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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ガチ恋したヒロインがTS転生者だったので彼女(彼?)の恋路を全力で応援することにしました

作者: 稲荷竜

 御上(みかみ)天音(あまね)は誰とも付き合わない。

 彼は女だからだ。


 この世界が恋愛ADV(アドヴェンチャー)ゲームだと俺だけが知っている。


『めきめきアンブレイカブル』という古い恋愛ゲームがあって、御上天音はその中で友人ポジションにいる少女、いわゆる『男装の麗人』だった。

 中性的な容姿をしている彼女は男子の制服を身にまとって学校に通っており、その性別を偽っている。理由は家庭の事情。


 ちなみに女性の服を着るとかなりおっぱいが大きいことがわかるのだけれど、あの巨大質量をどうやって学ランの中に収めているのかは謎だ。


 俺がこの世界をゲームだと気付いたのは高校入学時にヒロインの一人と廊下でぶつかった時だった。

 メガネをかけた三つ編みの少女を見て『デザインが古い』と思った。そう『めきめきアンブレイカブル』はかなり古い恋愛ゲームであり、俺のゲーム知識はプレイ動画でしかなかった。そして人間を相手に『デザイン』とか思った時に、前世の記憶が頭の中にあふれだしたのだ。


 その瞬間に俺の方針は決まった。


 御上天音を狙おう。


 幸いにも自分が主人公として転生していたことを理解した瞬間そうやって方針を決められたのは、御上天音が俺の推しだったからではない。


 作中で一番実家が太いのが御上天音だったからだ。


 この世界は恋愛ADVだ。しかし俺はこの世界で生きている。高校時代で人生は終わらないし、その後に就職だってある。


 なら、大事なのは何か?


 ━━経済力。


 Money以外、何を重視すればいいというのか?


 幸いにも御上天音が女性であることは俺しか知らない。声とかでバレバレだと思うのだけれど、なんらかの不思議パワーが働いているのか、誰も気付かない。


 だから御上天音を狙う男は俺しかおらず、高飛車で傲慢で庶民を見下しがちな彼女から信頼を得るべく俺は彼女に近付き……


「サトル、帰りにゲーセン行かね?」


 高飛車な彼女から……


「サトル、勉強教えてくれよ」


 傲慢な彼女から……


「すごいなサトル、なんでも知ってるんだ」


 庶民を見下しがちな……



 おかしいな?



 御上天音は高飛車でも傲慢でも庶民を見下しがちでもなかった。

 仲良くなると普通に遊んでくれるし、ステータス制のゲームだから(というか現実だから)勉強をがんばって俺が成績トップをとれば普通に教えをこおうとしてくるし、こちらがいいところを見せればすぐ褒める。


 ボディタッチも多いし、いいにおいがするし、顔の毛穴とかないし、日本人のはずなのに金髪だし、ちょっと中性的ではあるけれどかわいいし……



 気付けば俺は、金目当てで近づいたはずの御上天音にガチ恋していた。



 そして、高校二年生の春だ。


「なあ、サトル、言いたいことがあるんだ。今日の放課後、屋上に来てくれないか?」


 あれ? 早いな? とか、屋上? 伝説の樹の下じゃなく? とかの疑問はあったものの、そんなふうに言われたら愛の告白を期待してしまう。

 だから意気揚々と屋上に行って……


 俺の人生設計が砕け散った。



「実は僕、男なんだ」


 見りゃわかる。

 いや見てもわかんねぇな?

 あれ見りゃわかるのか?


 ちょっと何を言われているのかわからなくて混乱してきた。


 屋上。俺の前世ではとっくに学生が入れなくなったその空間には、古いゲームだけあって普通に入ることができた。

 雨風で磨かれてテカテカした床。風が吹いただけでガシャガシャ揺れる頼りない緑色のフェンス。


 向こう側には夕陽があって、それを背負って立つ御上天音は言葉を失うほどに美しかった。


 日本人離れした金髪。学ランに収まるのが無理なぐらいのグラマラスなボディがその下に隠れているのを俺は知っている。

 目鼻立ちもハッキリしていて、男だと言われても信じられない。学ランを着ているだけの女だと、誰もがわかりそうなものなのに、誰もわからない。


 その御上天音から、『男だ』と告白された。


「ごめん天音、ちょっと性別がごちゃごちゃしてる。考える時間がほしい」

「あっ、すまない。いきなりこんなこと言われても困るよな……」

「いや、その、困るけど、たぶん、そっちが思ってる困り方じゃない。俺は何に困ってるんだ?」

「順を追って説明しようか」

「そうして」

「まず、僕は……生物学的には、女性なんだ」

「うん」

「けれど家の事情で男装をして過ごしている……自分でも無理があると思うけれど、女だと疑われたことはない」

「うん」

「しかし、僕は……男なんだ」

「うん?」

「サトルは異世界転生って信じるかな」


 理解させられた。

 こいつも俺と同じだ。俺と同じで、転生者なのだ!


 しかも中身が男!

 つまり女性として転生した男が学校では男装して性別を偽っているということになる。ややこしすぎだろ!


「それで、サトルは……僕のこと、女だって気付いてたよな?」

「ん? まあ……」

「だって君は主人公だもんな。たしか主人公はなんらかのイベントで御上天音の性別に気付いてたはず……RTA動画で見たことあるから間違いない」


 お前も動画勢なの!?

 まともにプレイしたやつを転生させてやれよ!


 しかしその叫びは声にならなかった。


「なあ、僕の中身が男だってわかっても……僕と友達でいてくれるか?」


 かわいすぎた。

 女性にしては背が高い、けれど、俺よりは背が低い彼女が、上目遣いでこちらを見上げてくる。


 春の風が吹き抜けてフェンスを揺らし、長い金髪をなびかせた。

 その美しい髪は夕日を受けて茜色の光を宿しながら揺れている。


「俺に一分間だけ時間をください」


 片手を突き出して高速思考を開始する。


 御上天音は俺が彼女を『女だ』と気付いていたことを看破していた。

 その上で『自分は男で、これからも友人でいてほしい』と告白してきた。

 彼女が『こいつは自分が男装の麗人であると見抜いている』と思った根拠は、俺が主人公だからで……


 つまり、俺が転生者であるということは見抜いてはいない。

 その上で、『主人公』に友人でいてほしいとお願いしているのだ。


 ……どういう対応が正解なんだよ!!!!

 一分で思いつくわけねーだろアホか!


「……サトル、返事は?」


 返事を乞われて、俺は笑った。


「もちろんだよ天音。性別がややこしくても、俺たちは親友さ」

「ありがとう!」


 感極まったように天音が抱きついてくる。

 学ランに封じられしフォースが柔らかく胸板に触れた。

 俺の性癖が壊れる音がした。

 



━━━━━━━━━━━━

 御上天音の住まいは日本の住宅街にとつじょ出現した西洋風の豪邸であり、ここにはたくさんのメイドが勤めている。

 父親は資産家なのだが具体的に何をしているか天音でさえもよく知らない。だいたい海外にいて家に帰ることはまれであり、母もそれについて行っているため、天音はこの広い屋敷で使用人たちに囲まれて暮らしている。


 使用人たちには節度があり、食卓はいつも天音一人しか着かない。

『使用人が主人と一緒に食事をとることはなりません』とかなんとか。


 天音は前世では見たこともなかったようなフレンチのフルコースを食べながら、その食事にどこか『冷たい』感じを覚えていた。


 家族で食べていた食事が懐かしい。

 おしゃべりしながら食べていたあのころ━━前世。


 天音の前世の暮らしは暖かな家庭とともにあった。

 一般的な会社員の父と専業主婦の母。それからかわいい妹がいて、食事はダイニングテーブルでみんないっしょに『いただきます』をしていた。


 前世の記憶が戻るまではなんともなかったはずだが、ある日高熱を出して前世のことを思い出してからというもの、一人きりの静かな食事がなんとも味気なくなってしまっていた。


 学校でも『男装』という秘密を抱えているので放課後にうかつな付き合いもできない。不思議な力でバレていないようだけれど、いつどういうきっかけで自分が男装している女だとバレるかわからない。

 バレたら勘当すると父には言われているのだ。


 そんな中で主人公を見つけた。


 いや、このゲーム(タイトルもあいまいだが、なんとなくこういうゲームがあることは記憶にあった)の主人公は『視点人物』なので、顔はわからない。

 ただやけに変な髪色の女子にばかり囲まれているなというあたりから、彼が主人公だとあたりをつけたのだ。


 そして、その見立ては正しかった。

 なんらかの事件があって性別がバレるのか、それとも主人公特有の超観察眼でバレるのかさえあいまいだったけれど、とにかく彼になら真の性別がバレても大事にはいたらないことがわかっている。


 だから彼とよく遊ぶようになって……


(まさか、お嬢様に生まれて、ハンバーガーで感動する羽目になるとは思わなかったな)


 だべりながら食べる食事の、なんと心地よいことか。

 マナーを気にせずパクつくハンバーガーの、なんと味わい深いことか。


 そういう時間はすっかり天音の中で大事なものになっていて、気付けば天音は彼のことを……


(でも、僕は男なんだ)


 最近体に魂が引きずられている感じもあるけれど、主人公の洞察力では魂の性別まで看破されてしまうかもしれない。

 実際、彼に告白してみたら、彼はそれらしいイベントも経ずに自分の性別をきちんと見抜いていたではないか。


 危なかった。


 このまま魂の性別を偽って彼に告白していたら……


(気持ち悪いって言われて……離れられて……)


 そうなったら、何を希望に生きていけばいいのか、わからない。


 だから彼にはすべてを自分から告白して、親友でいようと約束した。

 彼はそれに応じてくれたけれど……


(親友、かあ)


 高望みしそうになる少女としての心。

 味気ない、しかし味わい深い食事を噛み締めながら、天音は笑った。

 悲しいのか、嬉しいのか、情けないのか……自分が男なのか、女なのかもわからずに、笑った。

━━━━━━━━━━━━



 とにかく。

 天音とは今までのままだ。


 俺はそう決めた。


 ぶっちゃけ魂が男とか言われても特に気にならない。

 最初は金目当てで近付いたけれど、付き合っていくうちにガチ恋してしまっているのだ。つまり、人柄、中身に惚れたということになる。


 しかし天音は自分の魂が男だということをことのほか気にしているようだった。気持ちはわからなくもない。


 となれば俺がすべきことは何か?


 それは、天音の恋路を応援してやることだと思う。


 さいわいにも『めきめきアンブレイカブル』の世界には魅力的なヒロインがたくさんいる。

 そしてこのゲームはステータスによって攻略できるヒロインが決まるけれど、天音は容姿も成績も運動能力も、経済力だって満点だ。選び放題だろう。


 問題は『男装の麗人が実は女性で、しかも魂は男』というわけのわからなさすぎる状況だけれど、そこは天音の魅力があればいけるはずだ。俺は天音がすごいやつだって知ってるからな。

 っていうか頼むから誰かと付き合って俺に思い知らせてほしい。このままじゃ俺、天音のことあきらめきれねぇよ……


 そういうわけでこのゲームの時代にはスマホどころか携帯電話さえないので、学校で待ち合わせたあと「ちょっと屋上行こうぜ」と天音を連れ出した。


 気圧のせいかやけに重苦しい鉄の扉を開いて外に出れば、朝の冷たく強い風が全身にからみついてくる。


 天音の方を振り返れば彼女は片手で長い金髪をおさえながら、風上に目を背けるようにしていた。


 ……動作がさあ……

 もう完全に女の子なんだよなあ……


 しかし天音は男だ。


 気の迷いを晴らすように頬を叩いてから、彼女、彼、彼女? 彼? の方へと振り返って、宣言する。


「俺はお前の応援をしたい」

「え、何? どういうこと?」

「たとえばお前が女の子と恋愛をしたい時、俺が力になってやりたいんだ。それ以外でも、お前が困ったら力になりたい。そう思ったんだよ」

「……なんでそこまでしてくれるの?」


 惚れた弱みだよばァァァァァァァァか!!!

 俺の性癖と恋心を粉砕しておいて不幸になりやがったら許さねぇからなぁ?


 という本心はおいておいて、


「だって、俺たち親友だろ?」

「っ、うん……」

「……幸いにも、俺、女の子の知り合いは多いし……好みとか、彼女たちが誰のこと気になってるとかの情報も集まってくるしさ。だから、俺が……お前の『親友ポジション』になるよ」

「……」

「だからお前は、主人公になれ。主人公になって、ヒロインと幸せになってくれ。頼むよ」

「……でも、それじゃあ、君は?」

「俺はまあ、恋愛は……うん、なんていうか、さほど興味がなくてさ」


 自分で思っていたよりもずっと、俺から天音への恋心は強かったらしい。

 彼女以外は考えられない。でも、彼女だけは考えてはいけない。


「だから俺のことは気にせず、幸せになってくれ。俺が幸せにしてやりたいんだ、お前を」

「……なんだかそれって、プロポーズみたいだね」

「あ、いや、ごめん、変なこと言って」

「ううん……」


 ビョォォォォ……と強い風が吹き抜けた。

 お互いに視線を合わせるのも気まずい思いで、目を泳がせる。


 なんだこの時間。


 まるで恋人同士みたいな甘酸っぱい気まずい沈黙だった。……でも、勘違いしてはいけない。天音は精神的NL派だ。


「あ、ねぇサトル、ところで『親友ポジション』なんていう表現、よく知ってたね?」

「え? あ、いや、ほらその、えっと……ゲームで見たんだけど、天音は知らないかな?」

「へぇー。サトルがそんなゲームやるの意外だなぁ」

「いいだろ別に。俺だってそういうゲームぐらいやるわ」

「……本物の恋愛には、興味ないの?」


 上目遣いでいちいち見てくるのやめてもらっていいですか?

 興味あるよ! 相手がお前なんだよ!


「ないね!」

「……そっか」

「だから本当に俺のことは気にせずに……その、なんだ」


 会話がループし始めている気がする。

 だから、その雰囲気にかこつけて、今度は、はっきり、俺の想いを乗せて、未練を断ち切るために、


「お前は俺が幸せにするから。どうか、素敵な恋愛をしてほしい」


 生涯を捧げる覚悟で、そう言った。


 ……これはだから、何もかもが間違えた恋愛ADVなのだろう。

 主人公は親友ポジションに。親友ポジションが主人公に。

 性別も関係性も何もかもあべこべで、隠し事だらけの俺たちの恋愛活動が、こうして始まったのだった。

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