【11】 改めまして、初めまして
マーミィ、キュン死
「マーミィ、空中戦はっ? 空からの魔物任せられるかっ?」
「命中率、六割程度です!」
「なんとか、しのいで!
地上の魔物は……任せてもらっても、ちょっと厳しいかもっ!」
「ラクト! そこは任せろじゃないんですかっ!」
「数が多いんだけど、すぐ湧いてくるんだけど!」
「コーキ? 少しは参戦していただいて構わないんですがっ!」
「ほらあ、おれがやるとすぐ終わっちゃうじゃん?
実戦は数踏まないと上達しないからー」
「マーミィ、地上一回フリーズで固めて! あとはなんとかするから!」
「ごめんなさいすみません間に合いません」
「ああああー?」
「マーミィ、おれの水筒もうすぐなくなる。
はちみつレモン、よろ!」
「コーキ、状況見て言ってますっ?!」
狐の杜と呼ばれる深い森の中で、マーメリズたちは戦闘状況にあった。
正確にはマーメリズとラクトが、である。
コーキはちょっと離れた所で、二人の戦闘をのんびり観戦中だ。時折ちょっかいを出しに来る魔物は瞬殺で退治されている。
マーメリズたちがなぜそんなところで戦う羽目になったかというと。
端的に言えば、小さなおっさんのせいである。
□ □ □
「たぶん、もう少し楽な道があるんだよなー」
コーキがレモンムースをちみちみと食べながらそう言った。
凄まじい量の串焼きを胃に収めた後である。
マーメリズは、コーキとラクトの食べっぷりに当てられて、食欲が減退していた。自分の分だったレモンムースはコーキに進呈した。
「例の狐の杜ですか?」
「うん。タインのへたれがいたってのもあるけど、正面から行くとちょいちょい罠がしかけられてて、かなり時間かかるんだよね」
「それが呪いなんじゃねえの?」
ラクトはまだ、肉とパンを咀嚼している。
お気に入りは、酢漬けの野菜と肉をパンでサンドするアレンジだ。いくらでも入るらしい。
マーメリズは胃を押さえて、そっと目をそらした。
「作為を感じるんだ。こんだけ大変な目に遭うんだから二度と来るんじゃねえぞ、みたいな」
「コーキたちは最後まで行けたんですか?」
「いや、同行した騎士たちの疲労が激しくてやめた。非戦闘員連れて行けるような場所じゃなかったなー。おれが寝ないで進めばなんとかなったかもだけど。おれ、変なタイミングで寝ちゃうしなー」
「最近は急な寝落ちは少なくなりましたけどね。ちょっと読めるようになってませんか?」
「そう言ってくれるの、マーミィだけ。好きー!」
マーメリズに抱きついてきたコーキを、なぜだかラクトがふせいだ。ほいっと、他所に投げ飛ばしている。コーキは軽いので、よく飛ぶ。
「正面以外にも道があるのか?」
「あるようには見えないんだけどな。
なんせ森だから。方向さえ間違えなければどこからでも行けるよ」
投げ飛ばされたコーキは、ドスドスっとラクトの太腿を殴りつけ椅子に座る。三七歳、大人気がない。
コーキは足をぶらぶらさせながらぼやいた。
「もう一回、行ってみようかなあ。ちょっと面白そうなんだよなあ」
「タインさんも一緒にですか?」
「あいつはいらない。今回のデータ大量に取ってうはうはしてたから、しばらく研究所から出てこないだろうし。
おれは奥に何があるかを見たい」
「じゃあ、私と行きますか?」
マーメリズの言葉に、子供がきょとんと見返してきた。ぱちぱちと瞬きしている。
みるみるうちに黒い目がきらきらしてきた。
テーブルに身を乗り出して、マーメリズの顔に自分の顔を近づけた。
「マーミィ、黒魔道士だもんね。戦闘員だもんね」
「戦闘力はそれなりかと思いますけど」
「うん。おれマーミィの魔法、くらってるからよく知ってる!」
「防御系もいくつか取得しております」
「もう、明日行っちゃう? さっそく旅支度する?」
「ちょっと落ち着け、コーキ」
ラクトがコーキの頭を掴んで椅子に押し戻した。
ジロリとコーキを睨みつける。
「コーキとマーミィの二人じゃ、不安すぎるだろ」
「ええー。なんでー?」
「コーキが寝落ちした時、マーミィが魔物に襲われたらどうすんだ? 他にフォローできるヤツいないんだぞ」
「しょうがねえな、ラクト。お前も入れてやるよ」
「なんで上からなんだよ。しかも、しょうがなくかよ。
言っとくけど俺、学校あんだからな」
「おれが一筆書いちゃる。おれ有名人」
「息子の学校サボる言い訳に、昔の名声使うなよ!」
結局、旅の準備や呪術研究所からの出張許可待ちなどもあり、三人が出発できたのはそれから四日後の事だった。
□ □ □
森の奥深くで、今日は野宿となった。
日中の行程では、魔物の襲撃はそれなりであった。が、コーキによれば正面から向かうより全然少ない上に楽らしい。ほぼマーメリズとラクトで撃退していた。
コーキは二人の戦闘の終わった後を、ゆうゆうと付いてきていた。ラクトの実戦経験を積み上げるつもりらしいが、ちょっとは手伝えとマーメリズは思ってしまう。
ラクトはそれなりに、強い。魔法剣士として修行しているだけあって、斬撃に魔法が付随するのでかなり効率良く魔物を倒していく。
ただし、魔力がすぐに枯渇する。魔物の数が多いと、途中から剣一本で立ち向かわなくてはならなくなる。剣の腕もそこそこだが、対多数の時は敵からの攻撃をくらいながらの対処となっていた。戦闘後は自分にヒールをかけながらへたばっている。
それでもコーキは手を出さない。
マーメリズはラクトのフォローをする戦い方を自然と身につけた。広範囲攻撃をしかけ、間を持たせる。敵を分断させる。敵を固定させる。
頭を目まぐるしく回転させなければいけない。どのタイミングでどの魔法を打ち込めばラクトが戦いやすいかを考え続けた。
事前の打ち合わせもなく、敵を縦に誘導しフリーズで足止めした直後に、ラクトの剣で一気に十体殲滅した時には、思わず二人はハイタッチしていた。
コーキはそんなマーメリズも、のほほんと見守っていた。
一度だけ、コーキが参戦した。
炎を纏った斬撃がいくつも飛び、空中の魔物を狙い撃ちする。さらに巨大な斬撃が地上の魔物たちを切り裂いて行く。同時に撃ち漏らした魔物を残らず叩き切る素早い影があった。それがコーキだった。
累々とちらばる魔物の死体の真ん中でコーキが振り返った。剣を鞘に収めながら笑顔でマーメリズを見つける。
瞬時にマーメリズの元に走りよると、その胸に飛び込んだ。
「マーミィ……おれ、寝る」
……安全に眠りたいがための参戦だった。
マーメリズは眠ったコーキを抱いたまま座り込んだ。腕の中の子供は、怪物だった。
おれがやるとすぐ終わっちゃうじゃん? は伊達ではなかったのだ。本当にすぐ終わってしまった。
ラクトが肩で息をしながら剣を地面に突き刺した。金色と炎色の髪が、汗で額に張り付いている。
剣の傍に膝をついた。
「……わかるか、マーミィ。
人がどんだけ努力してもたどり着かないところに到達してる、天賦の才能」
「あー、はい……」
「片手間でやるんだぜ。自信とか矜持とか、根こそぎ持っていかれる」
悔しげに地面に拳を叩きつけるラクトは、痛々しい。
「あんな戦い方、どんだけ鍛錬したらできるようになるんだよ」という呟きは、ものすごく重かった。
夕方になり、辺りが暗くなり始めている。
マーメリズたちは小さな焚き火の傍で、簡単な食事を済ませた。
干し肉入の麦がゆだが、「野外メシで温かいの、初めて食った」とラクトが呟いているのが、涙をそそる。マーメリズがジロリとコーキを見ると、コーキは自主的に正座をしていた。
マーメリズははて? と首をかしげた。
コーキがマーメリズと同じような黒いローブに着替えていたからだ。ただし、かなりサイズが大きい。ダブダブである。
マーメリズの視線を受けて、コーキが肩をすくめた。
「マーミィ、今日は何の日だと思う?」
「……レオポルド精肉店の豚肉特売日、のことではないですね?」
「何それ、知らない。そんなのあんの?」
「二割引です。お得です」
「おーい、論点ズレてるぞー」
ラクトが仕方なさそうにつっこんできた。
コーキが改めて、空を指差した。
森の中なので空は見えにくい。ちらほら星が見え始める時間帯だ。
「今日はねー、満月なんだな」
「……そういえば、そうですね」
「月に一回、おれ、この格好するの」
「? なんでですか?」
「おれの呪いの、最後の秘密」
コーキは大きく欠伸をした。
習慣で膝を貸そうかと身動ぎしたマーメリズを、ラクトが止めた。
コーキはそのまま地面に丸くなった。
その姿が、徐々に大きくなっていく。
大人の大きさになって、止まった。
ラクトより一回り大きい。
ラクトが大人になったコーキに、マントを被せる。顔は見えなかった。
「……コーキの中の呪いの力が、満月の夜に弱くなるらしい。それで身体が大人に戻って、しっかりとした睡眠が取れる」
「……月に一回、これを繰り返しているんですか?」
「そういうこと。家にいる時は自室で勝手にやってるけど、今回はタイミング悪かったな」
ラクトは着替えの入った袋を取り出して、コーキの頭の下に入れてやっている。手馴れたものだ。
「月一のまともな睡眠だから、コーキは朝まで起きないと思う。だから、見張りは俺とマーミィの二人で交代だ。悪いな」
「それは全然構わないのです。
ですが……」
「どうした?」
「ラクトは、『とーちゃん』がいるのに会えないんですね」
マーメリズは大きなシルエットのコーキを見る。
ラクトが大人のコーキを、どんなに慕っているのか知っている。
羨望とか絶望とか憧憬とか焦燥とか、色々な感情をひっくるめて、それでもまっすぐに見つめ続けている存在だ。
会いたくないはずがない。
ラクトはマーメリズからふいと目をそらした。
目をそらすのはちょっと照れているからだと、マーメリズは思った。
「……たまーに、話せることあるけど。
でも、どんな姿でも、コーキはコーキだから」
「そうですよね」
「あと、マーミィは、絶対近付かない方がいい」
ラクトがマーメリズをチラ見して言ってくる。
言いたくないけど言わずにはいられない、という表情である。マーメリズは首を傾げた。
「近付かない、ですか?」
「あー、うん。免疫ないとマズイというか、危険というか……」
「なんか、病気的なウィルス的なものが発生するのですか?」
「似たようなもんかもしれない……。
とにかく! コーキから離れて座って! なるべく見ないで!」
「は、はい……」
ラクトの勢いに押されて頷くマーメリズ。
ラクトの懸念は夜明けが近い頃にやってきた。
□ □ □
マーメリズはラクトに代わり、見張りをしていた。
夜に魔物の襲来がなかったのはラッキーだった。
いくつか魔物よけのグッズを使ったのがよかったのかもしれない。
マーメリズは焚き火に小枝をいくつか足した。昼間集めておいた分で足りてよかった。旅慣れてない頃は、まだ暗いのに火がなくなって焦ったものだった。
焚き火に照らされてラクトの金色の髪が見えている。交代してすぐに寝付いたのか、ピクリとも動かない。
ラクトの反対側には、ラクトより一回り大きな影。
見るな、と言われたのだがチラチラと見てしまう。
コーキ、のはずだが、常日頃小柄な少年なので、違う誰かがいるような気になってしまう。目の前で変化を見ていたにも関わらず、だ。
その大きな影が、突然むくりと起き上がった。
薄茶色と炎色の髪が、焚き火に照らされて輝いていた。
無造作にバリバリと頭を搔く、手が大きい。
ふいにマーメリズを振り返った。
その顔を見て、マーメリズは座ったまま後ずさった。
背後にそびえていた木にへばりつく。
そうだったそうだったそうだった、忘れてた!
マーメリズの鼓動がおかしなくらいのスピードで上がってきた。
ぎゅん、と身体の中心が絞られるような感覚に陥る。
ラクトの部屋で見た、写真のコーキが目の前にいた。
端整で甘い、色気がダダ漏れの男だった。
美貌メーターなるものがあるのなら、完全にメーターを振り切っている。
大人のコーキはマーメリズを見て、ふっと笑った。
「……この姿では、はじめまして。マーミィ」
低い声がマーメリズの鼓膜を叩いた。
どくんと心臓が鳴る。
マーメリズは射抜かれた、と思った。何も刺さってないのが不思議なくらいだ。
心臓が痛い。思わず胸を押さえてしまう。
黒いローブを身にまとったコーキは、マーメリズに近付いた。身体は大きいのに、リスのような俊敏さである。
くっと顔を近づけてくる。いつもの十歳男児の距離感だが、近付いた顔は筆舌に尽くし難い、エロかっこいい顔面だ。
あわわわわわと、マーメリズは限界まで仰け反った。
「マーミィ、びっくりした? ねえねえ、びびった?」
「あ、あ、あ、当たり前です!」
「いやー、頑張って起きた甲斐あったなー。おれ、頑張った」
「か、顔近いです! 離れてください!」
「えー、やだー」
「やだじゃないです!」
「だって、マーミィの顔見たいもん」
いつものコーキの口調で、麗しいイケメンである。
それでもやはり、コーキの顔なのである。
見慣れたコーキの顔が大人になっただけ、ではある。
ふいにおかしくなって、マーメリズは思わず吹き出した。
にんまり笑っている、美形を見返した。
「……コーキ、じゃないですか」
「そう、おれ」
「話してる内容、普段と変わらないじゃないですか」
「だって、おれだしな」
「そんな顔して、そんな声して、そんなに大きな身体して、普段のコーキのままって、ズルくないですか」
「不正はしてないよ? どっちかってーと、普段の方が不正だよ?」
「そうなんですけど! でもズルくて卑怯だと思うんです!」
「あははは、マーミィ慌ててる。かーわいいー」
マーメリズは顔面が赤くなるのを自覚した。
かわいいとか、その顔でその声で言うな、反則だ。
やばいまずいやばいまずいやばい……。
コーキがそっと、マーメリズの頬に手を伸ばしてきた。ドキンとまた心臓が高く鳴る。
大きくて分厚い手だ。マーメリズの片頬を包み、親指でそっとなぞる。濡れたように光る黒い瞳が、マーメリズをとらえていた。
「この姿で、マーミィに会ってみたかった」
「わ、私を惑わせて楽しいですか?」
「うん。ものすごーく、めっちゃ楽しい」
「……コーキは性格が悪いですね」
「よく言われる」
「イタズラ好きだし、ちょっとえっちいし」
「それも、よく言われる」
「ちょっと反省してみたらどうですか?」
「するわけないじゃん」
コーキの手がゆっくり動いてマーメリズの顔を撫でた。親指がマーメリズの唇をなぞる。
コーキの目がとろんと蕩けたように揺れた。
マーメリズの心臓は悲鳴を上げていた。
これ以上強く早い鼓動は、生死に関わるかもしれません!
コーキがとろんとした目のまま、マーメリズの顔に近づいてきた。マーメリズはカチンと固まっている。
コーキの顔がマーメリズに触れそうになって、そのまま彼女の膝に頭を落とした。
くぐもった低い声が聞こえた。
「……無理。眠気が、限界」
いつもより重いコーキの頭が膝にある。ローブ越しに分厚い肩や腕も感じられた。
マーメリズは硬直したまま、自分の膝のコーキの頭を見つめた。
完全に脳みそはキュン死していた。
あの顔が、あの超絶美形のあの顔が、自分の膝で寝ています! どうしましょう! どうしたらいいか分からないです! とりあえず祈るとしたら、これしかないですね。
ずっとこのままでいさせて!
マーメリズはほわほわの幸せ状態に陥っていた。
恋に落ちるとは、こういうことを言うのかと、しみじみ思った。
自分を見つめた大人コーキの表情にキュンとする。
『この姿で、マーミィに会ってみたかった』と言ったコーキのセリフに胸が高鳴る。
コーキを想う自分が、とても女子らしい。
恋をするって、こんなにときめくものなんだ。
私、恋をしています。
ふと視線を感じて顔を上げた。
一部始終を見ていたらしい、厳しい目をしたラクトと目が合った。
コーキには絶対に近づかない方がいいと、言われてなかったか?
マーメリズの背中を、なぜだかものすごい量の冷や汗が流れ落ちていった。
自分がコーキに恋してしまったことを、マーメリズはラクトに絶対に言ってはいけないと思った。




