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呪われた屋敷に、住み込みで働きます!  作者: 工藤 でん


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12/27

【12】 君は、誰だ?

色々と内緒にしてるのです。

朝のラクトの機嫌は最悪だった。

特にコーキとは一切会話していない。

しかし、コーキを睨みつける回数だけは、とびきり多い。



太陽が上り、きっちりと子供の姿に戻ったコーキは、マーメリズの影からじーっとラクトを見ていた。


「マーミィ、ラクトは今日、なんであんななの?」

「それはなんといいますか、その……思春期特有のあれで何ではないですか?」


マーメリズは幼いコーキに目をやりながら答えた。

今朝方はどっぷり恋に落ちたと思ってしまったが、少年の見かけのコーキに対しては平常運転である。同じ人物だというのに、これはどういうことだろう、とマーメリズはちょっと思い悩んでいる。

見かけだけ良ければいいという、薄っぺらい女なのかもしれない。



「おれ、なんかしたか?」

「したといえばしているかもしれませんが確実にいつもと同じ行動だったわけでコーキにはわからないといいますか……」

「うん、全然わからない」

「ああ! もしかしてこれが世間でいう、反抗期ってやつなんじゃないですか?」

「唐突だなあ」

「意味もなくガラスを割って歩いたり、盗んだ馬車で走り出したりするんですよねっ」

「……あはっ」


コーキが何かを思いついたように、にやーっと笑った。

すぐに精一杯沈痛な顔をして、マーメリズの袖を掴む。


「……ほら、おれたち、複雑な家庭環境じゃん」

「……はい」

「父親はよりによって見かけが子供だし」

「…………はい」

「頼れる親戚もいない」

「はっ」

「おまけに母親は出ていった」

「あわわわわっ」

「そこに、見ず知らずの女の子を父親は家に連れ込んで」

「ぎゃあああああっ、私ですかーっ?」

「母親面して、家の中を引っ掻き回して」

「身に覚えしかありませんっ!」

「グレてもしょうがないよ。ラクトはよく育った方だよ……今日までは」



マーメリズはラクトを追って走り出した。

足音に気付いて振り返ったラクトを、ぎゅむっと抱きしめた。

ラクトは慌てているが、どうしていいか分からないらしく、手が空中で泳いでいる。

マーメリズは構わず、ラクトをぎゅうぎゅう抱きしめた。


「ラクトっ! まだ間に合います!」

「ななななな、何がっ?」

「確かに複雑でしょうけど、私頑張りますからっ」

「はあっ? 何言ってんの?」

「べつにコーキの後妻じゃないですし、あなたの継母でもないですけど、ちゃんと支えられるように頑張りますっ」

「だから、何言ってんの、さっきから!」

「だからお願い、私のせいで非行に走るなんてやめて下さい!!」

「コーキ! お前、マーミィに何吹き込んだっ?!」



コーキは一人でげらげら笑っていた。



□ □ □



狐の杜の最奥と思われる場所には、小さな祠があるだけだった。石でできた祠で、ツタに覆われている。しばらく付近に人の入った気配はなかった。


コーキは祠をしみじみ観察している。祠に注ぐ視線は研究者のそれだった。


「……呪い、っぽくないな」


コーキの言葉にラクトが首を傾げた。

金色の髪がサラリと揺れる。


「呪いの大元に来たんじゃなかったのか?」

「そういう伝承があったから来てみた、てのが正しいな。祠に続く参道が、前回タインたちと来た道になるが、そこは明らかに呪詛が発動していたんだ。

でも、これは……」


コーキが右手で祠に触れた。

途端に右手が弾かれた。触れた場所が酷い火傷のように爛れていた。即座にラクトが治癒魔法を発動する。


「コーキ、なんだよこれ!」

「なんだろ。普通、呪いに近付くとおれの中の呪いもざわざわするんどけと、それがない」

「呪い以外で、触ったやつ怪我させるような仕組み作れるのかっ?」

「うーん、わかんねーな」



マーメリズは二人の後ろから、祠の周りを観察していた。ふと、昔学んだ内容を思い出していた。今思うと、あれも学校のようなものだったのかもしれない。

いくつかの物を見つけ、確信する。

コーキをそっと、祠から遠ざけた。


「……これは、破邪の仕掛けです」

「破邪?」

「邪悪を寄せ付けなくするための仕掛けです。コーキは呪いを受けているので、邪悪と見なされたのでしょう」


マーメリズは気負うことなく祠に手をかけた。

コーキとラクトは息を飲んだが、マーメリズの手が弾かれることはなかった。

マーメリズは祠の四隅に刺さっていた木の棒のような物を抜き取っていった。棒はかなりの年代物でその形を保つのがぎりぎりの状態である。



「これが仕掛けの正体です。放っておいてもそのうち朽ちてしまったかもしれませんが、まだ形があるので機能していたようですね。なくしてしまいましょう」


マーメリズの手の中で、木の棒は火を噴いた。そのまま黒く崩れ落ちてしまった。

マーメリズは微笑んでコーキを振り返った。

目を見開いたままのコーキとラクトが佇んでいた。



「これでコーキも、祠に触れますよ」



コーキはゆっくり祠に近付いた。マーメリズを見上げてから、祠に手を伸ばす。

コーキの手が、祠に触れていた。

何も起こらないまま、時間が経過する。

コーキがもう一度、マーメリズを見た。



「……マーミィ」

「はい?」

「おれ、触れたな」

「言った通りでしょう?」

「破邪の仕掛けっていうんだな」

「そうですよ」

「ところでな、マーミィ」

「はい?」

「マーミィのその知識は、どこから得たものなんだ?」



マーメリズは微笑んでいた。

微笑んでいるように見えた。

よく見ると微笑んだまま固まっているだけだった。

凄まじい量の冷や汗が、マーメリズの顔から吹き出していた。



コーキが冷静な視線でマーメリズを観察している


「おれは呪いの研究の、割と中心にいる方なんだけど」

「……」

「破邪の仕掛けというのは聞いたことがない。おそらくこの国には存在しない」

「…………」

「だが、確実に仕掛けは存在し、機能していた。そういう力を使い、活用しているということだな」

「………………」



コーキはマーメリズに近付いた。

有無を言わせない迫力が、その瞳に宿っていた。

マーメリズはコーキの目に竦んで動けなくなった。


「そろそろ素性を明かしてくれていいんじゃないか、マーメリズ?」

「……!」

「遠い所から王都へ旅をしてきたことは聞いている。とんでもなく世間知らずな事も、異様なほど呪いに強い事も知っている。冒険者レベル二一とは思えないほど魔法に習熟していることも」



小さなコーキの気迫に、マーメリズは完全に飲まれてしまった。かくんと膝が砕け、座り込んでしまう。

コーキはさらに近付いてきた。

それだけでマーメリズの血の気が引いていく。


「君の生い立ちが見えない。幼少時代をどう過ごし、何を学んで育ったのか、おれの中の常識では測れないんだ。

君はかなり、特殊な環境で……」

「やめとけ、コーキ!」



ラクトが二人の間に入り込んだ。

マーメリズを背にしてコーキを押しとどめた。真剣な目でコーキを止める。


「マーミィが怯えてる。今、その迫力出すな」



コーキがラクトを見上げ、ふいと顔を逸らした。

迫力については自覚があるようだった。何も言わずにマーメリズから離れた。

ラクトはマーメリズに向き直り、片膝をついた。

躊躇ってから、マーメリズの手を握る。真摯な青い目がマーメリズを真っ直ぐに見つめてきた。



「俺たちが信用できないなら、マーミィの素性は話さなくていいから」

「……」

「だけど、俺の素人考えなんだけど。

この場をコーキに説明するには、マーミィの知られたくない、過去の知識が必要だと思う」

「…………」

「もちろん、できる範囲でいいんだ。

俺たちの関係が壊れるような重大な秘密を抱えているなら、そんなことは言わなくていい。俺は、これからもこの関係を続けたい、と思ってるんだけど」

「………………」

「君のできるところまで、コーキに協力してくれないか?」



マーメリズは、詰めていた息を吐いた。

長々と吐いて力が抜けて、ラクトの腕に額がぶつかった。ラクトがたじろぐが、構わず体重をかけてしまう。ラクトの体温が温かい。

先程の言葉がふんわりと胸に落ちていた。

ぽろりと言葉が漏れてしまう。



「……ラクトは優しいです」

「……!」

「優しいので甘えたくなります。いつも戒めているのに、甘えても許してくれそうなので、困ってしまいます」

「…………」

「コーキは目が離せません。寝落ちの見張りだけじゃなくて。大人と子供が複雑だけど綺麗に混じっていて、何が出てくるか分からないんです。でも首尾一貫していて」


マーメリズはおずおずとコーキとラクトを見上げた。いつになく緊張していた。


「お二人が大切です。お二人を信用しています。とても信用してるんです。

お話できないのは、私の覚悟が足りないからです。脆すぎる私の心の問題です」

「……マーミィ」

「必ずお話しますので、もう少し時間をいただけませんか?」



沈黙していたコーキが、ガバッとマーメリズに抱きついてきた。マーメリズの頬に自分の頬を押し付けている。


「待つよー。待てるよー。おれ大人だから」

「……コーキ」

「コーキお前っ、大人のやることじゃねえだろうが!」


ラクトがマーメリズからコーキを引きはがそうとするが、コーキも粘っている。マーメリズに張り付いていた。


「コーキ、離れろ!」

「最近、ラクトが厳しいよ、マーミィ」

「コーキ、あのですね、ローブが伸びそうなんですけどっ」

「ラクトの馬鹿力のせいだな」

「お前が手を離せば解決するんだ、コーキ!」

「離すわけないじゃん」

「あのっ、首周りが伸びると、中身が見えてしまう可能性が」

「よし、ラクトいいぞ。もっと引っ張れ」

「コーキは離せ!」



三人でわあわあ騒いでいた時だ。

第三者の声が聞こえてきた。

おそるおそると言ったふうに、遠慮がちな声音だった。



「あのー、あのー、えーっと、あのね。

わし、出てきてるんだけど……気付いてる?」



祠の扉が開いていた。

仔犬くらいの大きさの、白いもふもふした動物が三人を見つめていた。黒目がちのくるりとした目が可愛い。

人の声だったはずだ。祠の周辺には誰もいない。

ラクトがずかずか祠に近付いて、その動物の首を掴みあげた。


「お前か、話しかけたの」

「うわ、ちょっと、やめてー。

わし、誰だと思ってるの? 首根っこ掴むとか、ないわー。マジでないわー」


白い動物は力無くジタバタした。

弱っているらしい。

コーキが興味深げに動物を観察している。


「……祠の中身、か?」

「ピンポン、正解!

祠に閉じ込められること、早三百年とちょっと。

祀る人間も絶えちゃって、もう消滅するかと思ったわー」

「祀られる対象……」

「あー、お前、呪われてんな? 聖なるわしに近付くな、しっしっ」



白い動物は嫌そうな表情でコーキから顔を背けた。動物のくせに表情が豊かである。

ラクトがさらに動物を持ち上げた。

ラクトとコーキが動物の腹の当たりを観察している。


「オスか?」

「オスだな」

「……おい。

聖なるわしの大事な所まじまじと見てるんじゃないよ。デリカシーとかないの、君たち」

「尻尾多くねえか?」

「多いな。何本あんだ?」

「だからさ、話聞いてる? ねえ、聞いてる?」



マーメリズがおずおずと近付いてきた。

ラクトの掲げた白いもふもふと対峙した。


「……聖獣、ですかね」

「聖獣?」

「神様に仕える獣です。聖なる力を持っています。

コーキ、この辺りの呪いの伝承では、狐の呪いと言われてたんですよね?」


コーキが頷く。タインとの会話を思い出した。


「狐の呪いにかかるから、祠に触らないようにっていう言い伝えだ」

「この子のことだと思います。祠をいじられて破邪の仕掛けが解けると、この土地を守る力を失ってしまうからです。

参道の呪術もその一環ではないですか? 近づく者が現れないようにするために」

「土地を、守る?」

「聖獣を封じて祀り、土地を災害から守る仕組みがあるのです。この辺りは天災がとても少なかったと思いますよ。

ただ、祀ることが途絶えてしまったのでしょうね。聖獣の力は弱まってしまって。そして誰かが施した参道の呪術だけが強く残ってしまった」


コーキが聖獣と祠を見比べた。祠が気になるのか、じっくり検証に入っている。

マーメリズは「おい、ちょっと。ちょっとそこの女子!」と聖獣に呼ばれた。


「……なんでしょう?」

「あ、やっぱりー。そうだと思ったんだよね。

君あれでしょ? 聖――」


マーメリズは聖獣の首を両手で掴み、ぎりぎりと握り始めた。

ラクトが慌てて止めている。


「マーミィ、死んじゃう。それは死んじゃう!」

「た、たふけてー」

「……余計なこと言わず黙ってろ、バカ聖獣」

「はひ、だまりまふ」


聖獣は首を離してもらい、けほけほしていたが、マーメリズの傍から離れない。

ぴったりと寄り添って座っている。

なんとなくイラッとしながら、ラクトは聖獣に問いかけた。



「で、あんたはなんでここで封じられてたの」

「わし、神の遣いだから。わしの神がこの土地を守る助けを人に与えたわけよ。どういう取引があったか知らんよ? とりあえず選ばれたのが、わし」


マーメリズが特に手を出してこない事に調子に乗ったのか、聖獣はマーメリズの膝に乗り始めた。膝の上で丸くなっている。

ラクトは更にイラっとした。


「わしがここにいるだけで土地が守られるからさ。ずっと寝てればいいよって言われたわけ。後は勝手に祀ってもらえるから」

「……途中から祀られなくなったんだろ」

「そこよ! まさか忘れられるとは思ってなかってから。ひもじいのなんの。ここ五十年くらい、飲まず食わずよ?」

「それは……酷いな」

「神の遣いだから死にゃしないんだけどね。霊力なくなるとさすがに消滅するからー」

「あんたがいなくなると、この土地はどうなる?」

「本来に戻るだけよ。今までがラッキーだったってこと。これからは他の土地と同じようにやっていくしかないねー」

「そういうもんか。

ちなみに、なんでマーミィから離れない?」

「この女子、霊力高くて柔らかくてさいこー」

「……ほんと、獣のくせにイラつくな。

マーミィは霊力が高いのか?」

「おう。今おいしくいただいている」

「……おいしくいただいてる?」


ラクトは聖獣の首を掴んだ。

祠を調べていたコーキに突き出した。


「コーキ、こいつ埋め直そうぜ」

「ちょっと待て! イラっとしたからって、埋めちゃうのって、よくなくない?」

「なんで聖獣のくせに口調が軽いんだよ。神の遣いとかって信じられるか」

「ラクト、最近キレやすいよねー。特にマーミィ絡んでる時」

「何言ってんのお前何言ってんのお前!」

「ラクトっ! やっぱり私がちゃんとしてないばっかりに非行に走ろうと……!」

「マーミィも何言ってんの?!」



唐突に、聖獣がラクトの手を振り解き、地面に降り立った。ピシリと周りを睨めつける。

緊張感のある様子に、三人は息を潜めた。

聖獣は、厳かに言葉を紡いだ。


「わしは、神の遣いである。

一日に一度、大いなる神のお告げが降りてくるのだ」

「……へえ」

「はあ」

「今、降りた。神のお告げだ。

そこな、娘」

「あ、私、ですか?」

「そうだ。前へ」


マーメリズは聖獣の前に出た。

ちょこんと正座する。


「娘、名は?」

「はい。マーメリズと申します」

「ふむ。

それ…………偽名だな」


「「「…………」」」


「……あれ? 無反応?

おっかしいな。やだーなんでバレたんですかーとか、おい嘘だろっとか、そういうさあ、先の展開に繋がる熱いリアクションが欲しいわけよ」

「「「…………」」」

「君たち、コミュニケーションをきちんと取っていかないと、これからの……うぐっ」


マーメリズは据わった目で聖獣の首を絞めた。

コーキもラクトも、何も言わなかった。

聖獣の口から魂が抜け出ていった気がしたか、そのうち戻ってくるだろうと、放置した。




狐の杜の主は、割と酷い目に合ったにも関わらず、マーメリズにくっついたまま離れなかった。

九つの尻尾を持つ白いもふもふの聖獣は、「キュービ」と呼ばれることとなった。



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