酒、吐かせたほうがいいから。あと、水大量に飲ませて、気休めに胃薬な」

「俺がやんの?」

「やれよ。

……それと」


コーキがマーメリズを一瞥した。



「……本名はまだ、呼ばない方がいいな」



ラクトは自分の膝で眠る女性を見た。


マーメリズではなく、カミュ。

この家で暮らしている黒魔道士の、隠していた名前は、カミュだった。



ラクトは複雑な思いで、マーメリズの顔を見つめていた。

なぜ素性を隠すのか。なぜ偽名を使っているのか。

おそらく違う国から旅してきて、この国には伝手はないはず。

そして、この国にはいない、聖女とは。



キュービが唐突に立ち上がった。

目をランランと光らせ、口を開けていた。

後ろ足で二本立ちしている。



「……きた、神のお告げ。

今日の神のお告げ来ました! 今来ました!」

「……おい」

「なんだ、このタイミングで……」


ラクトとコーキが注目する中、キュービの目がくわっと見開かれた。

キュービは、緊張感のある二人の視線を見返した。



「いいか、よく聞け」

「「…………」」

「……明日の朝メシは、出ない!」

「「………………」」

「そりゃそうだよなー。マーミィ、明日二日酔いだよね、うん。あれだけ飲めばそりゃそうだ。初めて酒飲んだって言ってたし。

てことで、そこの二人、明日のメシはなんとか……」



コーキは無言でキュービの首根っこを掴んだ。

窓を開けて庭へ放り投げた。

白いもふもふは、よく飛んだ。


「微妙な空気の中、要らねえお告げしてんじゃねえ!」

「わしのせいじゃないもん!」

「せめて、空気読め!」




コーキが自室に戻り、キュービは家から追い出された。

静かなリビングで、ラクトは膝のマーメリズをずっと見つめていた。



今は静かに寝ている。白い頬に残っていた涙のあとは、彼女を起こさないようにさっき拭いた。滑らかな肌の感触は指に残っている。

ダークブラウンの髪は彼女の白い肌を際立たせていた。艶やかな髪を先程まで撫でていたのは、ラクト自身だ。



――初めて会った時は、なんてムカつく気の利かないダメな女なんだと、思ってたのに。



ラクトは自分の中で、マーメリズの存在が変わったことを意識した。

ただそこにいるだけで、気持ちがそちらに向いてしまう存在。コーキやキュービが彼女の側に寄るだけで神経が苛立つ、そんな存在。



ラクトは森の中でコーキがしていたように、彼女の唇をゆっくり親指でなぞってみた。柔らかい唇に添える自分の指が、少し震えていた。

ぞくぞくするような感覚が、体の中心で沸き起こった。


……これは、やばい、な。



気になる誰かがいる、というのはこういうことなのだろうか。



ラクトは初めて自分に灯ったこの感情を、持て余している。


イライラするしやきもきするし理不尽な気もするし、ロクなもんじゃない。


だけど。


ワクワクするし緊張するし幸福感が半端なくて、そして笑った顔が嬉しくて愛しくて――。



ラクトは頭を抱えた。

それでもマーメリズから目が離せなかった。



俺はこの子を、どんな風に見たらいい?

どんな存在だと思えばいいんだろうか。


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