表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

残滓

作者: 犬神弥太郎
掲載日:2022/08/29


 葉ずれの音と、僅かな鳥の声。かすかに聞こえる寝息。


 体は思うように動かない。


 飛行機が落ちてから、どのくらい時間が経っただろうか。


 瓦礫の下じきになり、足はあらぬ方向に曲がっている。


 不思議と痛みはない。


 おかしいと思うが、痛くない。


 非常事態過ぎて、頭がおかしくなったのだろうか。


 急な急降下を感じたと思ったら、CAからのアナウンス。頭を抱えて低くしてと。


 アナウンスに従う前に凄まじい衝撃。正直、細かいところまで覚えてない。


 シートベルトが腹に食い込み意識が刈り取られる。


 寸前に見えたのは、真っ赤な景色。


 あの赤はなんだったのか。


 やっぱり火災だったんだろうか。


 そして、気づくと子供が泣いていた。


 俺の周りには、その子供以外誰もいない。


 いや、居ないという表現は違う。有った。


 ちぎれた手足、焼けただれた顔。飛び散った臓器。それらが機体の残骸に張り付いてる。


 壮絶な状態の中で、子供が一人で泣いていた。


 親が庇ったのか、何かの奇跡か偶然か、かすり傷程度で済んでいるようだ。


 なぜか安心した。


 この惨劇の中で、ひとりきりじゃない。


 なんとか這いずり、子供のところに行く。


 怖がっているが、知らない人だ。それも仕方ない。


 大丈夫だよ。と声をかけても、通じていないのかもしれない。


 妙な異臭。


 ジェット燃料とかは特別な臭がするという。それだろう。


 ここがどこかがわからない。下手に動けば遭難する。


 選択肢としては、自力で脱出するか、落ちたところの近くで救助隊を待つかだろう。


 自分の足が妙な形になっているのがわかる。コレで満足に動けない。


 救助を待つしか無いかな。


 子供をなんとか機体の残骸から離すと、意を決して自分は残骸に潜る。


 国際便だ。機内食はまだ出ていなかった。そうなれば、多少食えるものがあるだろう。


 食欲は無い。周りの惨劇のせいもあるだろう。けど、子供には体力を付けさせないと。


 まだ自分は体力が有る方だと思う。落ち着いてからでも食べれば良い。


 フリーズドライの機内食。水があれば食べさせることは出来そうだ。


 なんとか食べさせれば、救助が来てくれればなんとかなる。


 怖い。救助が来ないという想像が頭をよぎる。


 このまま何日も、何週間も、救助が来なかったらどうしようか。


 ペットボトルの水が有ったのが助かった。


 フリーズドライの機内食を水で戻し、子供に勧める。


 あまり食べたそうにしないが、ショックのためかな。


 自分もそうだし、こんな時に食欲がわくとも思えない。けど、食べなければ死ぬ。


 頭をなでてあげると、子供はビクつきながらも、少しずつ食べ始めた。


 良かった。


 残骸を運べるものをなんとか運んで木で支え、簡単な屋根を作る。


 空からの救助からは見づらいかもしれないが、雨が振って体が濡れたら夜の寒さに耐えられない。


 幸いにも炎上した部分は翼と後方部分だったらしい。


 機首部分は燃えずに残っていて、食料や毛布を確保できた。


 子供が震えてる。毛布をかけて、横に座る。


 意外に寒くない。感覚がおかしくなってるのかな。


 体の痛みも感じない。


 自分の服は結構な出血だ。それ以前に、体をまさぐるとボロボロだ。


 よくこんな状態で生きていられるものだ。


 それよりも、子供が無事な事を安心する、自分のお人好し加減に呆れる。


 この子がいるから、まだ頑張ろうと思えるんだろうな。そう思う。


 子供は声を発しない。


 聞いた声は言葉ではなく泣き声だけだ。


 しかしその泣き声も、いまはしない。


 フリーズドライの食料は少しずつ食べなさいと言い聞かせたつもりだ。


 しかし、腹が減らない。


 たまに貧血なのか意識が薄らぐ。


 空をずっと見ているが、ヘリが通る気配もない。


 葉ずれの音と、鳥のさえずりだけ。


 当分、救助は来ないかもしれない。


 食料が半分を切ったら、自力での脱出も考えないといけないか。


 食料は半分でたりるのだろうか。


 そんなことを考えていると、一日が終わる。


 また今日も救助は来ない。


 頻繁に運行されてる航路のはずだから、落ちた事自体はわかってるはずだ。


 今はどこで落ちたかも推測が早いって、なにかで見た。


 ここは人里から随分と離れているのだろうか。


 大して気にもせずに居た事に後悔する。


 大体の場所がわかれば、自力で脱出するかどうかの判断も出来る。しかし、どこだかわからない。


 子供はすやすやと眠っている。


 毛布を体に巻きつけ、快適とはいえないだろうが。


 時折、残骸で作った屋根から出て空を見る。


 夜じゃ捜索もされないよな。


 気になるのは、昼間も空を飛行機が飛んでいない。


 航路から外れて落ちたなら、救助はあまり望めない。


 どうしよう。


 この子だけでも無事に生還させたい。


 そんな気がして、一生懸命に考えを巡らす。


 全然わからない。


 自分がパニックになってるのはわかる。まだ、パニックになったままだ。


 痛みも空腹も感じない。ずっとこの調子。


 たしか、背骨をやられたりすると神経がおかしくなって……とかあったよな。


 そんなことを思い出す。


 けどそれだと辻褄が合わない。


 自分はどうやって残骸を動かして屋根を作った?


 自分はどうやって残骸の中から食料や毛布を持ってきた?


 感覚は無くとも体は動くのかな?


 まあ、いいさ。なんでもいい。


 昼になると焚き火。ジェット燃料に引火すると大変だから、少し開けたところで。


 燃料をすくって着火剤代わり。


 遺体の中から喫煙する人のライターを頂いた。


 せめて、煙がのろしになれば。


 墜落してからの数日、そんな感じだ。


 なんとか拾い集めた食料はまだある。自分は全然食べてない。


 妙な気分だ。


 何度も意識を失いかける。


 明日には、自力で脱出を考えないといけないか。


 そう思った時、上空をヘリが横切った。


 低空飛行してる。


 機体の残骸には気づいたはずだ。


 焚き火もしている。


 残骸があって焚き火があれば、生存者がいるかもしれないと解ってくれるだろう。


 助かる。


 助かると思った瞬間、力が抜けた。


 そして意識は途絶えた。






 救助隊が旅客機墜落事故現場に到着した。


 要救助者は一名。


 子供が一人、残骸の近くで泣いていた。


 殆どの遺体はやはりあとかたもなく、無残な状態。


 ただ、墜落後すぐに死亡したと思われる男性の遺体が、子供の近くにあった。


 事故の傷で下半身が無残な状態になりながら、餓死していた。


 事故調査に入った調査員も不思議に思うような遺体。


 事故自体ではなく、餓死だったのだ。


 内蔵を損傷しており、ほぼ即死だっただろうと。なのに、餓死。


 そして調査員達は不思議な声を聞いた。


 救助隊の第一陣が到着した時に、子供を発見し保護した。そのとき、聞こえたという。


「――よかった」


 たしかに、遺体の方から聞こえたという。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ