【1】 お仕事探しは冒険者ギルドで
マーメリズが女子力全開で頑張るっ……て訳でも無いけど、努力していくお話です。
マーメリズはほやほやしていた。
ダークブラウンの髪も、気のせいかいつもよりほやほやとまとわりついてくる。
二一歳で初めて出来た彼氏である。
どっきどき、ばっくばくの心臓が、痛いくらいである。
昨夜、彼氏は綺麗な紫色の瞳でマーメリズを見つめてくれた。白くて細い指でマーメリズの腕に腕輪を嵌めてくれた。
それだけで全身痺れるような感覚に陥ったというのに。
その後軽く唇にちゅっとしてくれた。
マーメリズは嬉しすぎて、その場で踊り狂ってしまった。
引かれてないですよ? 多分、大丈夫。
彼氏がくれたのは、アメジストの嵌った繊細な腕輪である。
金属部分は銀色で細く頼りなさそうに見えるが、魔法防御力はとても高い。
冒険者で黒魔道士を生業としているマーメリズには、ぴったりのプレゼントだった。
その後、歓喜が最高潮に高まったマーメリズは、自分でも手に負えないくらいガチ泣きしてしまった。泣き止まないマーメリズのことが手に余ったらしい彼氏は、彼女を宿の部屋に投げ込んでしまったのだが、きっと彼氏も嬉し恥ずかしだったのだろう。
先程ガサゴソ物音がして起きた時には、安い宿屋の部屋にマーメリズがただ一人ベッドで転がっていた。
マーメリズはまだほやほやしていた。
彼氏の紫色の瞳を思い出して、ぽわっと頬を染める。
今日、彼氏に会ったら、まずなんて言ったらいいのでしょう。
上手く言えるでしょうか?
あなたのことが好き、とかなんか。きゃあっ。
だって今、猿ぐつわ噛まされてるし。
手も足もロープで縛られて……。
「―――!!!」
縛られてるじゃん!
マーメリズはできる限り視線を動かし現状を確認した。
とりあえず、服は着たままである。
マーメリズの大切な何かは、奪われてはいなかったようだ。
マーメリズはさらに視線をぐりんぐりん動かした。
あるはずのものがない。
もう一回ぐりんぐりんしてみた。
マーメリズの、全財産の詰まった荷物はなくなっていた。
「……ということがあったんです」
「はあ……」
冒険者ギルドのお姉さんは、やっかい物件ビンゴ!という顔をほんの少し覗かせながら、マーメリズの話を聞いてくれた。
マーメリズはあの後宿のおじさんに発見され、憲兵の現場検証を経て、強盗にあって全財産盗まれた可哀想なお嬢さん、という称号を獲得した。
宿は先払いだったせいで支払いに困ることはなかったが、金がないのでこれ以上泊まらせてくれることもなかった。退室の際に1個の黒パンをくれただけ、良心的な宿だったのだろう。その黒パンはすでにマーメリズの胃に収まっていた。
「私、ちゃんと働くこと約束します」
「はあ」
「そうです! ギルド併設の酒場でコックの募集とかしてません? 料理、できます!」
「募集、してませんねえ」
「……皿洗いとかも」
「してません」
「……私、レベルは二一の黒魔道士ですから。簡単なクエストこなしてすぐさま現金にしますので」
「はあ」
「お願い、今日冒険者ギルドで寝泊まりさせて」
「それは絶対にお断りします」
お姉さんは優しいけど、そこだけは譲らなかった。
当たり前である。
そんな前例作ったら、ギルドは初心者冒険者の無料宿泊所に即決定である。
冒険者ギルドでは寝泊まり禁止。ギルドとしては守り切らなければならない規律であった。
「お友達とか、いないんですか?」
「昨日ようやく王都に辿り着いた、憐れな冒険者なんですよ、私」
「情報がちょっぴり大げさに盛られてますよ?」
「はい、嘘でした。五日は経ちました。
パーティー募集のチラシ見て、どこに入るか吟味してたんですよう」
「その吟味の最中に事件に巻き込まれた、と」
「あ、お姉さん、私と友達になりません?
そんで、今夜泊めてくれません?」
「そのポジティブシンキング、嫌いじゃないですが、我々は友達ではありません」
お姉さんはちゃんと一線引ける人であった。
マーメリズは心の中で舌打ちした。
はた、とお姉さんが思い出したように虚空を見上げた。
明らかに色んな人に案内しまくって、よれよれになったチラシを引っ張り出す。
「この募集、今日までなんですけど」
「はい?」
「レベル二〇以上、男女問わず。
主な任務は護衛。
護衛の関係上、依頼主の屋敷にて居住可能な方」
「はい、きたー。
それは私の事ですね?」
「……あなたの事だとは言いきれませんが。
条件は満たしていると思います」
「行きましょうやりましょう。
やる気がみなぎってきました。
面接会場はどこですか?
まさか、おしゃんなカフェとかで面接してるから、お金払わないと面接できないとかってそんな世知辛いこと、言いませんよね?」
「……そこです」
お姉さんがマーメリズのずっと背後を指さした。
さっきからきゃきゃあうるせえなこちとら無一文で気が立ってんだ、と思っていた集団である。
唾吐いとかなくてよかったです。
「……あの、二三十人いる女子の護衛ですか? ちょっと自信失いましたけど」
「違います。彼女達の向こうです」
きゃあきゃあ女子たちの向こうには。
遠目でわかりにくいが、二人の男。いや、一人は少年か?
大きい方が金髪、少年の方が淡い茶髪。
マーメリズの目は徐々に細くなっていった。眉も自然に中心へ寄っていく。
典型的なジト目でお姉さんを見つめた。
「あそこにいる、あれ。すっげえ有名人ですよね」
「はい。すっげえ有名人の、護衛募集です」
「あの群れてる女の子たち、みんなその募集見て集まってるんですよね。あわよくばどころか、ガチ狙いの子ばっかじゃないですか?」
「そう思いますか?」
「はい。皆さん露出度高いんで」
それは、アーマーなのか? 下着なのか? 何が防御できるんだ? 腹出てんぞ。みたいな女性が多い。
マーメリズの、魔法と物理防御に特化しただけの黒いローブ、なんて装備の子はいない。
「あの中に入って行って白い目向けられた挙句すぐさまUターンする未来しか見えないんですけど」
「ダメ元ってあるじゃないですか。試すのはタダなので」
「時間の無駄とも言いません?」
「でもほら、あの兄弟を間近で見られる、またとないチャンスですよ」
それほどの有名人なのである。
余所者のマーメリズですら知っている、この国の有名人である。
マーメリズの持っている知識では、二人は兄弟のはずである。髪の一部だけ、透明感のある炎の色をしているらしい。炎の兄弟と呼ばれ、吟遊詩人が別の町で歌っているのを聞いたことがある。それくらい、有名人である。
何をもって有名になったか。
二人はドラゴンスレイヤーである。
特に兄の剣は、人間では誰も太刀打ちできないほどの腕の持ち主、と噂されている。
さらにその若さと美貌。
遠目から見ても綺麗な顔立ちだってことはわかる。
女の子たちの我こそは同棲成立、という圧がすごい。
「そもそも、ドラゴンスレイヤーに護衛なんて要らんですよね?」
「そうなんですけどね。こちらに提出いただいた依頼は護衛でしたね」
「しかも、すぐ決まりそうな件なのに、なんでまた今まで引っ張ってるんです?」
「それは本人たちにしか分かりませんから」
そら、そうである。
マーメリズはしぶしぶ立ち上がった。
お姉さんの言う通り、ダメ元で当たって砕けて来よう。そうしないと、お姉さんは次の手持ちのカードを切ってはくれないだろう。
あの兄弟は人を雇って、あまつさえ家に住まわせてくれるくらいの金持ちなんだし、泣きつけば一晩くらい玄関の隅っこに泊まらせてくれるかもしれない。
マーメリズは数十人の「何よ、この地味な女」という視線をほんのりスルーして、二人の男の前に歩み寄った。
近くで見ると、本当に綺麗な顔をした兄弟である。
兄は金髪で、前髪の一部が本当に透き通るような炎の色をしていた。長い足を組んで背中を椅子の背に預けている。切れ長の青い目が、なんだこの女とマーメリズに視線を送っていた。
弟は淡い茶髪に左側のひとつかみが炎の色。十歳くらいだろうか。あどけない表情で大きな黒い瞳をマーメリズに向けていた。
マーメリズは二人の前でぺこりとお辞儀してみた。
他に愛嬌振りまく何ものも、持っていないからだ。
「どうもはじめまして。
護衛の募集ってまだやって……」
「採用!」
弟くんが、体には似ずでかい声で雄叫んだ。
周りの女子たちが「はあああ???」とざわめいている中、弟くんは受付のお姉さんに「採用! 決定! これにて終了!」とアピールしている。
兄は弟を見て、ものすごく嫌そうに長いため息をついた。
弟くんは、がやがやする周囲を気にすることなくマーメリズの前に立った。マーメリズの肩くらいの身長だ。
マーメリズの許可なく両手を握ってブンブン振ってくる。
「おれ、コーキ! そんでこっちのでかい方がラクト!
よろしく!
んで、誰だっけ?」
「……マーメリズと申します。
せめて自己紹介してから採用決めませんか?」
「名前知らなくも採用決定だから!
あとマーメリズって、言いにくいからマーミィにする!」
「いや、初対面で急な愛称呼びとか、普通に引きますよね?」
「おれ、気にしない!」
「あなたがどうとか、じゃなくてですね……」
弟くん、コーキは周りでざわめいている女子たちに「集まってくれたのにごめんねー、これから契約だからー」と解散させていた。手際がいい。
兄、ラクトはずっと仏頂面で一言も発していない。
兄のラクトはマーメリズと年齢は同じくらいか、もしくは少し下に見える。
マーメリズはふと疑問に思う。
炎の兄弟がドラゴンスレイヤーになったのは、確か十年くらい前のことだ。吟遊詩人の歌が嘘っぱちでなかったとしたら、だが。
じゃあ、ドラゴン倒した時、この人たちはいくつだったんだ?
女子たちが解散したのを確認して、コーキがマーメリズを座らせた。
にこにこと幼い笑みを向けてきている。
衝動的に、なでなでしたくなるような可愛さであった。
「マーミィあのねー、いっぱい話したいことあるんだけどねー」
「聞かなきゃやってけそうにないんで、聞きましょう」
「多分、マーミィが一番誤解してるところを、まずね」
コーキはごそごそと服の内側から、冒険者カードを取り出した。
冒険者の身分証だ。顔写真付きでレベルやスキルなとが記載されている。
コーキはその、一箇所を指さした。
年齢の欄である。
マーメリズはふむふむとカードを見て、固まった。
目の前の幼い男の子の顔と、数字を見比べる。
「……三七歳」
「おれ、三七歳! 割とおっさん!」
「……いや、ちょっと待って。かなり待ってください。
はあ? 三七?」
「あとねー……」
コーキは隣に座っているラクトの首を抱き寄せた。
かっこいいお兄ちゃんに甘える可愛い弟、という目に麗しい光景である。
……見かけだけは。
「ラクト、おれの息子!」
「おぉおあぁ?」
「おれが二十歳の時の息子! 十七才!」
「……っ……っ」
「嫁は出てった! 決断すげー早かった!」
「……! ……!……!」
「なんかさー、おれら炎の兄弟って呼ばれるようになったみたいなんだけど、あれ嘘っぱちだからね。
どう見たっておれら、親子じゃんね」
「……コーキの見た目説明するの面倒で、噂だけ広まったんだろ」
「しかもラクトが兄ちゃんとかって、ウケる!
この甘ったれが兄ちゃんなわけないじゃん」
けたけた笑うコーキに腹が立ったのか、ラクトは乱暴にコーキの腕を振り払うと、ムスッと頬杖をついた。コーキはさらに膨れたラクトのほっぺをブニブニしてウザがられている。
マーメリズは「じゃれ合う仲良し美形兄弟」という、正解が美形しかない光景を眺めながら、軽く頭を抱えた。
兄と思ってた金髪が弟、ではなく息子で。
弟と思ってた茶髪の坊やが、父親。
兄弟じゃなくて、親子のパーティー。
なんじゃ、そら。
マーメリズの、その腕に嵌ったアメジストの腕輪を見て、コーキがじわっと目を輝かせたことには、気づかなかった。
急にあだ名付けられたら、引くよね。




